良守『裏』日記帳 <前半>(2)
こちらは良守『裏』日記帳<前半>(1)の続きです~;。前記事をご覧でない方はよろしければこちらから閲覧ください →(1)へ *「さーて着いたわっ、烏森学園!」「うん、やっとだわねぇ……以前からこの学校、不思議な事がワサワサ起こってるって噂で有名だったのに、取材許可が一切降りなくて!どうやら古くからの校則とかを、頑なに守ってるせいらしかったけど」「しかしですぜ、その校則とやらのせいで『教師側がTVで堂々と夜の学校に入るわけにもいかない』とか言われて、案内は一切なしなんてねぇ……。ちょいと態度わりぃと思いません?」「まーいーじゃないっすかぁ~。そもそも建物内を取材する予定もなかったわけだし、校庭だけなら案内なしのほうが何かと気楽……ってソッチの新人君、何やっとんの?」「……がくがくぶるぶる……南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、アーメン、ラーメン、中華ソーメン……!!」 がやがや、ざわざわ。 侵入者の連中の声は、静かな暗闇のゆりかごの中で寝ていた烏森学園をゆり起こそうとするようにあわただしい。 そいつらの周りを、一羽の烏が音もなく旋回した。 そして俺は、その烏の目、を耳を通じて、連中の様子を手に取るように把握する。『5人か』 ――これぞ俺達が得意とする『異能の業』がひとつ、式神の術だ。特殊な紙の札をヨリシロとし、術者に従う『しもべ』を作り出す。しかも形は変幻自在。そして深く術者の意識を繋げれば、式神の見聞きした情報を遠く離れていても受信することができるというスグレモノだ。「どうなんじゃ良守!烏の式神一体操るくらいで手間取ってるんではなかろうなっ?」「うるっせーなー、今連中の状況伝えるっての!」 しっかり百数十メートルは離れた場所でくり広げられる口論を、だから彼らは知る由もない。「カメラのスタンバイ、OKっ?」 取材班のリーダー格らしいレポーターの女性がハキハキと指示すると、カメラマンの男性2名、照明係の女性、その他もろもろの係の新人君が、それぞれの定位置に移動する。「はいOKっす!んじゃ収録いってみましょっか~!、3、2、1、キュー!」「――みなさんこんばんわ~!さて今回は私達、なんと、妖しい出来事には事欠かないと有名の噂の現場、烏森学園にお邪魔しているんです~~!……」 彼らはそのままの配置でゆるゆると歩き始めた。 その後も何事かをまくしたて場を盛り上げるレポーター達のうしろを、気付かれないように俺の烏式神がついてゆく。 ちなみにこの術は、紙という物質的なヨリシロを使うためか、霊感ゼロの人間にも普通に式神の姿は見えてしまう。そのため偵察に使う時は、その辺に一定の注意は必要だ。 ――だが『偵察以外』で術を使うなら、それが欠点とは限らない。「……さあて、では作戦第一段階、開始じゃ!」 じじいは不敵ににやりと笑い、法衣の懐から三十枚ほどもの式神の紙を掴み出す。 バッと放られたそれらは、むくむくと、烏ではない形へと変化し始める……。 そんな不吉な気配に一切気がつくことなく、どうやらそれこそ霊感ゼロらしい集団のレポーターの女性は、きわめて能天気に言葉を続けていた。「――というわけで、この学園に伝わるという七十七もの『不思議』の数々!そしてまだ知られぬ『不思議』を求めて、今回私たちは、決死の突撃を……あら?」 なにかしら?、とふいに彼女の眼が何かを捕えた。 取材班のメンバー達全員が、いっせいに彼女の視線を追う。どうやらビビり症らしい新人の男性も怖いもの見たさには勝てないらしく、指の隙間から暗がりの向こうを伺う。 と、そこからぴょこりと、何やら小さな生き物が飛び出した。「あら…、まあ!タヌキじゃない?あれ、タヌキの子供だわ」 そのとおり、現れたのはまだまだ小さい子タヌキであった。そのほほえましい振る舞いに、取材班メンバーの警戒心が一瞬でかききえる。「ほんと!わ、かわいいわね~!」「へぇぇ~、こんな都会のただ中で!」「アライグマは聞いたことあるけど、いるもんっすねぇ~……!」 ……いや、そんなわきゃあない。 突然、子タヌキの背後の暗がりに、キラン、と双眸がまたたいた。その数およそ『30組ほど』。「いけぇーーーーい!!わがタヌキ式神軍団ッッ!!!」 じじいがはるかかなたで叫ぶと、 どどっ!!暗がりから親タヌキ達が洪水のようにあふれだす!!「きゃーっ!!?」 気を緩めていた取材班のメンバー達はふいをつかれ、向かってきたタヌキの濁流に飲み込まれて倒される! ガシャン!「あーーッッ!カ、カメラが!!」 カメラマンの男が絶叫する。2台のうち、今の攻撃で取り落してしまった1台のカメラに駆け寄り動作確認をすると、しばらくしてこの世の終わりのような顔をして肩を落とした。「よぉぉぉし!!まずは1台じゃ!!」「ってああ~…お義父さん、あのカメラ確かかなり高いんですよ~?」「後でコッソリ修復術で直してやるわいっ!これが予定通りでしょうが!!さてどうじゃ良守、連中の様子は!?……」 取材班達はしばし呆然となりながらも、のろのろとお互いを助け起こした。もう一台残ったカメラをよろよろと、だがしっかりと携える。「――ぬう、やはりそう簡単には折れぬか!では作戦第二段階!!……良守、利守、修冶さん!」 それぞれ次なる配置へと動き出していた俺達に、じじいが言葉を投げかけた。「……長い夜になるぞ!!」「覚悟の上だよ、おじいちゃん」 受けた利守が、今度はカブトムシ型の式神を飛ばす。「利守は必ず、僕が護り切ります!」 続いて利守の後ろについた父さんが、魔除けの札を手に宣言する。「あと俺はホントに単独行動でいいんだな?」 最後に烏の式神を呼び戻した俺が、じじいに向けて確認する。 じじいは俺達全員に向け、最終指令を下す。「皆の者!これ以降はほぼ個別行動じゃ!取材班の連中にこれ以上不自然な手出しはできん!ゆえに今後はただひたすらに我らの存在を連中に気取られない事、そしてその制限下で、なおかつ連中の命を必ず守り切ること!……これに集中してもらうこととなる!!だがもちろん、傷を負わせてもいかん!連中にも、…そして自分達にもじゃ!!」 俺達は顔を見合わせ、そして互いに頷いた。「では、ゆくぞっ!!」 ――そのころ、烏森学園のすぐ外では。「……まったくもう、まだ妖も現れていない時間から何の騒ぎかと思えば……」 道に立つのは少女。つややかな長い黒髪を後ろで一つに束ね、雪のように白い法衣の背に垂らしている。「良守のヤツ、またなにか面倒な騒ぎを起こしてるみたいね」 りりしく美しい顔をしかめ、雪村時音は、呆れたように呟いた……。web拍手を送る