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2021.06.13
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カテゴリ:グリコ・森永事件
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​
今回は〈グリコ・森永事件〉についてのまとめとすることにしよう。ほとんどこれまで書いたことの繰り返しになるだろうから、もう全部読んでる者は読まなくてよろしい。
 
おれは、
 
 
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​
 
 
を提唱する。あの事件はプロレスだった。一般に〈劇場型犯罪〉と呼ばれ、その通りではあるのだけれど、〈プロレス型犯罪〉と言うのがより適切だった、という考えだ。〈食品会社軍団〉対〈かい人21面相〉の大バトルロイヤルであり、日本中がその対決の観客にされたというのが真相なのだと。
 
が、〈彼ら〉が考えた本当の観客は子供である。〈対決〉を挑んだ企業を見ればいずれもが子供の好きな食べ物を作る会社だった。グリコ・森永・不二家といった製菓会社はもちろんだが、『わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい』の丸大食品に、『秀樹感激バーモントカレー』のハウス食品。ウィキペディアで事件をまとめたものによれば〈彼ら〉がマスコミに送った手紙の中には、
「わるでもええ かい人21面相のようになってくれたら」
と書いたものがあったという。
 
 
これはプロレスだったからだ。そして〈彼ら〉は子供が好きであったからだ。だからこの〈興行〉で、彼らはヒール(悪役)になるのを選んだ。ヒールがいてこそ力道山も、馬場も猪木も善玉になれるからである。つまりグリコが力道山で、馬場が森永で猪木が丸大食品だった。わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい。ボンバーエ。真の標的は子供だが、子供達は〈世紀の大イベント〉のリングを囲む観客である。みんなが好きな善玉企業に声援を送る観客なのだ。頑張れグリコ、負けるな森永、ヤングマン! 秀樹と一緒にハウス食品を応援しよう。そうさワーイ、MCA! ワーイ、MCA!
 
というのがおれが考えるあの事件の真相である。だから〈プロレス〉、あるいは〈ヒーローショー型犯罪〉と言ってもいいかもしれない。遊園地とかでやっている『仮面ライダー○○』や『××戦隊□□マン』といった特撮番組の実演ショーだ。怪人がまず舞台に現れて、
​「今日はお前らを皆殺しに来たのダ~」​​
と言う。チョコレートをかざして見せて、
​「このお菓子に毒を入れ、日本中にバラまいてやるのダ~」​​
言うとそこに、
​「そんなことはさせん!」​​​
と叫んでヒーロー登場。怪人は、
​​「うぬう、小癪な。返り討ちにしてくれるワ~」​​
言ってまずは戦闘員がワラワラと、という。思えば本家・江戸川乱歩『少年探偵』シリーズの〈怪人二十面相〉がそんな悪役だったと言えるが、グリ森事件の犯人達はまさにそれを演じていた。悪党だけれど決して凶悪犯でない。ほんとは気のいい人間達で、子供のために悪役をたのしみながら演じていた。
 
というのがおれが考えるあの事件の真相である。そしてまんまと企業から何億円かのカネをせしめれば彼らの勝ちだ。勝ちだが、最初のグリコ社長誘拐の時点でその気はまったくなかった。このときは一回限りの草試合のつもり。十億プラス金塊というのは「用意できるはずない」と考えた額であり、だから指定の受け渡し場所に行くことすらなかったのだが、〈興行〉に転じてからは目的が変わる。
 
というのがおれが考えるあの事件の真相である。最初の江崎グリコ社長・江崎勝久氏誘拐の目的はカネでなく、身代金を取る気はなかった。それでは何が目的だったのかと言えば、これを書いたらおそらく皆さん、おれをバカだと思うだろうが、この大阪は道頓堀の、
 


 
​​【グリコのネオン看板を世界的に有名にすること】​​
 
だ! おれ自身が自分で書いてて世にもくだらんと思うのだけど、この考えの根拠とするのは、根拠とは言えないかもしれないが、浅田次郎・著『初等ヤクザの犯罪学教室』(1993・KKベストセラーズ/1998・幻冬舎アウトロー文庫)という本があって、そこに、
 

 
このような記述がある。これ自体はグリ森事件となんの関係もないのだが、おれの〈プロレス説〉はこれを出発点にしている。
 
読めばわかるだろうが、これには、
《犯罪を飯の種にしている常習犯罪者というものは、ふつうの人間に比べてむしろ陽気でノリのいい人種》
などと書かれていて、その者達が檻の中で無聊を囲いながら、
《「カルビとロースはどっちがうまいか」「馬場・猪木もし戦わば」》
といった程度の低い話をして過ごしているという。一方で殺人犯などは嫌われているのだが、それとは別に皆が憧れる犯罪があってこれが銀行強盗。ブタ箱では、いかにしてそれをやって成功させるか、
《決まって三日に一度くらい真剣に討議さ》
れているという。やってのけたら犯罪者の中で尊敬されるだろう夢の犯罪なのだという。
 
お金が欲しくてやるのでなく、銀行をタタいて逃げて、
​​「やったぜ、オレはやったぜ!」​​
という、そっちの方が目的化してるわけですな。もちろんその際、人を殺したり傷つけたりしてはいけない。それでは後に捕まったとき、真の尊敬は得られぬという。
 
おれの〈プロレス説〉はこれを出発点としている。グリ森事件の犯人達はここに描かれているような者達ではあるまいか、というわけだ。事件はおそらく刑務所か、留置場の中の雑談で始まった。〈彼ら〉は三人くらいでツルみ、
 
​​「娑婆に出たらワシらでひとつ、でっかいことをやりたいな。ほんで世間をアッと言わせてみたいもんやな」​​​
 
と話していた。あるとき出たのが、
 
「せやなあ。グリコなんてどうや」
​「グリコ? グリコてなんやねん。キャラメル食うてどないするんや」​
「ちゃうて。看板あるやんか。グリコの会社どうにかしていてこましたら、あのネオンがニュースでバーンと映るんちゃうか」
 
ということになった。さらにもしもその事件がおおごとになり、世界的に取り沙汰されることになれば、
 
「世界中のテレビにあれがドーンと映るちゅーこっちゃで。見るやつみんな腰抜かすで。そんでぎょうさんの人がやな、実物を見にやって来るんや」
​「おーええやん。オモロイやんか」​
「せやろ? 大阪にグリコのネオン看板ありじゃ! 浅草の雷門に人を取られとってええのんか。ワシらで大阪に人を呼ぶんや!」
 
という。ハリウッド映画『ブラック・レイン』で、世界の人が劇場のスクリーンにドドンと映るあれを見るのは1989年。グリ森事件の始まりから5年後のことである。それまであの看板は、日本国内では知られていても、世界の人が知るものでなかった。
 
 
知られてなければそれは存在していないのと同じことで、「見たい」と思ってもらえない。だから、ワシらで知らしめよう。雷門がなんぼのもんじゃ。グリコのネオン看板があるのを世界に教えたるんやあーっ!!
 
というので考えたのが社長誘拐だったというのが、おれが思う一連の事件の始まりである。もちろんただの当て推量で証左となるものなどないが、それでも、これが動機なら、「不可解な点ばかり」とされている事件の始まりについての謎がすべて解けると思えるのだ。
 
ウィキを見るとこの件について、
 
   *
 
江崎グリコ社長誘拐事件
 
1984年3月18日21時ごろ、当時兵庫県西宮市に居住していた江崎グリコ社長江崎勝久の実母宅に拳銃と空気銃を構えた2人の男が勝手口を破って押し入り(家の外には車の運転手役の男がおり、犯行は3人組の男が実行している)、同女を縛り上げて社長宅の合鍵を奪った。2人組はそのまま隣家の社長宅の勝手口から侵入、社長夫人と長女を襲い、2人を後ろ手に縛って脇のトイレに閉じ込めた。その後、2人の男は浴室に侵入。長男、次女と入浴中だった社長を銃で脅し、全裸のまま誘拐した。夫人はこの後、自力でテープをほどいて110番通報。
 
翌3月19日1時ごろ、大阪府高槻市の江崎グリコ取締役宅に犯人の男から指定の場所に来るよう電話がある。取締役が指定場所に向かうと、社長の身代金として現金10億円と金塊100kgを要求する脅迫状があった。
 
この段階から、兵庫県・大阪府にまたがる重大事案として、兵庫県警察本部、大阪府警察本部による合同捜査体制が始まる。その後、犯人の男から電話があり別の指定場所に身代金を持って来るよう要求したが、結局犯人は現れなかった。犯人グループが要求した現金10億円は高さ9.5メートルで重量は130kg、これに加えて金塊100kgでは運搬が困難であり、合同捜査本部ではどこまで犯人グループが本気で要求していたのかいぶかる声もあったが、要求に従ってグリコはそれらを用意した。社長の母や社長夫人が犯人に対して「お金なら出します」と言ったにもかかわらず「金はいらん」と犯人が答えたこと、身代金誘拐が目的なら抵抗される可能性が少ない7歳の社長長女を誘拐するほうがリスクが少ないのにわざわざ成人男性である江崎を誘拐していることなどが身代金目的の誘拐としては不可解な点であり、金目的ではなく怨恨が犯行の原因という説の根拠となった。
 
その後、誘拐事件は急展開する。事件から3日後の3月21日14時30分ごろ、国鉄職員から110番通報を受けた大阪府茨木警察署によって江崎が保護された。江崎の証言によると、大阪府摂津市の東海道新幹線車両基地近くを流れる安威川沿いにある治水組合の水防倉庫から自力で抜け出したとされ、対岸に見えた大阪貨物ターミナル駅構内へ駆け込み、居合わせた作業員達によって無事に保護された。
 
   *
 
こうまとめられている。おれが特に注目するのは、
《社長の母や社長夫人が犯人に対して「お金なら出します」と言ったにもかかわらず「金はいらん」と犯人が答えたこと、身代金誘拐が目的なら抵抗される可能性が少ない7歳の社長長女を誘拐するほうがリスクが少ないのにわざわざ成人男性である江崎を誘拐していることなどが身代金目的の誘拐としては不可解》
という部分だが、ウィキではこれが、
《金目的ではなく怨恨が犯行の原因という説の根拠となった。》
となっている。しかし怨恨の二文字でそれらの奇妙さを説明できるか。
 
《犯人グループが要求した現金10億円は高さ9.5メートルで重量は130kg、これに加えて金塊100kgでは運搬が困難であり、合同捜査本部ではどこまで犯人グループが本気で要求していたのかいぶかる声もあった》
ともあるが、カネが目的でないのならなぜ10億円プラス金塊100キロなどという途方もない額を要求したのか。ウィキにはこの後、〈元グリコ関係者説〉として、
《(犯人グループは)グリコがすぐ10億円を用意できることを知っていた》
と書かれてもいるのだが、おれはあやしいものと思う。つまりおれの〈プロレス説〉なら、すべてをスンナリ疑問なく説明できるものと思う。
 
