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「みぞれ」 すすきのを歩いていた私の顔に水滴が当たった。みぞれであった。12月にしては暖かいと思っていたが、雪に雨が混じりはじめていた。このところ12月になってみぞれが降ると、決まったように20数年前の夜を想い出す。死のうと思った時の事だ。 年の暮れが近い釧路であった。 朝方、跳ね起きた私は、枕の下に手を入れて金を探した。百万円がないのだ。確かにしまっておいたのに。2、3分経って夢だったとわかった。馬鹿な自分に涙がこぼれた。4、5日後に迫っている借金の返済を考えて寝つかれなかった。早朝、明るくなる頃眠ったが、その時銀行から百万円を借りて枕したにしまいこんだ夢を見たのだ。金、金で頭がおかしくなり、現実と夢がごちゃごちゃになってしまった。情けないと思った。こうなってしまってはお終いだと思いつめた。 借金だけで始めたクラブはうまくいかなかった。その挙句に焦って手を出した雑穀相場でヤケドをした。高利貸し、酒屋、家賃、ホステス達の給料、友人からの借りもかさんでる。嘘で固めた言い訳も、年の暮れ迄一週間ではもう逃げられない有様だった。神経も疲れ切ったせいか、泥酔して雪の上に寝ていれば、気持ち良く死ねるだろうなどと考えた。 酒を売って暮らして来た私にはピッタリだと、衝動みたいにそれに決めた。その夜、末広町の外れにあった知らない居酒屋に入った。4、5人の客が狭い店の中で釣りの話をしていた。その話を聞きながら、コップで日本酒を7、8杯飲んだ。店の人は誰も話しかけて来なかった。嫌でも家族の事が頭の中に流れた。急に静かになった。皆、気味悪そうに私の顔に目を当てている。涙が頬を伝っていたのだ。慌てて飲み代を置くと店を出た。 雪がネオンの側を通る時だけ、その色に染まって降っていた。酒屋でサントリーの角瓶を2本買った。それを持って町外れにある緑ヶ丘のゴルフ場に歩いて行った。そこは私が知り尽くした場所だった。ゴルフ場に入り、雪の上に座り込むとウイスキーの瓶に口をつけて飲んだ。喉が痛く胃の熱くなるのがわかった。少し間をおいて2本目を流し込んだ。口からウイスキーが溢れ顎を流れた。無理に入れようとしたが苦しくて咳込んだ。鼻から鼻汁とウイスキーの混じった液体が出てきた。涙と呻き声が思わず出た。飲みかけの瓶を暗い雪空に投げつけた。 落ちた音は聞こえなかった。コートを脱いで放り出し、雪の上にひっくり返った。大声で歌を歌った。今に眠りこみ楽に死ねると思い続けたが、どういうわけか酔いが回ってこない。背中が濡れ体温の下がって行くのがわかった。その時降っていた雪がみぞれに変わったのだ。 みぞれというより大粒の雨だった。枯れ木に当たる音が聞こえる程酷く降ってきた。下着に冷たい雨が染み込んで来る。上向きの顔に雨がはねた。氷水の中に首迄つかっているようだった。歯を食いしばっているのに、寒さでガチガチという音が出た。その音が耳に入った時、いきなり死の恐怖に襲われた。雨に濡れた体に鳥肌が立った。この冷たさはどうだろう。体が激しく震えた。 立ち上がろうとしたが、前にのめり込み雨でザクザクの雪に顔を突っ込んだ。また、立とうとしたが後ろにひっくり返った。膝が動かない。今になって酔いが回ってきたのだ。助けてと呟きながら、ゴルフ場を這って道路に進んだ。口と鼻からウイスキーが吹き出すように出た。手が動かなくなり転がってその場から逃げた。道路に出た。自動車のライトを見て何もわからなくなった。 翌日病院で目を覚ました私は、この街を出て東京に行くことを考えていた。 八柳鐡郎著書 すすきの有影灯より お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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