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今日読んだ本

2009.10.11
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カテゴリ:今日読んだ本

  
獣の奏者【3・4】 上橋菜穂子 著

あの<降臨の野>での奇跡から11年後--。ある闘蛇村で突然<牙>の大量死が起こる。大公にその原因を探るよう命じられたエリンは、<牙>の死の真相を探るうちに、歴史の闇に埋もれていた、驚くべき事実に行きあたる。最古の闘蛇村に連綿と伝えられてきた、遠き民の血筋。王祖ジェと闘蛇との思いがけぬつながり。そして、母ソヨンの死に秘められていた思い。みずからも母となったエリンは、すべてを知ったとき、母とは別の道を歩みはじめる......。講談社BOOK倶楽部より引用)

1・2巻で完結と思われた獣の奏者の続編が出版されました。
1・2巻はエリンと王獣との心の交流がメインのテーマでしたが、3・4巻は作者のあとがきにもあるように更に壮大に、この世界の歴史の流れを描いたものとなりました。

まず3巻では1・2巻で謎のまま終わっていたことが次々と解き明かされる面白さがありました。おお~なる程とぐいぐい引き込まれていくのですが、いつの間にか急流の只中に取り残されたような、エリン個人の思いだけでは流れを押しとどめることは出来ないような恐ろしさを感じることになってしまいました。

振り返れば、ただ王獣と一心に心を通じさせたことが、一体何故こんな重く苦しい運命へと導かれることになってしまうのでしょうか。
無邪気に心を通わせていた頃とは違い、それが大罪と知りながらもその道を行くということ。茨の道と分かっていても進まねばならない。禁忌だと分かっていてもつまびらかにせずにはいられない。「してはならない」というのなら、その訳を全て知ってから「しない」方向を選びたい。そんな貪欲なまでの知りたいという欲求は、エリンだけではなく、全ての人間が持つ愚かしい性であるのかもしれません。

そんなエリンの思いを誰が攻められるでしょう。ゆがんだ成熟を強いられる王獣や闘蛇を哀れに思い、解き放ちたいと思うがゆえの彼女の行動を。。。

四つ葉 四つ葉 四つ葉

何となく、読む前からこういう結末の予感はあったのですが、やはり直面すると打ちのめされました。可愛くて哀れな王獣たちのあまりにも壮絶な姿。エリン親子の絆の深さ。ただただ胸が痛く、涙が溢れました。

しかし、そんな悲しみの中にも彼女の成した事により、王獣が解放されたこと、そして再び断絶されていた知識の扉を開いたことが何より素晴らしい終幕でした。
王獣を開放した後の人々が、一変して静かな暮らしを手に入れたという事実が、「身の丈に合わない力を持った人間はいつか破綻の道を辿る」という事を如実に物語っています。

翻って現代に生きる我々も、あまりにも身の丈に合わない力を弄んではいないか等と考えさせられる作品でもありました。

 

上橋作品には、本当に毎回驚かされてばかりです。作られた世界の物語でありながら嘘やごまかしの無い、ある意味非情なまでのリアリズムが注意深く物語全体に流れていることが、登場人物の心情をありありと浮き彫りにするのでしょう。

そして何といっても見事なまでに破綻の無い完結の仕方に息を呑むのです。
このエリンの物語も辛いだけではない、心にほっと火がともるようなしみじみよかったなあと思わせる、まさに全き完結となりました。

 

 







最終更新日  2009.10.11 23:09:15
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2009.10.02
カテゴリ:今日読んだ本

家守綺譚 梨木香歩著

nanaco☆さんのブログで紹介されていた家守綺譚を読みました。
写真は、作中に出てきた草花です。昔撮り貯めた中から少し。。。

 

sarusuberi
サルスベリ posted by (C)てんてん(^^)/

大学を卒業してそのまま文筆家としての道を歩み始めた綿貫征四郎は、亡き親友高堂の父親から家の守を頼まれる。言われるままこの家に移り住む綿貫だったが、ある嵐の夜床の間の掛け軸からボートを漕ぐ音がする。掛け軸の水辺から高堂が会いに来たのだった。

 

ヒツジグサ
ヒツジグサ posted by (C)てんてん(^^)/

 

