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てんてんCafe

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今日見た映画

2010.10.27
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カテゴリ:今日見た映画
映画「大奥」を見てきました。

時は第七将軍徳川家継の治世。貧乏旗本の一人息子水野祐之進は困窮した家を救うため大奥へ上がることを決意する。薬種問屋の跡取り娘おのぶとの結ばれ得ぬ淡い恋を断ち切るためにも。。。

一大決心をして大奥へ上がった水野だったが、貧乏旗本とは言え、自由闊達に生きてきた彼の目に映る大奥は異様な場所であった。巷では男不足であるにもかかわらず、ただ将軍家の血統を絶やさぬために集められた数多くの男達。彼らはその大奥という閉鎖された空間でただただ将軍のお手つきになりお世継ぎの父となることを夢みていたのである。

さて、将軍家継が夭折し、第八代将軍吉宗が将軍の座に着いた。その頃水野は将軍の目にとまる地位「御中臈」に異例の昇進を遂げていた。総触れの日、隆とした美男が贅を競って居流れる御鈴廊下に将軍吉宗の御成りを告げる鈴の音が鳴り響く。。。

 

よしながふみさん原作の漫画「大奥」のまさかの映画化の第一報を聞いた時は仰天してしまいました。(それも嵐のファンの子に聞いたのだから、余計にビックリしましたYO。)

だって、男女逆転ですよ。SFです。パラレルワールドなんです。って原作を知らない人にちゃんと理解してもらえるのかしら。いろいろたたかれるんじゃないかと戦々恐々としてしまいました。現に祐之進の父親役の竹脇無我さん(まあおじいちゃんになっちゃって)は脚本読んで「頭が痛くなった」って仰ってますし。(笑)

でもまあ、人の心配は置いといて、私としてはなかなか楽しみました。原作のストーリーにきっちりとしたまとまりがあるので2時間で気持ちよく卒なく語られたのではないかと思いました。

ただ、何となくキャスティングは微妙に残念な感じ。。。
ごめんね。二ノ宮君は悪くは無いんだけど、とりあえず、ちょっと小さいのよね。ちゃきちゃきの江戸っ子弁で男気もあってやんちゃな感じははっきり言って予想以上に良かった、のだけど、どう見ても大人の男に見えず、後半の見せ場で色気がないんです。せめて玉木宏君くらい上背があったら、もう少し大人顔だったら。。。と思わずにはいられませんでした。

脇は(ジャニ系以外ね泣き笑い)これ以上無いでしょうというくらい良かったです。玉木宏さん、佐々木蔵之助さん、とりわけ阿部サダヲさん演じる杉下は、抑えた演技の中にも明るさがあり、また諦めの境地も見える大人の魅力が感じられました。ある意味主役を食っちゃった感じですね。それと、加納久通と間部詮房を演じた和久井映見さん、菊川怜さんの二人は原作イメージに合いすぎていてびっくりしました。

そんな脇役陣が素晴らしかったにもかかわらず、もうとにかく若い男の子達が残念すぎる。七五三か成人式かと。。。監督の美男の定義が分かりかねますぜ。原作の色気が木っ端微塵ではないですか。特に垣添役の中村蒼君は残念すぐる。少年というにはトウが立ちすぎてるし、ニノより彼の方が大きいというのは絵的に萌えないのですよ。キスシーンもあったのにねえ。

コウちゃんの吉宗は良かったです!この方カツゼツがあまりよろしくないのでこういう役はどうかと思ったけれど、やはり女優ですな。女傑オーラが出まくりで非常に気持ちよかったです。お庭番とか大岡越前とか、お馬で爆走とか、かなり、かの「暴れん坊」へのオマージュが感じられるのもとても楽しかったです。

 

書く前は男女逆転して見えてくるものとかいろいろ考えてたんですが、あんまり深読みせずに見るほうが、この映画は楽しいのではないかと思い直しました。
もっといろいろと考えたい方はぜひ原作をあたって下さい。


ポップでキッチュなパラレル時代劇映画「大奥」、吉宗の胸のすく手腕を楽しんで欲しい作品です。

 

 







最終更新日  2010.10.27 23:36:24
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2010.02.11
カテゴリ:今日見た映画

インビクタス.jpg

クリント・イーストウッド監督の最新作は、1995年南アフリカで行われたラグビー・ワールドカップの実話を元にした作品だった。

反アパルトヘイト運動により反逆罪として逮捕され27年を監獄で過ごしたネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)は、釈放後の1994年、遂に南アフリカ共和国初の黒人大統領となる。だが彼は、国民の間に人種差別と経済格差がいまだに残されていることを痛感する。そんな中、スポーツという世界共通言語で国民の意識を変えることができると信じるマンデラは、弱小だった南アフリカ代表ラグビーチームの再建を決意。翌年に自国で開催するラグビー・ワールドカップに向け、マンデラとチームキャプテンのフランソワ・ピナール(マット・デイモン)は、互いに協力していくことを誓う......。(ムービーウォーカーから引用)

