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風に恋して ~自由人への応援歌~

風に恋して ~自由人への応援歌~

旅 「イスラエル」編 最終章

旅~イスラエル編~最終章
(浜口喬香子1996年・イスラエル旅行記より)

平成8年2月28日

不思議の旅はいよいよ大詰めに入ってきた。今日は日本へ帰るため、テルアビブへ向かう。途中、カルメル山へ行ったりしながらも、車は一路テルアビブを目指す。ほとんど、私達に会話はない。それぞれ、自分の心を覗いている。アリは時々私の手を取り、優しいキスを指先や手の平に繰り返している。「僕は君の夫になりたい。」聞こえていない振りをする。ごめんなさい、私の夫は浜口浩だけ。あなたにはとても感謝しているし、縁のあった人だとは思うけれど、友人として愛することはできても、夫として愛することはできない。浩さん、あなたとこんな旅をしたかった。涙がでる。アリに涙の意味を誤解されたくないので、窓を大きく開けてタバコを吸う。「別れるのが辛い。僕は泣くだろう。」浩さん、私はあなたが恋しい。私の側にいてアリを傷つけないよう、アリと別れさせて。「僕を絶対に忘れさせない。」忘れないわ、こんな不思議な旅、一生に一度しかないでしょう。この旅を思い出すたびに、ベドウィンとして生れ、苦悩の人生を懸命に生きているあなたの姿を思うでしょう。私はあなたなのよアリ。私もかつてこの国に生れてあなたの苦悩の中を生きてきた。家族を幸せにしたいと夜昼なく働いた。人生を呪ったこともあった。そう、私はあなただったのよ。今日の私はそれらの体験学習を済ませてきたのよ。あなたは、今がその時なのよ。運命を怨まないで。自分で選んだ人生なのだから。

車の調子が悪いからと、点検、調整のためのガレージに行く。「2時間くらいかかるので、一人で海岸の方へ散歩してきてくれ。もし、何か困ったことが起きたら、すぐに電話しなさい。帰り道が分からなくなったら、これを見せなさい。」とテレフォンカードとガレージの住所が書かれたメモを渡してくれる。一人で海に向けて歩き出す。
ここはヤッフォーのオールドタウン。タイムスリップしてしまったような町並み。古道具屋がずらりと並んでいる。古びた汚い絨毯や、座ると壊れてしまいそうな椅子などが道端まで溢れている。それらを恨めしそうに眺めながら歩いているヨレヨレの服装のおじいさん。生活の厳しさが、それら使いふるされ、雑巾のように疲れきった品々から伝わってくる。貧しい国の姿、イスラエルの貧富の差を見せ付けられる。一握りの豊かすぎる人達と、子供の靴さえ満足に買えない人達のアンバランスな世界に迷い込み、底辺に生きる苦悩の人々の存在にうろたえる。これまで、数限りなく世界の空へ旅立ったけれど、私の歩く街は、どこも美しく化粧されていた。会う人はビジネス関係者で、隔離された世界を見て、それが世界だと錯覚していたことに気づかされる。ひとつの風景でも、自分の立つ場によって、全く違う顔が現われてくる。海沿いの坂道を登っていきながら、やるせなさに包まれる。喉が苦しくなり、吐き気が襲ってくる。
海に向かってベンチに座る。捨て犬だろうか、小犬がやってきて私の足元に座り込んだ。君は何ていう名前なの?私を慰めてくれるのね。手を出してもなついてこない。かといって反発もしない。私の声に反応することもなく、ただじっと、足元に座っていてくれる。ありがとう、側にいてくれるのね。海に向かって目を閉じる。さわやかな風、鳥の声と波の音。浩さんを想う。浩さん、あなたは今、幸せですか?私はあなたの大きな愛に応えることができませんでした。仕事に夢中になっていった私の姿を、あなたは寂しく、悲しく、そして優しく黙認し、包み込んでくれました。私のわがままを、一言も責めないで許し続けてくれました。涙が頬を伝う。突如、大声で泣きじゃくりたい衝動がやってくる。地中海の風に向かい、浩さんを求めて泣き続ける。
公衆電話からアリに連絡を入れると、まだ時間がかかるという。そのまま、どこという当てもなく、風に吹かれながら、私は浩さんとの幻影の中を歩き続ける。途中、やはり公衆電話で、帰りの飛行機チケットのリコンファームをする。結局、車の点検、調整のため、4時間半、浩さんの幻と散歩をし続けた。

