慟哭
そういうタイトルの唄があったなぁ。工○静○さんでしたかね。あのキム○クの奥方になられた。あのカップルも、素敵な夫婦になられたと思いますが、あの生き馬の眼を抜くかのような世界のなかで、お互いトップアイドル同士での恋。並ならぬ憶いをされたのでしょうね。お互い。辛い恋をされたのだろうな。だからこそ、あんな素敵なままで、御結婚された今となっても、ある意味双方とも、やはり、アイドル、いや、スターのままでいられるのでしょう。ある方の日記の中で、「さよならだけが人生だ」というフレーズを読みました。勿論、著名な本からの引用です。これも、昔は解りかねました。一種、実になにか、諦観じみたものがある、と、最初にその詞を知った時、そう思いました。しかし、今になって、よく考えると、これも決して、諦観ではない。後ろ向きな言葉ということでもない。言ってみれば、覚悟を示す言葉だなということに、ある日、気付きました。昨日、ひとりの男が星になりました。自分は正直、彼に対して、差程の思い入れはありませんでした。こう書くと、ファンの方やその御家族なりの方々にとって、一種反感を買いかねないこと、充分わかっています。一応二輪の単車に乗る人間として、当然彼の名を知っていましたし、自分とは違って、その世界での頂点に君臨されていた方です。ですから、某かの想いを彼に感じてもおかしくないとは思うものの、自分の中では、まあ、やはり、自分とは一種決して道を交えたりすることのない人である、という感覚しかなかった。勿論、かっこいい、とは思っていました。これは、自分が人を評する時、最上級の褒め言葉と思っています。だからやはり、憧れめいたものもあった。しかし、例えば彼の姿を求めてサーキットに赴いたり、彼のテクニックを真似たり、眼に焼きつけんと可能な限り傍に、という程の想いは、自分の中にはなかった。そう思う方々がいらっしゃることは、存じ上げていましたし、そういう心理は、ひとりの人間に対して、その魅力を全面的に受け入れる、という意味で、素晴らしいものだと思っていましたがね。そういうことが「できない」人間だと自分は思ってますから。しかし、やはり自分にとっては、やはり、それ程の存在ではない、彼に関して言えば、それこそ、そう申し上げるしかない。しかし、彼の告げた「さよなら」は、とても、ある意味、これ以上はない程に、美しいものだった。素晴らしいものだった。理想的と一種、言えなくもない、それ程のものだったと、正直思っています。彼を慕う人々の、彼を頼る人々の、彼を愛する人々の、期待を裏切る結果に、確かになったかも知れない。しかし。やはり、その「さよなら」は、過去、自分が知る限りの中でも、一種、あまりに、哀しい程に、厳しいほどに、美しかった。他にも、何人か、彼のように「さよなら」を告げた人を、自分は思い返せば言うことはできる。しかし、今回ほどに、その美しさの苛烈さを、ある種思い知らされたことは、なかった。そういう意味で、彼の「さよなら」は、自分にとって、決して忘れられない、かつ、恐らく超えられない程に、美しいものだったと思っています。だからこそ、その「さよなら」を告げられた人々の、それこそ、彼を愛する人々は、きっと、慟哭という言葉でしか表せない程の、哀しみと、寂しさと、感謝と、辛さと、そう、殆ど、もうきっと二度とないと想いたい程の苦しみを、味わったことだろうと想います。それほどに、彼の「さよなら」は美しすぎた。ええ。これは、それを受け取った側にしてみれば、一種残酷ですらあった。厳しすぎる仕打ちと言えなくもない。しかし、それこそ、彼が悪い訳ではない。勿論、彼の落度というものも、全くとは言えなくはない、しかし、殆どそうでなかったとしても。しかし、それほどに、彼の「さよなら」は美しかったのです。「なぜだ」と。「あれほど」と。「どうして」と。しかし、もう二度と、その答えが還ることはない。その答えは、それこそ今更、知ったと言ってどうにもならない程に、彼は確実に、「さよなら」を告げたのです。これほど美しい、人生の幕の引き方があるのか、と憶う程に。人はその一生で、きっといくつもの、「さよなら」を告げる。だからこそ、その最期に、それ迄で最も、美しい「さよなら」を。その人しか告げられない、形で。そういう意味では、確かに、「さよならだけが人生」なのかも知れません。自分も、いくつもの「さよなら」を今迄、告げてきました。正直自分はそれが、極めて苦手です。可能なら、それを言わずに済ませたい。別れるとき、「また」という言葉を遣いたい。「いつか」でもいい。可能な限り。英語では、See You.という言葉がありますね。Next Timeがつく。good-byeという言葉がありますが、自分は寧ろそれはあまり、という感じがします。by,(bye)は、それだけとると、最期の試合、的なものがある。よき終幕を、ととれば、まあ。しかし、ちょっとニュアンスが違うようです。bye-byeは眠ることを指す、寧ろ、こちらが近いかも知れない。本当のさよならは、farewellなのかな。それとも、so Long?なんでもいいですね。つまり、自分は、「きっと」の再会をその先に見据えた、「さよなら」にしたいのです。だから、この言葉は実に苦手だ。時に、未練がましいという程に。時に、諦めきれずに。人にこの言葉を遣われることも、だから、勿論極めて苦手、というか、できたら自分には遣ってほしくない。自らが、それ程の過ちを、その人に対してした、ということになってしまう。もう二度と、生きて再び逢うことすら叶わない程の、それ程の一体どんな過ちを、その人に対してしてしまったのかと想うと、とても、辛くて堪りません。自分を哀れむのではない。