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山形達也84歳の心理学

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薬科大学

2014.06.27
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カテゴリ:薬科大学
さえ:

今週の火曜日になってから、大学に日本に向かって出発する日時を伝えたのですが、急なことなのに、昨日の昼には大学が畢校長の主宰で送別の宴を開いて下さいました。

十一年前、畢校長は副校長でしたし、蔡処長は国際交流処の中で処長のほかのたった一人の係員でした。国際交流処はいまは職員十人近くを抱える大所帯です。

薬科大学はぼくが来たころは中国の大学のランキングで、150位くらいでした。7年くらい前に遼寧省でナンバーワンの高校である東北育才学校に行って話しをしたとき、壁を見上げると、中国の上位大学百校の名前が刻まれているのですよ。君たちよ、目指せ、上位校を!と毎日檄を飛ばされている訳ですが、瀋陽薬科大学の教授が話しにきたというのに、百校の中に薬科大学がなくて肩身が狭いなあと思いましたっけ。

最近のランキングですと87位になっています。

中国の大学のランキングは大学の学生数が大きく評価される仕組みになっているので、少人数の瀋陽薬科大が上位になる望みは殆どないのです。

それでも百校の中に入ったということは、どういうことなのでしょうね。集めた研究費も大学の評価に入るので、そのためかも知れません。いくつかの研究室は良い研究を出し続けていますから、そのためかも知れません。

ぼくたちの研究室の簡単な総括をしましょう。ぼくとさえにしてみれば、毎年5万元の研究費で、良くここまでやったなあというところですね。

もちろん、それだけでは足りないので、日本に行ったときに日本の金で買った研究資材の費用を勘定に入れないでも、この中国で使った私財は11年間で163万元になります。

さえとぼくの給料を投じましたし、日本から持ってきた金もあります。このうち、四宮さんは彼のいた二年間の間に、3千元x24ヶ月=7万2千元を研究費に寄付して助けてくれました。この私財以外にも、2008年度には日本の水谷糖質科学研究振興財団からは400万円(28万元にあたる)の研究費をいただきました。大学は研究室の立ち上げに30万元を用意して呉れました。

これらの合計をすると、276万元です。投稿準備中の論文も入れて、その数で割ると論文一つあたり17万元になります。日本円にすると、論文1編あたり272万円です。日本にいた頃に比べると効率は上がっていますが、対費用効果では大したことはないですね。

論文を出す効率では自慢できないとすると論文の質を主張したいところですが、科学の進歩全体から見ればたいした地位ではありません。それでも一つだけ誇って良いことは、研究室の学生の育成に、ぼくたちの全力を投じたことでしょうか。さえは起き上がれなくなった病床の中でも、学生の研究の一つ一つ、一人一人の気持ちを心から案じていましたね。

瀋陽の研究室では、研究のうえで目指したゴールには到達しませんでした。時が来てこの大学を去るにあたり、それでも、ぼくの心は達成感でいっぱいです。この大学の学生数から見たらほんの僅かとは言え、ぼくたちの研究室で育っていった学生諸君を思うと、誇らしさで胸が膨らみます。

彼らが良い人生を送れるよう、そして瀋陽薬科大学がますます中身の濃い大学になるよう、願って已みません。






最終更新日  2014.06.27 08:08:36
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2014.06.13
カテゴリ:薬科大学
さえ:

6月に半ばになったので、このブログにはっきりと書かないといけないでしょう。今期の終わりで瀋陽薬科大学を辞めることにしました。

いろいろと理由はありますが、一番大きいのは二つの国の間の軋轢です。中国の大学に招かれてきて仕事をしていますから、ぼくは客人としての節度を当然守ってこの国で暮らしています。言いたいこともありますけれど、お客である以上、言っては失礼に当たることは言わずにいます。それはとても神経を疲れさせます。

第二の理由は、ぼくの健康に対する懸念です。

前に書いたように今年の2月に椎間板ヘルニアを発症して身動きできなくなったときに思いました。

これがひとたび治っても、再発するかも知れない。大学の仕事を続けていたら、その時は多くの迷惑を人に掛けることになる。中国では大学院教授でも65歳が定年なのに、それを枉げて招いてくれた厚意を忘れてはいけない。身動きできなくなる前に辞めるべきだ。もちろん、今は何の問題もありません。健康そのものです。歩くのだって3キロメートルを30分掛からずに歩きます。腕立て伏せだって40回くらい屁の河童です。ラインダンサーになるくらい、脚を高く蹴上げることだって出来ます。でもね、何時かはアウトになりますよね。

それに知的能力に対する懸念が出てきました。

大学の先生というのは一国一城の主ですから、学会に出る、研究者仲間が多くいる、論文を沢山読むなどを怠っていると、たちまち自己肥大化が進んでしまいます。だって、研究室にいるのは教育を受ける学生ばかりですから、学問的能力からいうと学生は端から競争になりません。研究室のセミナーで、論文の理解力では大人と子どもの競争です。研究の背景を知れば、たちまちこの論文の占める意味が理解できるのは長年研究の世界にいるからですし、学生はぼくには遠く及びません。

