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漫画好きに捧げるアート案内

2008.02.23
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宇宙兄弟 小山 宙哉 著

ぶっちゃけて言うと、この漫画は、主にあの裸の宇宙小僧にむけてピンポイントのご紹介といっても過言ではありません。実はまだ単行本にはなっていないのだけど、3月21日に1巻が発売されるらしいです。

1993年ドーハの悲劇に日本中がタメイキをついていた瞬間に生まれた僕ムッタ。
その3年後野茂がメジャーリーグでノーヒットノーランを達成した日に生まれた弟ヒビト。そんな二人が少年時代に誓った夢は宇宙飛行士になること。。。

やがて二人は大人になり、ヒビトはとんとん拍子に宇宙飛行士になっていた。しかし、兄ムッタはその頃勤めていた自動車会社を首になり、再就職先を探していたのだった。しかし、それも上手くいかずとりあえずアルバイトの日々を過ごしていた。
そんなある日ムッタにある封筒が届く。その中身は、新規宇宙飛行士選抜試験の書類選考通過の通知だった。。。

1996年って、日々人君うちのチコ姉と同い年だわ。。。ということで、ちょっとだけ未来のお話ということになります。ちなみに六太の生まれた年に私は結婚してますな。(どうでもいいですね。)

この兄の六太という人物は、「兄と言うものは常に弟に一歩先んじていなければならない」という信念というか、固定観念を持った人で、故に何につけても弟の方が優れているというコンプレックスを抱いているのですね。でも、コンプレックスが強い割には弟を妬んだりという話にならないのが、この作品のいいところです。弟に先んじられない自分をふがいなく思うけれど、弟のことを誇りに思い、大事に思っている素敵なお兄ちゃんなのですよ。ホントは。

とにかく弟が出来すぎなので、六太はコンプレックスやら固定観念のために自分の能力を見誤っているところがあるような気がします。でも、弟の日々人の方が兄の能力を冷静に見定めていて、ちゃんと宇宙飛行士になるだろうと信じているみたい。その弟の兄への信頼というのも見ていて清清しいのです。

今のところ、非常にしょぼくてアホっぽい六太ですが、次第に隠された能力を発揮していくのでしょうか。二つのスピカとはまた趣の違う宇宙への憧れを描いた作品です。六太には艱難辛苦の道のりをボケまくりながら這い上がっていただきたいものです。

 

作者の小山宙哉という人は、モーニングの第14回MANGA OPENに持ち込んだ作品がわたせせいぞう賞をとり、その翌年は大賞をとるという鳴り物入りでデビューした人らしいです。
確かに絵もストーリーも力量があるなあと思われます。

興味のある方はこちらから作品の連載第1回が読めますのでどうぞ。

モーニング 連載漫画の部屋

 

 

しかし、ご新規さんを増やさないという新年当初の目標はどうなったんだ、私。。。

 

※雪のためか、先ほどから停電が何度も起こりますので、全然推敲してないんですがアップしてしまいます。文章が読みにくいかもしれませんが、お許しください。

 







最終更新日  2008.02.24 00:32:38
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2007.11.18

 

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お友達に京都国立博物館の狩野永徳展の招待券を頂いたので、昨日ダンナと見に行ってきました。
ちなみに、チコ姉は部活、マコタンは行列無理なのでお留守番。何だか久しぶりのデートですよ。

ところで、JRの駅に着くと、とある展覧会のポスターが。
「お~~~!!」思わず足を止めてしまいました。見た瞬間、ダブルヘッダー即決でした。永徳展のあと四条まで出てCDや本を買うか博物館の前にある三十三間堂を見に行くかとか考えていたんですが、全部吹っ飛んじゃった。(笑)

まあ、その話は後に置いといて、永徳です。
会期が18日までということで混雑は予想していたんですが、行きのバス乗り場からいきなり長蛇の列でした。これは若冲展の悪夢再びか?

eitoku3.jpg

こちらが京都国立博物館です。入り口は現代的ですが、本館の建物は重要文化財に指定されている洋風建築なんですって。そして、やはり行列。70分待ちですって。まあ、若冲展を経験した私達には別にたいした試練でもありませんが。いや~、重文の建物の意匠を充分に堪能致しました。

eitoku2.jpgテントの向こうの方まで行列が続いております。(;^_^A

ところで、狩野派というと、どんなイメージがありますか?
狩野○○って人がいっぱいいるんだけど、どの絵をどの人が描いたのかよく分からない、何となくとらえどころが無いという感じを抱いていました。日本のエル・グレコみたいな感じ。(この例えも一体何人の人に通じるのか?)

