051569 ランダム
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ココロ ニ アカリ ヲ・・

ココロ ニ アカリ ヲ・・

クリア(1~3話)

クリア(1~3話)

fish

初めてユカとまともに話したのは、僕が大学に入って2年目、4月の事だった。

「小山くん!」
 僕はユカに呼び止められ、キャンパスを囲む木々から黄緑色にもれる太陽の光に目を細め、眠たげに振り返った。

 同じ大学に通い、バイトも同じ同級生の佐々木優花。

 ユカとは、優花と書いてユカと呼ぶ。優しい花というイメージがまったくもてず、「優花」と誰かが佐々木の事を呼んでも、僕の頭には「ユカ」とカタカナに響く。優しい花なんて正反対の気が強そうでてきぱきしたものいいをするユカのことを、僕は苦手だった。
 苦手と言うより嫌いだったかもしれない。
 僕は、小さい頃から、気が強く自分の意見をズバズバ言ったり乱暴だったりと、自己主張の強すぎる人間が大嫌いだった。
 だから、僕はユカに呼び止められて振り返った時、嫌なめんどくさそうな顔をしていたんじゃないかと思う。

 僕はユカの顔を見ず、ユカの肩でギシギシとウェーブしている黒い硬めの髪に視線を落とした。

「ん?」
「あのね、今日バイトないでしょ?」
「ああ」だからなんだと僕は思っていた。
「今から、映画行かない?」
「はぁ?なんで?」
「私、小山くん好きなの。だから!」文句でもある?とでも言うように強い口調だった。

 恥ずかしがりもせず、にこりともせず、まっすぐ僕を見つめるユカ。彼女の顔を、この時初めて見た・・・ような気がした。
 黒目がちの大きな目、うっすらとしている化粧から見え隠れするソバカス。
 美人ではないが可愛い顔をしているなぁと思ったのは、好きと言われて点数が甘くなったのかもしれない。

 それでも、オンナという生き物は何を考えているかわからない。
 僕は中学・高校と、教室の端または廊下でクスクスと内緒話をしているオンナ達を思い出し、すこし後ずさった。

「そういう冗談、嫌いなんだけど・・・・」
 思いやりのカケラもない言葉を言った。精一杯なんでもない素振りで。
 けれど、かっこ悪いことに声は思いっきり上ずっていた。

 まったく傷ついた風もなくユカは続けた。
「小山くんつきあっている人いるの?」
「いや」
「好きな人は?」
「・・・・・いや」
「じゃあいいじゃん。映画くらい。行こっ!」
 嫌も応もなく、僕はユカに引っ張られるようにして映画に付き合わされる羽目になった。


linetree


映画を見た後、どこに行くということもなくのんびりと歩いた僕らは、人通りが途切れた街路樹の下のベンチに座った。
 僕は貧乏学生なのだ。喫茶店に入る金なんぞない。
「ほいっ」ユカは、自販機で買った缶コーヒーを僕にほおった。
 ジョージアのブルーマウンテン・・・僕が愛飲している缶コーヒーだ。

「小山くんはコレでしょ?」

 僕はぷかぁと煙草をふかす。間がもたない時や落ち着かない時便利なものだと最近覚えたものだ。
「なぁ」
「ん?」
「なんで俺なの?」

 ユカは僕をじっと見つめて口角を右に上げてニッと笑った。

「バイトでね・・・」
「ああ」
「夜のシフトの相原くん達が、ソープ行こうぜって言ってたの」
「うん」好きそうだもんなあいつら。
「で、アイツとアイツとアイツ誘って・・・・小山は?って話してたら誰かがアイツこういうの絶対ついてこねーから誘うだけシラけるって」
「うん」金ないからなー。
「で、それ以来小山くんってソープ行かないんだぁ~って見てたの」
「はぁ」汗
「そしたら、いつの間にか小山くんから目が離せなくなりました。おわりっ」

 僕はまたぷかぁと煙を吐いた。

「ねぇ、まずは私と友達になってよ。」
 つきあってくださいと言われれば断っていた。しかし友達になってよと言われたら断りようがないではないか。

そういうわけで、僕とユカは友達になった。 

 それ以来、ユカはバイトでもキャンパス内でも主人を見つけた子犬のようにかけてきて、ニコニコ笑いながら当たり前のように僕の側にいる。

 僕は今までお互い好感を持った者同士のんびり距離を縮めていくような付き合い方を、友情でも恋愛でもとってきた。
 だから、こういう娘にどう対応していいか解らない。とまどいながら、5月が過ぎ、6月になっていた。

linetree




「ケイ!」
 遅くなったが僕の名前は小山圭吾という。
 そしてここ最近、ユカは僕の事を勝手にケイと呼ぶようになった。
「今日、うちにこない?何かたべさせてあげる」
 お互いに一人暮らし。
 好きな時に好きな事ができる気楽な身。

 しかし、まだ僕はアパートにユカを入れたことはないし、ユカのアパートにも行った事はない。
 襲われそうで怖いから・・・というのは失礼だけど、ちょっと本気でそう思う。
 だからこんな時僕はいつも
「いや、いいよ。自分でできるから。」
 なんて、おせっかいな母にいうみたいな陳腐な台詞で逃げている。
「そう」
 そうつぶやくユカの顔を見たが、残念なのかなんとも思っていないのか何の色も読み取れなかった。
「今からどこ行くの?」
「コンビニ」
「あっ、私も買いたいものがあったの。」
 そして当たり前のようにユカは僕の横に並び、今日あった出来事や変わった友達の話を面白可笑しく話しながら歩き始める。

 穏やかな午後。
 最近クリアに感じられるようになった、人の声、木々のざわめき、バイクの音。
 耳元でざわめくいろいろな音に、僕は落ち着かない気持ちになる。


linetree



 


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