ま、そんなわけで、まだまだ自分の頭はちっとも衰えていないと思うのですけれど、この春それに疑念が生じました。

東工大の時の学生だったDNくんが研究所で行った研究について論文を書くに当たって、ぼくに意見を求めてきたのです。こちらは、研究をするのも、論文を校正するのも、それを書くのも長年のプロですから、DNくんの書いた論文を読んでみて、何処を直したらぴかぴかした論文になるかが直ぐに分かりました。

実に見事な着想で、今までとは逆転の発想による新しい研究展開に成功し、目から鱗の新しい発見をもたらしています。でも、自分が行ってきた研究の進め方にこだわっていて、世界中が驚く発見をしたのに、説得力のある書き方が出来ていないのですね。論文の構成をがらりと変えればよいわけで、それを示唆するとDNくんは直ぐに分かってくれました。

もちろん細かな内容もしっかりと見て、彼とも何度も議論して論文の正確さを確かめました。Natureの不正論文投稿で有名になった、あの小保方さんの共同研究者がちょこちょこと何かしたなんて言う程度ではありませんよ。DNくんに及ばずながらも真剣に彼のデータを吟味し、論文をどう構成したらよいかを考えぬいて彼に助言しました(もちろん、ぼくはDNくんのこの実験のアイデアに、そして発見に全く関わってはいませんから、あの小保方さんの共著者が沢山みたいに、この論文の共同著者ではないですよ)。

いろいろと見解を述べている過程で、ぼくは一つの誤解をしていたことが分かりました。糖タンパク質の糖鎖の研究の専門家でなければ冒しやすい間違いで、DNくんから指摘されてぼくの間違いに気付きましたけれど、ぼくにとってはその誤解に気付かなかったぼくのことが許せません。糖鎖科学のほとんどすべてが理解できると思って、むかし世界の糖質研究の振興のためにFCCAを創設し、これが務まるのはぼくしかいないと思ってジャーナルであるTIGGの編集長を十年に亘ってやったぼくです(*)。こんな基礎的な間違いをするようになっては、もう駄目です。(今までは麒麟のつもりだったけれど)ついに老いた駑馬になったのだと認識しました。

辞め時ですね。

(*)その頃の苦労話を、Yamagata, T. What could be better than indulging in TIGG? Trends Glycosci. Glycotechnol 11, 159-178 (1999)に詳しく書きました(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/tigg/11/59/_contents)。日本語と英語の二カ国語です。そのPDFはhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/tigg1989/11/59/11_59_159/_pdf

FCCA: Forum Coming of Age. http://www.fcca.gr.jp/FCCA-J/index.html

TIGG: Trends in Glycoscience and Glycotechnology. http://www.fcca.gr.jp/TIGG/






最終更新日  2014.06.13 07:00:12
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2014.06.02
カテゴリ:薬科大学
さえ: 

今は薬学日語の3年生に日本語で分子生物学の講義をしているのですが、話しの始めに笑いを誘って、彼等の気分を柔らかくしてから始めたいと思って、最初の講義の時に「沈没船のジョーク」を口にしました。でも、学生たちは日本語がそんなに自由ではないらしく、口頭で話すだけでは直ぐに分かって貰えないのですよ。それで、次回からはPPTの最初にこれらのジョークを書いて見せています。

前回は「それぞれの幸福」と言うジョークを話しました。講義では毎回終わる少し前に出席を取るという理由で、簡単な設問を出して配った紙に書いて貰いますが、このときはその紙にこのジョークの結びにくる「中国人の幸福は?」に対する自分の考えを書いた学生がいました。

「中国人の幸福とは、お茶を飲んで、本を読むことです」
「中国人の幸福とは、子どもの面倒をみて愛する人と生きるとき」

と、みな大真面目に考えているみたいです。「私にとっての幸福は、分子生物学の試験で良い成績を取るときです」なんてのもありました。実際、学生はそれぞれの科目で良い成績を取るのに必死です。日本では考えられないことですね。日本の就職ですと、何処の大学を出たかが問われていて、成績は殆ど考慮されないみたいですが、中国では大学の成績が一生付いて廻るからでしょう。ここでは、教科書を丸暗記していたら満点が取れる試験ですから、彼等は頭を使って考えることが大の苦手です。

ぼくの分子生物学の講義は、DNAから始まるのですが、ワトソンとクリックのDNAの二重らせんモデルが1953年に発表されるまでの話しに2時間を掛けます。次は、ワトソンとクリックのDNAの二重らせんモデルに行き着くまでの話し。3回目はワトソンとクリックのモデルで遺伝子の複製が矛盾なく証明できることを示したメーセルソンとシュタールの実験の説明から始まります。(資料1)

大腸菌をN15の重い窒素の同位体を含む培地で培養して、親のDNAをN15で標識して置いて(これを0世代とします)、その後普通のN14を含む培地に移して増殖させていきます。半分くらいに増えたとき(0.5世代)、2倍に増えたとき(F1ですね、1世代とします)、2世代になったとき、3世代になったときに大腸菌からDNAを抽出して密度勾配遠心でDNAを重さに応じて分離します。

すると、0世代ではN15の重いところにDNAが来ます。当然ですね。1世代ではN15とN14の間の中間の重さにDNAが一つのピークとして現れます。これは、親の(0世代の)のDNAの二本鎖のそれぞれが鋳型になってDNAを複製したからですね。