そんな言葉を言わせてしまった自分自身の、あまりの腑甲斐なさと、未熟さと、情けなさを、ひしひしと噛み締める他、自分にはできません。その言葉が放たれてしまった以上は、二度と再び、それを撤回することは、少なくとも、自分にはできない。仮に、そういうことができたとして、それは、言い放った者にとって、ある種、言った時より辛い想いを、その中に含むものになるでしょう。それを自分に言う辛さ、その哀しみを、きっと、自分に告げる前に、その人は、それこそ、慟哭を伴うほどの、覚悟をした上でのことと、自分は信じています。懊悩、と言うものもあったろう。逡巡はそれこそ、数限り無く。しかし、やはり、きっとそうすることを選んだ。正直、それ程の想いをした上で、自分に告げて欲しい。そうでなければ、その言葉を言う、それこそそのことこそが、あまりに、残酷で、それこそそんな言葉を、その程度の感覚で言われなければならないような、一体どんなことをしたのかと、自分はその人に問い詰めたい程です。だから、それを自分に告げた方には、もう二度と、その言葉を他の誰かに言うことのない人生を、送ってほしいと切に願います。自分は祈るという言葉は嫌いです。他者に何かを任せてしまうような気持ちになるから、というのが、今まあ自分が表向き告げる理由です。これは、一種宗教と密接に絡む話ともなりますので、正直、このことについて、自分はこれ以上語る気は、それこそ一切ありません。議論をする気もありません。ですから、このことについて、例え、自分の考えを質すべきと何方か御親切な方が想われたとしても、御遠慮致します。願う、ということも、同じではないか、そうなんですよ。結局、そう願うのは、その人自身に対してですから。自分ではない。だけど、「祈り」というのは、その言葉そのものに神を宿すけれど、「願う」ことは違う、ひょっとしたら正しくはないかも知れませんが、自分はそう思っています。だから、この言葉を選ぶ。まあ、自分が一番この言葉を選ぶ理由として簡単に説明するとしたら、其れ故、ということになります。例によって、長くなりました(苦笑)自分が今迄告げたいくつかの「さよなら」は、果たしてそれ程のものがあったのか。今憶い返すと、それ程でもないものが殆どであると言わざるを得ない。なんだ、結局お前もその程度ではないか、そう言われても仕方がありません。しかし、正直、それは、知らなかった、思い及ばなかったのですから、それこそ、仕方がないと思っています。ただ、ここ、実に数カ月の間に、自分は、それこそ、いくつかの「さよなら」を告げられる結果となった。自らの不明と、未熟さと、配慮のなさと、まあ、とにかく、自分の諸々の過失...いや、過失、ではないですね。やはり、そこは、欠点乃至、致命的な問題と言わざるを得ない。そのいくつかに於いて、ひょっとしたら、時間を置けばと、思うものもなくはない。いえ、それこそ、二三日の単位ではありません。数カ月、数年、十数年、数十年。しかしそれらはまだいい。ひょっとしたら、という憶いがあるから。ですが、二度とは取り消されない、取り消せないものも、なくはない。「死」という、この日に逝ったある男と同じように。自分が抱えるその致命的な問題の何かを、直すことができたなら、あるいは、というものもなくはない。しかし、それこそ、自分にとって、そんなことは可能なのか、ということであったりします。または、そうしてしまうこと、そのことこそが、自分自身というものの、一種、崩壊につながる。それ程の人物ではないです。確かに。ですが、やはりそれは、それ程の覚悟を伴うことと、それこそ、それを告げた人には、解るはずです。実は、この日のこの文章を書いている、まさに今日、4/21は、自分の知るある男の、命日でした。何か、不思議な縁というか、なんでしょうね、何かを、憶わざるを得ないです。あの男も、あの日、星になってしまった。素敵な男でした。素晴らしくかっこよかった。もてました。羨ましい程に。まだ若かったのに、本当はいけなかったけれど、酒を酌み交わしたこともあります。やはり、単車が好きだった。酒と煙草も、それこそその味も解らないかも知れない程若かったけど、好きだった。なぜ自分なんかと、彼は、そうすることを選んだのでしょうか。彼とはそれこそ、大違いだった自分。だけど、彼は、酒を呑むときは、常に自分に、声をかけてくれた。女の話もしました(苦笑)ええ。彼は本当にもてたから、そうではない自分に、話がし易かったのかも知れません。彼と同じ程の奴相手には、それこそ、ライバル意識が邪魔をして、話ができなかったのでしょう。彼が亡くなったのは、それから数年の後のことでした。そのほんの、数日前に、雑踏の中で久し振りに、挨拶を交わした。「よう」「なんだよ、今何してるんだ」「忙しそうだな」「全く、俺がこんなことしてるなんてな(苦笑)」「結構似合ってるぜ(笑)」「今度、呑みにいこうぜ」「どうだかな、仕事はじめたばかりだし、時間とれそうにないよ」「そうだな、お互い様だ(苦笑)また、その機会もあるさ」「そうだな、連絡するよ」「おお、またな」その時、自分はその場に居合わせず、変り果てた彼を、ただ、見つめるしかなかった。眠るようだったそうです。確かに、そこに横たわる彼は、まるで寝ているようだったな。あまりに蒼白な、その顔の色と、両鼻孔に隠すように詰められた、脱脂綿を除けば。「何寝てるんだよ」と言えば「ああ、すまん、うっかり、呑み過ぎたかなあ(苦笑)」そう言って、起き上がってくれるかも知れない、そう思える程に、安らかだった。今週末、すこし、時間ができそうです。久し振りに彼の墓に、酒と煙草でも、供えることにしましょう。まだ雨が降るようです。無理せず、仕事には、電車を遣うかな。