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カテゴリ:美術館・博物館
水田稲作の広まりとともに、 渡来人と縄文人とのかかわりが深まっていく。 それは地域ごとに 特色があるようで・・・ ![]() ![]() 現在の愛知県周辺。 緑の線から西には、 遠賀川系土器を使う 水田稲作民。 東には、 条痕文系土器を使い、 補助的にアワ・キビを栽培する 狩猟採集民が暮らしていたそう。 これは その東側の遺跡から出土したもの。 遠賀系土器のセットと 在来(縄文)系の深鉢 弥生前期(紀元前6~前5世紀) 愛知県朝日遺跡 深鉢(樫王式) ![]() 縄目がある。 縄文人の流れをくむ、 在来系弥生人の 条痕文系土器。 ![]() これはつるんとしていて、 朝鮮半島から流れてきた 水田稲作民の 遠賀川系土器。 同じ遺跡から出土している ということは、 両者の交流があったことを うかがわせる。 もう一つ。 コチラは、 愛知県松河戸遺跡より出土。 先述の朝日遺跡の近く。 ![]() ココでも同じく、 二つの異なるタイプの土器が出土。 在来(縄文)系の壺 ![]() これも縄目があるね。 在来系弥生人の 条痕文系土器。 そして、 壺 ![]() やっぱりつるんとしている。 水田稲作民の 遠賀川系土器。 遠賀川系土器を使う 水田稲作民の影響を受けて、 口縁部が外反するなど、 条痕文系土器にも変化があらわれる。 こうした変化が、 両者の交流をうかがわせる証拠となる。 その6に続く。 この展覧会は 今日で終了。 でも今後もチマチマ書き続けます・・・ ^ ^; お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
September 23, 2025 05:00:48 PM
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