テルアビブに向けて再び車中の人となる。心は空白。虚空をさまよっているとき、涙が溢れ始めると同時に、「千人殺した」という言葉が脳の内部でスパークする。何が起きたのかまるで分からないけれど、もう一人の私が滂沱の涙を流し、言葉を発し、謝り続ける。「ごめんなさい。どうぞ私を許して下さい。ごめんなさい。本当にごめんなさい。」アリが驚いて私を見つめる。「どうしたの?」「自分でもわからないけれど、私は過去、この地でとても多くの人を殺したようなの…。私はこの地と、この地に生きている、そして生きてきた人達に謝りたい。ごめんなさい。私はあなたたちにとんでもなく悪いことをしたのよ。」「大丈夫だよ、君は何も悪いことなどしてはいないよ。例え何人か殺したことがあったとしても、それはその時の必然。必要なことだったと僕は思うよ。君は悪くない。謝らなくてもいいんだよ。君はとても優しい人だよ。いつの人生でも、君は君の信じる道を、誠実に生きてきたと僕は確信できるよ。」「僕は11年間、この仕事をやっているが、こんな幸せな時を持てたのは君が初めてだ。本当だよ。明朝、君は去っていく。頭ではさよならと言えるけど、ハートはずっとNOと言い続けている。」アリが何を言ってくれても、私の内なる魂は震え続け、泣き続ける。ただひたすら、ごめんなさいと謝り続けている。

帰国後、この件をUFO氏に話したところ、「う~ん、そうだね。浜ちゃんが殺したのは千人じゃないよ。浜ちゃんの魂はいつも支配者とか、王とか、その辺のところが多かったからねぇ。自分の手で直接殺したというのではなく、例えば神の名によって、あるいは天皇の名の下に、君は戦いを繰り返してきたよね。徳川家康しかり、西郷隆盛しかりだよね。地球の総人口が50億人だとしたら、浜ちゃんは、その内10億人くらいは殺してきたことになるだろうね。日本だけでなく、君は世界各地を転生して、その多くは国のトップか、トップから2~3番目にいたからね。」と言われる。
また、今年、平成11年に入り、晶美嬢からは「ママはね、日本人として生きるより、イスラエルの方が、縁が多いね。森本さんがアフリカとアラビア半島の間の海でクラゲをしていた時、ママはイスラエルの王、ダビデだったよ。」と言われる。
マリアだとかダビデとか、とんでもない名前が次々と出てきて面食らうが、そんな事とは無関係に、私はイスラエルへ、というより死海に、意味も分からず魅了されている。イエスが、それによって多くの病める人を癒したという死海の泥と塩にとりつかれている。なぜなのか。勿論、死海の泥と塩が持つエネルギー効果を認知しているからではあるが、その認知とは別の次元で引き付けられていることを感じている。
平成11年9月、晶美嬢と共に与那国島へ旅をした時、ある夜、彼女は「ママが恐い。ママの顔を見たくない。ママからフリーメイソンがやってくる。ママが恐いよ。」と脅えていた。今日、肉体を持って生きている普通の人間である私に、何も分かりはしないが、一連の流れから、イスラエルに、過去、縁のある人生を体験したのであろうことを感じるだけである。

胸が苦しい。悲しみが募る。涙は一向に止まる様子がない。いつまでも泣き続ける私に「どうしてそんなに泣いているの?本当のことを言ってごらん。」とアリ。本当も嘘もありはしない。私にだって分からない。涙の理由を教えてもらいたいのは私の方だ。今日の肉体を持っている私が泣いているのではない、内なる魂が、仮の庵である私の肉体を使って泣き続けている。こんな面倒なことを説明する心の余裕はないので、ただ泣き続けていると、アリが急に私の口まねをしておどけてみせる。その様子がおかしくて笑い出してしまった。ありがとう、アリの道化で、内なる懺悔は幕を閉じてくれた。