無題
モクレン posted by (C)てんてん(^^)/

不思議な物語である。
死んだ筈の親友が掛け軸から度々訪ねて来る。サルスベリが自分に懸想する。河童衣を拾い上げる。狐狸には化かされる。犬は仲裁する。

怪異だけれど、どこと無くユーモラスでいとおしい。
何とも暢気な綿貫と(高堂に半ば強制的に飼わされてしまった)名犬ゴローが、この世とあの世の間をふわりふわりと軽やかに漂っている風情がある。



kouyou5
紅葉 posted by (C)てんてん(^^)/

しかし、そんな飄々とした中にも時折無性に切なさがこみ上げることがある。
それは、どんなに曖昧に見えても自分と親友との間に確実に越えられない一線があるからなのかもしれない。

「あちら」と「こちら」。

水底の世界で、力強い言葉でこちらを選び取った綿貫に、高堂は何を思っただろうか。

だが、綿貫もいつかはあちらへ行くことだろう。
そのときまで、この二人の奇妙で曖昧な交歓が続くことを願うばかりだ。

 

yamahagi
ヤマハギ posted by (C)てんてん(^^)/


hukinoto3
ふきのとう posted by (C)てんてん(^^)/

さてこの物語は、 各章のタイトルにゆかしい草花の名が冠されている。
それは、この不思議な物語にほんのりと色を添えている。

また、明確に語られてはいないが、舞台となる山科の疎水や深い山々。峠の上から見る琵琶湖、瀬田川。遠くは鯖街道、朽木村、余呉に鈴鹿の峰々。。。実在の場所なのに、何だかまるで夢の世界にでもいるような。。。
その見事な風景描写に思わずため息が漏れる。

琵琶湖のほとりに住む者にとってはなお一層、懐かしくも切ない郷愁に包まれる贅沢なひとときであった。 

 


sakura4
 posted by (C)てんてん(^^)/



 







最終更新日  2009.10.02 21:59:23
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2009.07.30
カテゴリ:今日読んだ本

え~、てんてん(^^)/文庫の100冊ならぬ、「イメージが結ぶ100の言葉と100の本」(もうちょっと簡潔なタイトルにして欲しかった)もようやく50冊終わりまして、今日はちょっと一服にいたしましょう。

もやしもんの8巻を読んだら、無性にビールが飲みたくなり、酒屋さんに出かけてきました。選んだのはコロナビール。(これ飲むのは10年ぶりかもしれない)

これって飲み屋さんで頼むとライムかなんかをぎゅっと差し込んで持ってきてくれますよね。でも、んな小洒落たもの家に無いですから、そのまま飲んだんですが、なんとそのまま飲むとホップの苦味が利いていて意外な美味しさ。
香りのよさと、後味のすっきり感(っつうか何でか知らんが飲んだ後味があんまり残らないのよ)でぐいぐいイケちゃいますね~。メキシカンのみなさんはきっと水代わりに飲んじゃうんだろうなあ。よく言えばすっきり爽やか。別の言い方をすれば水みたi(ry

柑橘で苦味を消すより、そのまま飲むほうが美味しいなあと思う、コロナビールでした。

 

さて、ビールで涼んだ後はこちら。

以前予約していた例のアレが届きました。
まず、箱を見てなんじゃこりゃ。。。ですよ。予想以上にでかい~~。

ミカン箱?
ミカン箱? posted by (C)てんてん(^^)/

普通のミカン箱より背がちょっと低いくらいの大きさ。総重量10kg。。。(;^_^A 
知ってはいたけどさ。。。 

 

 

届いた
届いた posted by (C)てんてん(^^)/

これがセット内容。実は、モノクロイラストはもう1枚あったのですが、上手にくっついていて、仕舞う時に気づいたのでした。末弥純さま、 申し訳ござりませぬ。

 

 

裏
posted by (C)てんてん(^^)/

これは豪華本の函裏側です。なんだか歴代イラストレーターそれぞれの持ち味が出ているいいチョイスだなあと思います。私は、あの双子のイラストがこの大きさで見られたことが感無量ですね。 

 


大きさ
大きさ posted by (C)てんてん(^^)/

函から出したところ。布巻き金箔押し。素晴らしく重厚感のある製本です。私の手との対比で大きさ分かります?

 

 

guin
guin posted by (C)てんてん(^^)/

文庫と比べるとこんな感じ。この1冊で文庫50冊分が収録されています。(爆)
思わず、最初の方読んでしまいました。懐かしい。そして、今読んでもやっぱり面白い!