スポーツを題材にした映画というのはどうしても一定のパターンが出来上がってしまっているもので、この作品もまたそのパターンの枠を出るわけではない。弱小チームが最後に劇的な勝利をおさめるというセオリーどおりの展開ではある。
しかし驚くべきことにこれが実話であるということ、そしてこの勝利が単にラグビーゲームの勝利ではないということが、他の作品とは一線を画していたと思う。

 

しかしこの映画の半ばくらいまで実は、これは面白いのか、もしかして外したんじゃないかしらと非常に半信半疑に見ていた。それというのも、主人公であるマンデラ大統領が別段何か派手な行動を起こすわけでも、チームが(ロッキーみたいに(笑))秘密特訓するわけでも無く、あまりにも淡々としているからだ。

マンデラ大統領がしたことといえば、ラグビーチームの主将を招いてお茶を飲んだこと。黒人政権が立って意を大きくした過激な(オール黒人の)スポーツ評議会に出かけていって、ラグビーチームのカラーや名前の変更を今はするなと言うスピーチを行ったことくらいなのだ。後は何というか、ただのラグビー好きのおっちゃんにしか見えない。(いや本当に)

そんなマンデラ大統領がが何故チームのワールドカップ優勝に導けたのか。。。

実はその「言葉」こそがマンデラ大統領の最大の武器だったのではないだろうか。
黒人新政権を恐れて辞職しようとしていた職員達に語りかけた言葉。主将ピナールを勇気付けた言葉とそして言外に溢れていた期待。スポーツ評議会でのスピーチ。チームへのPRの指令。。。
それらは決して居丈高であったり声高であったりするものではない。しかし、それらの一つ一つの言葉が確実に人々の心を少しずつ動かしていったのだ。

それらの魔法はあまりにもさりげないので注意して見ないと見落としてしまいそうになる程だ。しかし、その要所要所でのマンデラ大統領の言葉が無かったら、現在の南アフリカは無かっただろう。アパルトヘイトに打ち勝ったはずの黒人はまた新たな別の垣根を作っていただろう。

 

ここから反転部分はラストの感想です。

さて、そうして彼のひそやかな言葉の魔法がかけられてワールドカップ決勝戦の奇跡が始まる。男達の格闘する姿の美しさに熱くなった。身体を張ったディフェンスまたディフェンスの迫力に圧倒される。そして訪れた勝利の瞬間、いつの間にか私はぼろぼろと涙を流していた。それはただのラグビーゲームの勝利ではなかった。白人黒人全ての人が抱き合い喜び歓声を上げる姿は、全ての南アの人々がアパルトヘイトに勝利した姿だったのだ。それはまた、マンデラ大統領の勝利でもあった。アパルトヘイトの象徴であったラグビーチームがこのとき全ての南アの人々の心の象徴へと変わったのである。何という一体感。すごい映画だ。今思い出しても胸が熱くなるほどに。。。

やられた。またも老獪なイーストウッドにまんまと感動させられてしまった、そんな作品である。。。。

 

 

 

 

P.S. ところで、この大会日本チームは17-145という1試合最多失点の大会記録となる大敗を喫したそうである。思わずウケた。。。いや~、大変な所を蒸し返されたね。(苦笑)

インビクタス公式サイト

1995年ラグビー・ワールドカップwiki

 







最終更新日  2010.02.11 21:37:59
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2010.01.26
カテゴリ:今日見た映画

 

334288view006.jpg
写真は最高にいいのにな~。。。

 

まいったなあ。。。

正直これほど外すとは思っていなかったのだ。
予告編を見て感じた底抜けの楽しさや突き抜け感が、本編には全く、見事に、みじんも、感じられなかった。確かに予告と同じシーンもあったのだけど、何故か本編ではまるで楽しめなかった。

絵本を映画にするわけだから、設定や感情表現にリアルな肉付けが必要なのは解るが、あまりに現実に囚われすぎて絵本を忘れてしまってはそれもまた絵本を映画にする意味も失われてしまう気がする。