次の2世代になると、2つのDNAのピークが現れます。1つのピークはN14の軽いところ、もうひとつは1世代の時と同じ中間位置に、同じ量で現れます。

3世代になると、DNAのピークはN14の軽いところと、1世代の時と同じ中間位置の所に、3:1の量比で現れます。すべては ワトソンとクリックのモデルから導かれるDNAの複製で説明できる、と言うことはワトソンとクリックのモデルが正しいことを示しているわけです。このDNAの複製方式はSemi-conservativeと呼ばれています。

細胞が分裂するときに親の遺伝子を正確に二つの娘細胞に与える仕組みが、このモデルで見事に示されたわけです。ここで、DNAが複製されるときに、親の二本鎖のDNAが適当に娘のDNAに入り込むという(Distributive)方式、それともうひとつ、親の2本鎖を鋳型にして作った新しいDNAが二本鎖となって新しいものだけが娘に伝わる(もう一つの娘細胞は親と同じものを受け継ぐことになるConservative)方式を考えてみようと学生に言いました。

それぞれの仮説が正しいとすると、メーセルソンとシュタールの実実験をしたときにDNAはどのような分離パターンを示すと思うか、と言う質問です。当然、いまここで勉強したパターンとは違うわけですね。

学生はこんな風にものを考えたことなんて多分ほとんどないので、大分面食らっているみたいです。モデルは目の前にあるのに、それがDNAのピークとしてどうなるかと言うだけなのですが、大変みたいです。あれこれ助言して、考えられるように仕向けて、そのために大分時間を使いましたけれど、終わった後、みんなは頭を使った喜びに満ちた顔をしていたと思います。毎回こういう良い設問が出来ると良いのですけれどね。


(資料1)例えば、以下のURLに載っています
http://www.aichi-c.ed.jp/contents/rika/koutou/seibutu/se18/DNA/fukusei.htm
メセルソン・スタールの実験(アニメーション)






最終更新日  2014.06.02 07:53:54
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2014.04.21
カテゴリ:薬科大学
さえ:

瀋陽薬科大学で仲良くしている先生の一人であるYS教授に誘われて、薬科大学の南校を見てきました。

薬科大学はぼくたちが来た2000年頃から郊外への移転の話があって、それも東北大学や中国医科大学と合併して移転するという話でした。それがなかなか実現しないうちに、その移転先も瀋陽の東の郊外だったり、北の外れだったり、やがては東北大学や医科大学からも振られて単独で、北の、今に地下鉄が延長するらしいという地点に移転するという話になったのが、もう5年くらい前のことでしょうか。瀋陽市北部への移転は、大学の新聞に鍬入れ式をする校長と書記の写真が載っていましたから、こんどはいよいよ本当かなと思ったものです。

それから一年もしないうちに、あの話は没になってこんどは本渓に移ることになったという噂が流れました。本渓は瀋陽から南に60Kmくらい行ったところで、今の瀋陽を中心とする大都市圏構想では、瀋陽を囲む7つの衛星外郭都市の一つです。古くから鉄鉱石採掘の町として発展していて、新中国ができたあと、地下大鍾乳洞が見つかったことで名高いところです。

移転のためには財源が必要で、そのためには今の敷地を売却するという噂でした。薬科大学は実にこじんまりとした敷地に建物がひっそりと、そしてびっしりと建っていますが、瀋陽の中心を十字に走る地下鉄沿線に沿っていて、今や繁華街の一部になりつつあると言っても過言ではないくらい便利なところですよね。高く売れるのは間違いありません。

前にもこのブログに書いたと思いますが、東京で都市の発展のために都心部から大学を郊外に移転させた多くの私立大学は、その結果として進学生の減少に苦しみ、バブル崩壊の後はふたたび都心復帰を目指しました。都心の拠点を少しでも残しておいた大学は、そこに高層の建物を建てて大学の復帰を果たし、学生の人気を呼び戻しましたが、都心に拠点を失った大学は悲惨なものでした。中国に先駆けて大学の都心から郊外移転を行った東京の現状は、よい教訓になるはずです。

それで大学の上層部に宛てて、日本の経験を教訓にすることで、本渓に大学の一部を移したとしても、全部が移ってしまうことはしないで、今の敷地の半分でも確保して置かないと瀋陽薬科大学の学問的地位も含めて将来危ないものになるだろうから、まだ検討の余地があるなら是非移転計画を再考して欲しいと書きました。

その後、これという反応もなかったのですよ。言ってみればよそものが、しかも何の地位も背景もない人間が何か言ったって聞く耳持たないってことかな、と思っていました。やがてそのころ大学の書記が交代して(書記が大学では最高の位で、学長の上ですよね)何とぼくの部屋に新任の挨拶に来られたのですよ(中国の慣習では考えられない話ですね)。そして、ぼくの出した意見書は至極もっともで、大学のほとんどを本渓に移すけれど、ここの敷地の半分近くは(つまり建物の半分くらいは)残すことにしたと言うことでした。ぼくの意見書が決め手になったとは思えませんけれど、移転積極派と移転慎重派の意見対立があったとしたら、慎重派に重心を移す役には立ったかも知れませんね。

ともかく本渓の地に大学は土地を得て建物を建て始めたのは2年前ですから、中国の建築の速さからするともう全部出来ていて良いわけです。しかし、まだ計画のうち1/3くらいの建物が出来ただけだそうです。