子供でなく社長を攫っていったのは、彼らが子供を攫うような凶悪犯でなかったからだ。グリコのネオン看板を世界のテレビに映すためには、攫うのは社長本人でなければならなかったからだ。「金はいらん」と言ったのはほんとにカネが要らなかったからで、「10億プラス金塊」は目的のために必要な額だが話を世を騒がせる大事件にするために必要な額であるに過ぎず、まさか用意できるものと考えてすらおらず、用意できるわけないのだから持ってこれるわけがない。そう考えて指定の場所に行くことすらなかったのだ、と。
 
ただ新聞やニュースを見ながら、
​​「やったやった。大ニュースになっとるでえ」​​​
としか言ってない。このときはまだ、
「でっかいことをやって世間をアッと言わせてみたい」
という動機でやったイタズラでしかないのだから――しかしここでひとり、彼らの思いもよらない者が話に割り込んでくる。
 
言わば〈仮面ライダー〉だ。それがこの、
 
 
当時、読売新聞で事件記者をしていた加藤譲という人物だが、これはなんでも他の新聞社の記者などからも、
 
〈ミスター・グリコ〉​​
 
と呼ばれる存在だったらしい。つまり、言わば仮面ライダー。NHKテレビは2011年に、
『NHKスペシャル 未解決事件File.01 グリコ・森永事件 劇場型犯罪の衝撃』
という番組を制作しているが、これは冒頭のナレーションで、
 
    *
 
「(略)番組では、犯罪史に刻まれたこの事件の全貌に、ドラマとドキュメンタリーで迫る。
(略)ドラマには、実在の人物が登場する。事件発生から取材を続け、ミスター・グリコと呼ばれた加藤譲記者。ドラマはこのひとりの記者の目を通して事件の深い闇を描いていく」
 
 
と言って再現ドラマ部の主人公とし、上川隆也がこれを演じる……のだがおれが見るところ、この人物がどうもいろいろと変なのである。
 
再現ドラマは当然ながら、脚色されているだろう。すべてが事実通りではない。それはわかるが、どうにもこうにも、上川演じる仮面ライダー、いや〈ミスター・グリコ 加藤譲〉の言動にいちいちひっかかりを覚える。まるで自分がやっているのが子供向け特撮番組の主人公なのがわかっていない藤岡弘が遊園地のライダーショーを通りがかりに見て本気にし、
​​「こんなところに怪人が! お、お菓子に毒だって?」​​
と言って変身、いや変身はしないけど、
​​「そんなことはさせん!」​​
と叫んで舞台に乱入していくものを見せられているように感じる。
 
いや、もちろんグリ森事件は実際にあった事件だし、事件記者が事件を追うのは当然だろうがそれにしても、あまりにマジに受け取り過ぎているように見える。事件は日本を震撼させたが、日本を震撼させたのは〈犯人グループ かい人21面相〉でなく、ひょっとしてこの本郷猛じゃないか? ある意味でこの男こそ、真犯人だったりしないか?
 
見ていてそう思わされた。
​​「グリコのネオン看板を世界的に有名にしよう」​​
という冗談でやったイタズラの事件を、
​「八つ墓村の祟りじゃあ~~っ!!」​​​
なオドロ怪奇話のように世に見せかけた犯人だ。NHK『未解決事件』は、番組冒頭のイントロダクションでグリコのネオン看板を、これは道頓堀でなくグリコ本社か工場のものらしいのだが、
 
 まずこう撮って、せまるう~♪
 ​​ショッカー!​​
 
と、こう見せる。これが番組が始まって1分30秒のところで、まるで磔(はりつけ)にされたキリストが、魔物と化して日本社会を罰しに来たとでもいったイメージだ。
 
事件当時のニュース映像なのがおわかりになると思うがこんな画を、掘り起こして使っている。しかしこれは犯人達が〈我らを狙う黒い影〉であったと言うよりも、いかに当時のマスコミが扇情的に報道していたのかを如実に表すものでないのか。
 
マスコミは事件を〈地獄の軍団〉が社会を襲いにやってきたかのように演出する報道をしてきたしこの番組でもそれを続けている――そう捉えるべきものではないのか。
 
おれは見ながらそう感じた。そしてイントロダクションが終わって5分目、上川演じるミスグリ加藤譲記者登場。再現ドラマは事件発生から16年後、最後の脅迫から15年が経つ2000年2月12日に始まるのだが、上川のナレーションで、
 
   *
 
「あと3時間で、とうとうその日がやってくる。グリコ・森永事件の事項が成立する日や。事件発生当時、ぼくは、大阪府警捜査一課担当キャップをやっていた。犯人逮捕の特ダネは、ぼくが抜く。その思いで今日までやってきた」
 ​
 
などと言ってこんな画を見せる。最初に見せたのと同じものだが、なんだかまるで、松本零士の『スタンレーの魔女』といった感じである。
 
でもって、
 
 ピッ、ピッ、ピッ、
 ​​ポーン​​
 
と、どうやらこのネオンの灯は毎晩零時に消えるらしいが、そこでまるで、
 


 
こんな感じの署名原稿を書く。こうだ。
 

 
赤で囲った部分に注目。番組ではこの続きが読めないが、ともかく、
《事件の始まりだけを見ても、謎ばかりだ。なぜ犯人らは警察に通報しないよう社長夫人に強く口止めしなかっ》
とあり、後に「たのか。」と続くのだろうが、犯人らは警察に通報しないよう社長夫人に強く口止めしなかったのか。それはなぜだ。
 
彼にはこの謎が解けないようだ。彼は《謎ばかりだ》と言い、ウィキは《不可解な点》だらけとするが、ウィキはそれらが怨恨説の根拠ともする。だが怨恨で、口止めをしなかったことが説明できるか。
 
できないだろう。おれは通報してほしいから口止めしなかったんだと思うが。
 
グリコのネオン看板を世界的に有名にするがための誘拐だから、大々的に報道してほしいので口止めしなかったんだと思うが、しかし、〈ミスター・グリコ〉と呼ばれた男は16年間に一度もそういう考え方はしなかったらしい。そういう考え方をするおれがバカだというだけの話なのかもしれぬがしかし、それからさらに11年後に制作されたこの番組にチラリと出て、
 
   *
 
​「何が事実やったか、何が真相やったか、やり通さな答えがないと言うか、ちょっとでも肉付けしたいという思いでその後も27年間やってきた」​
 
 
 
と言う。肉付けはいいけど、問題は、この番組を見る限りこの男の言動のひとつひとつがおれにはどうもおかしく感じられることだ。この男は記者にしてはいけない男なのではないか――おれの目で見てそう感じる部分ばかり。
 
さっき見せたウィキに、
《事件から3日後の3月21日14時30分ごろ、(略)江崎が保護された。(略・監禁場所の)水防倉庫から自力で抜け出したとされ、(略)》
とあるように、江崎勝久氏の脱出と保護で誘拐そのものはとりあえず終わるが、NHK『未解決事件』はそれを加藤譲の視点で、
 
   *
 
​上川によるナレーション「江崎グリコ社長が脱出したとき、正直これで事件も解決すると思うた。せやけど実際は、ここからが事件のほんまの始まりやった。ちょうど同じ頃、大阪でもうひとつ、別の誘拐事件が起こった。わが読売新聞は、そのとき報道についての取り決めを破ったとして、無期限のボックス閉鎖という厳しい制裁を受けることになった。この事件に関しては出だしからツキがなかった」​
 

 
と描く。ハン? 無期限のボックス閉鎖? なんだそれは、と思いつつ見ていると、池内博之演じる毎日新聞の記者・吉山利嗣というのがドアに釘を打たれているところに現れ、
 
   *
 
​​「おー、ええ気味やん」​​
 

 
と言う(画面中央、青いシャツの男)。続けて、
 
   *
 
その後輩らしき者「言い過ぎですよ」
加藤(上川)「ぐっさん、聞こえてんで」
吉山(池内)「気にすんなや。心の声や」
記者A「ちっ。会見もレクも出られへんのでしょう。どないすればええんですか!」
加藤「倍の時間かけて取材したったらええねん」
記者B「絶対に抜きまくりましょう」
加藤「うん」
 

 
と描かれる。これはどういうことか、と見ながら思わざるを得ない。
 
時を同じくして起こった別の誘拐事件で、読売は報道についての取り決めを破っているらしいのだ。「わが読売新聞は」なんて言い方をしているが、社内の別の部署の者が何かやって加藤らはそのとばっちりを受けたのか。
 
そう聞こえる言い方だが、その一方で他社の記者から「おー、ええ気味やん」だ。「ツキがなかった」という言い方もおかしい。やってはいけないことをやってしくじった人間が、自分は悪くないことにしようとするとき使う言葉の用法じゃないのか。
 
これはそのような感じに見える。具体的に何をやったかわからぬし、別の事件の報道でやったことだと言うのなら直接関係ないとも言えるが、しかし制裁を受けるからにはよほどのことをしたのでないのか。誘拐事件ということなら、人質の身に危険が及びかねないような……。
 
そしてなんの反省もなく、
「絶対に抜きまくりましょう」
「うん」
と言い合っている。特ダネのためなら何をやらかすかわからんやつら、というふうに見えないこともない。
 
いや、もちろん記者が報道合戦に勝とうとするのは当然だろうが、しかしやっぱりドアに釘打ちは穏やかでない。にもかかわらず「ちっ」と言ってるだけというのは……。
 
どうもな、と感じるが、それはさて置き、江崎勝久氏脱出・保護をこの番組がどう描いてるか見てみよう。その日、加藤らがまだ閉鎖のされていない〈ボックス〉とやらで、
 
   *
 
記者A「犯人は江崎家のことを相当詳しく調べとるようですね」
記者B「グリコの内情をよう知っとる人間かもな」
加藤「誘拐されてから4日目か」
記者C「社長は、もう……」
 
 
などと話しているところに勝久氏保護の報せが届く。ナレーションが、
 
   *
 
「社長が監禁されていたのは、普段、地元の人間もほとんど出入りしない水防倉庫だった。社長は、三人の男に手足を縛られ、頭から袋を被せられていた。男達は、社長の家族の名前を挙げ、『逃げたら殺す』と脅迫していた。3日目の夜、男達は、突然姿を消した。その隙に、社長は自力で脱出した」
 
 
 
と言うのだが、いろいろとやはりおかしい。
 
まず時間だ。ウィキでは、
《事件から3日後の3月21日14時30分ごろ》
なのが、番組は、
《4日》《4日目》
と言って、それが3月何日なのかは言わない。
 
脱出・保護が何時頃なのかも言わずに
《その隙に》
という言い方だが、これでは夜に男達が目を離したわずかな隙に逃げだしてから一日くらい、無人の荒野をさまよってでもいたように聞こえる。
 
あるいは午後でなく朝早くにでも保護されたかのように見える。事件発生は18日夜9時だから、これを〈1日目〉とすれば21日は〈4日目〉ということにもなろうが、拉致されてから保護されるまでウィキによれば65時間なのである。72時間経ってないのを「4日目に入った」とは普通言わないのではないか。
 