例えばプロローグ。
少年マックスは、あからさまに弟をうっとおしく感じている姉とそのBF達に雪のお城(?)を破壊されて放って行かれたり、シングルマザーであるらしい母親がBFといちゃついているシーンを見てしまったりといささか生グサいたち上がり。あげくにキレて暴れて外へ飛び出し、小舟で海へ漕ぎ出してしまうのだ。
何というか、ここまでで既に「あーなんてワクワクする話だろー。(棒読み)」的な雰囲気が漂い始めている。

そしてそのまま1昼夜舟を走らせ、ある島へたどり着くのだが、こんな風に中途半端にリアルを追求したために逆にとても嘘くさいエピソードになってしまっている。だって普通10歳くらいの少年が夜の海に一人でボートに乗ってしまったら、次の日には水難事故の新聞記事にでもなっているのがオチだろう。な~んて思ってしまって全く頭がファンタジーに切り替わっていかないのである。

現実から空想世界に入るためには、やはりそれなりの仕掛けが要るのだと思う。原作だと、それは子ども部屋に突然木がにょきにょき生えてきて、その木々の向こうに海が見えるというところから始まる。絵本のマックスはそんな不思議の海に舟を漕ぎ出すのである。このありえない特異な状況こそが夢の世界への入り口なのだ。

映画では、そういった仕掛けも無く、嘘くささを感じたままかいじゅうたちの世界へと踏み込んでいくことになる。

気を取り直してかいじゅうたちと楽しく戯れようと思ったのだけど、そうは問屋が卸さなかった。(_TдT)

何だろう、この陰鬱さは。

かいじゅうたちはマックスの心を写す鏡とでも言いたいのか。
自己中心、欺瞞、破壊衝動、孤独。そんなものが着ぐるみを着てしゃべっているのである。楽しくなるわけが無い。。。
何かもう、悲惨にバラバラな状態のかいじゅうたちの中にマックスは飛び込んで行き、適当に話を合わせて嘘をついて、王様になるのだった。。。

嘘をついている気持ち悪さとか、不必要なまでの鋭い言葉の応酬。
ああ、お金払って何でこんなに惨めな気持ちにならねばならないのだろーか。

ラストも、(ネタバレのため反転しています)特別何のカタルシスも無いまま突然「帰る」と言い出すマックス。このシーンが、お母さんの「私がいたら何とかしてあげられたのに」という台詞に呼応していることはわかるんだけど、「だから何?」である。その時かいじゅうに言い放つ言葉「きみ達にもママがいたらよかったのにね。」にいたっては、思わず「えーっ」と洩らしてしまった。それをこの孤独なかいじゅうに言うのかと。。。信じられないラストだった。

この映画で、マックスはいったい何を得たのか?
かいじゅうの心をつかんだ訳でもなく、王様として何かを成し得た訳でもない。ただ楽しんだだけでも良かったのにそれすら感じられなかった。

久しぶりにお金を返して欲しくなる映画であった。。。>┼○ バタッ
かいじゅうの出来が良かっただけに残念至極。


あ、そうそう、吹き替えが子ども店長だったのも萎えたなー。
画と全く合っていず、もうマックスが子ども店長にしか見えなかったよー。

 

 

 

 

 

 

ああ~、映画見たい。。。

 

 







最終更新日  2010.01.26 23:34:52
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2009.09.16
カテゴリ:今日見た映画
今晩は。今日は朝からまぶたのピクピクが止まらないてんてん(^^)/です。 
お仕事柄ということもありまして、「火天の城」見て参りました。
遠景シーンが映る度に、これはどこだろうとか、この安土山は良く出来てるとか、築城前なのに大手道が映ってるぞとか、随所にいらぬツッコミを入れながら楽しく見てきました。

 

 

火天.jpg

 

「火天の城」

「安土の山一つ、城にする。天主は五重。建てられるか!」
熱田の宮大工、岡部又右衛門はそんな天下の武将織田信長の問いに即答する。「建てまする。」と。


かつて戦を描かない戦国時代物のドラマがあったでしょうか。この物語の主人公は織田信長でも豊臣秀吉でもなく、一介の職人、前代未聞の巨大建築を初めて具現化した宮大工岡部又右衛門と、彼を支える名も無き職人達とその家族の物語です。

キャストは、西田敏行さん。この方は本当に味のある演技をされますね。この人がしゃべると、一つ一つの台詞が深みを増すのが凄い。そして、信長役の椎名吉平さんは良かったですねえ。この方、もともと細面とは言えないと思うんですが、何故かあの肖像画のイメージがかもし出されるから不思議。身体も随分絞ってこられたのかなあと思いました。役者さんって凄いですね。あと、木曽の甚平衛役の緒方直人さんも見事な迫力で、あの目の光には息を呑みました。

 