↑この画像、フォト蔵に飛んで拡大したら、少しばかり読めますよ。(笑) 

 

しかし、何よりも嬉しかったのは、栗本さんの製作ノートの複製ですね。そういや、この人は凄い丸文字だったなあ。そこも、高校生の時この作家にのめりこんだ要因の一つでした。偉い先生ではなく、とても身近でリアルな存在に思えたんですよねえ。

ほとばしるように一気呵成に書かれたノートは、この作品にかける栗本さんの想いが伝わってくるようでした。そして、未だ書かれていない物語の根幹にかかわるような事柄や、最初の想定とは違ってきている部分(パロの内乱や、イシュト×アムネリス×フロリーの関係が、もっと生々しい感じだったんだなあとか)、ファンタジーやヒーローに対する考え方なども触れてあり、とても熱いものを見させてもらったなあと思ってしまいました。

出来れば、最終巻の「豹頭の花嫁」のエンドクレジットが出てから見たかったけれども。それももう、無いものねだりになってしまいましたね。

薫さんが亡くなられて、2ヶ月が経ち、少し悲しみも薄れてきた今感じるのは、ただ感謝の気持ちしかありません。

栗本薫さんのご冥福をお祈りいたします。

 

S-Fマガジン9月号

こうしてみると写真のようですが、加藤直之画伯のグイン像です。
憂いに満ちたグインの横顔と黄昏に浮かぶサイロンの風が丘の風景に、寂しさがつのります。やはり、加藤さんの表現力はすごいなあ。

 

いやしかし、とんでもない出費だ~。。。((((((;゚Д゚))))))

 

 







最終更新日  2009.07.30 22:11:57
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2009.04.24
カテゴリ:今日読んだ本

好きすぎる人への文章っていうのはなかなか書けないものだと改めて思いました。
どうも感情が先走って変なものになってしまうのですね。長いことかかってしまった。

ユリイカ2008年10月臨時増刊号 総特集=杉浦日向子

ユリイカ2008年10月臨時増刊号
総特集=杉浦日向子

読書メーター

 

というわけで先月読んだユリイカの杉浦日向子特集をご紹介します。実は楽天に商品が無く、(去年の10月発刊というのに!!)読書メーターの画像を使っております。アマゾンからは購入できるようですので、興味のある方は是非クリックしてください。(このリンクは読書メーターに飛びます。そこから更に本の画像をクリックするとアマゾンに飛びます。)

日向子さんが亡くなって3年、今年の7月には4年を数えます。
ファンの私たちにとっては、何だか風のようにふわりと姿を消してしまった人、もしかして江戸の昔へ帰られたのではないか、そんな錯覚すら覚えてしまう日向子さんですが。

ユリイカの冒頭に、いくつもの日向子さんのスナップが笑っています。多くは実のお兄さんが撮られた写真です。お兄さんの目線を通して捉えられた日向子さんの姿は、とても愛おしく可愛らしく、まさに「妹」そのものの姿でした。更に、妹への想いを綴られた文章を読んで、胸が熱くなり、やはり彼女の死が現実のものだったのだと実感させられることになってしまったのでした。

 

さて、このユリイカには、単行本未収録の作品が一本掲載されています。「三味線枕」というこの作品は、私が初めて杉浦作品に出会った思い出深い作品です。
私は当時高校3年生で、学校の図書室が雑誌を処分すると言うので、美術で使うコラージュ用にアサヒグラフを貰い受けに行き、その中にこの作品を偶然見つけてしまったのです。

本当にビックリしました。
浮世絵から立ち現れたような人々を生き生きと動かし、こんなにも江戸の春をのどかに彩り豊かに描けるなんて。。。特に感動したのは指先の所作ですね。吉原で放蕩三昧の若旦那が「あれお父っあん、初虹」と天をさした指のたおやかで美しいこと。
まさに一目ぼれでしたね。

今改めて読んでも、(当時の雑誌の紙より相当いいので、発色も昔見たのよりも格段に良いこともあり)やはり美しく、見事な表現にうっとりとしてしまいました。

この作品はあと、夏、秋のエピソードを読んだことがあり、多分冬の話も存在するのではと思っているのですが、今となっては古すぎて探せてないのです。紙質もかなり悪いものだったので、できれば全てのエピソードをまとめて単行本化していただけないものかと思わずにはいられません。

 

ユリイカに戻りますが、(笑)
その他の評論やエッセイは、皆さん揃って日向子さんの作品を愛し、日向子さんを慕われておられることがひしひしと伝わり、生前の日向子さんのお人柄が偲ばれるなあと感じました。