おれはつまらないことを気にしているか? しかしおれはこの番組をまず見たときに「4日」「4日目」と言うものだから、
「えーと、それは3月22日ということなのかな」
とカレンダーを眺めながら考えてしまった。普通に聞いたらそうなると思う。何しろ、
「誘拐されてから4日目か」
「社長は、もう……」
だ。この番組は、たとえばこんな、
 
 
映画のように、勝久氏に〈5日目〉はなく、隙を見て逃げることができなければ間違いなく殺されていただろう、とでも見る者に思わすような話の作り方をしている。
 
ように感じる。そしてこの時、72時間経過していて状況は絶望的と見られていた、というように。
 
が、実際は65時間。しかも犯人らはその前の晩に姿を消してると言うのだから、監禁時間は実のところ48時間程度に過ぎない。
 
勝久氏は犯人達が消えた後で逃げようと思えばすぐにもおそらく逃げられたのに、
《男達は、社長の家族の名前を挙げ、「逃げたら殺す」と脅迫していた》
から、翌日の午後2時まで十数時間もその場を動かずいたのじゃないのか。
 
つまり、《その隙に》という言い方はおかしい。事実を歪めようとしている。わずかな隙に脱出できねば勝久氏に命は決してなかっただろう、という話にしたいから時間をごまかし、曖昧にしている。だから「21日」と言わずに22日のようにさえ見える演出をほどこしている。
 
のではないのか。さらに、
《社長が監禁されていたのは、普段、地元の人間もほとんど出入りしない》
ところだった、というのも疑わしいものがある。確かに空撮映像の方は人の姿がまったく見えぬが、雑草も生えてるようすがないというのはどういうことか。
 
 
  
一方で地上で撮られた方は雑草が青々としている。どうも空撮映像の方は、古いものから人が写っていないものを探した結果、誘拐から10ヶ月後の真冬に撮ったものだけしか見つからなくてそれを出した。そういうことじゃないのかオイ。NHKは、犯人達が勝久氏を、叫んでも悲鳴が誰にも届かぬ場所で残虐なやり方で殺す気だったに違いない、と見る者に思わす番組の作り方をしている。
 
のではないのか? 番組はさらに、
 
   *
 
ナレーション「犯人は多くの遺留品を残したが、その捜査も難航した」
当時の大阪府警捜査一課長「大量生産・大量消費ですから、特定の持っている方を探す難しさ。さらにそれから犯人まで絞り込んでいく難しさですね。そういうものが結局……」
 
 
 
なんて言ってこんな画を見せる。だがその後で、スキー帽はまあいいとして、コートについては、
 

 
こんなこと言い出して、話が違いはせんか。どっちなんだ。大量生産だから難しかったのか。古い希少品だったからダメだったのか。
 
これがウィキでは、やはり内部関係者説の根拠として、
《江崎を水防倉庫に監禁した際に江崎に着せていたコートが戦前から戦中にかけての江崎グリコ青年学校のものと似ていた》
という記述があり、だから、
《グループの中にグリコに怨みを持つ者がいるのではないかと言われる》
と言うのだが、いやいや、どうでありましょうね。
 
結局のところNHKにせよウィキのまとめ人にせよ、そしてたぶん警察にしても、犯人達を〈グリコに怨恨を持つ者〉ということにしたがっていて、コートなんてものまでもその証拠にしたがっている。そう見るしかないんじゃないか。だがトレンチコートなんて、そもそもが塹壕で兵士が着るための服であってデザインは大体決まっているもんだろう。特に昔は厚いウールで作るものと決まっていた。
 
古いトレンチコートであれば全部が江崎グリコ青年学校のものと似ていることになりゃせんのか。犯人達がそのコートを勝久氏に着せながら、
「これはなあ、その昔に……」
と話していただとか、内側に、
〈江崎グリコ青年学校〉
と刺繍でもしてあった、とでも言うならともかく、こんなものが内部関係者による怨恨の証というのは相当に飛躍している。「怨恨による犯行」と思いたい者にはなんでも怨恨の証拠に見えるだけではないのか。
 
勝久氏は〈5日目〉に、ハダカの体にスキー帽とトレンチコートの惨殺死体で発見されるはずだった。そうだそうに違いない、とでも言いたいわけだろうか。犯人達はその気だったと? バカらしい。トレンチコートが本当にグリコ青年学校のものだったとして、それがハッキリ見てわからないようでは意味がないじゃないか。
 
それよりおれは、コートとスキー帽のおかげで勝久氏はハダカで拉致されながら寒さをしのげたことにこそ着目すべきでないかと思う。犯人達が少しは氏の健康を気遣っていた証拠と見るべきではないか。
 
コートが戦前のものと言うなら、戦後の物々交換の時代に米と換えられたものかもしれない。それを蔵から引っ張り出して、使っただけのことかもしれない。
 
古くてもう要らないものであったからだ。おれも軍の放出品のコートを一着持っててモノはいいんだが、袖口なんか結構傷むんだこれがまた。分厚いウールの生地だから、ジーンズの裾みたいに擦れちゃうのね。だからそいつも同じ理由で古着屋とかで安かったのを見つけて買っただけかもしれない。
 

 
遺留品に必要以上にこだわって、意味など見つけようとするべきでない。と、いったところでこの勝久氏誘拐(正しくは略取)についてのおれの考えをまとめよう。
 
   * * * * * * * * * *
 
犯人達は凶悪犯でなく、「でっかいことをやって世間をアッと言わせてみたい」と考えただけの小悪党の集まりである。勝久氏を狙ったのは「グリコの社長を攫えばグリコの看板が世界的に有名になる」と考えたからで、捕まっても刑務所の中で英雄になれる。そんな冗談の計画だった。
 
彼らは銃で脅したり、縄で縛ったりといったことはしても、それ以上の暴力を決して好む者達でない(寝屋川の件で抵抗する男を殴ったりもしたようだが、これも抵抗されたからだ)。事件は春のお彼岸に起きたが、それはおそらく氏の健康を一応気遣ってのことではないか。
 
つまりそれより前の時期では、監禁場とする倉庫が寒いと考えたわけだ。そしてこれより後になると、学校が春休みになったりする。
 
NHK『未解決事件』はその場を、
《普段、地元の人間もほとんど出入りしない》
と言うが、子供は来るかもしれないじゃないか。当時は団塊ジュニアというのが小学生だった時代で、子供の数は非常に多い。春になれば虫でも採りにやってこないと限らぬのでは?
 
彼らはそう考えた。事件が起きたのは18日だが、その翌日が月曜日。
 
 ​NHKスペシャル 未解決事件File.01 グリコ・森永事件 劇場型犯罪の衝撃​
 
つまり起きたのは日曜の夜だ。勝久氏の保護は3日後の21日。
 
それは春分の日ではないのか。いや、1984年の春分の日が何日か知らぬが、いずれにしても、2日間だけ監禁しそこで消える算段で、その通りに実行した。
 
彼らとしてはそれで充分だったからだ。10億プラス金塊というのは「用意できるはずない」と考えた額で、指定の場所に行く気もなかった。
 
勝久氏に「逃げたら家族を殺す」と言ったのはそう言っておけば繩が解けてもすぐには逃げないと考えたから。自分達が安全にその場を去るためだけの脅し。
 
しかしいずれ空腹などに耐えかねて外に出ることになる。彼らはそう考えていて、その通りにうまくいった。氏はおそらく逃げようと思えばすぐに逃げられたのを十数時間も頑張ったわけで、犯人達にまんまと乗せられたわけではあるが、しかしむしろたいしたものと言うべきだろう。
 
   * * * * * * * * * *
 
――と、こんなところかな。そしてここで、仮面ライダー気取りの男、〈ミスター・グリコ 加藤譲〉が話に割り込んでくる。ボックス閉鎖の憂き目に遭った逆恨みをぶつけた記事を書き始め、ウィキにある、
 
   *
 
元グリコ関係者説
江崎家やグリコの内部事情に犯人グループが通じていたことから出た説である。
 
具体的には江崎誘拐の実行犯が江崎の長女の名前を呼んだこと、江崎誘拐における身代金要求の脅迫状で社長運転手の名前を名指ししたこと、世間一般にほとんど知られていないグリコの関連会社を知っていたこと、江崎を水防倉庫に監禁した際に江崎に着せていたコートが戦前から戦中にかけての江崎グリコ青年学校のものと似ていたこと、グリコがすぐ10億円を用意できることを知っていたことなどである。ほかにも人質を取ったり放火したりしたことや、脅迫状ではグリコ以外の会社の社長を「羽賀」「松崎」「浦上」「藤井」と苗字で書く中で江崎社長のみ「勝久」と名前で書いていることなど他の企業を脅迫したときにはない特徴があることから、グループの中にグリコに怨みを持つ者がいるのではないかと言われる。
 
他にも53年テープの存在もグリコへの怨恨が原点にあるという説の補強材料になっている。
 
   *
 
こんな話のベースを作った。
 
だがこんなもん、どこが具体的だと言うのか。再現ドラマの中でも仲間とそんな話をしていた(「犯人は江崎家のことを相当詳しく調べとるようですね」「グリコの内情をよう知っとる人間かもな」)けれど、長女の名前を知っていれば江崎家のことを詳しく知ってることになるのか。勝久氏を「勝久」と呼んだらそれは勝久氏に恨みを持ってることになるのか。
 
トレンチコートにスキー帽の姿で殺さねばならないほどに? 身勝手な怨恨で社会を恐怖のズンドコに陥れたのは加藤達だったのじゃないのか。人々はこの男らの視点でもって事件を見せられ、この者達が肉付けした犯人像を見せられてきたのではないか。NHK『未解決事件』はグリコのネオン看板を、さっき見せたのとは別に、
 

 
こんなふうに見せたりとか、
 
 
 
こんなふうに手持ちのカメラでブラしたり揺らして撮って見せたりする。スタンレーの魔女は今も笑っているに違いない。
 
〈かい人21面相〉は今もこの日本社会を笑っているに違いない……番組はそう言うが、果たして本当にそうだろうか。
 
今の社会が良くないのは、みんなあいつらのせいなのだ……番組はそう言うが、果たして本当にそうだろうか。
 
 
 
そう見せようとしているが、〈ミスター・グリコ 加藤譲〉や、この〈ぐっさん〉の個人的な怨恨を押し付けられているだけじゃないのか。おれはそんな疑問を感じる。事件の第二段階は、ウィキによると、
 
   *
 
4月8日には、犯人グループから大阪の毎日新聞とサンケイ新聞へ手紙が届く。マスコミ宛に世間一般への公開を前提とした初めての挑戦状だった。手紙には無署名で封筒の差出人名は江崎の名前を使っていた。
 
    *
 
こうある(ただし、4月2日に別の脅迫状が届いた話があるがこれは便乗犯だと思う。詳しくは先に置いたリンクを押して読んでください)。NHK『未解決事件』はこれを、加藤がいる読売の〈仮ボックス〉には来なかったので、ジリリリンと電話が鳴って、
 