室町時代から400年間もお抱え絵師として君臨し、城や御殿、寺などの膨大な障壁画を描き続けた画家集団。個人の個性より、狩野派としてのノウハウを重視し、クオリティを保ってきたため、どうしても没個性にならざるを得なかったんですね。

しかし、やはり狩野永徳の真筆は他の狩野派の絵師とは一線を画す魅力がありました。父親の松栄という人はなんだかのんびりとした柔和な絵を描く人ですが、迫力はありません。永徳の息子の絵は、カリスマ絵師永徳の威光の元で育ったせいなのか、お坊ちゃま的な繊細さばかりが目立ち、こちらもパッとしないです。一人永徳の画だけが、見る者を圧倒する力を感じさせるのです。

技巧という面では実はものすごく上手いという風には思わなかったのですが、身体を使って描かれた早くて力強い線の潔さ、思い切りの良さは、そんな小賢しい技巧などを吹き飛ばしてしまうような小気味良さを感じました。

永徳はそんな大画と呼ばれる絵と共に細密画も描いているのですが、こちらはあまりの人の多さに、ゆっくり眺めることも出来ず、流してしまいました。でも、ホントはこういう絵にはニヤリとするような遊び心があったりするんですよね。今月の芸術新潮に永徳の特集があるので、興味のある方は立ち読みでもしてみてください。

 

 

さて、冒頭にも言いましたが、私が三十三間堂もお買い物も却下して行こうと決めたのは、これ

そう。安彦良和原画展!

もうすっかり安彦さんの作品も買ってはいなかったのですが、ポスターを見た瞬間目は釘付けになるわ、動悸は早くなるわ。。。白状しますと、「永徳早めに切り上げて安彦さん見に行く」気満々になってました。ハイ。まあ、三十三間堂は逃げへんし。ww

会場に着きますと、アムロとシャアの等身大ロールスクリーンでお出迎え。(何でブライトさんのも無いの?( ̄- ̄)ノ彡ナイナイ)いやもう、ここですっかり気分は高校生に戻ってしまいました。

会場に入るといきなり、ライディーン、ザンボット3、コンバトラーVのロボプロ物。特に豹馬と千鶴VSハイネルの3ショットに鼻血が出そうになりました。そして、ガンダム、ダーティペア、クラッシャージョウ。。。うわ~、高校生の頃の思い出が走馬灯のように。。。いやいや、とにかく何だかいろいろ思い出して感無量になってしまいました。

それにしても、紙も画材もごく普通のものを使ってらっしゃいますね。多分マーメイド紙とかミューズコットンといった用紙に、ホルベインのアクリルグアッシュ。とても馴染みのあるもので嬉しくなってしまいますが、上手い人は同じもの使っても全然生かし方が違うんだなあとつくづく感じ入りました。
でも、グアッシュの色はかなりこだわりがあるように思います。特に、ヴァーミリオンというのか、朱色に近い、それでいて深さも有る赤色を多用されているのが印象的でした。印刷ではどうしてもくすみが出てしまうのですが、原画のそれは本当に燃えるような鮮やかな赤で印象に残りましたね。

それと、マンガ原稿見て思ったんですが、ホワイト修正がほとんどと言って無いんですね。美しい原画でした。印刷と違って筆の入りと抜けも見て取れて面白かったです。舐めるように見ました。最近作はまたガンダムに戻ってくるんですが、この辺りは私の知らないガンダム。でもいろいろと主人公達の過去やその後の姿を見られて楽しめました~。

 

いや~、1日で展覧会のハシゴ。新旧の絵師の作品を見るという面白い経験でした。
それにしても、散財しました。(爆)永徳は招待券だし、入場料だけなら700円しか要らなかったはずなんですけどねえ。。。ほっほっほっほ。

 







最終更新日  2007.11.18 23:29:41
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2007.07.12

字数が多くて2回に分けました。まだお読みで無い方は(1)からどうぞ。 

奈良を歩く(1)へ戻る

頭塔 

画像 022
画像 022 posted by (C)てんてん(^^)/

さて、新薬師寺から少し西へ歩くと、頭塔という不思議な史跡があります。
細い路地に面している上に、看板標識の類が全く無く、もしかして知る人ぞ知るという観光スポットなのかもしれません。

到着すると、門には閂が。斜向かいのお宅が(表具屋さんだって)管理人さんで、声をかけて閂を開けて貰って入ります。

「帰るときは自分で閉めて帰ってな。」だって。(^▽^;)


画像 019
画像 019 posted by (C)てんてん(^^)/

これがその頭塔。
なんだろう、こりゃ。。。日本のピラミッドだとか。奈良時代のお坊さんの頭を埋めた墓だという伝説があったりもしますが、「土塔がなまって頭塔と呼ばれるようになったと思われます。」とパンフレットにはあります。役割は仏舎利を納める仏塔だと考えられているようですが、何となく歯切れが悪いのは確たる証拠が無いのかもしれません。