その中でとても共感したのが、いしかわじゅんさんの文章で、

――どの物語にも、必ず存在しているものがある。あるときは表立って、またある時にはひっそりと隠し味のように、必ず存在しているものがあるのだ。
 それは、悲しみだと思う。
 楽しい物語にも、悲しい物語にも、喜びの物語にも、どんな物語にも、なにか基調音のようにずっと耳の奥に響くものがある。それは彼女の悲しみなのだ。――
(P.89より引用)

ああ、と思いました。
私もずっと、日向子さんの物語にはある種の物悲しさがあるな、と思っていました。それは江戸の人の持つ悲しみなのか、日向子さんの「いくら好きでも触れられないものへの憧れ」なのかわかりませんが、その底流のように作品に流れている悲しみが彼女の作品を魅力的にしている所以であるのかもしれません。

あとひとつ、中島梓さんが文章を献じられていたのですが何だかひどく感慨深く感じました。
梓さんのもう一つのペンネームは言わずと知れた栗本薫さんです。あの、グイン・サーガの著者ですね。この方も、私が高校生の頃に出会い熱狂した作家の一人です。
いみじくも、同じ癌という病気で、一人は亡くなり、一人は闘病されている。。。そんなことに少し打ちのめされてしまいました。確実に時間は流れているのだなあと。

切ないなあ~。(;_q))

いかん、しんみりしてしまった。
日向子さんが好きだったと言うライ・クーダーでも聞きますか。。。(このけだるい感じ、日向子さんの作品にも通じる部分があるかも?(笑))

Ry Cooder  Vigilante Man (live)

 

 







最終更新日  2009.04.24 11:06:09
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2009.03.10
カテゴリ:今日読んだ本

       

獣の奏者 上橋菜穂子 著

大公の所有する闘蛇を飼育する村に獣ノ医術師の母とともに暮らすエリン。ある日母の飼育する闘蛇が全て死んでしまい母は責任を取って処刑されてしまう。 天涯孤独の身になったエリンは蜂飼いのジョウンに命を救われるのだった。ジョウンと蜂とともに深い山に暮らすうち、ある日エリンは野生の王獣と出会う。王獣に魅せられるエリン。王獣に心惹かれることがどういうことかもわからぬままに。。。

 

人間以外の生物と意思を疎通させるということは、人間にとっては一つの大きな夢であり、憧れだと思うのです。犬や猫や鳥といった知能の高い動物は 随分それに近づいてきたと言えるかもしれないですね。でもやはり、もっと高いレベルでの意思を通い合わせられる知的生命体との出会いは果たせていない。そういう意味で、人間という種は孤独だなあと思わざるを得ません。

この獣の奏者という物語は、エリンという少女が力強く美しい獣「王獣」と心を通わせる物語です。
今までにも、異種間交流をテーマにした話は数多く作られてきました。私がこの作品を読んで即座に思い出したのが「パーンの竜騎士」という古いSF小説です。(その中に出てくる役職の名が「城砦ノ太守」であったり「大巌洞ノ洞母」というような風変わりな呼び方だったのも思い出した要因です。)
他にも、ナウシカの王蟲であったり、河童のクゥだったり、しゃばけだったり、E.T.だったり、ちょっと思いつきませんが、きっと実在、架空取り混ぜ数限りなくあると思います。ごく単純な思考から人知を越えたような思慮深さを湛えたものまで知的レベルの差はあっても、それらの多くは人間の思考形態から大きく外れるものではなかったように思います。だからこそすぐにお友達になれるわけですから。。。

しかし、この獣の奏者はそれらとは一線を画する物語でした。それは王獣の思考形態が人間のそれとは大きく違っていたからです。

物語の前半は、悲しいこともあるけれど、ジョウンにやさしく育まれ、親友にも恵まれてエリンは王獣と心を通じ合う喜びに震える日々をすごします。それは陽だまりのように甘く穏やかな夢物語でした。

しかし、そこが甘くあればあるほど、後半に待ち受ける運命が重くのしかかってくるのです。
全ての事情を知ってもなお自らの道を曲げられなかった傲慢さが招いたとは言え、それをひとりで背負うことになる運命はあまりにも過酷なものでした。

後半のエリンのあまりの孤独の深さに、何度も読むのが辛くなってしまいました。
特に、(これから読む人は反転部分は読まないで下さいね)突然リランとの信頼関係を失ってしまうところと、アゥオー・ロウのエリンの母の一族から「いっしょに行こう」と呼びかけられて、憎しみも露に拒否する場面は本当に悲しかった。エリンはその時最後に残された血のつながりを自ら断ち切り、またリランという心の拠り所も失ってしまったのですから。それでもリランと共にありながら、魂は虚空をさまよっているようなエリンが痛ましくてなりませんでした。