   *
 
加藤「はい加藤」
相手「挑戦状のこと聞いたか」
加藤「いま聞きました」
相手「そっちには来てるか」
加藤「こっちには来てませんよ」
相手「なんでウチには来(け)-へんねん!」
加藤「そんな知りませんわ!」
 
 
こう描く。手紙の内容はこうだ。
 
   *
 
 けいさつの あほども え
 
 おまえら あほか
 人数 たくさん おって なにしてるねん
 プロ やったら わしら つかまえてみ
 ハンデー ありすぎ やから ヒント おしえたる
  江崎の みうちに ナカマは おらん
  西宮けいさつ には ナカマは おらん
  水ぼう組あいに ナカマはおらん
  つこうた 車は グレーや
  たべもんは ダイエーで こうた
 まだ おしえて ほしければ 新ぶんで たのめ
 これだけ おしえて もろて つかまえれん かったら
 おまえら ぜい金ドロボー や
 県けいの 本部長でも さらたろか
 
   *
 
と、この通り警察の愚弄に終始してるものだが人は見たいところだけ見て、そこにだけ肉付けをする。
 
   江崎の みうちに ナカマは おらん
   西宮けいさつ には ナカマは おらん
 
ここだ。ここしか事件スズメが見ることはなく、ここだけクチバシで突っついてピーチクパーチクさえずりたてる。
 
「『江崎のみうちにナカマはおらん』というのは、やっぱり江崎の身内の中に仲間がいるということだ。やはりそうだと思っていた! 絶対そうだと思っていたんだ。ホラ見ろ、やはり! ホラ見ろ、やはり! オレが言っていた通りだろうが。オレの考えに間違いあるわけがない。絶対間違いあるわけないんだ!」
 
「『西宮けいさつにはナカマはおらん』というのは、やっぱり西宮警察の中に仲間がいるということだ。やはりそうだと思っていた! 絶対そうだと思っていたんだ。ホラ見ろ、やはり! ホラ見ろ、やはり! オレが言っていた通りだろうが。オレの考えに間違いあるわけがない。絶対間違いあるわけないんだ!」
 
といった按配だ。事件を語る人間がそろってこんな調子なのは皆さんご存知じゃないでしょうか。
 
だが、バカらしい。実際に警察内部で犯人の仲間探しが行われたらしいのだが、まずそもそも、警察内部に仲間がいる者達が、勝久氏誘拐時に寄越した最初の手紙に「ナカマがいる」と書いたりするか?
 

 
これはフカシだ。そう断じるべきだろう。それを真に受け、「仲間がいる仲間がいる」と世が騒いでいるもんだから、〈彼ら〉はあきれて二度目の手紙に「おらん」と書いた。
 
そう判じるべきだろう。この手紙に関してのおれの考えをまとめよう。
 
   * * * * * * * * * *
 
これは事態が彼らが期待したものとかけ離れた方向に進んでいるのに困り、そして愚かな警察やマスコミにあきれて送ってきたものだ。道頓堀のネオン看板はまったくニュースに映らないし、映ってもまるでキリストの磔像。
「これは何かの祟りじゃあ~~っ!!」
という調子で、識者ヅラした者らが言うのは、
「江崎グリコという会社は過去によっぽど悪いことをしてたんでしょう」
という話ばかり。
 
だからグリコの会社の中に仲間がいるし、警察の中にも仲間がいるという話になる。バッカじゃねえか。だからもう、それにホトホトあきれた末に書いた文だとおれは思う。
 
実はこのとき、彼らはたとえ捕まってもいいくらいのつもりでいた。動機がわかればたいした罪になるまいし、ムショの中で英雄になれることは確実だ、という考えだ。ウィキには後にハウス食品を脅迫した際、手紙に、
《江崎グリコの江崎勝久社長を拉致監禁したときに社長の声を吹き込んだ録音テープが同封されていた》
という記述があるが、これはおそらく捕まったとき、確かに自分達がやったと証明するため録音したものではないか。
 
彼らは捕まってもよかった。この手紙はほとんど本音を書き綴ったものだったのだ。
 
   * * * * * * * * * *
 
というところである。しかしその2日後に、放火が起きて事件は大きな転換をする。再現ドラマはこのときに、
 
   *
 
記者A「(警察は)グリコに関係する人間を、相当洗っとるようです。事件解決も近いな」
 
 
なんてメシを食いながら言ってるところに連絡があり、
 
   *
 
加藤「グリコが燃えとる」
 
 
 
と言う。ウィキはこれを、
 
   *
 
江崎グリコ本社放火事件
 
1984年4月10日20時50分頃、大阪府大阪市西淀川区の江崎グリコ本社で放火が発生。火元は工務部試作室であり、火は棟続きの作業員更衣室にも燃え移り、試作室約150平米は全焼。
 
21時20分、本社から約3km離れたグリコ栄養食品でも車庫に止めてあったライトバンが放火される。こちらはすぐに消し止められた。犯人はガソリンの入った容器に布を詰めたものに火をつけていた。
 
出火の直後には、帽子を被った不審な男がバッグを抱えて逃げるのが目撃されている。
 
   *
 
こう書いている。NHK『未解決事件』は、
 
   *
 
 
ナレーション「大阪市内にあるグリコ本社の一画が放火され、ひと棟が全焼。その直後、3キロ離れた子会社でも会社のクルマが放火された」
 
(事件現場らしきところで)記者団のうち一名「誘拐犯との関係をちょっといろいろ解説して……」
大阪府警刑事部長「全くわかりません。それは全く」
別の記者「これまでかなり、そのう、脅迫文でえ、そういうことについてですねえ、今度はまあ、それに輪をかけたもんであるかという、そこらへんの感触は、部長個人としては……」
刑事部長「あー、全くわかりませんがぁ、その線もぉ、捨てられないということですよね? どれも推定の範囲を出ませんがぁ、その線もぉ、捨てるわけにはいかんというゴニョゴニョゴニョ……」
 
ナレーション「捜査本部はその後、社長の誘拐と一連の放火は同一犯によるものと断定。カネ目当てに加え、恨みという線でも捜査を始めた。事態を重く見た警察庁は一連の事件を広域重要一一四号事件に指定した」
 
 
こうだ。グリ森事件の犯人達は凶悪犯、〈劇場型犯罪〉で〈愉快犯〉だから大それたことが平気でできるし無差別に人を殺すこともできる――というイメージは、この件によるところが大きいと言えよう。
 
おれも事件当時は中学を卒業して高校に上がったところだったが、この放火で初めて「え?」となった記憶がある。それまではニュースで一応知ってはいてもさほど関心は持ってなかった。
 
社長が誘拐された時にはその金曜に迫っていた『装甲騎兵ボトムズ』の最終回がどうなるのか以外なんにも頭になかった記憶がある。放火で初めて新聞を見たが、何がなんだかサッパリわからん。その後の展開も、当時はまったくついてけなかった。
 
が、今にNHK『未解決事件』を見て思う。これ、本当に〈彼ら〉のやったことなのかな? 無関係なアカウマがやったことだったりしないか?
 
アカウマ――つまり、放火魔である。〈放火魔〉と言ってもピンキリだが、どちらかと言うと道端のゴミや何かにライターオイルでもかけて、火をつけるような類のやつ。つまり、〈キリ〉の方である。この放火はひょっとして、そんなチンコロがやったんじゃないか?
 
と思った。つまり〈彼ら〉と関係のない、その辺にいくらでもいる小物のひとりが、
​「これは何かの祟りじゃあ~~っ!!」​​
な事件報道に刺激を受けてやったのじゃないかと。刑事部長の会見場面をカメラで撮って見せると、
 
 記者「誘拐犯との関係は?」
 
テロップではこうなっているが、正しくはこう。
「誘拐犯との関係をちょっといろいろ解説して……」
 
 刑事部長「全くわかりません それは全くわかりません」
 
正しくは、「全くわかりません。それは全く」で、次の「わかりません」は言わず、その後に、
「それはこれから調べるところでありまして、今の段階で言えることは何も……」
とでも続けようとしているようすなのだが、そこに、
 
 記者「これまでの脅迫文でそういうことについて」
 
言葉を遮って、記者が質問してしまう。それも正しくは、
「これまでかなり、そのう、脅迫文でえ、そういうことについてですねえ」
だ。はっきり言って、かなりねちっこい口調。
 
しかもこれが横に映っている茶色の服を着た記者で、その前に「誘拐犯との関係をちょっといろいろ解説して……」と言ったのとは別の記者なのである。この記者は、刑事部長が他の記者の質問に応えているところに横から割り込んでいるのだ。
 
ここでカメラは、
 
 
刑事部長の顔にズームしアップで捉える。この表情と、横で見ている記者の目に注目。
 
そして構図は元に戻るが、
 
 記者「今度はそれに輪をかけたものであるかと」
 
と茶服の記者は続ける。正しくは、
「今度はまあ、それに輪をかけたもんであるかという、そこらへんの感触は、部長個人としては……」
だ。刑事部長はウンウンと相槌を打ちながらに聞いているが、
 
 刑事部長「全くわかりませんがその線も捨てられない」
 ​刑事部長​​「どれも推定の範囲を出ないがその線も捨てるわけにはいかない」​​​
 
と答える。正しくは、
「あー、全くわかりませんがぁ、その線もぉ、捨てられないということですよね? どれも推定の範囲を出ませんがぁ、その線もぉ、捨てるわけにはいかんというゴニョゴニョゴニョ……」
といった調子なのだが。
 
刑事部長は最初は詰め寄る記者達にタジタジといった感じになりながらも、
​​「まあまあ。そう結論を急がずに」​​
とでも言いたげに応じているように見える。おそらく火が消えたばかりというところで、捜査はこれから。まだ何もわかってないのだ。「解説して」と言われても、何を解説できると言うのか。
 
そう言いたげなようすに見える。しかし、
​「解説して」​​
の文句は、テロップからは省かれている。
 
解説できることなんかなんにもないということを解説しようとしたところで、茶服の記者が割り込んできてネチッこい言葉を投げかけてくる。まわりには無数のカメラ。そして、
 

 
こんな目をしたやつら。それが何十人も自分を取り囲んでいる。
 
この状況でまともな精神状態を保てる者がいるだろうか。刑事部長は、
「あー、全くわかりませんがぁ、その線もぉ、捨てられないということですよね? どれも推定の範囲を出ませんがぁ、その線もぉ、捨てるわけにはいかんというゴニョゴニョゴニョ……」
と言ったが言ってしまったのだ。言わされてしまったのだ。茶服男とその同類の者達に。そして失言に気づいて「しまった」と思っている。
 
ようにおれには見える。前にほんとはこう見せようとして間違えたのだが、
 
 
特にここだ。18分20秒のところで、
「そこらへんの感触は、部長個人としては……」
と茶服は言ってるのだが、それはテロップでは省かれている。
 
〈自分自身の考え〉でない。〈ハイエナ記者が予断で決め付けていること〉を〈刑事部長としての自分の個人的な感触〉ということにさせられて無理に言わされてしまったことに気づいて「しまった」と思っているようにおれには見える。
 
刑事部長は本当は、
​「今の段階で言えることは何もない」​​
と言って突っぱねなければならないところだったのだ。ここは。本当は。この段階で言えることは本当に何もないのだから。しかしカメラに撮られ、テレビで流され、ビデオテープの記録として残るかたちで言質を取られた。
 
それに気づいて「しまった」と思っているようにおれには見える。「そこらへんの感触は、部長個人としては……」と目の前にいる男は言うが、違う。こいつは、警察幹部が日本警察を代表して、
​​「その線が濃厚だ」​​
と言ったことに必ずする。そうと気づいて「しまった」と思っている。
 
ようにおれには見える。そして実際にそうなった。彼の言葉は大阪府警の刑事部長の言葉のゆえに日本警察が充分な根拠のもとに推論し発表したものとされた。そしてそういうものとして、NHKが四半世紀後に制作するスペシャル番組にも使われ、ケーブルテレビでさらにその十年後に流される。
 
が、刑事部長は実のところ、無関係なアカウマの線もこのとき考えていたのじゃないか。放火でいちばん多いのは、そんなやつなのだから。自分がそれまでムショ送りにしてきたアカウマどもの顔を思い浮かべていたかもしれない。しかし、ここでこう言ってしまったために、本来ならば少しは追ってみるべきだったそちらの線が捨てられた。
 
のではないのか。そしてまた、気になるのが茶服の記者だ。ひょっとしてこいつ、
 
 
加藤譲じゃないのか?
 