テルアビブからパリ行きの便は午前3時半。仮眠を取るため空港近くのホテルにチェックインをする。ホテルから空港までは一人で大丈夫だからと言っても、アリは「最後までちゃんとケアーする。この地を離れるギリギリまで側にいたいんだ。」と言い張る。そして、空港に着いてからの行動や、出国時の注意などを真剣な顔で話し始める。「いいかい、泣くのはもうお終いにしなさい。僕は空港まで君を乗せて行くけれど、そのとき僕は、単なるタクシーのドライバーであり、君は一旅行者だよ。お互いに知人のような態度をとってはいけない。まして泣いたり、声をかけたりしちゃいけないよ。もしそんなことをすると、君は大きなトラブルを抱えてしまうだろう。笑い事じゃあすまないよ。車から降りたら、決して後ろを振り返らないこと。いいね?絶対だよ。絶対に泣いたり、特別な言葉を口にしてはいけない。降りたらまっすぐ前を向いて歩くんだよ。係りの人に誰か知り合いがいるかと聞かれても、誰もいないと応えなさい。そうしないと大変な目に合うことになるよ。いいね?」なぜこんな事を、これほど真剣に、しつこく言い募るのか、その時の私には分かっていなかったが、「分かったわ。大丈夫よ、あなたの言う通り行動するわ。」と答える。
私は一人でチェックインし、しばらく後、アリがやってくる。部屋に入るなり、彼はベッドに横になる。連日の長距離運転で疲れ果てているようなので、これまでの感謝の気持ちをこめて、ヒーリングをする。「すごく気持ちがいいよ。」という間もなく、スヤスヤと穏やかな寝息が聞こえてきた。アリの寝息を聞きながら、この旅を振りかえる。なぜイスラエルへ独りで来てしまったのか。イスラエルに入国してから、毎日発生してくる不思議な出来事。そして、想像したことさえなかった自分の過去生のこと。過去、自分が誰であったかはともかくとして、各地で起きる身体反応などにより、自分の魂は、確かにこの地を知っており、何度かこの地で生きていたことを強く感じる。ごめんなさい。許して下さい、イスラエルの民よ。私は今、ゆっくりとあなたたちの苦しみの中へ入って行く。深く謝りたい。どうぞ許して下さい。アリをイスラエルの民の代表として、彼に愛を送ります。イスラエルに平和が訪れることを念じます。ありがとう、アリ。ありがとう、イスラエル。眠り続けるアリの側で、祈りの瞑想に入っていった。
瞑想を止めるとアリが目覚め、Make Love を求める。「ごめんなさい、あなたには心から感謝しています。でも、Make Love はしたくないの。どうか理解して下さい。」分かったよと、彼はまた眠りに入っていった。ありがとう、アリ。私があなたより10歳も年上だと分かっても、あなたの態度は少しも変わらなかった。途中、何回か口論もしたけれど、最後まで私を気遣い、守ってくれた。あなたの誠実さに感謝します。ツインベッドルームだったので、空いているベッドで私も短い仮眠に入っていった。

 平成8年2月29日

午前2時、ウェイクアップコールで動かぬ身体を無理にも引き起こし、いよいよ空港へ。空港に着く前に、再度アリからの確認。「いいね。僕と楽しそうに話してはいけないよ。僕は荷物を降ろして、バイバイとだけ言って、去っていくからね…。僕はタクシードライバーで、君とは無縁の人…。そうでないと、君は本当に大きなトラブルに巻き込まれるよ。いいね…。でも…、絶対に僕を忘れないでくれ…。1週間に1回、いや、1ヶ月に1回でもいいから、必ず僕に電話してくれ。今度はいつ来る?娘と一緒に来て欲しい。半年以内には、この地に戻ってくると約束してくれ。」答えられないアリの言葉を、私は黙って聞き続ける。

車から降り、黙々とチェックインカウンターを目指す。そこは来る時同様、長蛇の列。いよいよ私の番が来た。質問者は女性。微に入り細に入り、質問をぶつけてくる。イスラエルに入国して、今日までに宿泊したホテル名と、そこで何泊したか、そこで何を見たか。訪れた地で観光した場所はどこか、具体的に答えよ。旅の間中、誰か知っている人に会ったか、知らない人が声をかけてきただろう?何か品物を預からなかったか?荷物はいつパッキングしたか?誰がパッキングしたか?知らない内に何か荷物の中へ入れられたことはないか?なぜこのスーツケースは名前が違うのか…。次々に繰り出される質問の矢に驚いてしまう。いつまでこの質問は続くのだろう?
問題点が出てきた。宿泊したホテルの支払領収書を見せろと命じられ、それらの中から電話記録を追求されることとなった。Mrs.Hに電話をしていたし、アリが1~2
