そんな悲しみの果てに彼女の胸に去来するものは何だったのでしょう。
ラストシーンの一つの救い。それはきっと新しい局面が開けると信じられる、確かなつながりを感じさせるシーンでした。

 

 







最終更新日  2009.09.17 21:54:11
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2009.02.18
カテゴリ:今日読んだ本

     

天と地の守り人【1】~【3】 上橋菜穂子 著

 

上橋菜穂子という人の文章は不思議だ。
どの作品も読み始めたが最後、終わりの1ページを閉じるまで怒涛の勢いで読み続けてしまう。魔力めいたものを感じる文章なのである。
人々のくらし、食生活、文化、民族性までがリアルに想像できる豊かな世界に、魅力的で確かな人物描写とスリリングかつ感動的なストーリーとなれば、面白くないわけが無い。
そんな上橋さんの真骨頂というべき作品が、この守り人シリーズである。

無頼の女用心棒が気まぐれで川に落ちた少年を助けたところから始まるこのシリーズは、この「天と地の守り人」3部作をもって壮大な幕を閉じる。

 

前作「蒼路の旅人」で、南の巨大な帝国タルシュからの侵略に、開戦か降伏しか無いと思われた中、希望の道を探して海に飛び込んだチャグム。隣国ロタとの同盟を結ぼうとするが、ロタ南部の大領主たちは既にタルシュに買収されていた。
一方、消息不明のチャグムを救おうと捜索を始めるバルサ。そのバルサも捜索中に何者かに捕らわれてしまう。バルサを救い、新ヨゴ皇国が生き残るヒントを与えたのは意外な人物だった。。。

全てが絶望的と思えたのに、細い細い希望の糸をつかむ事で、次々と物事が変転し始める。そんなゾクゾクするような面白さを感じる物語だった。

「精霊」の頃は、か弱く何も知らない子どもだったチャグムが、バルサに手を引かれて外の世界を見、またその後広い世界から自分の国を見ることで、絶望的な現実を知る。そこで苦悩し、運命に抗いながら歩き続けるチャグム。大きな試練を潜り抜けるたびに見違えるほど大きく成長する姿には思わず胸が熱くなってしまう。

また、「天と地…」では長らく未解決であった父と息子の関係も描かれた。
チャグムが父と向き合い、父もまた正面から息子を見据え対峙する場面は、今まで見えていなかったお互いの姿を理解する素晴らしいシーンでありながら、とても悲しい場面でもあり、心打たれた。
このシーンに限らず、「天と地...」を読んでいる間中、実は胸が高鳴りっぱなしであった。

それというのも、(ここから数行は本を読んでから読まれることを推奨します。)
このシリーズは一話完結で、それぞれの話は独立しているのだが、この天と地の守り人で全ての物語が輪のように繋がりを持つのである。なんて伏線なの!?
全て読み終えると、バルサやチャグムが経巡った国々や人々の心を一つに結ぶ、一つの壮大な物語であったことに気づかされるのだ。

 

さて。。。

読後の余韻に浸りながら、物語が完結した満足感と一抹の寂しさをじんわりと感じている。
もうチャグムやバルサの新しい冒険の物語を読むことが出来ないとは。。。
また彼らに出会えたら。もしくはまだ小さなトゥグムやミシュナの物語もいいな。。。そんなことを夢見つつ本を閉じた。

 

 

精霊の守り人/闇の守り人のレビュー

 

 







最終更新日  2009.02.18 16:46:56
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2009.01.11
カテゴリ:今日読んだ本
 

エリック・クラプトン自伝 エリック・クラプトン著

エリック・クラプトンの半生というのは、今までにも断片的には知っていたのだが、本人によって描き出されたそれはまさに壮絶としか言いようの無いものだった。読み物として大変面白く、途中で退屈するかと思いきや、一気に読めてしまうので、ファンで無い人にも一読の価値が有ると思う。

 

さて幼少期から、初期のバンド時代は読んでいてとても楽しかった。いろいろな人と出会い、旅をしては演奏し、不和になって解散してはまた出会いという融合と反発の中でクラプトンの音楽性と、「クラプトンは神」という名声が確立していった時代だった。希望の光に満ちていた時代だ。