さて、物語中一番面白いなあと思ったのは当時の職人の心意気でしょうか。時は戦国時代ですから、武士達は無論毎日が死と隣り合わせであったでしょうが、そういった人々の周りに居た庶民も実は毎日が死ぬか生きるかの瀬戸際に立って生きているんですね。一つ間違えばあっという間に打ち首。そんな緊張感の中にあったからこそ、柱一つ建てるのも石一つ動かすのも、その一挙手一動が真剣勝負にならざるを得ないのでしょう。
又右衛門の台詞には「木の声を聞いてやる」「木組みは心組み」というような印象的な言葉がいくつか出てきますが、この五層七階建てという途方も無い巨大建築を人力だけで組み上げるということは、まさに、職人達の心が一つに組み合わさり、物の心さえも知ってこそなし得た快挙なのかもしれません。

それにしても。。。城の設計はコンペ形式で行われるんですが、こんなコンペ勝ち残りたくない~。勝って建てるのも命がけ、さりとて辞退なんかしたらそれこそ首が飛ぶかもしれない。現代人だったら、そんな面倒な仕事、わざと落ちるような図面引いて、穏便に退こうとしてしまうんじゃないでしょうか。失敗すれば命は無い。それでも自分が建てるのだと思う又右衛門の情熱は、半分妄執のような気さえしてきます。しかし、そんな全身全霊をかけた真摯な思いだからこそ、人を動かしていくのでしょうね。木曽の甚平衛とのシーンはまさにそんなシーンでした。見事な親柱が立ち上がる頃にはもう胸がいっぱいになっておりましたよ。 (πдπ)

なんでしょうか、この熱さは。

多少、泣かせようとしすぎる所が暑苦しかったり、どうも、男の人が考えた女の理想像が「しょーがねーなー」って感じだったりするんですが、そんな事を差し引いても、一つの夢を築き上げた熱い男達の姿は感動に値するものだったと思います。

 

実際には、安土城があんな姿をしていたのか、吹き抜けが有ったのか無かったのかも含め、裏付けられる確固たる資料がなく、その真相は誰にもわかりません。が、だからこそたくさんの研究者や歴史ファンの心を捉えて離さない夢の城であり、現存のどの城よりも印象深い城であるのかもしれませんね。

歴史マニアのみならず、物作りの好きな人なら一見の価値がある映画だと思いました。

 

 







最終更新日  2009.09.18 19:24:49
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2009.08.26
カテゴリ:今日見た映画

昨日はサマーウォーズを見てきた話をしましたが、今日はその予告のとあるCMについて。

ぼ~っと、CMが流れるのを見ていると、突然アニメが始まりました。
どうもレストランで男性が女性にプロポーズしているようなシチュエーション。(しかしこれは軽く20年以上前の雰囲気だな。)

男:「ボクの方がキミを幸せにできる。  ボクに交代してみないか?  バラ色の人生が待っているよ。  出産や子育ての費用も教育費も、  老後の生活費も介護の費用も、  ボクに任せれば全部OKさ!  高速道路も乗り放題だよ!」 

んん??? これは何か聞き覚えが。。。。

動画はこちら

 

 

 

もうおわかりですね。これは自民党の民主党に対するネガティブキャンペーンCMのうちの1本です。男が凄く悪い顔してるんですよね。ちょっとおもしろかったんで。。。

しかし何というか、自民党さんもここまでやらないといけないほど追い詰められてらっしゃるのでしょうか。相手をそしればそしるほど、自分の品格が地に落ちていくだけに思えるんだけど。。。

映画を見る前に随分萎えた気分になったんですが、予告で少し気になるものが。

 

 

 

それはこれ!

 

 

 

 

うぉ~~!!

センダックだ!

かいじゅうだ~~~!!

すっごい飛んでます。吼えてます。予告で胸が熱くなってしまいました。

これは見たいなあ~。まだ公式ページとかは無いのですかねえ。
「かいじゅうたちのいるところ」公開はなんと来年の1月だそうで。。。楽しみですね。

 

 







最終更新日  2009.08.26 20:58:55
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2009.08.25
カテゴリ:今日見た映画

 

サマーウォーズ.jpg

 

 

先週の土曜日、サマーウォーズを見てきました。

細田守監督という人は、夏の情景を描かせたら右に出る者は無いですね。
時をかける少女といい、このサマーウォーズといい。。。
抜けるような青空と、うねる入道雲。キラッキラの太陽光。
日本の夏が確かにそこにある。そう思える素晴らしい映像表現でした。

