|
カテゴリ:カテゴリ未分類
何というか、インタビューしている時に何飲んだだの何食っただの、そういう描写がスポーツ選手のノンフィクションに必要なものなのか。どう読んでも、著者が、被取材者とダチであることをひけらかしたいのだとしか見えない。「ケンゴの本」じゃなくて、「ケンゴと俺(著者)の本」みたいな。お前の他愛も無いジョークなど聞きたくもない。 そもそも生い立ち以外は、ほとんど代表の話で、フロンターレに入ってからの話はほぼ無い。何か、今のケンゴを語るのにフロンターレは必要無いってか。たとえば、ケンゴがああ見えて実はかなりアツイものを内面に持っているということを、少年期の話とか、代表への思いとかから描いているのだが、そこにフロンターレでのプレーぶりを加えるべきだろう。この著者、ケンゴが等々力でスタンドをあおるとこ見たことあんのか。 言うまでもないが、本の不出来に関してケンゴに罪は無い。力量の足りないライターに書かれた不幸だけだ。 俺のケンゴは、こんな薄っぺらな内容の本で語り尽くせるような奴ではない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|