 
とおれは見て思った。口元が似てる気がするし、再現ドラマで上川がしているのと髪型が同じだ。「何が事実やったか、何が真相やったか――」と語るのちの加藤とも、声や口調が似てると感じる。
 
  
 
並べてみると、こう。だから、こいつ加藤じゃないのかな、と思うのだけどどうなのだろう。違っていたらごめんなさいだが、いずれにしても、警察が無関係なアカウマの線を追うことはなかった。
 
番組のナレーションが言った、
《捜査本部はその後、社長の誘拐と一連の放火は同一犯によるものと断定。カネ目当てに加え、恨みという線でも捜査を始めた》
からだが、しかし、何をもって誘拐と同一犯と断定したのか。
 
その説明を番組はしない。ウィキの方にもそれについての言及はない。このふたつにないだけで、それなりの根拠がどこかにあるのかもしれないが、ひょっとして、
 

 
当時の大阪府警本部長であるこのおっさんだ。こいつが断定したもんだから断定となっただけじゃないのか。
 

 
そうか? 合同捜査体制自体は社長誘拐直後からあり、合同捜査本部も出来た。が、〈兵庫-大阪〉の順で、主体は兵庫県警にある。江崎グリコ社長の宅が兵庫県西宮にあり、事件はそこで始まったからだ。
 
そして犯人が新聞社に送ってきた手紙には、
《県けいの 本部長でも さらたろか》
と書かれていた。「県警」と言うからには兵庫県警のことであり、大阪府警本部長のことではない。
 
おっさんはそれが気に入らない。他の県警本部長でなく、自分が犯人に攫われたい。じゃなくて、捜査の主導権が兵庫にあるのが気に入らない。
 

 
嘘つけ。しかし、放火は大阪で起きたのだ。だから大阪府警の事件だ。監禁の場所も大阪だったのだから、最初からみんな大阪の事件なのだ。
 
よって解決したならば手柄は自分のものである、という、ただそれだけの考えで放火は同一犯によるものだと断定した。だろう。そうに決まっている。
 

 
へーえ、そうですか。しかしおれとしても、この放火に関しては同一犯でないという確かな根拠があるわけでない。おれは彼らを凶悪犯と思いたくない人間なので、凶悪犯でないことにしたい。そのため〈無関係なアカウマ〉の線を無理矢理出している面があるのは否めない。それをお断りしたうえで、それでも、と考えてみよう。
 
一連の事件は〈劇場型犯罪〉で、犯人達は〈愉快犯〉だった。だから放火もやる、というふうに一般には見られている。
 
しかしおれの考えは〈プロレス型犯罪〉で〈陽気でノリのいいやつら〉という、同じようでも全然違うものなので、放火というのはそぐわない。要するに〈彼ら〉が凶悪犯となると考えが合わなくなる。浅田次郎・著『初等ヤクザの犯罪学教室』には、さっき見せたページの後に、銀行強盗の話として、
 
   *
 
​ カウンター越しにどおんとひとり撃ち殺せば、まあそれなりの札束は積まれるでしょうが、「殺人」の項でお話ししましたとおり、「強盗」は有期刑ですが、「強盗殺人」となりますと、無期懲役がふつう、まかり間違えば死刑にもなりかねません。仮に成功しても、後々仲間からは気味悪がられて、おいしい話にも混ぜてもらえなくなります。​
 
 
とも書かれている。同じ理由で放火をする人間などは、おれが考える者達ならば避けて仲間に入れたりはしないだろうと思えるのだ。
 
それにどうも、一連の事件の中でこの放火だけ、単独犯の仕業っぽい。そして全体に素人くさい印象を受ける。同じ日に30分の時間をおいて2件の火付けを行っているが、一方がビルひと棟全焼の大火災であるのに対し、もう一方はクルマ一台燃えただけ。
 
結果に差があり過ぎる。これが意図的なものというのはちょっと変ではないか。
 
2点間の距離が3キロというのもどうか。なんらかの移動手段を使っているに違いないが、自転車か、原付バイクというとこじゃないか。やはりいろいろ他の件と性格が違うような気がする。
 
『犯罪学教室』には、
 
   *
 
 少々古い話になりますが、かの「かい人21面相」などはこうした警察のウィークポイントをよく心得ていて、重要な行動に出るときは必ず大阪府警と兵庫県警の所管を股にかけています。兵庫でさらった人質は大阪で解放する、という具合です。
 これをやられるとわが国の警察は必ず指揮権が混乱し、捜査行動が遅滞します。
 
 
こうも書かれる。兵庫県西宮市で攫った江崎勝久氏を監禁したのは大阪府茨木市。
 
 
のちの森永脅迫では、ウィキに、
 
   *
 
二府二県青酸入り菓子ばら撒き事件
 
1984年10月7日から10月13日にかけて、大阪府、兵庫県、京都府、愛知県のスーパーやコンビニから不審な森永製品が相次いで発見された。江崎勝久が当時居住していた自宅のすぐそばにあるコンビニもターゲットにされた。
 

 
こう書かれる。毒入り菓子を置いたのは大阪・兵庫・京都・愛知の二府二県。
 
もし彼らが放火をするなら、グリコ本社に火をつけると同時に兵庫か京都あたりの支社に仲間がやっても良さそうじゃないか。しかし、それがこの一件だけ大阪市内。
 
他の一連の犯行とまったく性格が違っている。そう感じるおれは頭がおかしいだろうか。
 
ウィキではさっき見せたように、
《世間一般にほとんど知られていないグリコの関連会社を知っていたこと》
を、
《グループの中にグリコに怨みを持つ者がいるのではないか》
という根拠のひとつにしている。警察もそれを根拠に怨恨による犯行だと断定したのか。しかし本社はひと棟全焼の大火災だが、世間一般にほとんど知られていないその〈グリコ栄養食品〉ってのでは、
《車庫に止めてあったライトバンが放火される。こちらはすぐに消し止められた》
というだけなんだろ。
 
それで「怨恨に間違いないな」ってのはちょっとおかしくないか。断定する前にもう少しよく考えてみるべきだったのじゃないか。
 
そう感じるおれは頭がおかしいだろうか。グリコの本社ひと棟全焼ながら死者もケガ人も出なかったと言い、それは幸いなことではあったが、ひょっとして警備員などが死ぬことになっていたかもしれないじゃないか。〈彼ら〉はそれを考えず火をつけたというのだろうか。それとも、グリコに対する恨みを持つ者達だから、警備員だろうとなんだろうと〈グリコの人間〉ということになり彼らにとっては〈死んでいいやつ〉ということになる。〈劇場型犯罪〉で〈愉快犯〉の犯行だからそんなことも平気でできる、ということになるのだろうか。
 
どうも一般にそう見られているようだが、おれはそんなのはおかしいと思う。そんなやつはプロじゃない。そういう見方で事件を見るプロファイラーがいるとしたら、そいつもプロのプロファイラーだとは言えない。アマチュアだ。と、そう思う。捜査本部の人間達が揃いも揃って犯人達を極悪犯ということにしたい眼でしか事件を見ていなかったから、あの事件は解決できなかったのじゃないのか。
 
特に内部関係者に仲間がいて怨恨と言うのなら、『機動戦士ガンダム』の〈赤い彗星〉のシャアがザビ家の人間の命は狙ってもそれ以外には優しいように、社内でお菓子作ったり社屋の警備や掃除などしてる人から仕事を奪おうとしないんじゃないのか。ましてや命を奪ったり、ケガをするかもしれないことをするのはおかしい。
 
と、そう思うのだが、まだある。だからそもそもが、放火というのは多くが道端のゴミに火をつけるといった調子のもので、結果的に人が死んでも犯人は凶悪犯でなかったりするのが多いものなのではないか。
 
やるのは小物、という話が多いものなのではないか。火が燃えるのが見たいだけで、家を燃やしてやろうとか、人を焼き殺そうとかいったことを考えてやるわけでない。ボヤを起こしてやるだけのつもりがときに大火事になったり、自分自身がヤケドしたり焼け死んだりすることになる。
 
そんな話を聞きませんか。おれにはNHK『未解決事件』とウィキの記述を見る限り、そんな小物による放火の典型のような感じがどうにもしてならないのだ。
 
素人くさい。アマチュアだ。と、そう感じる。グリ森事件の犯人達はプロだった。プロであるゆえ捕まらなかった。しかし放火はプロがやる犯罪でなく、アカウマは、たとえ何回犯行を重ねようともプロと呼ばない。変質者が変質行為を重ねているだけと言う。捕まりにくい犯罪だからなかなか捕まらないだけだ。
 
これはそんなアカウマ放火の典型のような印象を受ける。「印象を受ける」というだけだが、しかしまだまだもうひとつある。
 
〈かい人21面相〉の手紙だ。144通もあるというその中に、
「あの放火はわしらがやった」
と書いてるものがあるのだろうか。
 
あるいは、確かに彼らの仕業と読み取れる箇所があるのか? どうだろう。ウィキには、
 
   *
 
​この事件で江崎グリコに次いで脅迫されたのは丸大食品であったが、当初この事実は合同捜査本部により伏せられ、3社目に森永製菓が脅迫された事件を毎日新聞がスクープし連続脅迫が発覚、社会に衝撃を与えた(当局は当初、便乗犯であり誤報だとの態度をとったが、その後犯人側の声明文で確認された)。事件が「グリコ・丸大事件」ではなく「グリコ・森永事件」と呼ばれるのはこのためとみられる。​
 
   *
 
などという文があるが、放火についても犯人達が「やった」と書いているならば、同じように、
《声明文で確認された》
と書いていいはずである。そうでないということは、144通のどこにも「やった」と書いてないってことなんじゃないのか?
 