YS教授に誘われた日は瀋陽のPM2.5が200を超えて近くのビルも霞んでいて、まして遠くまでは見晴らせない空でした。10年前に本渓鍾乳洞に案内されたときは一般道路でしたので、車で4時間掛かりましたが、今は高速道路が出来ています。本渓に行っても空が霞んでいたら、この大気汚染は北京方面からやってきたに違いないといいつつ、YS教授は車でを走らせましたが、とうとう現地についても空は汚れたままでした。

本渓よりも手前のインターチェンジで降りると、この一帯が製薬事業の拠点として開発されていて、製薬会社、工場がずっと建ち並び、それを行くと新しい街の中心なのか、外れなのか判然としませんが、山あいに瀋陽薬科大学の本渓南校キャンパスが見えてきました。

今の薬科大学の敷地よりも広い場所に、現在の薬科大学にある建物と同じくらいの数の建物が既に建っていますが、まだこれでも計画の1/3にもなっていないそうです。いまは新入生を含めて3千人くらいの学生がここで生活しているとのことです。学部としては生産管理学部の建物が出来ているだけですが、ほとんどの教授は常駐していないと聞きました。建物の内外は新しくて綺麗ですが、なんだか元気が出ませんね。

米国ですと大学だけで成り立っている小さな街があって、学生は何の俗事にも患わされることなく勉学にいそしむ光景が普通にありますけれど、ぼくはシティーボーイの育ちですからね、ここで教育を受ける学生たちに同情してしまいます。

瀋陽の伝統ある瀋陽薬科大学に入ったのに、こんな山の中の学校で暮らすんじゃ話が違うんじゃない?と折角入った新入生が次の年にまた全国統一入学試験を受け直すためにどんどん辞めているんじゃないかな?と思わず口に出かかりました。






最終更新日  2014.04.21 08:06:31
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2014.01.17
カテゴリ:薬科大学
さえ:

77期の中薬日語4年生に分子生物学のうち、DNA複製、転写、そしてタンパク質合成を教えました。

大事なところは漏らさず話してきましたが、今回は大事なところに特に力を入れて説明をしました。今期の学生はとても学習熱心で、老師に向かって一生懸命に質問をしてくるのですよ。日本語の会話も石田先生に教わっていて、結構達者です。

二時間の講義の間の小休憩は何時も沢山の学生が群がってきて質問をするので、分かり難かたっところや、誤解しやすいところが分かるので、次の冒頭には再度詳しく「明白了マ?」と訊いて「明白了」と返事が戻ってくるまで丁寧に説明しました。そして覚えるだけでなく考えることの大事さも教えました。

例えば、真核生物のmRNAにはポリAのしっぽが付いています。これを知れば、そのしっぽにあるポリAを利用して細胞のRNA抽出液の中からわずかな量のmRNAを集めることができますね。

でもね、真核生物のmRNAにはポリAがあることを話した後、 「真核生物のmRNAをほかのRNAから分けて集めるにはどうしたら良いか」を質問しても、すぐに答えられる人はごくわずかです。ですから、質問を発してから教える訳ですね。

ポリAがあることが特徴だからそれが利用できないかと、考えよう。そして、塩基対が分子生物学の真髄だと教えたことを思い出そう。そしたらポリTを作れば、それにmRNAだけが結合するに違いないということになるよね。

教えれば、ちゃんと答を覚えています、少なくとも試験の終わるまでは。

原核生物のmRNAには(転写のところで)転写終結シグナルとしてG:Cのステム構造ができて、その後に遺伝子のAの多い配列に対応してポリUが並ぶことを教えます。

さらにタンパク合成では、Shine-Dalgano配列がmRNAの5’-末端一画にあって、これが16SrRNAの一部と塩基対を作るのでその後にくるAUGが開始コドンとなること、これは真核生物にはない大きな特徴であることも強調します。

この二つは、原核生物のmRNAの特徴ですから、つまり遺伝子にもこれに対応する特徴的配列があるということですね。

一方で、遺伝子に着目すると、転写の始まるところよりも上流にPribnow boxという真核生物ではTATA boxに相当する配列があります。その上流の−35配列と並んで、転写開始位置を決めるための重要な配列です。

原核生物のDNAの全配列が分かったとして、実験を一切しないで、何処に遺伝子があるか推測するにはどうしたら良いかを、模擬の練習問題として出しました。

もちろん、答で第一に期待するのはPribnow boxに着目してDNA配列を探せばよいというものです。もちろん、きちんと問いを発してから、答を教えました。

さて、試験の本番では、『ある新種の細菌のゲノムの全構造(DNAの配列)が明らかになった。この細菌の構造遺伝子(タンパク質の配列を決めるDNA配列)はまだ知られていない。このゲノムのどこに遺伝子があるかを推定するには、Pribnow boxと−35配列があるかどうかを調べると遺伝子の位置が推定できると思われるが、このほかにも遺伝子の位置を見つけるために考えられる方法を書きなさい。実験室で実験することは含めない』という問題です。

