農業と団塊の未来に託す

 ( 協同組合通信平成18年元旦号 )

清々しい朝まだきの大気の中で、皆様とともに新春を迎えることができたことは何よりの慶びです。
気持ちも新たに各々の夢や希望にあふれた団塊の夢を追うことで、農業の未来について考えてみたい。今年は、ついに団塊世代のトップランナー達が会社や団体などの組織に別れを告げる定年を迎えることとなる。プレ2007年問題の年である。

いよいよ少子高齢化の大きなうねりと波が現実感をもって、社会のあちこち地域のそこかしこにひしひしと迫ってくるに違いない。一億の民が燃え、国家も社会も一丸となって熱かった昭和40年代。世界から日本の世紀・「ジャパンas NO1」とはやし立てられ日の出の勢いの日本経済を大車輪でひっぱってきたのが団塊シニア。一夜にしてバブルがはじけ、栄光の働き者達にとっての晩年は意に反して、二度と回復することのない逆境の到来となってしまった。急激に押し寄せてきたIT化の激流にも飲みこまれ、実力を過小評価され挙句の果てに窓際の悲哀も知っている。

それでも、輝かしい時代の日本経済に貢献した歴戦のサラリーマン生活を過ごすことができたのは幸せであったと想う。力を尽くし砂上の楼閣の如き慌しい栄華の日々を味わった後に、誰も抗することの出来ない時代の流れの中で、棹をさすことができなくなったのだから、サラリーマン人生にとっては本望だろう。

昨年は奇しくも、NHK大河ドラマ「源義経」にて、一人の天才武将、日本人の判官びいきの始まりとなった英雄の短い一生の中で、源平それぞれの栄枯盛衰が演じ語られた。満ちれば欠ける月の如き人生のならい。団塊世代にとって、身につまされるドラマであった。

昨年あたりから、2007年問題が花盛り。団塊の動向や未来が多くのメディアで特集を組まれ報道されてきた。第二の人生を迎えようとしている彼らを5つに分類してみた。

1)培ってきた技術やノウハウを生かして、コンサルタント的な役割を担ってなおも一線で働く意欲が盛んなビジネスマインドに積極的な人達(ビジネス型)

2)手に職なく定年退社とともに家庭に引きこもる多くの人たち(完全引退型)

3)会社からのリタイアを待っていたかのように、趣味・読書や実益及び省みる時間の持てなかった家族の中へ帰って行こうとする心優しい人々(精神生活型)

4)地域、NPOなどのボランティア活動を最優先し、積極的に後半の人生を心豊に過ごそうとする人達(ボランティア型)

5)生活と働く拠点だった現住所から、ふるさとなどを見なおし農業やスローライフで自活を目指し、移住を計画・決意している人々(健康指向型)

さて、農水省の発行している冊子やホームページ等においても団塊の参考になる情報がいくつかあるようだ。上記の5)に該当する人たちは、地方自治体が進める様々な特典付きの定住説明会に夫婦で熱心に参加している。都会といなかに、生活スタイルに合わせて居住するという人たちも生まれている。かってのふるさとへのUターンは、どちらかというと都会の喧騒の中で生活や社会に疲れた若者たちが主役だった。

昨今の団塊が模索している定年帰農は一味も二味も異なっている。子育ても終わり、生活に少しはゆとりを持っている。働き盛りの頃には、やむなく省みることもほとんどできなかった夫婦や家族の絆と団欒。生活習慣病対策としても正しい食の問題が重要なテーマになっている。贅沢さえしなければ、自らの意思で精神的安寧や健康的食生活の糧として野良仕事などを自由に選択できる、わが国の歴史始まって以来の恵まれた世代が現れてきたと考えることもできるだろう。

四の五の言へばきりがない。人間に生まれてきた喜びを、自らの意思で伴侶とともに田園生活、農業体験で全うすることができるのはしあわせである。

昨今、「傾聴」が注目されている。傾聴とは、話し相手の悩みや相談事に乗っても解決策を示さず、ただ聴いてあげることだそうだ。その意味するところは、「人は自分で出した結論にしか納得しない」から。また、相手の言葉を繰り返してあげるだけで考えがまとまった。自分の人生の締めくくりをきちんと考えるようになった。などなど、聴き手からの余計な解説や説得よりも、人は自らに納得したいことにあると考えられる。子どもでも十分に考える力をもっているということ。

「説得より納得」なら、団塊がいくつもビジネス現場の修羅場で体験したこと。人の気持ちを分かってあげることのできるのは、酸いも辛いも味わった団塊なら直ぐに納得できるだろう。そして、第二の人生に帰農を計画している団塊は、年老いた農家やふるさとの人々の気持ちを汲むことができると期待している。

政府の構造改革や三位一体の推進でも、国も自治体も正確な明日を描けないでいるのが今日の状況だろう。少子高齢化対策のため、経済的合理性を最優先で、アラブ系の移民を迎え入れたヨーロッパ諸国は大きな社会問題に頭を抱えている。移民との経済格差や宗教問題が広がり、理解する前にテロや暴動など予期せぬ社会混乱や不安に見舞われて右往左往している。わが国は、決してこの轍を踏んではならない。世界に冠たる優秀な団塊がいる限り、彼らを無視した政策や社会には明るい未来はないだろう。移民や外国人労働者を安易に迎え入れ、子孫に解決できない問題を持ちこみ先送りしてはならない。勿論、排他的になってはならないが、団塊の存在をゆめゆめ忘れてはならないだろう。

現実問題として、農林漁業に携わったことがなくても、元気で前向きな団塊がいる限り、農業などの現場の高齢化対策、後継者対策などの解決策を見出せると確信している。もとより、全員がプロになる必要はない。自活できるだけの帰農だけでも、食料自給率の改善の一端にはなる。安全性の確認や保障できない食料を、WTOを気にしながら輸入する必要もないだろう。口にするものに安全面で一点の曇りもあってはならない。何よりも生活習慣病などとは無縁な元気な壮年が集う田園の未来が描けるのではないだろうか?

団塊の定年は待ったなし。習うより馴れろと旺盛な研究心で技術とハートを持っていたのが団塊だ。勤労意欲の衰えない限り、さらに傾聴の技を身に付け磨いてゆける社会になれば、今日のとげとげしい世の中も、少しは和らぎ浄化されて行くだろう。きっと、悪しきニュースも減少するに違いない。

団塊を受け入れようとする自治体は、金を落としてくれることだけでない、傾聴能力を持った心ある人々を迎え入れ地域を活性化していただきたい。その点、食や健康に直結している農業は格好の帰り行く場所だろう。戦争に踏みにじられ荒れ果てた田園に帰っていったのは、中国の古の大詩人。高齢化と後継者不足でまさに荒れなんとしている、我が国の田んぼや畑に、団塊が帰ってゆこうとしている日本の未来が明るくなることを信じてゆきたい。

( 気象情報システム株式会社 高 津 敏 )
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