ならば、彼らがやったのではない見込みがあることにならぬか。この、
 

 
茶服の男は、刑事部長への質問で、
「これまでかなり、そのう、脅迫文でえ、そういうことについてですねえ」
と言ったが、「そういうこと」ってなんだ? この時点で犯人達からの手紙は2通。
 
最初の手紙は勝久氏誘拐のときに寄越したもので、
「10億円と金塊を出せ。警察にもグリコの会社にも仲間がいるぞ」
といったことしか書いてない。カネを出さねば人質を殺すとしか書いてない。
 
二度目の手紙はさっきここで見せたもので、警察の愚弄に終始したうえで、
「警察にも江崎の身内にも仲間はいない」
としか書いてない。
 
一体全体、茶服の男はこの2通の何を指して、
「これまでかなり、そのう、脅迫文でえ、そういうことについてですねえ」
と言い、
「今度はまあ、それに輪をかけたもんであるかという」
と言うのだろうか。
 
と、言ったところでさっき〈元グリコ関係者説〉としてウィキから見せた、
《他にも53年テープの存在もグリコへの怨恨が原点にあるという説の補強材料になっている》
という文について考えてみよう。〈53年テープ〉。それはウィキには、
 
   *
 
53年テープ
 
事件発生の6年前の1978年(昭和53年)8月17日、グリコに金を要求するテープがグリコ常務に送られた事件である。1時間弱のテープの内容は部落解放同盟幹部を名乗る初老の男性の声で、送り主の男は過激派の学生が江崎の誘拐、グリコへの放火、青酸入り菓子のばらまきなどの犯行と引き換えに、グリコに対して3億円を要求する計画を立てているとし、これらの犯行を抑えられないまでも3億円の要求額を1億7500万円に減額できるとして金を要求し、応じるなら指定した手法の新聞広告を出すこととなっていた(グリコは応じなかった)。江崎の誘拐、グリコへの放火、青酸入り菓子のばらまき、連絡に新聞広告を使うなど、後のグリコへの犯行を予告するような内容であった。
 
このテープが届く2年前から、江崎グリコ常務宅に黄巾族と名乗る人物が手紙や電話で脅迫を続けていたという。
 
グリコ・森永事件の捜査本部はこの送り主の男をグリコ・森永事件の犯人グループの一味と断定して、犯人グループの一員と目された人物の声紋鑑定の材料にした。同時にこのテープの存在が犯人グループの過激派説の一因ともなった。
 
1993年(平成5年)末に兵庫県警が53年テープを1分ほどに編集して公開した。
 
   *
 
こう書かれる。《補強材料になっている》とか《説の一因ともなった》とか、ずいぶんといろんなものに張り付けられるセロテープみたいなテープのようだな。
 
《犯人グループの一員と目された人物の声紋鑑定の材料にした》
などともあるが、それってつまり、鑑定の結果、
​「違う」​​
と出て、その人物を釈放するしかなかったっていうことなんじゃないの? にもかかわらず、やった刑事が、
​「あいつだ。あいつが犯人の一味なのに間違いないんだ。鑑定なんかアテになるか!」​
と言い続けてるということじゃないの? その昔にSMAPの草彅剛が酔って全裸事件を起こして、尿検査で麻薬は出なかったというのに、
​「尿検査などアテになるか! 家宅捜索だ。絶対に、麻薬が出るに違いない! それに絶対間違いがあるわけないんだからあるわけないんだ!」​
とやったあの話みたいにさ。
 
ともかく、53年テープ。そして黄巾族うんぬん。茶服の記者が言う、
「これまでかなり、そのう、脅迫文でえ、そういうことについてですねえ」
というのは2通の手紙のことでなく、過去に常務に送られたそれを指しているんじゃないのか? 勝久氏誘拐から3週間のあいだにそれらの存在が、ほじくり返され新聞などに書かれることになっていた。今度のやつらと同一の者達なのに違いない。黄巾族がかつての脅しを実行しにやってきたのだ!
 
という話になっていた。この、
 
 
男がそういう話にしていた。そして火事を、まだなんにもわかってないのに、
「今度はまあ、それに輪をかけたもんであるかという」
という話にし、刑事部長の言質を無理に取りつけた。
 
のではないのか。ウィキはこの〈53年テープ〉とやらを、
《江崎の誘拐、グリコへの放火、青酸入り菓子のばらまき、連絡に新聞広告を使うなど、後のグリコへの犯行を予告するような内容であった》
と言うが、脅迫など大きな団体・組織ならどこでも何かしら受けそうなものだし、放火やトップの誘拐にしてもその手のものの決まり文句なのじゃないのか。青酸入り菓子のばらまきにしたって、1978年と言えばその前年に〈青酸コーラ〉や〈毒入りチョコ事件〉というのがあったばかりの時期だろう。
 

 

 

 
つまり誰でも書きそうなことだ。連絡に新聞広告を使うというのもまたしかり。この程度で同一グループと断定するのは根拠薄弱ではないか。
 
おれはそう思う。たとえば特に、黄巾族の話というのが結構人の知るところになっていたとしたらどうする。グリコの常務を脅迫する変なやつら、黄巾族。それがたとえばMIB(メン・イン・ブラック)とか、口裂け女やツチノコの話のように都市伝説化し一部に知られていたりしたら? ひょっとして『オレたちひょうきん族』なんていうのもそこから名前を取ってたりして。
 
いや知らないが、黄巾族の話が知られていたならば事情はまるきり違うだろう。のちに〈かい人21面相〉を名乗る者達は警察の留置場の中で『ひょうきん族』の話をするうち黄巾族の話になって、そこからイタズラ計画を思いついた、なんてこともあるかも……。
 
しれないじゃないか。というわけでこのへんで、この放火に関してのおれの考えをまとめよう。
 
   * * * * * * * * * *
 
放火は〈かい人21面相〉一味でなく、誘拐事件の報道に刺激を受けた無関係な人間がやったことである。この当時にテレビでは識者ヅラした人間達が、
「江崎グリコという会社は、過去に相当悪いことをやっているとボクは見ますネ」
などと口々に言い、新聞、雑誌、そしてもちろん写真週刊誌〈フォーカス〉などがああだこうだと書きまくり。2度目の手紙で警察と江崎の身内に仲間がいるのが確実となった!という調子だ。
 
そんな報道にムラムラとした人間がやったことだ。大阪市内に住む人間で、数キロ離れたグリコ本社まで自転車で行って火をつけたが、しかし決して「ビルひと棟を燃やしてやろう」とか「人が焼け死ねばおもしろい」などと考えたわけではない。
 
ボヤを起こしてやるだけのつもりで、火をつけるとすぐにその場を立ち去ったが、しかしその場所がいけなかった。ウィキに、
《火元は工務部試作室》
とあるが、つまりお菓子かその製造機械を試作するところなのだろう。砂糖・小麦粉・油などを混ぜたものが大量にあったはずであり、ガス器具などもあったはず。それに火がつき、最初はなんということもなかったのだがやがて盛大に燃え上がることになってしまった。
 
といったところが真相でないか。けれどもそうと知らない男は、もうひとつの現場に行ってクルマに火をつけた。
 
〈彼〉はおそらく、第二の現場〈グリコ栄養食品〉からさほど離れていないところに住んでいる。ウィキはこの会社を、
《世間一般にほとんど知られていない》
とするが、〈彼〉は近所に住んでいるから知っていたのだ。家に戻ってワクワクしながらテレビをつけて、グリコ本社が大火事というニュースに、
​「え?」​
となっている。
 
   * * * * * * * * * *
 
というのがおれの推理。ただしこれは、おれが〈かい人21面相〉一味を凶悪犯と思いたくない。だから他の人間がやったことだということにしたい、という考えでした帰納的な推理であり、つまりまた当て推量だ。「こう考えれば多くの奇妙な点に自然な説明をつけられるのではないか」という考え以外に根拠と言えるものはないのをあらためてお断りしておく。
 
――が、ともかく一般には、この放火によっていよいよ〈彼ら〉は凶悪犯ということになった。再現ドラマで上川が演じる加藤譲は、懇意にしている刑事を訪ねて、
 
   *
 
​「犯人の動機は、グリコへの怨恨で決まりやろ。江崎社長の口が重いんも、そのためやろ」​
 
 
と言う。だが刑事は、
 
   *
 
刑事「それはどうかな」
加藤「ん?」
刑事「江崎社長の口が重いんは、マスコミ不信やとおれは思うとる。新聞が、グリコの内部犯行説だの、グリコへの怨恨だの書き立てたら、そないになって当然や。せやから、警察にもますます口が重うなる。警察とマスコミは、ツーカーやと思われとるからな」
加藤「ツーカーやないやろ。こうして健気に夜回りしとるやないかい」
刑事「健気にな」
 
 
それをツーカーと言うんじゃないかな。しかし、
 
   *
 
加藤「大阪府警はまだ、江崎社長の事情聴取せえへんの」
刑事「せえへんのやない。兵庫県警がさせてくれへんのや」
加藤「府警と兵庫県警、うまくいってないのや」
刑事「ま、どっちも手柄立てたいからな」
加藤「新聞記者とおんなじや」
刑事「おう。あれもやめといてくれよ」
加藤「あれ?」
刑事「犯人からの挑戦状、新聞に載せるなとは言わへん。せやけど、あそこまで大きく扱わんでも。おう、喜んでるのは犯人だけやろ」
加藤「ウチに言うなや。来たのはサンケイと毎日だけなんやから。なんでウチにはけーへんのやて、ぼくが上に怒られた」
刑事「はは、そらええわ。はっはっは」
加藤「えーことないわ」
 
 
となる。これがどの程度実際の会話を再現したものなのかわからぬが、見る限りではこの刑事は、加藤に内部犯行説や怨恨説を書くのをやめさせたくてそのために〈夜回り〉に応じているらしい。劇中には、続いてやって来た別の記者を断るために加藤の靴を妻に隠させる描写がある。
 

 
加藤が書くから他の新聞が書くことになる。読売がボックス閉鎖になっているということは、警察が手綱を握ることができずに加藤のやりたい放題になっているということで、週刊誌やスポーツ新聞と変わらぬようなヨタ記事を書き飛ばしてしまえるようになっているということ。読売がそうなってしまったために他の新聞、そしてテレビも……。
 
という、だからこの刑事は少しでもそれに歯止めをかけたかった。
 
のではないのか。しかし加藤は取り合わず、話をすり替え、はぐらかし、自分は悪くないことにしようとするだけだった。
 
のではないのか。そして結局のところそれが刑事の言う通り、犯人達を喜ばせることになる。日本社会を彼らの〈劇場〉にしてしまえることになった。
 

 
おれの考えではヒーローショーの、
​「お菓子に毒を入れてやるのダ~」​​
という劇場に。加藤がやったことだというのに、加藤は自分は悪くない顔。犯人達はおれの考えで言う〈プロレス〉を始め、企業を脅して首尾よくカネをいただければわしらの勝ちやで!と目的をシフトさせた。
 