特に陣内家の縁側から眺めた朝顔の描写は息を呑む美しさでした。
長い縁側と軒に切り取られたまぶしいほどの青空と、涼しく咲いた朝顔の花。あるいは明け方、蚊帳の内から眺めた朝顔の、硬くつぼんだ蕾がひそやかに緩んでいき、やがては凛と花開く様。。。

陣内家のドタバタと見事に対を成す、静謐な美しい時間の表現だったと思います。うっとり。

そんな昔ながらの日本が息づく世界に生きる武家の末裔ご一同と、方やOZというワールドワイドで最先端な仮想空間で巻き起こるサイバーテロが結びつくなんて、凄い発想ですね。このご親戚がいったいどう力を合わせてバトルするんだろうと思っていたんですが、まさかキーワードが「こいこい」だったなんて。。。

 

と、ここまで書いておいてなんですが。。。

多くの方が仰るように、確かにこの作品は「時かけ」程のカタルシスは無かったと思います。それの大きな要因がバトルの相手が「AI」であったということが大きいのかなあと思います。やはり、相手の正体が分かった途端、ちょっと肩透かしを喰ったような気持ちになりましたし。。。こういう敵役というのは、何をどう工夫しようが正体が知れた瞬間陳腐な存在になってしまうものなんですが、それでも人間であれば動機や背景が生まれるわけで、やはりそういうものがあったほうが面白かったんじゃないかと思わずにはいられないんですよね。

しかし、そういう物語の弱さを差し引いたとしても、私はこの映画をとても楽しみました。
キングカズマやラブマシーンの造形の美しさ、OZのスタイリッシュな世界にはゾクゾクしましたし、こういうものを通じて、世界中の人とシームレスなコミュニケーションができる未来を感じることが出来ました。
そして何より、やはり家族が居ること。たくさんの人と囲む食卓の楽しさ、あったかさ、そして些細なことだけど、「みんなで飯を食う」そんなことが団結(家族意識?)を生むんだよねってことをつくづく感じる映画であったと思いました。

公式サイト

主題歌  
達郎さん、やってくれました。プロだなあ。素敵な曲です。映画見た後、脳内でずっとリフレインしてました。

 

 







最終更新日  2009.08.26 00:19:14
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2009.03.13
カテゴリ:今日見た映画

以前DVDで「転々」という映画を見たとき、予告で見たこの作品が少し気になっていたので借りてみました。

荒川良々って、何か印象に残る顔してるんですよね~。(笑)

               
映画「全然大丈夫」オリジナル・サウンドトラック 全然大丈夫    全然大丈夫(DVD)

古本屋の息子で植木職人のテルちゃんは、人を怖がらせるのが趣味。部屋中気色の悪いフィギュアやポスターで飾り立て、街でいたずらを仕掛けたりビデオを撮ったりして遊んでいる。友達の久信もそんなテルちゃんと一緒にいたずらを手伝ったり、友達の自主制作の映画に出演したり。。。ところがある日久信がテルちゃんに向かってこう言うのだ。
「俺イチ抜けるわ。こんなことやってる場合じゃないでしょ。もう来年30なんだし。」
その一言で俄然やる気を出したテルちゃん。世界一のお化け屋敷を作ると豪語する。

一方、久信の勤める病院清掃会社に、女の子が面接を受けに来る。しかしそのあかりという女の子は壊滅的なドジだった。そんなあかりが気になり始める久信。しかしそのドジゆえにあかりは速攻会社をクビになるのだが。。。

 

いやもう、なんというか、ゆるゆる。。。
見終わった後、なんともいい気持ちになれる映画でした。
あかりを主人公とする恋愛映画としてみた場合には。。。

このあかりという女の子はアマチュア画家で、独特の感性を持っているのですが、人と上手く関係を持てないというか、ちゃんとやらなきゃと思えば思うほどもうボロボロになっていく、面白いんだけどちょっと気の毒な人なんですね。このあかりが、久信と照男に出会ってだんだん落ち着いてくる。そこでやっと周りを見渡せて恋をするのです。それがとても自然で、すとんと胸に落ちてくる。。。あかりがその人に惹かれたというのがすごくよく分かるし、それがとても心地よかったのです。ああ、良かったなあと。

最後の「ありがとう」と、雨音がとても沁みて、何だかいい気持ち。。。

 

 

ではあるのですが。。。

 

 

 

照男が主人公なんだよね。
と思うと、何だかよく分からなくなっちゃうんです。
タイトルの「全然大丈夫」というのは何をして全然大丈夫だというのか???