回、私の部屋の電話機を使って、友人に連絡を取っていた。この番号はイスラエル国内のものだ。友人は誰だ?その友人はどこにいる?なぜその友人を知っている?その友人との関係はどのようなものだ?本当は何人この国の者を知っているのか?困った。Mrs.Hに迷惑がかかってはいけないとの想い。知らないと口にした以上、知らない、分からないと言う言葉を繰り返すしかなく、私の不在中にメイドさんが使ったのかもしれない、私には分からないと言い張り続ける。
次にスーツケースへの追求が始まる。ちょうど良い大きさのスーツケースがなかったので、友人の森本氏から借りてきたので、彼の名前が入っている。このMORIMOTOとは誰だ?なぜ他人のスーツケースを使っている?MORIMOTOはどこに住んでいて、何をしている人間だ?やっと説明が終ると、次はパスポートへの追求が始まる。旅行会社の人から、「入国時、スタンプを押さないでもらいなさい。もし、イスラエル入国のスタンプが押されていると、ヨルダンへ入国できなくなりますよ。」と言われ、ヨルダンへ行く予定は特にはないものの、念のため、その忠告に従って、入国時、「NO STAMP、PLEASE」と伝えていた。なぜ入国スタンプを押していない?ヨルダンへ行く予定があるのか?なぜこのパスポートは新しいのか?もういい加減にしてよと叫びたくなる気持ちを飲み下す。「古いパスポートは期限が切れていたので、今回の旅行のために新しくしました。」この旅行はいつ考えたのか?いつ?いつ考えたのか?ふとした思い付きでやってきたのよね。私はいつ決めたのだろう?終らない質問にうんざりしてくる。
アリがしつこく、しつこく、空港に着いたら泣いてはいけない、個人的会話をしてはいけないと、真剣に言っていた意味が分かってきた。そんなに気になるなら、荷物を開けて調べればいいでしょと開き直りたい気持ちながら、我慢、我慢。ここで口論しても、何も生まれはしない。長い長い遣り取り。彼女は「ちょっと待っていなさい!」と紙に「MORIMOTO」と書き止め、小部屋へ消えた。上司に報告し、裁決を仰いでいるのだろう。ジリジリとした時間が流れている間、私は無意識に小声で歌を口ずさんでいた。

 とおりゃんせとおりゃんせ ここはどこのほそみちじゃ てんじんさまのほそみちじゃ ちょっととおしてくだしゃんせ ごようのないものとおしゃせぬ このこのななつのおいわいに おふだをおさめにまいります いきはよいよい かえりはこわい こわいながらも とおりゃんせ とおりゃんせ

安全の為なんだ、私に悪意がある訳ではなく、この入念なチェックは、あくまでも空の安全の為に、彼女は真剣に自分の仕事をしているんだ。しつこすぎるこのチェックに、むしろ私は感謝しよう。ありがとう。あなたのおかげで、私は無事に日本まで帰り着くことができるでしょうと、自分の波立つ心を慰撫する。彼女が小部屋から出てきた。「誰か、あなたにまた来てくれと言わなかったか?」ドキッとする。「いいえ、そんな事はありません。」心の動揺を押し隠し、冷静に答える。

アリ、さようなら。もう使用しなくなった家族の衣類や写真を送るけれど、私はあなたにもう会うことはないでしょう。例えイスラエルを再訪することがあるとしても、このような旅にはならないでしょう。ごめんなさい。あなたに嘘をつきました。今度来た時には、どうしても自分の家族に会ってくれ、家に来てくれと真剣に訴えられ、本当のことが伝えられなかった。イメージで垣間見えたあなたの場に、私は入らない。私はこの旅を卒業します。マサダの砦で出会ったときの私と、今日の私は、既に変化している。同じ旅はないのよ。再度、この地を訪れる時は、きっと今日の私とも違っている筈。この地を想う時、あなたとの旅を思い出し、あなたが幸せで、自分の人生を創造しているよう祈ります。さようなら。そして、ありがとう。決してあなたを忘れることはありませんが、合うこともないでしょう。本当にありがとうございました。

テルアビブからパリへの飛行は、来た時同様、激しく揺れる。雪を頂く険しい峰々が、夜明けと共に見えてくる。白峰からの波動を受けながら思う。本当の聖地は、人間が創った教会や神殿なんかではなく、ましてや、イエスやマリアなどの偶像などでもなく、自然そのものこそが聖地であり、この地球自体が聖地なのだと。そして、その地球に共鳴していく人間の心の内にこそ、聖地はあるのではないかと。