Shine-Dalgano配列や終結シグナルを書いた人は60人中3人だけでした。

それでも、私の持分では平均点が74点でした。講義に全く出てこない学生の点数を勘定に入れないと平均点は80点ですから、まずまずと言ってよいでしょう。

この次は「Pribnow boxと−35配列に加えてmRNAにあるShine-Dalgano配列も遺伝子を探すときの目印になるけれど、ほかにも目印はないか」という問題を出そうかしらん。






最終更新日  2014.01.17 08:04:09
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2013.12.11
カテゴリ:薬科大学
さえ:

11月終わりに、セツさんのクラスの卒業十周年記念で集まった中に呉金展がいて、久しぶりにあったとき、感激のあまりお互い固くハグしあいました。

呉金展はこの大学を出て一年間は池島先生のところで月額500元で働いてから東大の大学院に行きました。修士に引き続いて博士号を取得してからは誰に訊いても彼は音信不通だったのですよ。

それが最近再び皆の前に現れて、その時は白いキャデラックを乗り回す社長さんになっていたということです。今は東京と香港の二つの都市に居を構えて行き来しているのだそうです。

クラス会に集まったのは13人で、そのうち二人が自分で起業して社長に納まっていて、彼はその一人。

日本の大学生は自分で起業したいと考える人は数パーセントしかいませんが、中国では70%が自分で起業したいと言います。13人中2人では少ないですけれど、大学を出て10年ですと、まだこのようなものかも知れませんね。

呉金展はいまは会社の社長ですけれど、大学時代はクラスの班長を務めていて、面倒見の良さに人望を集めていました。そのまめまめしさは今も変わらず、今回の集まりの企画も彼が樹てていて、大学の中を歩きながらの撮影会も、夜の宴会時も一人で飛び回って世話を焼いています。カメラもキャノンのEOS 5D Mark III に立派な三脚を付けて持ち込んでいて、一人しゃべりまくりながら周り中に気を配っています。それも日本語を早口で喋っているのですよ。

呉金展が学生の頃、笑い話がありましたね。呉金展は南の方の出身で地方の訛りがひどく、国から瀋陽に学生が集まって見ると、普通語の話せない彼の話はまるで通じなくて、日本語を習いだして、たどたどしい日本語を使うことで、やっと初めて友達に話が通じるようになったという笑い話です。

半分は本当かなと言うのは、このクラスの日本語の担当だった最上先生も今回日本から参加しておいででしたが、彼を連れて買い物に行ったりすると、呉金展の話す中国語では弁ぜず、最上先生の「おぼつかない」中国語だけが頼りになったというこれに上乗せの話も聞いています。

その後金展が今は日本語を立て板に水、横板に油で喋りまくるのですよ。

それも驚きですが、ここの集まったクラスメイトは卒業して10年も経ったのに、その彼の日本語について行っているのです。

彼等の時代には3年生になったときに日本語を習い始め、9ヶ月目の翌年6月に日本語能力4級試験を受け、その半年後の4年生の12月には1級試験(最高のランク)を受けます。

薬科大学の2002年の奇跡が起こりました。クラス26人の全員が日本語学習を始めて15ヶ月目に全員日本語能力1級試験に合格したのですよ。

今では15ヶ月目の試験でクラス30人のうち4-5人合格すればよい方だと言いますから、この時代のこのクラスの優秀さは際だっていますね。

でもこのクラスは優秀なだけではないのですね。最上先生の日本語のクラスには、正規の生徒の彼等のほかにも他所から数人の受講生が紛れ込んでいたそうです。

授業中には、先生が生徒を指して答えさせますよね。最上先生は正規の生徒と区別しないでこの紛れ込んでいる人たちも同様に当てていました。

最上先生が受け持っていたもう一つ上の学年の授業では、最上先生がこれをやると、「先生、授業に関係ない人を当てると時間が勿体ないし私たちが損をするから、当てないで下さい」と生徒から抗議がきたそうです。中国らしいですね。

でもこのセツさんのクラスは、そういう抗議もなく紛れ込んできた学生をも分け隔てなく、クラスの集まりには呼んだし一緒に同じように活動したそうです。心優しい人たちの集まったクラスだったのですね。このクラスを教えたことのないぼくを集まりに招いてくれたのも、この優しさでしょう。

中国の大学では卒業までクラス単位での行動が主体で、当然クラス担任の先生がいます。でも、このクラス会に呼ばれたのは3年生の時に日本語を教えた最上先生だけでした。このクラスの昔の学生たちは心底から最上先生を慕っていて、両者の交流は実に愛情細やかで、見ていて心温まる思いでした。

いいですね、最上先生。先生は十分に報われていますね。






最終更新日  2013.12.11 07:45:45
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2013.08.05
カテゴリ:薬科大学
さえ:

二週間前から夕方になると隣の研究室の学生さん達に誘われて、バレーボールの輪に入れて貰ったり、体育館でのバドミントンの試合に入ったりしているんですよ。

バドミントンは中学を出て高校に入るまでの二週間くらいの短い時期に、同じ卒業生仲間と熱中したことがありますけれど、それ以来ですから、数えるのに延々と時間が掛かるくらい久しぶりです。バレーボールに触るのだって30年振りですよね。

それで一昨日は夜の9時過ぎになって流れる汗を拭きながら部屋に戻ってくると、教授室のドアが開いているのですよ。もちろんまだ実験室にはうちの学生がいるので、誰かが来ているのでしょう。

