安物を買って銭を失う…それもいいじゃない?

2006/06/15(木)00:18

ゆうしゃさまの杏子ジャム 巻き添えと唐突と

カタコト(11)

結局俺があいつの病室に着いたのは7時半をまわってからだった。 「遅い」だの「時間は守るためにある」だの鬼の首を取ったかのように散々文句を言われ、何故かちょっと本気で凹みつつも、寝付くまで一緒にいてやった俺を、俺はほめてあげたいと思う。 病室を出て家路につくと急に思い出したかのように腹が減り始め、目についた閉まりかけのパン屋の売れ残りを胃袋に納めつつ途方もなく無駄足だった異世界のことを思い出していた。 視界がはっきりしたとき、どうやら森の中であることを脳は認識してくれた。健気なことに異世界であっても脳は正常に機能してくれるようだ。 「あなたが神崎拓人くんですか?」 急に後ろから声をかけられた。なんだか今日は名前を確認されてばかりな気がする。振り向くとそこには無意味なまでの美形がいた。記憶の片隅から「ウホッ!いい男…」というセリフがはみ出してきたのをもとあった場所に押し込めつつその白髪黒ずくめの美形男に答えた。 「そうだが。お前は誰だ?」 「人の名前を尋ねる場合自分から名乗るのが礼儀でしょう?」 …こいつは馬鹿か?と思いつつもうっかり天然キャラだったらかわいそうだからまじめに答えておく。 「俺の名前はすでに知ってるんだろ?だったら名乗る必要がないだろ」 むかつくくらいの美形はとても意外そうな顔をした。 「言われてみればそうですね。失礼しました。私はクロトと言います」 「クロちゃん出迎えゴクロー」 当然だがこれは俺のセリフではない。 「これはチロ様。任務ご苦労様です」 恭しくお辞儀をする。この妖精がそんなに偉い人物?には見えないが。 「しかし、どうやらもうお帰りいただいても問題ないようです」 「えぇ~!マジで!」 「はい。どうやら彼女は帰還した模様です」 「せっかく連れてきたのに~!」 よくわからないが思ったことを口にする。 「なんだ?無駄足だったのか?つーか帰っていいのか?」 「ダーメ!せっかく来たんだから何かしてもらう!」 とまぁこんな流れで拠点としている村までの道だとか村の中の案内であるとか家事の手伝いとか、そんな退屈なことで3時間以上の時間が浪費されたのだ。 何しに行ったんだか…。むしろ最初から全て夢だったと思いたい。 しかしながら、そんな甘い期待はわずか二日で潰えることとなる。 その日俺は生徒会の仕事をまじめにしていたのだ。 まぁ啓発ポスター貼りなんていういかにも生徒会がしそうな退屈な作業だ。意識の半分以上は同じく作業に従事している藤田との会話に向けられていた。仕事も八割方終了しまさに退屈していたときだった。 「強制送還しに来たよ~」 例の妖精さんだ。頼むから人前で出てこないでもらえないだろうか。 「普通の人には見えないから問題ないってば」 空中と会話している人間の方がよほど変に見えることだろうよ。と思いながらも退屈がしのげるのはうれしいことだとも思う。 「今度はほんとに行く意味があるんだろうな?」 「前だって意味あったじゃない!」 「意味があったとは到底思えないね」 「なによ!文句あるっての!殴るわよ!」 「妖精なんだからおとなしく魔法とかで解決できないのか」 「魔法なんてのは妄想なの!」 妖精なんて生き物の方がよっぽど妄想な気がするのだが… 「おい神崎。それなんだ?」 『はっ?』 妖精と俺の声がハモった。おいおい、普通の人間には見えないんじゃなかったのか。 「おい、見えてるじゃないか」 「そんなこと知らないわよ!どうでもいいから早く行くわよ!」 「なんだ?どこに行くんだ?おもしろいところか?」 空中と会話する男と思われるよりましかもしれないが異世界の勇者も同じくらい不名誉な称号だと思うなぁ。藤田が目線で「仲間に入れてくれ」と言ってるのが痛いくらい伝わってくる。仲間になっていいことなんて一つもないのにな。でも残念だがそう簡単には連れて行ってもらえないと思うぞ。勇者の俺でさえ二日間音信不通だったのだから。 「なに?一緒に行きたいわけ?いいわよ?」 「っていいのかよ!そんな軽いノリで連れて行っても!」 「まぁいいのよ。本人が行きたいって言ってるんだから」 「俺も連れてってもらえるのか!やったぜ」 「ちょっと待て藤田。行くって言っても異世界だぞ異世界。おもしろいことなんて全くと言っていいくらい存在してないんだぞ?」 「異世界っていう響きだけでおもしろそうじゃないか。独占はひどいぞ神崎」 あぁ。こいつも被害者か。たぶん天才じゃない人間でも退屈だと感じてるんだなぁ。世の中荒んでるよ。てっきり普通の人間は彼女でも作ってテキトーにわいわいしてれば退屈なんて感じてないんだと思ってたよ。世界中に謝る。悪かった。 「んじゃ行くわよ」 今度は学校の見慣れた景色が溶けていった。 また森の中だ。でも今度は若干雰囲気が違う。近くには藤田しかいないしな。チロはどうしたんだチロは。責任者出てこい。 「うわ~。ここが異世界か。なんかすげーな」 すっかり観光気分の藤田を無視しつつ状況を把握する。うん。間違いない。どうやら転送に若干誤差が生じたとかそんな感じな気がする。イレギュラーもいるし王道だよな。 「お?あれなんだ?異世界人か?」 藤田が走り出したのをあわてて追いかける。 「あんまり動くな。迷子になったら動かないのが鉄則だ」 俺の制止を無視して藤田は進んでいく。 「おい!止まれ」 藤田は急に立ち止まった。俺は何となく身の危険を感じて体を低くした。 ゴッ 鈍い音とともに何かが俺の頭上を飛んでいった。いや、何かはわかっていたのだがわかりたくなかった。ヤバイ。冷や汗が大量に流れる。敵がいる。脳がそれだけを告げている。俺はその敵の姿を確認することなく全力で逃げ出した。

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