わけだが、それは事件から35年も後の今に初めておれが見る考えであって加藤がそう見ることはない。「グリコのお菓子に毒を入れた」というこの3通目の手紙は今度は読売新聞社にも届くのだが、NHK『未解決事件』はそれを、
 
   *
 
ナレーターによる手紙の読み上げ「貧しい警察官たちへ」
 
加藤「また遊んどる。おちょくりやがって」
記者D「青酸ソーダって!」
 
手紙「グリコは生意気やからわしらがゆうた通り、グリコの製品に青酸ソーダ入れた。0.05グラム入れたのを2個、名古屋・岡山の間の店へ置いた。グリコを食べて病院へ行こう。グリコを食べて墓場へ行こう。かい人21面相(おれ註:ここで初めて彼らは〈かい人21面相〉を名乗っている)」
 
加藤「こいつらマスコミがネタ欲しがってんのをわかって送りつけとんねん。それ乗っかって大騒ぎしてええんですか」
記者B「このまま載せたら犯人の思うツボや」
記者A「せやけど、読者が知りたいっていう要求かて応えるべきでしょ」
記者B「ほんまに入れたかどうかわからへんやろ」
記者A「新聞が勝手に情報隠したら、新聞やなくなりますよ。報道の自由かて!」
加藤「載せたらグリコかてダメージ大きいで!」
記者D「せやけど、ターゲットが国民になった以上なあ」
記者C「載せるしかないやろ。青酸ソーダでひとりでも死んでみい。これ知ってて隠したら大問題や!」
 
 
こう描く。おれがこれを書き写しながらまず疑問に感じたのが、手紙には、
《わしらが ゆうたとおり/せいさんソーダ いれた》
とあるが、番組を見る限りでは前の2通のどこにも「菓子に毒を入れる」旨の文が見当たらないことだ。犯人達はそんなこと言ってないように思えるが、別に電話で言ったりとかしてるのか?
 
それはまだいいが、それ以上にナレーターは手紙の中の、
《死なへんけど にゅう院 する》
《10日したら 0.1グラムいれたのを 8こ 東京 ふくおか
 の あいだの 店え おく
 また10日したら 0.2グラム いれたのを 10こ 北海道
 おきなわ の あいだの 店え おく》
の部分を省いて読まないことだ。記者Aはここで、
「新聞が勝手に情報隠したら、新聞やなくなりますよ」
と言ったが、一部を省いて読まないのは情報を隠してるのと同じじゃないのか。
 
画面を止めて全文を読めば、この時点では本当に2個のお菓子に毒が入っていたとしても致死量でないことがわかる。けれどもそうしない者には、
「青酸ソーダでひとりでも死んでみい。これ知ってて隠したら大問題や!」
という描き方だから、20日後でなくこの日に既に、致死量の毒がまかれているかのように見えるだろう。
 
「それがなんだ。0.05グラムだろうと、小さな子供が食べたら死ぬかもしれないじゃないか」
 
って? 優等生はそういう理屈をつけて自分が優等生になろうとするかもしれないが、それは自分が優等生になるためにことを作り変えてるという。犯人の思うツボになると知りつつそのまま載せるだけならまだしも、読売は、
 

​NHKスペシャル 未解決事件File.01 グリコ・森永事件 劇場型犯罪の衝撃​
 
こう書いて出したらしい。見てわかると思うが載せたのは手紙の全文でなく書き出しのところだけ。それ以外の部分については、画面から読める部分を見るに相当、「乗っかって大騒ぎ」する書き方をしてるとおぼしい。
 
再現ドラマは上川演じる加藤譲がこれに反対していたように描いていたが、実際がどうだったのかは藪の中だ。画面からなんとか判読できるのは脅迫状の内容を説明する部分だけだが、犯人が「また けいさつで ごう盗 でるで」と書いたところの説明の後に、
 
   *
 
 さらにグリコ事件の“本題”に入り、「グリコは なまいき やから わしらが ゆうたとおり グリコの せい品に せいさんソーダ いれた 0.05グラム いれたのを 2こ なごや おか山の あいだ の 店へ おいた」などと書かれていく。
 青酸ソーダの毒については「死なへんけど にゅう院 する グリコをたべて びょう院え いこう 10日したら(略)
 
   *
 
という調子。「このまま載せたら犯人の思うツボや」からそのまま載せずに自分の文でサンドイッチして載せる、という理屈なのかもしれないが、これでは、
 
​「犯人が書いてることを文字通りに受け取るな。正しい眼で事件を見ているオレの眼でだけ事件を見ろ」​
 
と言ってるのと同じだろう。実際に、これをやられると読者は記事を書いた者のフィルターを通してでしか事件を見ることができなくなる。テレビなんかも、これに限らずこういう事件があるたびいつも、
 
「まずこのところを見てください。犯人は『グリコは生意気やからグリコの製品に青酸ソーダ入れた』なんてことを書いているんですよ。『グリコは生意気やからグリコの製品に青酸ソーダ入れた』なんてことを! 『グリコは生意気やからグリコの製品に青酸ソーダ入れた』なんていうことをです! 解説の○○さん、これをどう見ますか?」
​「ハイ、それはですね、うんぬんかんぬん、かんぬんうんぬん……」​
「うーんなるほど、犯人は、本気だということなんですね! 非道極まる者達だから、何千人もほんとに殺す気でいるのだと! そして警察に挑戦している。おちょくってるんだ! 遊んでるんだ! 許せない! 決して許してはいけませんよね! こんなやつらは! こんなやつらは! そして次です。犯人は『死なへんけど入院する。グリコを食べて病院へ行こう』などと書いている! 『死なへんけど入院する。グリコを食べて病院へ行こう』ですよ。どうですか。『死なへんけど入院する。グリコを食べて病院へ行こう』などと書いてるんです! 『死なへんけど入院する』なんて! 『グリコを食べて病院へ行こう』なんて! まったく、なんというやつらなんだ。こんなことして何がおもしろいと言うんだ。ふざけるのもたいがいにしろとワタシは言いたい! 解説の○○さん、これをどう見ますか?」
​「ハイ、それはですね、うんぬんかんぬん、かんぬんうんぬん……」​
「うーんなるほど……」
 
なんて調子だが、これでその辺のおばちゃんなんか、
 
​「あの犯人は本気だから、グリコの菓子には本当に毒が入ってるんですってねえ」​
 
と言ってしまうことになる。
 
けれどもさっき出した手紙を文字に起こしてあらためて出すから、人が横から口を出してこないところで全文を自分の目で読んでほしい。おれが思うに、普通の人が普通に読んだら、
 
​「こりゃハッタリだろう。カネが欲しくてこう書いてるだけじゃないかな。本当に毒入り菓子をばらまく気とは思えないね」​​
 
と言いそうなもんじゃないかな。
 
   *
 
 まづしい けいさつ官たち え
 
 うそは ドロボーの はじまり ゆうたけど まちがい やった
 けいさつの うそは ごう盗の はじまり やった
 まえの TEL とおくから かけたのを また かくしとるやろ
 また けいさつで ごう盗 でるで
 グリコは なまいき やから わしらが ゆうたとおり
 グリコの せい品に せいさんソーダ いれた
 0.05グラム いれたのを 2こ なごや おか山の あいだ
 の 店へ おいた
 死なへんけど にゅう院 する
 グリコをたべて びょう院え いこう
 10日したら 0.1グラムいれたのを 8こ 東京 ふくおか
 の あいだの 店え おく
 また10日したら 0.2グラム いれたのを 10こ 北海道
 おきなわ の あいだの 店え おく
 グリコを たべて はか場え いこう
 
 かい人21面相
   *
 
こうだが《まえの TEL とおくから》などと書いているのがなんのことなのかはおれにはわからない。とにかく読売新聞と他のマスコミ各社によって「そのまま」でなく歪めた報道をされたことで、グリコの商品は店から撤去という次第となってしまう。おれにはそうとしか思えんのだが、加藤はさらに、
 
   *
 
加藤「誰かがゆうとったけど、まさに劇場やな」
記者A「え?」
加藤「犯人がマスコミを利用して劇場を作り、そこで、ハデな芝居を次々に打っていく。観客は、国民全員や」
 
 
と言う。だからそうではなくてマスコミが犯人を利用して劇場を作り、
​​​​「○○一座の公演だヨーっ!」​​​
と囃し立てていたのとちゃいますのんか。でもって、
 
「やっぱり内部に仲間が」とか、​
「いよいよ怨恨に違いない」とか、​
 
いった提灯記事を次々と打って出したんじゃないのですか。結果として、
 
   *
 
​ナレーション「犯人は誰か。報道合戦は過熱した。グリコの内部犯行を窺わせる記事。企業のイメージは大きく傷ついた。青酸ソーダを入れたという犯人の挑戦状が掲載されると、グリコの商品は店頭から消えた。株価は急落した」​
 
 

と言って番組は、ヘリから遠ざかりながら撮ったこんな当時の映像を見せる。チェルノブイリか福島の原発事故かという感じだ。
 
加藤は再び刑事を訪ね、
 
   *
 
刑事「今回の挑戦状やけどな」
加藤「うん」
刑事「江崎社長は、警察が報道を止めてくれへんかったことを不満に思うてるらしいで。いま恐れてるんは、江崎社長が警察もマスコミも信用せえへんようになることや。唯一、犯人と接触しとる人なんや。その人に口を閉じられたらアウトや。最悪、犯人と裏取引することかて……」
加藤「何か兆候があるんか」
刑事「いいや。もしそんなことになったら、犯人逮捕は完全になくなる。せやから、グリコを追いつめんといてほしいんや」
加藤「確かにここんところ、書き過ぎの面はあると思う。他社を意識して、どんどんグリコの記事の扱いがふくれとる。せやけど、ぼくらは現場の記者で、記事の扱いは決められへんのや」
 
 
と言う。嘘だ。確かに現場の記者には記事の扱いを決められないものでもあろうが、この件に関する限り読売新聞の上層部は、加藤の独断専行をほとんど許していたのじゃないか。加藤はグリコの内部犯行と怨恨の線を信じているので、グリコを追いつめさえすれば犯人が浮かび上がると考えている。だから断じて追及の手を緩める気がない。
 
だからこんな理屈をつけ、自分は悪くないことにして、刑事の頼みを突っぱねた。裏取引の話に食いつき、
​「何か兆候があるんか」​
と聞いたのも、社長には犯人の心当たりがあると考えてのことではないか。
 
​「やっぱり! 社長はやつらが何者で、どうしてこんなことをするのか知ってるんや! だから裏で取引して、許してもらおうと考えている。そんなことをさせるものか! この事件には必ずグリコの旧悪がからんどる。ボクがそれを突きとめたるんや!」​
 