部屋に入ると、沢山の人が群がって隅にある監視カメラのモニターを覗いているので「あ、事件があったな」と思いました。その中に隣の研究室の顔見知りの女子学生がいて、その彼女が言うには、女子トイレに男がいたので、今カメラの映像で探しているというのですよ。

うちの学生二人が記録を見る助けをしていて、ほかに、大学の武装警察、建物の夜間守衛などがいます。

ぼくがまだ汗の引くのを待っているうちに、その男の映像の映っている箇所を見つけたみたいでしたが、ちょうど廊下のそこのところの天井灯が4つとも故障していたために暗すぎて、姿形は分かっても顔まで分からなかったみたいでした。

うちの研究室には女子学生が多いので、ぼくたちは何時もとても心配していましたよね。2011年には防犯カメラを付けるよう大学に要望しても、何の音沙汰もなく半年過ぎたので、夏になって教授室のドアと二つの実験室のドアが見張れるところに防犯カメラをぼくの私費で設置しました。

その時、近隣の研究室にもあと二つカメラが付けられるますからどうですかと誘ったのですけれど、参加者はその時はいなかったのです。

でも、1年もしないうちに別のフロアで盗難騒ぎがあって、隣の二つの研究室が自分たちでカメラをそれぞれ一つずつ負担して、このフロアの南半分が不完全ながらも監視カメラの対象区域になりました。

上のフロアに泥棒が入ったからとか言うことでこのフロアのカメラの記録が二度くらい役だったことがありますから、今や監視カメラは必須のアイテムではないかと思います。

数日前にはうちの学生から、この建物の6階で男が前をはだけて見せていたという話を聞きましたが、その男のことを通報したのか、その男が捕まったのかは話が判然とせず、つまりは学生が話している噂話のレベルでした。

この大学の中でも噂に聞くだけですけれど、いままでも性犯罪は時々起こっていますが、大学がどのように対処しているのか、実は全くわかりません。それに関して監視カメラの設置を要望しても無視されたままですし、大学は危険を防ぐためには何かしているようにも見えません。

大学の本部の建物に行くと廊下のあちこちに監視カメラがありますから、大学の財産を守るためには真剣でも、学生の安全を守るためには費用を惜しんでいるように思えます。

気になって、中国の大学で性犯罪がどのくらい起きているか、ネットで検索してみましたが、なにも引っかからないのですね。こういうことは禁句になっているのでしょうか。

性犯罪を本質的に撲滅することは難しいでしょうけれど、大学の中の性犯罪のほとんどは、建物の出入り口にそこを通り抜ける人の顔と姿が完全に分かる高解像度のカメラを付けてそれを記録し、監視カメラが活動中であることを建物の中に来る人々に徹底して知らせるだけで、ほぼ根絶出来ることだと思います。

今度改めて、大学の上層部の人たちに「犯罪防止のための監視カメラの設置と大学内の安全をはかるための方針」を考えるよう申し出てみましょう。






最終更新日  2013.08.05 08:25:26
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2013.07.29
カテゴリ:薬科大学
さえ:

瀋陽日報という新聞に、載っていた記事が目を惹きました。(資料1)

沈阳日报
  本报讯(记者封葑)6月26日,来自沈阳药科大学的消息,截至2013年5月1日ESI数据库公布的最新数据显示,沈阳药科大学入选ESI全球前1%的药理学与毒理学、化学、植物学与动物学三个学科排名明显提升。其中,药理学与毒理学进入世界前100名。

  据介绍,沈阳药科大学入选ESI全球前1%的学科数在东三省的医药类院校中排名第一。其中,药理学与毒理学进入了世界前100名,排名第81位(北京大学排第61位),位列ESI全球前0.16%,相比去年前移了76位;化学排名第753位,位列ESI全球前0.7%,相比去年前移了79位;植物学与动物学排名第924位,位列ESI全球前0.89%,相比去年前移了56位。

  ESI为美国汤森路透科技与医疗集团的“基础科学指标”英文缩写,是当今普遍用以评价大学和科研机构国际学术水平及影响的重要指标。

SCI (Science Citation Index)という科学論文の評価システムを出しているのがThomson-Reuterという通信社ですね。出版した科学論文がその後何度引用されるかという数値を論文の評価に据えていて、これが今や研究者の評価の大きな基準です。SCIが、今や研究者のいのちを握っているとまで言えそうです。

このSCIの方式に基づけば、その論文の相対的評価だけでなく、ジャーナルの評価、個人研究者の評価、その研究者の属している研究部門の評価、その大学の評価が可能です。

この記事は『Thomson-Reuterによると』

『2013年5月1日のESIに基づくと、薬理学および毒物学、化学、植物学および動物学の三部門において瀋陽薬科大学はその世界の評価で1%以内に入った。その中で薬理学および毒物学は世界の100位以内に入っている』

『世界の1%に入っている学科は中国の東北三省の中で第一位である。薬理学および毒物学は世界で81位であり(全世界の0.16%で、ちなみに北京大学は61位)、化学は世界の753位で(全世界の0.7%)、植物学および動物学は全世界の924位で0.89%内に入っている』

