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カテゴリ:おでかけ
1/31の 京都・神戸行きの続き。 前記事 京都で非公開文化財特別公開、神戸でルミナリエ その1 ~豊国神社。 | TEA&GARDEN ちょっとひとりごと - 楽天ブログ 京都で非公開文化財特別公開、神戸でルミナリエ その2 ~豊国神社書院・宝物館。 | TEA&GARDEN ちょっとひとりごと - 楽天ブログ 豊国神社の後は、 隣りの方広寺へと。 方広寺 ![]() 豊国神社では、 学生ガイドさんの説明に 聞きほれちゃって、 ついつい ゆっくりじっくり オタカラ鑑賞。 予定より 時間が押し気味に。(汗) ただでさえ、 京都到着が遅れたのに・・・ ヤバい、ヤバい、 今度こそ 足早に見学しなければと 訪れたここ方広寺。 でも今度は ボランティアガイドさん なのかな? オジサマ・オバサマ達の説明が これまた上手で、 でもって聞きほれて・・・ 同じことの繰り返し。(汗) ~_~; 方広寺は、 かつて 豊臣秀吉発願の 大仏殿があったお寺。 見学できたのは、 大黒堂の 秀吉が護持したという 手のひら大の小さな大黒天像。 本堂の 10分の1の大きさで 江戸期に造られた盧舎那仏坐像、 大仏殿の欄間に施されていた 左甚五郎作の龍の彫刻(部分)など。 また 大黒堂の天井画として描かれた、 巨大な掛軸 「神龍図」も特別展示されていて。 ここに大黒天 ↓ ![]() 大黒天、 最澄が彫ったものと伝わっているらしく、 秀吉のものとかいうより、 ソッチがすごいよなあ・・・ いや、 最高権力者・秀吉だからこその コレクションだってか ? いやすごい。 いいもの見たわ。 ^ ^ そして、 方広寺と言えばコレ。 ![]() 豊臣家の滅亡を引き起こす 一因となった、 あの有名な鐘。 ![]() 秀吉が作った大仏は、 地震ですぐに倒壊。 のちに 秀頼の時代に 再建が進められた方広寺(大仏)。 と、 同時に1614年、 方広寺の梵鐘が鋳造され、 その銘文には、 「国家安康」と「君臣豊楽」という 文字が刻まれていて・・・ 家康が、 自らの名を引き裂く 呪いの言葉だと 因縁をつけ、 大坂の陣へと持ち込んだ、 かの有名な方広寺鐘名事件。 ![]() 白く囲まれているのが、 その「国家安康」と「君臣豊楽」。 ![]() この鐘、 もう少し離れたところからになるけれど、 いつでも自由に見られるのね。 (拝観料ナシ) 大学の帰りに、 一度寄り道して見に来たことあるわ。 ^ ^; 非公開文化財特別公開ということで、 今回鐘の中にも潜らせてもらえて。 ![]() 厚みがすごいのよ。(汗) 鐘の真下から 上を見上げて撮った写真。 ![]() 淀君の亡霊と言われる、 白い影があるんだけど、 上手く写らなかった・・・ 結局方広寺でも、 ガイドさんたちの説明に 聞きほれちゃったから、 めっちゃ予定時間オーバー。(汗) ホントウは、 すぐそこの大仏殿跡にも 寄りたかったんだけれども、 ぜぇったいに 無理っっっ。 てことで、 アキラメタ。(未練) ;つД`) 京博に来た時とか、 またの機会を狙う~。 方広寺の後は、 四条河原町界隈に出て、 ランチ&買い物を。 方広寺のすぐ北西にある、 耳塚。 ![]() 朝鮮出兵時、 秀吉輩下の武将は、 古来一般の戦功のしるしである 首級の代わりに、 朝鮮軍民男女の鼻や耳をそぎ、 塩漬にして日本へ持ち帰った。 それらは 秀吉の命により、 この地に埋められ、 供養の儀がもたれたという。 大学の時、 この近くに下宿していた友人がいて、 夜中に友人とこの前を、 「コワイ・コワイ」と はしゃぎながら(苦笑) 走って通った思い出がある。 ワカカッタな。 ^ ^; その友人も含めて数人で、 一度来たことのある 銭湯を発見 ! ! ! ↑ 正確な場所を覚えておらず、 偶然出くわした。 ;・∀・ ![]() うおおおおお。 懐かしいぃぃぃぃぃ。 ≧▽≦ ≧▽≦ ≧▽≦ 30数年前は、 お風呂のない間借りの下宿も多くて、 銭湯もチラホラあったのよねぇ。 今はもう、 間借りなんてないだろうし、 この銭湯、 果して 営業しているのかどうか・・・ ? ? ? ? ;´・ω・ 京阪で祇園四条まで。 四条大橋から見た鴨川 ![]() 寒いから、 鴨川名物の 「等間隔のカップル」がいない・・・ ;・∀・ サスガニネ。(苦笑) 四条通沿いにある、 リプトン四条店で ランチを。 ![]() ![]() その4に続く。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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February 9, 2026 08:01:43 PM
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