成田への乗り継ぎのため、シャルル・ドゴール空港C89ゲートに降り立つ。時間の経過と共に、日本人がどんどん増えてくる。団体の人達もやってきた。華やかな団体の会話が入ってくる。「毎月、一番の成績を出した人に、今回買ったリモージュの紅茶セットで飲んでもらうことにするわ。」シャルレのご褒美ツアーのようだ。つい先刻までの世界は、ものの見事にかき消えていく。アリの苦しみはもうどこにもありはしない。私は夢を見ていたのだろうか?着るものもなく、食べるものもないベドウィンの子供達。ユダの荒野。照りつける太陽。イスラエルで体験した出来事のひとつひとつが、脳裏に浮かんでは消えていく。エルサレムでのバス爆破事件や闇市のようなヤッフォーオールドタウン。
たった5時間の空間移動は、世界の様相を全く異にしていく。タイムトラベラーの心境に入っていく。私のイスラエルの旅は現実だよね?夢、幻ではないよね?と自分に確認してみる。12日間の旅は、確かに実在した筈なのに、映画が終了し、町中へ出て「さぁ、これから何を食べようか?」と、熱中して観た映画のストーリーや感動は記憶から消え、映画館へ入る前の時間、空間に戻ったような、日本の実状、現実に一挙に引き戻されて、私の感性は面食らい、戸惑っている。
物が溢れていて、お金も溢れている。日本人の幸せそうな顔、顔、顔…。永遠に続く彼らの幸福!?陽気で、何ひとつ苦しみのなさそうな日本人団体の中で、私は呼吸困難となり、居心地が悪く、彼らから逃げるように一人離れていく。この人達は平成6年4月までの私自身の姿だった。

パリ―成田間は、イスラエル―パリ間とは別世界。搭乗者はほとんどが日本人で、言葉が通じる人達ばかりに囲まれているのに、心は落ち着くどころか、恐怖さえ感じている。2月17日、イスラエルへ向けて成田を飛び立った時、これから出会う、未知の出来事に対し、私は少なからず緊張していた。そして今、異次元惑星に迷い込んだ異星人のように、オドオドと不安の中にいる。
心は必死でイスラエルの断片をかき集める。アリ、ごめんね…、ごめんね…。冷静さを失い、押し寄せてくる軽佻浮薄な「日本」の渦に、飲み込まれないようもがいている。両手いっぱい、イスラエルを抱えこんでいても、襲いかかる日本の激流に、イスラエルがもぎ取られていく。幻想の繁栄に酔う日本の姿は、私の姿。
目を閉じ、耳をふさぎ、声にならない声を発し続ける。私はアリを忘れない。私は何者か。私はアリなんだ。アリを忘れるということは、自分を失うこと。あの廃虚のような町、ヤッフォーのオールドタウンですれ違ったおじいさん。ガラクタとしか見えない古物品を、恨めしそうに見つめていたおじいさんの、絶望の目を忘れない。この12日間の旅のひとこまひとこまを忘れない。ブツブツと叫びに近い内奥からの声を、私は反芻し続ける。

「食事の前のお飲み物は何に致しましょうか?」スチュワーデスの声に目を開ける。日本語なのに、とっさに答えられない。周囲は相変わらず日本人の陽気で騒々しい会話が飛び交っている。別世界の出来事。「何に致しますか?」再度促され、飲みたいとも思っていないのに白ワインを頼む。酔えば私はアリの世界に戻れるだろうか?
大学生のグループがいる。卒業旅行の帰りのようだ。ヨーロッパ各地を回ってきたらしい威勢の良い会話が聞こえてくる。「スペインはイタリアよりも恐いよな。」屈託のない明るい声。彼らなりのスリルと、冒険や感動があったのだろう。「ガイドが言ってたぜ。腹に巻いているキャッシュベルトさえ持ってっちゃうって!」スリルの疑似体験の中で感動を振りまいている。
何かが違う。私の中で抵抗する心がある。彼らが悪いわけではない。これまで体験してきた私のビジネスツアーも、例え一人旅であったとしても、彼らと似たようなものだ。私は常に守られ、陽の光があたっている街路や、レストランばかりを歩いてきた。囲われた安全圏。観るもの、聞くもの、触るもの、特別に設計された無機質の作り物。そんな張りぼての世界―掴もうとすると音もなく消えて行くまやかしの世界―を生きてきたような空しさに捕らわれる。そして、長い夢から覚めた人間のように、空白の時間、空間の中で私は戸惑っていた。

口中に酸っぱい渋味がいつまでも残っていた。この味を知るために、私は一人でイスラエルへ旅立ったのかもしれない。もう、元へは戻れないし、戻るつもりもない。この渋さと共に、両の足をしっかりと大地に付けて、自分の道を歩いていこう。例え何が待っていようとも、この身体で体験していこう。虚構の繁栄に別れを告げ、大いなる意志、自然が教えてくれる出来事に耳を澄まし、自己の本質を探っていこう。かりそめの安定より、内なる本質が悦びに震える生き方を選んでいこう。ありがとう、アリ。ありがとう、イスラエル。ありがとう、旅で出会えた多くの魂達。そして、ありがとう。生命を分かち合う多くの仲間達。この旅の体験を核として、私の真実を求めよう。この肉体に感謝し、生命の意味を知る旅を続けていこう。





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