これは大きな驚きです。

中国は大学の序列を発表するのが大好きで、毎年「全国著名100大学」みたいな発表があります。この薬科大学はもちろん入ることはありません。

この評価は、大学の規模の大きさが反映する仕組みになっていて、学生数が多くないと点が上がらない仕組みです。教授の数の多さが大事であり、教授のかき集めている研究費の総額も大事ですけれど、教授数で割った一人当たり獲得研究費という計算は何処にも出てきません。

論文もSCIで評価されますが、この総数だけが問題になっていて、一人当たりのSCIで比べたら何処の大学が多いか、などという評価は見たことがありません。

というわけで人数の少ないこの薬科大学は、中国の統計ではお呼びではないわけですが、部門で見ると、薬理学と毒物学は(恐らく発表論文数とそのSCIで見ると)世界の1%に入るというわけですね。

これは素直に喜びましょう。

上記の発表のつづきを見ると、瀋陽薬科大学の最近十年間の発表論文の総引用回数は、世界の上位1%以内の5099校の研究機関の中に入り、順位で言うと第1549位なのだそうです。先ほどの数値で概算すると、対象は約10万校ですから上位1.5%に入りますね。

でも、薬理学および毒物学は瀋陽薬科大学の専門中の専門ですから、世界で81位くらいには入って貰わないと困りますよね。北京大学に負けているようでは情けない話です。

中国の東北地方には薬科大学はこの本校しかないわけですから、第1位になるのも当たり前で、そんなことを喜んじゃいけませんよね。

研究者一人当たりのSCIは年次を重ねれば増えますし、研究機関がその教員の質を誇るならSCIの総数で比べるのも良いですが、それぞれの教員単位でProductivity(生産性)も比べたいですね。

そのためにはThomson-Reuterの発表しているデータを縦横に計算して使いこなさないといけません。それをやりたいと思って、Thomson-ReuterのESIに登録しました。登録番号を送ってくるのですが、そこから先に進めません。

今は持ち時間が限られていますから、いずれ引退して時間が出来たら楽しんでみましょうね。


(資料1)http://roll.sohu.com/20130627/n379984019.shtml;
http://www.syphu.edu.cn/news/View.aspx?id=31f2d3f6a07efb31ec07cb807e6a88






最終更新日  2013.07.29 07:46:59
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2013.07.09
カテゴリ:薬科大学
さえ:

薬学日語三年の学生に日本語で分子生物学を教えていて、試験シーズンがやってきました。

○×式などの選択ですと採点は楽ですが、学生は大して考えることもなく答を選んでしまいます。それでは、ためにならないから、ぼくの出す問題はほとんどが説明を求める設問です。

5年くらい前に「ある細菌のゲノムが初めて読まれた。10の9乗個のDNA配列の中でタンパク質の配列をきめるDNA配列である遺伝子が何処にあるかをどうやって推定したらよいか」という問題を出しました。

細菌などの原核生物では、RNAの転写の多くはTATAを多く含むPribnow Boxが目印となってここにRNA Polymeraseがくっついて転写が始まります。

翻訳を考えると、細菌などの原核生物のmRNAにはShine-Dalgano配列というのがあって、これが30S Ribosome の16SrRNAにあるAnti-Shine-Dalgano配列と結合するので最初のAUGが決まります。

どれも、それぞれのところで教えていますが、5年前にこの問題を出したときは、教わったこれらの知識を総合して、この問題に結びつけて解が得られるかどうか、言ってみれば試したのです。日本の学生なら、これだけの知識があれば、答を導き出せます。

すると90人中、3人の学生が正解を書きました。そのうちの一人がうちの研究室の修士の学生になった朱さんですよ。今は日本の岡崎にある分子研の博士課程に在学中です。

その後は毎年学生の学力が落ちてきているみたいなので、それからはこの問題を出すどころか、転写のところでは、Pribnow boxが遺伝子の始まりの目印になるのだよと教え、翻訳のところでは、その先のAUGから翻訳が始まるよう、mRNAにあるShine-Dalgano配列もDNAに書かれているわけで、これも遺伝子の目印になるのだよと、丁寧に教えてきたのですよ。

ですから今年は、理解力を試すのではなく、どれだけちゃんと講義を理解して覚えているかを調べる問題として、同じ問題を出しました。ちゃんと勉強していれば、お茶の子さいさいの問題ですよね。

Pribnow boxとか、Shine-Dalgano配列を頼りに探せばそれが遺伝子だと書いたのは二人だけ。62人中、たった二人ですよ。

「ほかの似た種類の細菌で分かっている遺伝子の情報を元にして調べる(いわゆるホモロジー検索ですね)」と書いてくれたって良いのに、これもなし。

こちらの求める答でなくても何か工夫していれば、たとえば、「DNAを切ってベクターに入れて発現させて、タンパク質を作っていたら、そのDNAを解読すれば遺伝子が分かる」と書いていた人には、そんな面倒なこと出来ないよなあ、と呟きつつ4点、

「mRNAを作らせて翻訳されればそれが遺伝子」と書いていれば、どうやってmRNAやタンパク質を作らせるんだい、DNAが長いままじゃ困るんだよなあ、だけど、ま、いっか、と3点、

「イントロンとエクソンが、、、」と書いている人には、細菌じゃそういうことはないんだけどなあ、それに大体、真核生物だってGU・・・・・AGの配列なんて至る所にあるんだよね、でも、ま、いっか、と2点、