しかし、ヘロインが彼の人生に登場して、様相は一変する。

一心にのめりこむ、何に関してもとことんまで突き詰めなくては気が済まない。クラプトンはそういう人なのかもしれない。とにかく程々でやめることが出来ない。(ドラッグやアルコールは習慣性があるから殊更それに拍車をかけたのかもしれない)廃人寸前まで追い込まれていくあたりの描写は蟻地獄か底なし沼にはまり込んで行くようで、まるで出口の無い真っ暗闇の中を這いずり回るような気分になった。

しかし、そんな人間だからこそクラプトンはここまでギターを極めることが出来たのかもしれない。「程々にする」ことを知っている人間には真似のできないほど、彼はギターと音楽にも耽溺して行ったのだと思う。

「ギターと音楽的経歴を取り上げれば私は何ものでもなかった。」
と書かれているように、クラプトンはステージ上で「神」としてあるか、ドラッグかアルコールに浸って床にうずくまるかどちらかという、ものすごく振り幅の大きな人生を送ってきたのだ。まったく鬼気迫る生き方だと思う。

しかし、よく死なずにここまで来れたものだ。ジミ・ヘンドリックスみたいに早折する可能性は何度と無くあったのだ。オーバードーズ、飲酒運転による事故、自殺願望。。。数限りなく死に直面しながらも九死に一生を得てきた、本当に運の強い人だと思う。

さて、ドロドロで陰鬱でまるで浮き草のようにあてどなくさまようクラプトンの人生に大きな衝撃を与えたのは彼の小さな息子、コナーだった。クラプトンの息子が高層マンションから転落死して名曲「ティアーズ・イン・ヘヴン」が生まれたのは記憶に新しいところだと思う。
コナーが生まれてからも、アルコール中毒の再発に苦しんでいたクラプトン。子守をしていても考えているのはいつもアルコールのことだけ。コナーは自らの死をもって、父親の心に悲しみという大きな楔を打ち込んで逝ってしまったように思えて仕方が無い。

クラプトンはその何にも代えがたい大きな代償と引き換えに人生を取り戻すことが出来たと言ってもいい。

 

彼の人生には今、最愛の妻と4人の娘がいる。
人間にとって子どもを育てるということ、人の愛に触れることが、いかに大切なことかこの本を読んで知ることが出来る。そのことを実感できる最終章だった。

子どもを持つまで、彼は精神的には10歳の子どもと同じだった。
子どもが親を大人にしてくれ、また、彼らはその無償の愛で親を幸せにしてくれる。そして、親は子どものためにどんどん強くなれるのである。

人の愛によって、人の人生はこんなにも生まれ変わることに、深く感動した。
この人の本当の人生はほんの10年ほど前に始まったばかりなのだ。
そしてアルコールに手をつければ一瞬にして瓦解してしまうだろうこの幸せを守るために、彼はその手に掴んだ本当の人生を生き続けるだろう事を確信してやまない。

 

 


【Aポイント+送料無料】エリック・クラプトン Eric Clapton / Crossroads (輸入盤CD)

このCDを聞きながら読むと、本の内容とシンクロして非常に良かったです。(笑)

 

 







最終更新日  2009.01.11 17:13:13
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2008.11.12
カテゴリ:今日読んだ本

天の光はすべて星  フレドリック・ブラウン著

 

フレドリック・ブラウンの復刊である。
私は以前に短編集を2冊ほどと、「火星人ゴーホーム」を読んでいるのだが、シニカルでブラックユーモア溢れる、どちらかというとコメディタッチの作風という印象を抱いていた。
そういったフレドリック・ブラウンに対する懐かしさと同時に、このロマンティックなタイトルと印象的な表紙イラストに意外性を感じて、思わず取り上げてしまったのだった。

1997年に始まり2001年で幕を閉じるこの物語は、実は1957年に書かれた作品である。アポロ11号の月面着陸の10年以上も前のこの時代に、こんなにリアリティと情熱を持って宇宙への憧れを描かれた事には驚きを禁じえない。
テクノロジー的な事については多分にアナクロだろう。(表紙のレトロフューチャーなロケットのデザインがしっくり来る世界) 男女関係のあり方もかなり古風だ。しかし、宇宙にとり憑かれた人が何としてもそこへたどり着きたいと熱望する気持ちは、現在も、ブラウンが50年前に考えたこととなんら変わりは無い。人間が宇宙へ行くということがリアリティを帯びてきた現在の方が、むしろ10年前20年前よりも主人公マックスの星への想いに近いのではないだろうか。