テルちゃんは、正直言って最初から最後まで全然大丈夫ではなかったような気が。
何故だかこの映画、テルちゃんのパートが全然良くないのですよ。ギャグももう一つ、笑えるような笑えないような微妙さだったし。性格もちょっと共感しかねるし。

テルちゃんが途中であかりに食われてしまって、それから浮上してこないのですよ。主人公不在で全員が脇役化してしまっているという不可解なことになってしまっているのです。

なので見終わった後、気持ちはよかったけど何が言いたい映画なのかはさっぱり分かりませんでした。
しかし、役者がみな上手いので、何とか救われたというか、格好がついたというか。
やっぱり全然大丈夫ではないのでは?(笑)

と、まあ脚本はアレでしたが、ラブストーリーとしてはとても上品で気持ちがいいので、ユルいのがお好きな方は一見の価値があるかと思います。

 

あと、音楽がとても素敵でした。「エ コモ マイ」というハワイアンバンドなんだそうですが、全編ウクレレでとても心地よいサウンドなんですよ。
あ、蟹江敬三さんの歌う、「コメ」もナイスです。(笑)蟹江さんは劇中でもいい味出してます。

雨音のSEもちゃんと入っていて泣かせます。雨音ってしみじみ聴くと、落ち着くんですよね。

上記の「全然大丈夫」サントラのリンクに飛んでいただくと試聴できます。興味のある方は是非聴いてみてください。私は真剣に購入を検討中なんです。(笑)

 

全然大丈夫オフィシャルサイト 

 

 







最終更新日  2009.03.13 23:13:34
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2009.03.05
カテゴリ:今日見た映画

     ネタバレしてます。ご注意を      

昨日は久しぶりに映画を見に行って来ました。
ところが、行ってみると平日の昼間というのに超満員。確かにレディースデーではあるけれど、この混みようは何なんだと思ったら、「おくりびと」を上映していたのですね。
何だか現金ね~。

正直私もおくりびとは見たい気もしたのですが、今回選んだのは、クリント・イーストウッド監督作品「チェンジリング」です。

 

changeling.jpg

 

ロサンゼルス郊外に住むシングルマザー、クリスティン・コリンズ。彼女は電話交換手の仕事をしながら、一人息子のウォルターを育てていた。1928年3月10日、休日を息子と楽しむ筈が、急に仕事をする羽目になってしまうクリスティン。仕事を終えて家に戻ると、ウォルターの姿はどこにもなかった。
5ヵ月後、ウォルターがイリノイ州で見つかったとの知らせが届く。大喜びで駅へ迎えに行くが、現れたのは、最愛のウォルターではなく、見も知らぬ少年だった。

 

 

 

 

見知らぬ子どもに「ママー!」と言って抱きつかれる恐怖と嫌悪感に思わずゾッ!!

この映画は実話を元に製作されたそうですが、そうだと知らなかったら、こんなベタなストーリー誰も映画化しようとは思わなかったのではないかと思うくらい、当時のLA市警は腐敗しきっていたようです。

母親が「この子は違う」と言っているのに、「貴女は混乱している。自分の息子も分からないようだ」とは何事か?その上、「5ヶ月前のウォルターの身長よりもこの子は7cmも背が低い」と言ってるのに、「5ヶ月の間には栄養状態が悪かった可能性もあり、背骨が曲がってしまっている」って、あなた。。。

とにかく、ありとあらゆる手を使ってクリスティンを黙らせようとする手口は背筋が凍るようなものでした。権力を笠に着た暴力の有無を言わせぬ恐ろしさ。そして20年代当時のアメリカ人女性の地位の低さ、発言権の無さも痛感しました。ここまでの人権無視がまかり通るとは。。。

しかし、こういうことってあながち昔だけの事では無いような気もします。組織にとって「面倒な正義感」というのは、逆に言った方が叩かれるということが今も往々にしてあるような。。。

それを思うと、クリスティンは本当に強い女性だと感嘆するばかりです。強いといってもいつものアンジェリーナ・ジョリーの演じる女性のようなパワフルさではありません。風にそよぐ柳のように、一見流されているように見えながら、実はどんな強風にも折れることの無い強さが彼女には宿っているのです。

もちろん、彼女を支援する牧師や弁護士といった人たちがいなければ、成し得なかった正義なのかもしれませんが、彼女のその真摯な思いがあったからこそ、周りの人を動かし、やがて、LA市警そのものを変革することになったのでしょう。

しかし、クリスティンにとってはそんなことさえ本当はどうでもよかったのかもしれません。それらのことは、彼女にとっては揺るぎないわが子への思いが生んだ副産物でしかないのですから。

 

ともすれば、ありがちな猟奇事件を扱った刑事物になってしまったかもしれないこの作品が、こんなに味わい深い映画になったのは、実在したクリスティンという人の存在感、ひたむきな生き様と、それを見つめるイーストウッド監督の優しい視線にほかなりません。

