辞め時が来ました
さえ:6月に半ばになったので、このブログにはっきりと書かないといけないでしょう。今期の終わりで瀋陽薬科大学を辞めることにしました。いろいろと理由はありますが、一番大きいのは二つの国の間の軋轢です。中国の大学に招かれてきて仕事をしていますから、ぼくは客人としての節度を当然守ってこの国で暮らしています。言いたいこともありますけれど、お客である以上、言っては失礼に当たることは言わずにいます。それはとても神経を疲れさせます。第二の理由は、ぼくの健康に対する懸念です。前に書いたように今年の2月に椎間板ヘルニアを発症して身動きできなくなったときに思いました。これがひとたび治っても、再発するかも知れない。大学の仕事を続けていたら、その時は多くの迷惑を人に掛けることになる。中国では大学院教授でも65歳が定年なのに、それを枉げて招いてくれた厚意を忘れてはいけない。身動きできなくなる前に辞めるべきだ。もちろん、今は何の問題もありません。健康そのものです。歩くのだって3キロメートルを30分掛からずに歩きます。腕立て伏せだって40回くらい屁の河童です。ラインダンサーになるくらい、脚を高く蹴上げることだって出来ます。でもね、何時かはアウトになりますよね。それに知的能力に対する懸念が出てきました。大学の先生というのは一国一城の主ですから、学会に出る、研究者仲間が多くいる、論文を沢山読むなどを怠っていると、たちまち自己肥大化が進んでしまいます。だって、研究室にいるのは教育を受ける学生ばかりですから、学問的能力からいうと学生は端から競争になりません。研究室のセミナーで、論文の理解力では大人と子どもの競争です。研究の背景を知れば、たちまちこの論文の占める意味が理解できるのは長年研究の世界にいるからですし、学生はぼくには遠く及びません。ま、そんなわけで、まだまだ自分の頭はちっとも衰えていないと思うのですけれど、この春それに疑念が生じました。東工大の時の学生だったDNくんが研究所で行った研究について論文を書くに当たって、ぼくに意見を求めてきたのです。こちらは、研究をするのも、論文を校正するのも、それを書くのも長年のプロですから、DNくんの書いた論文を読んでみて、何処を直したらぴかぴかした論文になるかが直ぐに分かりました。実に見事な着想で、今までとは逆転の発想による新しい研究展開に成功し、目から鱗の新しい発見をもたらしています。でも、自分が行ってきた研究の進め方にこだわっていて、世界中が驚く発見をしたのに、説得力のある書き方が出来ていないのですね。論文の構成をがらりと変えればよいわけで、それを示唆するとDNくんは直ぐに分かってくれました。もちろん細かな内容もしっかりと見て、彼とも何度も議論して論文の正確さを確かめました。Natureの不正論文投稿で有名になった、あの小保方さんの共同研究者がちょこちょこと何かしたなんて言う程度ではありませんよ。DNくんに及ばずながらも真剣に彼のデータを吟味し、論文をどう構成したらよいかを考えぬいて彼に助言しました(もちろん、ぼくはDNくんのこの実験のアイデアに、そして発見に全く関わってはいませんから、あの小保方さんの共著者が沢山みたいに、この論文の共同著者ではないですよ)。いろいろと見解を述べている過程で、ぼくは一つの誤解をしていたことが分かりました。糖タンパク質の糖鎖の研究の専門家でなければ冒しやすい間違いで、DNくんから指摘されてぼくの間違いに気付きましたけれど、ぼくにとってはその誤解に気付かなかったぼくのことが許せません。糖鎖科学のほとんどすべてが理解できると思って、むかし世界の糖質研究の振興のためにFCCAを創設し、これが務まるのはぼくしかいないと思ってジャーナルであるTIGGの編集長を十年に亘ってやったぼくです(*)。こんな基礎的な間違いをするようになっては、もう駄目です。(今までは麒麟のつもりだったけれど)ついに老いた駑馬になったのだと認識しました。辞め時ですね。(*)その頃の苦労話を、Yamagata, T. What could be better than indulging in TIGG? Trends Glycosci. Glycotechnol 11, 159-178 (1999)に詳しく書きました(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/tigg/11/59/_contents)。日本語と英語の二カ国語です。そのPDFはhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/tigg1989/11/59/11_59_159/_pdfFCCA: Forum Coming of Age. http://www.fcca.gr.jp/FCCA-J/index.htmlTIGG: Trends in Glycoscience and Glycotechnology. http://www.fcca.gr.jp/TIGG/