良い政治とは何か&良い政治家とは

2005/10/22(土)01:02

・小泉首相、5度目の靖国参拝/拝殿前で合掌?・

政治評論(30)

   小泉首相は10月17日午前、東京・九段の靖国神社を今年初めて参拝した。  首相は午前10時過ぎに靖国神社を訪れ、歩いて拝殿の前に進み、ズボンのポケットから小銭を取り出し、賽銭箱に投じ、浅く一礼したあと、両手を合わせて黙祷(もくとう)した。本殿には昇らず、記帳もしなかった。  この日の参拝に踏み切ったのは、靖国神社の最重要行事である秋季例大祭に合わせたもので、郵政民営化法が10月14日に成立し、内政の「重要課題」にひと区切りついたとの判断があるとみられる。  靖国参拝は就任以来5回目であるが、過去4回の参拝では、参拝の形式が私的か公的かを明確にしていなかったが、国会答弁などで私的参拝であることを強く示唆した。  小泉首相の公約は「どんなことがあって8月15日に靖国神社に参拝する」であった。  それが、実際の参拝は「8月13日」に始まり、「元日の初詣」になり、「年に1回の参拝」になった。  これまでの首相の靖国神社参拝は、昇殿参拝し、記帳した。が、今回は拝殿前での参拝、記帳もしなかった。  首相は同日昼、首相官邸で開いた政府・与党連絡会議で「国民の1人として心を込めて参拝した。2度と戦争を起こしてはならないという不戦の決意で参拝した」と説明した。 連立パートナーで創価学会を支持母体とする公明党の神崎武法代表は、事前に連絡がなかったことに不快感を表明し、靖国神社に代わる「国立の追悼施設建設」の調査費計上を求めた。 <靖国神社とは>  明治2年、明治維新時の新政府軍と旧幕府軍による戊辰戦争で戦死した兵士らの霊を慰めるため、東京・千代田区九段に「東京招魂社」として創建され、明治12年に靖国神社と改称した。  「靖国」とは、「国を靖(安)んずる」の意で、明治大帝が命名した。大東亜戦争まで日清、日露の両戦争などで「国事に殉じた英霊」すべてを対象に、軍人、軍属らが合祀されている。祭神総数は246万6000柱余。吉田松陰ら明治国家建設の礎を築いた幕末の志士、沖縄戦で没した「ひめゆり部隊」の女子学生ら国家の命令でその場を離れられず、亡くなった人らも含まれる。  また、旧日本兵として戦死した朝鮮半島や台湾出身者▽戦地で受傷後、帰還後に死亡した人▽連合国による軍事裁判で刑死した人--が祭られている。このうち、いわゆる「A級戦犯」については、国会決議や遺族援護法改正を受けて、「法務死」と認定された後、昭和53年に合祀された。  戦前は、陸・海軍省と内務省が管轄する別格官幣社だった。  戦後は、神社本庁とは別の一宗教法人となり現在に至っている。

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