クリント・イーストウッドという人は、年を重ねるごとに作品に深みを増す稀有な映画監督になりましたね。御年79歳。この作品は全編を通して思いやりと品格を感じ、同時にまた「貴方はどう考える?」という問題提起も忘れずにされる、ちょっと意地の悪さも感じますww
例えば今回は死刑執行のシーン。監督は何故このシーンにこんなに時間を割いたのでしょうか。監督の真意はわかりませんが、ささくれのように心に引っかかるシーンでした。肯定と否定に揺れ動く、複雑な気持ちになるシーンです。言葉にするのは難しいですが。。。

 

 

それはさておき、最後のクリスティンの台詞と何かさっぱりとした笑顔がとても印象的でした。ロサンゼルスの街並にまぎれていく彼女の後姿を見送りながら、しみじみと胸がいっぱいになる。。。素敵なラストシーンでした。

次回作の「グラン・トリノ」は監督主演のようで、また楽しみな作品になりそうです。

 

 

 







最終更新日  2009.03.07 23:47:42
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2009.01.14
カテゴリ:今日見た映画

 

young@heart.jpg

 

今日は久々に映画を見ました~。

 

「地球が静止する日」「チェ28歳の革命」「ヤング@ハート」この3本のうちどれを見るか直前まで悩んでいたのだけど、それぞれのスチール写真を眺めてたらどうもこのハッピーパワフルなじーちゃんばーちゃんたちに会いたくなってしまったので、「ヤング@ハート」を見ることに決めた。

アメリカ、マサチューセッツ州ノーサンプトンという街で1982年に結成された平均年齢80歳のコーラスグループ。それが「ヤング@ハート」だ。ただし、彼らが歌うのはソニック・ユース、ザ・クラッシュ、ボブ・ディラン、ジミ・ヘンドリックスといったロックのナンバーだった。映画は、年に1回開かれるコンサートまでの6週間を密着取材したドキュメンタリー。

 

見終わって思ったことは、

人間ってすごいなあ。

ってことだった。
人生の最晩年にあって、まだ新しいことに立ち向かい成長しようとすること。それがいかに人生を輝かすことか。。。

「この曲はもう俺たちの曲だ」
そう言った人たちの笑顔が何と晴々と美しいことか。

年経てきた彼らだからこそ、ロックにも新しい意味が宿る。人生の重みや深み、そしてなんともいえないチャーミングさも。
コンサートを見ている観客たちの表情が自然に笑顔になっていく。
不思議に元気で幸せになれる歌なのだ。

 

しかし、この映画はハッピーなことばかりではない。老いには必ず死の影が付きまとうものだから。

コンサートを前に亡くなったボブに捧げたFOREVER YOUNG。
「いつまでも若く」
それはただ長生きしたいということではないだろう。身体は老い、病に倒れても、心だけはいつまでも若く、最後のその時まで歌を歌おうという、彼らの決意のようでもあった。

心臓疾患を持ち常に酸素吸入をしているフレッドは、デュエットの相手を失った。その喪失感は計り知れない。しかし、フレッドはその曲を一人で唄う。

そして涙が君の頬を流れる
かけがえの無いものを失ってしまった
誰かを愛しても報われなかった
これ以上の不幸があるだろうか

でも光が君に帰り道を示すだろう
そして君の骨に命を吹き込むだろう
僕が君を治してあげるよ

(「FIX YOU」パンフレットより抜粋。)

フレッドの歌は本当に感動的だった。目は潤んでいたが、声も震わせず、ボブの分まで見事に唄いきったのだ。 

彼らはメンバーの死に対して、大げさに嘆き悲しんだりはしない。それは多かれ少なかれ死への覚悟があるからなのかもしれないが、それらの悲しみは彼らの歌をなお一層光り輝かせているような気がする。

1曲1曲が常に最後の曲。そんな一期一会のような心を感じるのだ。

この映画の最後はコンサート会場のスタンディングオベーションで幕を閉じる。思わず私もその場に立って拍手をしたいような気持ちになってしまった。

心に残る一作になった。

 

 







最終更新日  2009.01.14 23:28:19
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2008.08.24
カテゴリ:今日見た映画


チョロQ 崖の上のポニョ リサカー

ポニョはやはり興行成績がいいのか、レビューもたくさんアップされていてついついたくさん読んでしまいました。(私の感想はこちら→

賛否両論あるのですが、面白いのは批判的な意見の人のリサへの風当たりがとても強いことです。

確かに私も彼女には面食らいました。
子どもを横に乗せての、ルパンのカーチェイスさながらの無謀運転。特に制止を振り切って水が溢れかけているドックを横切る時は「やめろー!」と心の中で叫んでました。