マックスは星にとり憑かれた人たちのこと(自分や仲間のこと)を星くずと呼んだ。
例えば「プラネテス」(奇しくも木星往還船の話しだった!)のハチマキやロックスミス、「サンシャイン2057」のキャパや「ふたつのスピカ」のライオンさん、現実世界で言うなら、毛利さんや向井さん、若田さん、野口さんもみんな「星くず」(宇宙に憑かれた者)なのだろう。

彼ら星くずは例え自分がそこで斃れても、あるいは技術的にそこまでしか足跡を残せなかったとしても、それを踏み台にして次の星くずが一歩前に踏み出すことを知っている。

私は、そんな宇宙に関する話や物語を見たり読んだりする度に、何となく生物の進化の過程を見ているような気持ちになる。宇宙へ踏み出そうとする人たちというのは、もしかして、人間の進化の可能性の最前線にいるんじゃなかろうかと思うのだ。

このマックスも、そんな星くずの一人として星へ向かう最後のチャンスに人生をかける。そのなりふり構わなさは、多少ダーティだし、何よりその性急さにはかなりの違和感を感じる。でも読んでいくうちに、何故マックスが生き急ぐのか、ひしひしと胸に迫ってくる。彼は自分が完全に老いるまでの残り時間と、プロジェクトが動き始めるまでの時間を計算していたのだ。ハイエナのように喰いつき、先へ先へ走ろうとするマックス。最初は引いていたけれど、いつの間にか心から応援していた。

そして最後は涙で文字がかすんでしまうほど泣いていた。マックスと星くずたちの友情に、マサイの賢人エムバッシに、愛するエレンに。そして、次なる幼き星くずに。
読み終わってもう一度表紙を眺めたら、また胸がいっぱいになってしまった。

 

 

こんな曲が聞きたくなった。

 







最終更新日  2008.11.12 23:39:18
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2008.10.26
カテゴリ:今日読んだ本

 
文庫版          ハードカバー


  ネタバレを気にする方はスルーしてください。  

 

朗読者 ベルンハルト・シュリンク著

学校からの帰り道、気分が悪くなってしまった15歳のミヒャエル。彼を介抱してくれたのは21歳年上の女性、ハンナ。そのことがきっかけで、ミヒャエルは彼女に恋をするようになる。
何度も逢瀬を重ねたある日、ハンナはミヒャエルに本を朗読することを求め、求められるまま本を読んで聞かせることが二人の習慣となっていった。

しかし、甘い恋の日々は、突然の彼女の失踪という形であっけなく幕を閉じてしまう。
まだ少年だったミヒャエルには彼女を探す力も無く、なすすべも無いまま本来の日常生活へ戻るしかなかった。

そして数年が経ち、二人は思いがけない再会を果たす。
ある看守を裁く法廷の傍聴席に座る、法学部の強制収容所ゼミの学生と、その法廷に立つ被告人として。

その裁判を通してミヒャエルは真実の彼女を知ることになる。。。

 

この作品は大きくミヒャエルの少年時代と、大学生以降の2部構成となっている。最初の出会いからハンナの失踪までの話は、単なる官能小説かと思ってしまうような描写で非常に面食らった。
はっきりいって、ちょっとうんざりしかけていたのだが、後半に入って様相が一変する。

 

ミヒャエルは所謂日本で言うところの「戦争を知らない子どもたち」。第二次世界大戦を経験してきた親を持つ戦後生まれ世代である。そんな彼ら大学生は意気揚々と、ナチス時代の看守や獄卒、あるいは「1945年以降彼らを追放しようと思えば出来たのにそれをしなかった世代そのもの(彼らの親世代全般)」を断罪したのである。しかし、その恥辱の刑に処せられるべき被告の中にハンナがいたことで、ミヒャエルは彼らの罪を単純化できなくなってしまったのだ。

彼は、ハンナの裁判を傍聴する中で、彼女の秘密を知ることになる。それは、彼や私たちにとって見ればごく些細な秘密だが、彼女にとっては最大の秘密だった。その秘密を告白すれば彼女の罪はかなり軽減される筈だったのに、結局はその秘密を守り通してしまう。重罪になるか微罪で終わるかということよりも優先される秘密とは何なのだろう。その秘密を人に漏らすことは彼女のアイデンティティの崩壊を意味し、彼女はまさにその秘密を守るために万難を排して生きてきてしまったのだ。何という誇り高く、愚かで悲しい人生だろう。