という具合に大盤振る舞いをしましたが、この問題の平均点は5点満点で1.4点でした。

私たちのような真核生物のmRNAには、5'末端にキャップ構造、3'末端にはPolyA tailが付いていますよね。真核生物のmRNAの特徴を話すときには、それじゃ、RNAの中で1%くらいしかないmRNAを集めるためにはどうした良いか、と質問して、先ず学生に考えさせた上で答を話しているのです。

DNAあるいはRNA配列の相補性が分子生物学の原理のすべてなのだというのがぼくの口癖ですが、学生が何時も直ぐに考えられるように、こうやって刺激をしているのですよ。

ところがこの設問に答えられたのは62人中、たったの7人。5点満点で平均点は1.7点。

ほかの問題すべてを含めて、平均点は48点。ぼくは採点途中から、すっかり気力を失ってしまいました。

それで相棒の王老師に、もう来期は講義をしないと宣言したのですよ。学生に理解させられない教師は失格です。学力が落ちてきたと感じられたのでこの二三年ずいぶん工夫を凝らしてきたけれど、効果なしですもの。

でも、強く慰留されてみると、いきなり辞められたら困る事情もあるでしょう、100点満点で92点を取った学生もいるんだし、今回出来なかったのは、分からなかった学生のせいにして、来学期は焦点をうんと絞って、そこは噛んで含めるようにゆっくりと話すことにして、続けてみることにしました。






最終更新日  2013.07.09 07:41:36
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2013.06.24
カテゴリ:薬科大学
さえ:

6月16日日曜日は生命科学院の修士学生の論文発表会でした。うちの崔玉婷の登場です。ぼくが中国語が駄目なので、うちの学生が話したあと直ぐに会場から出て行けるように、うちの発表者は何時も最初に話すようアレンジされています。

8時20分から始まると言うことで会議室に8時に行きました。

審査員は5人いるのですが、昨年と同じく委員長が教授なだけで、あとはすべて副教授です。そのうち男性は一人であとは女性でした。

女性がいけないというわけではありませんが、生命科学部では恐らくFacultyの7割以上は女性です。今の西側諸国の求人では通用しませんが、この大学の求人で応募者は男性に限ると言うのが今年は多かったように思います。

聴衆は仲間の学生とおぼしき人たちばかりで、ついにほかの教授も副教授の姿も見かけませんでした。

副教授も修士学生の指導者になれますから、審査員も副教授だけで良いのかも知れません。修士論文ごときは教授が聴くほどのことはないよと言うわけでしょうか。3年間一生懸命に研究をしてきた学生が気の毒に思えます。

卒業研究生の発表会は、そういえば教職に就いたばかりの人たち、日本で言うと助手の先生たちがすべてを采配しています。卒研生は助手が審査する。修士学生は副教授。そして、博士の学位は教授。なるほどねえ、中国はそういう階層社会です。

教授は博士の学位審査のために機能するのだから、卒研生の卒業論文を聴いたり、修士の発表論文を聴いたりするなんて教授の沽券に関わると言うことかもね。

東工大でぼくたちのいた頃の生命理工学部では、卒研生の発表会には学科のすべてのスタッフ・院生が参加し、だれもが学生の発表に質問できましたね。つまり発表を手がかりにその研究室の研究そのものが学部内に浸透し、それを批判できる仕組みになっていました。ほかの研究室の研究が赤裸々にほかの研究室の人たちの前にさらされるのですね。研究の意義も、研究方法も、過去も未来も批判という俎板に載せられて論じることが可能な仕組みになっていました。

ですから学科の中の研究室の壁を破る一番良い機会を、卒論発表会が提供していたわけです。お互いにほかの研究室の研究と考え方、技術に精通し、お互いに徹底的に知り合えるというだけでなく、お互いに学問の考え方・研究のやり方を遠慮なく批判しあえると言う素晴らしい機会です。

なお良いことに、発表する学生がいくら質問の矢に曝されても、そこの教授はその場では一言も弁明してはいけないというルールがありました。素晴らしいルールですね。

東京工業大学の教授たちは、東京大学の教授として声が掛かると嬉々として東大に飛んでいくという点で、実に情けないところがありましたが、こういう良い面もあったのですよ。

崔玉婷は15分の発表をしたあと審査に携わっている4人の副教授からいろいろと質問を受けました。GD1aがどのようにしてLPSによるCytokinesの生産刺激を阻害するかというのが崔玉婷の研究の眼目ですが、実験としては解決目前で時間切れなのですね。話がわかりやすかったと見えて、皆の質問はここに集中していました。

GD1aとLPSの構造はどう違うのか?同じ受容体に競合して結合するのではないかとか、GD1aがLPSに結合してその作用を阻害するのではないかとか。

競合して結合するかどうかはまだ答えが出ていませんが、GD1aがLPSに結合しないことは実験結果から分かります。崔玉婷はこの点をきちんと答えなかったみたいですけれど。

夏明玉副教授の質問の中にGD1aの阻害効果をもっと短い時間で、時間を追って調べたら良いんじゃない?というのがありました。なるほどね。気付いていませんでした。ありがたい指摘です。

こういう副教授が学部に多数いてくれれば、この大学の将来も楽しみにできますね。






最終更新日  2013.06.24 07:15:27
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