子どもたちにお湯をかけるだけの即席ラーメンを作るところは、母親にとってはかなり自尊心を傷つけられるシーンです。5歳の子どもに即席ラーメンを食べさせるというのは、ある意味母親にとって敗北を意味するのではないでしょうか。疲れきってぐうの音も出ない、あるいは39度の熱が出て頭を上げることも出来ないような極限状態に追い詰められないとなかなかコレを食べさせようとは思えない。だから、私のようなぐうたら主婦でさえ、未だにチ○ンラーメンを食べさせるというのは何となく罪悪感があります。(私自身は結構好きだったりするのですが)なので、このシーンは、私が作ってるわけでもないのに宗介とポニョに申し訳ない気持ちでいっぱいに。。。

そして極めつけは5歳の子どもを一人残して仕事場へ戻ってしまうこと。ここは、リサの気持ちの優先順位がいったいどこにあるのかかなり疑いを抱いてしまうところです。普通一般の母親なら他所のおばあさんより自分の子の安全を一番に考えるでしょう。

こう見ていくと、リサという母親はかなり雑駁で向こう見ずな母親のように思えます。
しかしながら、このリサの性格付けは実は物語の必然性によって生まれたものではないかと私は思うのです。

 

つまり、少年少女の冒険のためには、両親は早々に物語の舞台から退場しなければならない。

 

宮崎作品で例を挙げていくと、ナウシカでは母親は彼女を産んですぐ亡くなり、父親は彼女の目の前でトルメキア兵に殺されました。シータとパズーは孤児。トトロではお母さんは入院、お父さんは、まあいてもいなくても一緒(爆)ですな。キキは13歳で独立だし、千と千尋では豚にされちゃうし。。。とにかく、子どもが自分の力で冒険するためには、親は邪魔な存在なのです。何となれば、親がいる状態では、子どもは親の枠の中でしか行動できないし、責任は親が取ってしまうからです。

しかし、現代日本の一般的な家庭の場合、5歳の子どもから母親を奪うというのはかなりの"力ずく"を要するのではないでしょうか。嵐の夜に5歳の宗介を信じて外に出かけていくような母親とはいったいいかなる母親なのか。一般的な日本家庭の、愛情深く(笑)思慮深く(笑)用心深い(笑)母親ならこの物語は成立しなかったでしょう。

向こう見ずではねっかえり、5歳の宗介を対等に扱い(だから自分のことをリサと呼ばせているのかな)、仕事に対する責任感は強い。高台にある家だから多分大丈夫との計算をして宗介に留守を任せて外に出て行くリサ。この、正直言ってこじつけ臭い設定の全ては、嵐の夜に宗介とポニョが二人きりになるためのお膳立てにすぎないのです。この話は、はっきり言ってここまでが前フリと言ってもいいでしょう。

そして翌朝家の前から船を漕ぎ出すところからが二人の本当の冒険の始まりなのです。

ですので、リサはちょっとかわいそうな役回りなのですよね。
でも、コレ「最近の宮崎作品は~」なんて仰る方も多いかもしれませんが、「パンダコパンダ」なんてもっと不条理ですよ。パンコパのミミコは両親が無く、おばあちゃんと二人暮らしだったのですが、おばあちゃんの(確か腰?)身体があまり良くなくてミミコを一人置いて田舎に帰っちゃうんですから。
小学生が竹やぶの中の一軒家に一人暮らし。。。子どもと一緒に見てて思わず「えー!!」と叫んでしまいました。でもそれってありえないことだけど、子どもの目線から見たら憧れてしまうことですよね。なんて自由気ままで楽しいんだろうって。

また、赤ちゃんを抱いた婦人のシーンも、何で5歳児の食料を何の遠慮も無くもらうことが出来るのか、という意見も目にしましたが、これって、このご婦人が完全に子どもと対等に接しているからなんですね。ポニョが差し出すスープやパンをつき返さずに素直に貰う、好意を受け取るということは、実は子どもにとってかなり重要なことだと思うのです。だから、そこのあなたも、ちびっ子がよだれだらけの飴ちゃんやおせんべいを「あげる~」といって差し出したら、どんなに嫌でもにっこり笑って貰ってあげて下さいね。

ということで、ポニョにおいて大人の不可解な行動はあまり気にせず、ポニョと宗介にポイントを絞ってみる方が精神衛生上よろしいのではないかと思われますが、いかが?(笑

 

 







最終更新日  2008.08.25 00:08:07
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