しかし、そんな風にハンナに思い入れて読むと、実はとても寂寞としたエンディングを迎えてしまう。
主人公のミヒャエルの行動が実に不可解だからだ。
彼は結局一度もハンナに手紙を書くことをしなかった。朗読テープを送りはしたが、個人的なメッセージは一言も入れなかった。後年、ハンナからの手紙を心の隙間を埋めるものとして感動して読んだのに、一行の手紙も、一言の挨拶も彼からは送らなかったのだ。

読んでいる間は、ミヒャエルのやり方を非常にもどかしく感じ冷たいと思ったのだが、あれは、実は彼に出来た最大のやさしさだったのかもしれない。と、同時にやはり最大の制裁であったのではないかとも思う。
ミヒャエルはハンナを無視すればよかったのかもしれないが、それでもかかわらずにはいられなかったのだ。
でも、ハンナはミヒャエルの言葉を渇望していただろうと思う。膨大な数の無味乾燥な朗読テープをくまなく聴いて、今度は、今度こそはと思ったに違いない。テープを聴く喜びと、聞き終わった後の失望感。制裁というなら、これほど効果的な制裁も無いのではないだろうか。

しかしながら、ミヒャエルも引き裂かれていたのだと思う。
彼女にどんな理由があったとしても、それがとても同情すべき理由でも、大量虐殺の片棒を担いだには違いないのだ。
今を生きる私たちには彼の気持ちを推し量るのは難しいところもあるのだけれど、彼の行動には深い葛藤があるのだということを考えなければいけないと思う。

もう一度読みたい作品。

 







最終更新日  2008.10.27 00:17:50
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2008.07.16
カテゴリ:今日読んだ本

    

西の魔女が死んだ 梨木香歩 著

この夏、子どもと一緒に見たい映画ナンバー1なのですが、最寄の映画館ではもう夜の上映しかないこの映画。何で夏休み前に切り上げちゃうのか本当に不思議です。 

まあ、映画は諦めムードなんですが、なんとなく読んでみたくなって、本棚から手にとってみました。
アフィリ画像が、これは文庫版なのかな。私にとっては小学館のハードカバー版の印象が強いのでちょっとイメージが違うのですが。。。

ちょっとしたきっかけで不登校になってしまった少女まい。でも、精神的に追い詰められて行けなくなってしまったというよりは、自ら積極的に行かないことを選び取ったというような、意志の力を感じさせる少女です。それはやっぱり魔女の血筋なのかしら。おばあちゃんも、魔女修行の中で「魔女は自分で決めるのよ。」と言います。

意思決定力。

それは、今の子どもたちに決定的に足りないものの一つだと思います。
自分で考え、判断し、決めたことをやりぬくこと。
それは大人になった今でも難しいことなんですが、でも私の子どもたちにもぜひとも学んで欲しい事だと思います。そしてそれを、説得力を持って子どもに教えられるこのおばあちゃんは本当に尊敬に値しますね。

 

さて、こんなスーパーおばあちゃんならずとも、おばあちゃんと孫というのは、時に母と子よりも深くつながれると思うことが時々あります。 

ま、当時の私に余裕が無かったのが大きいのでしょうが、私と居る時よりもリラックスしている小さなチコを目の当たりにして、重荷が軽くなった安心感と嫉妬心がない交ぜになってとても微妙な気持ちがしたことを思い出します。

そんなチコの幼い時を思い出しながら、そしてそんなチコもまいと同年代になってしまったことに軽い驚きを感じながら読み返すと、不思議なことにまいとおばあちゃんだけでなく、ちょっと冷たいようなママにも、おばあちゃんとは相容れない感じのパパにも共感できるのです。

特に、パパが3人での同居を急ぐ気持ちとか、おばあちゃんの元で成長したまいを目の前にして皮肉めいたことを考えてしまう気持ちとか。。。何となく実感として分かる気がしました。おばあちゃんに感謝しているはずなのに、親って身勝手ね。

購入当初はまいの視点で読み、今また両親の視点にも立ちながら読んで以前よりさらに深く心に沁みるものがありました。また、もしかして30年後くらいにおばあちゃんの視点に立って読み返すことが出来たら。。。そして、純粋に愛の気持ちで孫とめぐり合えたら。。。な~んてね。

そのために、まずジャム作りの腕をもっと上げておかねば(違

 

kyurigusa3
kyurigusa3 posted by (C)てんてん(^^)/

まいがひそかに名前をつけて育てていた「ヒメワスレナグサ」
ひっそりと目立たないけれど、よく見ると清楚で凛と咲く青い花です。

 







最終更新日  2008.07.16 22:59:10
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