と考えている。正義の味方仮面ライダー気取りだから、そういう眼でしか事件を見てない。
 
こんな人間が読売の事件記者であったために、
《企業のイメージは大きく傷ついた。グリコの商品は店頭から消えた。株価は急落した》
ということになってしまったのではなかろうか。
 
おれには話がそう見えてならない。再現ドラマの中で刑事は、
「江崎社長は、警察が報道を止めてくれへんかったことを不満に思うてるらしいで」
と言ったが、加藤達は〈レク〉というのに出られぬために警察には止めようがない。さっき見せた、
 
 
 
このふたつとも読売新聞の記事らしいが、NHK『未解決事件』はやはり読売の記事を主に映して見せる。そして番組を見る限り、読売の記事がいちばん煽情的なように思える。
 
週刊誌やスポーツ新聞はもっとひどいこと書いていたかもしれぬがしかし、
 
​【江崎グリコという会社は過去に相当に悪いことをやっているのに違いない】​
 
という憶測で満たされた記事。それが紙面を埋め尽くす。加藤が何を書こうとも、その扱いを決めるのはむろん社の上層部だ。だからその者達の責任もやはり大きいと言えるが、しかし、週刊誌やスポーツ新聞が何を書いてもグリコの製品が店頭から消えるところまでいかなかったのじゃあるまいか。
 
大手新聞の読売が出した。こんな記事をデカデカと紙面で大きく扱った。グリコという会社は過去に途轍もなく悪いことをやっている。犯人はそれに恨みを持つ者なんや。でなけりゃこんなことをするか。できるか。でけへんやろう。誘拐もやった。放火もやった。子供でなく大人の社長を攫ったのは生かして帰す気がなかったのに違いない。脱出できねば間違いなく社長は殺されていたはずや。
 
必ず、そこまで江崎家を憎んでいる者なんやから。この犯人どもは本気や。だから菓子には本当に毒を入れとるに違いない――というような憶測でふくらました記事を加藤が書き、上の者達がそれをそのまま大きく扱う。
 
結果として他のマスコミが追随せねばならなくなる。その結果がまるで福島原発事故か、チェルノブイリのごとき、
 
 
 
これというわけだ。ひとりの仮面ライダー気取りの、
​「そんなことはさせん!」​​
のために、ことがこうなってしまった。
 
のではないかとおれには思える。そして犯人グループの本当の狙いは、刑事が心配していたように、社長との裏取引だろう。最初はカネが目的でなく、取れると思ってすらいなかった彼らだったが、放火によってますます恨みだ内部の者達の犯行だ、警察の中にもやはり仲間がいるぞ、絶対にいる、と世が騒ぐことによって目的を変えた。〈プロレス〉に。
 
誰も彼もがてんで見当違いの方を見ているのならそこを突いて、カネを脅し取れるのじゃないか。と考えたわけだが、しかしその受け取り場所に警察がいては近寄れない。
 
だから警察を間に入れずに、カネを引っ張り出さねばならないと考える。裏取引だ。それができれば、後に逮捕の心配などまったくしなくていいことになる。
 
刑事が加藤に言った通りだ、
​「もしそんなことになったら、犯人逮捕は完全になくなる」​​
と。せやからグリコを追いつめんといてほしいんや、と刑事は言うのに加藤にはそれが理解できない。〈裏取引〉という言葉の意味はさっきおれが書いたように解釈され、
「そんなことはさせん!」
「そんなことはさせん!」
という考えに置き換えられる。やっぱり社長は犯人が何者なのか知っとるんやな! 動機が何か知っとるんやな! 一体、こんなことをされるどんな悪いことしとると言うんや。それを突き止めてやる。あばいて世にさらしてやるんや、このボクが!
 
という考えに置き換えられる。〈仮面ライダー〉の頭では、物事をこのようにしか考えることができなかった。
 
――と、いったところでこの脅迫の件についてのおれの考えをまとめよう。こうだ。
 
   * * * * * * * * * *
 
当初はカネを取る気のなかった犯人達だが、無関係なアカウマによる放火が起きてしまったことで考えを変えた。警察が怨恨の線を追い、グリコ内部や警察内部の仲間探しが本気でされる一方で、自分達の方にはまったく捜査の手が伸びてこない。ならばそれをうまく突けば、グリコから億の単位のカネを脅し取れるのじゃないか?
 
彼らはそう考えて、その方法を模索することになる。考えた末に出た結論は、
「裏取引でなけれならない」
というものだった。指定した受け取り場所に警察が待ち構えていたのでは、カネを受け取るに受け取れない。江崎勝久社長から、警察に頼る考えを捨てさせなければならないのだ。
 
それにはマスコミを利用しよう、というので製品に毒を入れたという手紙を新聞社などに送ることにした。最初は食べても死なない量。しかし少しずつ増やしていくぞ、との言葉を添えて。
 
問題の手紙をちゃんとよく読めば、
「0.05グラム入れたのを2個、名古屋と岡山の間。死なないが入院する」
「10日後に0.1グラム入れたのを8個、東京から福岡の間」
「20日後に0.2グラム入れたのを10個、北海道から沖縄までの日本全国。完全な致死量」
というふうに書かれていることがわかる。NHK『未解決事件』という番組はこれを省いて読まないし、読売に限らず当時のどのマスコミも素直に読めない形でしかこれを一般に見せようとせず、
​「この事件の裏にはどれほど深い闇が」​
という論に持ってくだけだったようだが、おれに言わせればこの手紙のここが最も重要なところだ。
 
本来、これは大きな組織を脅迫するのに非常にうまいやり方と言える。また『ガンダム』の話になるが、あのアニメの元ネタとして有名な小説『宇宙の戦士』を書いたSF作家、ロバート・A・ハインラインの他の作に、『月は無慈悲な夜の女王』というのがある。これは宇宙植民者が独立のために地球に大きな石を落とすという、『ガンダム』の〈コロニー落とし〉の元ネタではないかと思える作品なのだが、ただし、『ガンダム』と違って地球に石を落とすのは落とすが、狙うのは無人の砂漠地帯。
 
しかしそれでも多少の犠牲が出ることになる。で、
「そのうちに何万も死ぬぞ。そうなる前に独立を認めろ」
とやるわけだ。地球の市民は最初は怒るがだんだん考えが変わってくる。「こっちに落ちたらどうしてくれる」と言い出す中立国などが出る。そして次第に「元はと言えば政府が苛烈な搾取をするからだろうが」と言う者が増えていき、コロニーの独立を認める動きが高まってゆく……。
 
 
というような内容だ。おれが思うに彼ら、〈かい人21面相〉一味は、これと同じ考え方の脅迫をしようとしていたのじゃないか。
 
致死量の毒で人が死ぬことになってほしくないのなら20日以内にカネを出せ。警察を間に入れるな、というわけだ。それが計画だったのだが、〈ミスター・グリコ 加藤譲〉がそう考えることはなかった。この男は〈仮面ライダー 本郷猛〉であるがゆえに、
​​「毒を増やしていくだとお? そんなことはさせん!」​​
としか思わない。毒を増やしていくことの意味をそもそも考えない。店の棚からグリコの製品をなくさせて、会社に打撃を与える作戦なのだとだけ受け取ってしまう。
 
この男を始めとするマスコミ各社がそう報道したために、結果がその通りになった。やつらは極悪犯なのだから、やると言ったらやるでしょう。10個どころか100個200個、20日後と言わずに明日、日本全国津々浦々にバラ撒く気かもしれません。いや、そうに違いない。そうに違いないですよお!!!!!という話にまでされてしまう。
 
これはグリコに怨恨を持つ者達の仕業だからだ、というわけだ。子供を死なせて、
「元はと言えばグリコが悪い。その子はグリコが殺したのだ」
という話にする気なんです。江崎グリコという会社は、過去にそれほど悪いことをやっているのがいよいよ確実となりましたネ。一体何をしてるんでしょう。そっちの方がボクはむしろ気になるなあ。
 
などという話にまでされてしまう。〈識者〉と呼ばれる者達が揃ってそんな調子であるためグリコはどえらい損害を蒙ることになってしまった。
 
だが一般に見られているその考えとまったく違い、犯人達にそんな気はなかった。『月は無慈悲――』の例で言うならば、無人の砂漠に石をひとつ落としただけのことなのに、
 
​「次は月を落とす気だーっ!! やつらは地球を粉々にする気なんだーっ!!!!!」
 
という話になぜかなってしまって〈地球人〉がみんな火星に逃げてしまったようなもので、そんな脅迫してねえ!という。そこで、
「グリコゆるしたる」
という手紙を送り、いったんは全部やめようと考える。
 
次にその全文を挙げるが、心を一度カラにして、素直な気持ちで読んでもらいたい。こうだ。
 
   *
 
 全国のファン の みなさん え
 
 わしら もう あきてきた
 社長が あたま さげて まわっとる 男が あたま さげとん
 のや ゆるして やっても ええやろ
 ナカマの うちに 4才の こども いて まい日 グリコ
 ほしい ゆうて ないている わしらも さいきん たべ
 へんけど むかしは よう くうた もんや
 こども なかせたら あかん うまい くいもん のうなったら
 わしらも こまる
 江崎グリコ ゆるしたる  スーパーも グリコ うってええ
 青さんいりの チョコレート 18こ は もやしてもうた
 1こは 5月9日に ダイエーイバラキ店え おいた
 どおなったか しらん  1こは べつの 店から 5月18日に
 とりもどした
 日本は むしあつう なってきた  ひとしごと したら
 ヨオロッパえ いくつもりや  チュウリヒ ロンドン パリ
 の どこかに おる
 けいさつも ようやった これに こりんと がんばりや
 ホームズ君でも わしらには かてんのや  かい人20面相
 よんだら あたま ようなるで
 けいさつの ヨオロッパ ツアー
   かい人21面相を つかまえに ヨオロッパえ いこう
   たびの おともに グリコの ポッキー
   わしも たべてる おいしい グリコ
 かい人21面相
 らい年 1月に かえってくる
 
   *
 
という。『怪人二十面相』を読んだら頭良うなるで、か。ええこと書いてはるなあ。
 
と、おれなんかは思うのだけどいかがだろうか。「来年1月に帰ってくる」と書いてはいるが、彼らはこのときすべてやめる考えだった。
 
考えだったが、しばらくして、
 
 
​「丸大食品に狙いを変えて、今度はうまくやってやろう」​
 
 
と思い直して作戦を練り出す。おれの考えで言う〈プロレス〉の始まりだ。
 
   * * * * * * * * * *
 
――と、しかし本稿では、丸大食品の脅迫については考察しない。事件の真相を探るうえで重要と思わないからだ。とにかく、〈彼ら〉の犯罪は一般に見られているのと違って〈プロレス型犯罪〉だったから、グリコからカネを取れぬと判断すると目標を丸大に変え、丸大もダメと思えば森永に変える。
 
というわけでより重要で事件のクライマックスと言える森永に対する脅迫だが、このサイトに一度に投稿できる分量を超えたようなので分割します。後編に続く。
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​






最終更新日  2021.06.13 17:00:05
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