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聖セラフィムの証拠「聖なるかな、聖なるかな、聖なるであることは、主の元に来ることができる」

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2015.01.13
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ブログから、過去にいた世界に引き戻されたことを教えて下さりありがとうございます。
今、見直していることと関係しているのかどうか分からないのですが、見直していることがあります。
義妹が義父のことを思い写経をし、それを掛け軸にしてお正月に持ってきてくれ、床の間に飾ってあります。
一番上に「敬天」と書かれてあり、義父の名前の文字が入っていました。その意味を聞いたところ、「敬天愛人」(天を敬い人を愛する)という言葉が、義父と叔母(義父の妹)の名前の由来だと義母が話してくれました。
「罪を憎んで人を憎まず」という言葉も思い出され、Luciferさんは、「人を深く理解し、愛し、そして全ての人と調和することです。」と言われ、いつも人を愛すると言われていたことを考えていました。
神様は、その人にとって最も必要とする贈り物をして下さるということも考えていました。私が嫌だと思ってきたこと、私が過去にいた世界も、その時の私に学ぶ必要があるから神様が与えて下さったものだと考えていました。私は、過去の世界に居たくないと思い、その世界から抜け出す事ばかりを考えていたのですが、その世界にいた時に周りにいて下さった人を嫌っているのではないか、人と闇や罪をきちんと切り離す事をせず、人を嫌っているのではないかと考えていました。人を嫌うから、過去に接点があった人と出会うとその人自身を嫌だと思っている傲慢な自分を見直す必要がある、嫌だと避けてきただけで、きちんとお別れをしていないのではないかと思いました。
H瀬さんのことも、H瀬さんの世界に居たくないと思うと同時に、H瀬さんという一人の人間を嫌いになっているという自覚がない、人を嫌っていることがきちんと理解できていないから、もう一度見直すことになるのではないかと思いました。
過去に引き戻された理由は、人を嫌う傲慢な自分を見直す必要があるのではないかと思いました。
闇、罪を忌み嫌い、Luciferさんが言われるように、人を深く理解し、愛し、全ての人と調和することをしっかりと考えます。Y美江









 去年の暮から今年にかけてだと思うのですが、時々テレビを見ていて気になる番組を見ることになったり、気になる言葉を聞くことがあり、いろいろと考えていました。

 日本には神道の他に仏教があり、神道は神に仕えることを主とし、仏教は自らが仏になるために修行をするのだそうです。また、負の前払いという習慣が日本にはあって、災いが自分に降りかからないようにと予め金銭や物品を人に分け与えるのだそうです。
 私は人がこの世に生まれてきた理由は、神道と仏教のどちらの意味もあり、負の前払いは本来修行のことを指すのではないかと思いました。つまり、自らが生まれる時に抱えてきた乗り越えるべき課題(業や因縁)が負であり、その負はいかに他者のために自らを無にして尽くせるかによって乗り越えることが出来、そこをクリアした暁には「情けは人のためならず」で巡り巡って自分に御褒美となって返ってくる。この流れを作り、絶えず繰り返し、自らが光であり続けることがこの世で出来るようになるために神から与えられた命であり人生なのだと私は考えます。

 とはいえ、自分を無にするというのは感情をなくすということではなく、愛のみになるということなので、好き嫌いがあると、他者のためにしていることが誠の愛からではなく偽善になってしまいます。なので、自分の感情に裏表がないかどうかを必ずチェックする必要があり、嫌いなのであれば、まずは好きにならなければなりません。Lucifer & seraphim





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Last updated  2015.01.13 14:41:47



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