画像 018
画像 018 posted by (C)てんてん(^^)/

あの屋根の下にはこんなレリーフが。
ありがたいのか胡散臭いのかよくわかりません。
それにしても、この裏側は雑草がぼうぼう生えていて、それも両側から漆が覆いかぶさってる通路もあり、違う意味で戦慄を覚えましたね。奈良市教育委員会の人、草刈りはもう少しマメにやってください。

 

最後に、今回ゲットしてきたお土産です。 
画像 030
画像 030 posted by (C)てんてん(^^)/
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画像 037 posted by (C)てんてん(^^)/

奈良国立博物館のミュージアムショップで埴輪フィギュアと正倉院文様のコンパクトミラーを買いました。フィギュアは粘土で出来ているようで、なかなかリアルな出来栄えでしたよ。家族4人でそれぞれ好きなのをひとつずつ持つことにしました。


さて、いかがでしたか?奈良探訪。
行けないわ~という方は、どうぞHPでもご覧になってください。仏像をチェックするだけでも一見の価値がありますよ。 

興福寺

新薬師寺

奈良国立博物館

春日大社

頭塔







最終更新日  2007.07.12 23:42:41
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8日の日曜日に、職場のお友達と奈良へ行ってきました。京都、彦根に続く第3回、歴史探訪ツアーです。


画像 006
画像 006 posted by (C)てんてん(^^)/

鹿ですね~。何度見ても街中に大きな動物がいる光景って不思議です。
奈良公園の芝生が青いのは君たちのおかげだよ。
ここでTips。奈良の街はどんなに綺麗でも、足元はしっかり見据えて歩きましょう。 

 

興福寺

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画像 008 posted by (C)てんてん(^^)/

今回の一番の旅の目的は興福寺の宝物殿の見学です。
実は、私中学時代の遠足で奈良でオリエンテーリングしたのですが、道に迷ってしまい、時間切れで興福寺を見ることが出来なかったのです。近鉄奈良駅の横にあるのにねえ。
でも、この大きさ、中学生の常識じゃ有り得ませんよね。きっと、あまりに大きくて、目に入ってなかったんだと思います。

この写真の右側は中金堂の復元再建中なのですが、平べったい石があるのがわかりますか?これが柱の礎石なんですね。すごい回廊が出来そうです。
今は間が抜けた感じですけど、これが出来上がったら、相当ゴージャスな寺に生まれ変わることでしょうね。

さて、興福寺の宝物で一番有名なものといえば阿修羅像ですね。
何ともいえない憂いを秘めた、少年のような面差しがとても美しい奈良時代の仏像です。

この阿修羅、実は八部衆の一人で、他の7体もちゃんと見ることが出来るんですよ。

八部衆とは(字が難しいのでコピペできませんでした。orz)

 

sakara
sakara posted by (C)てんてん(^^)/

八部衆の中でも、このサカラ像が私はとても気に入りました。巻きつけてるのは蛇なんですけどね。とてもあどけないふっくらほっぺ、小さなお手手、細い腰、こんなこと言ったら何ですが、可愛らしい~~。
他にも、ものすごくリアルな仏弟子たち、いかにも鎌倉時代らしい、筋肉隆々の金剛力士像など、見ごたえたっぷりです。

 

そんな興福寺を後に、次は新薬師寺に向かったのですが。。。
何故か着いたところが春日大社。。。( ̄ー ̄?).....??アレ??



春日大社

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画像 010 posted by (C)てんてん(^^)/

本殿前まで来ちゃったので、とりあえず、参拝してきました。おみくじも引きました。末吉だったので、とりあえず良し。しかし、外人さんが多いです。

 

新薬師寺 
東洋のギリシャ 日本の莫高窟 (パンフより引用。。。なんじゃそりゃ)


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画像 012 posted by (C)てんてん(^^)/

ということで、やっと次の目的地、新薬師寺へ。薬師寺はすごくきらびやかですが、こちらは閑静な住宅街の中にひっそりとたたずむお寺です。しかし、正面がこれなんですが、正直、ちょっと殺風景ですね。でも両側の木立はほとんど萩なんです。秋はなかなか良いかもしれません。

basara
basara posted by (C)てんてん(^^)/ 

さて、新薬師寺といえば、ご本尊の薬師如来像とその周りを守護する十二神将(日本最古だそうです)の像です。


十二神将とは

十二神将(じゅうにしんしょう)は大乗仏教の信仰・造像の対象である天部の一。十二夜叉大将(じゅうにやしゃたいしょう)ともいい、薬師如来および薬師経を信仰する者を守護するとされる12の武神である。各神将がそれぞれ7千、総計8万4千の眷属夜叉を率いるという。頭上には各十二支の動物を形どった標識を置くことが多い。日本では奈良・新薬師寺の等身大の十二神将像が、最古の作であるとともに造形的にも優れてたものとして名高い。(wikiより引用)


は~、カッコよかったです~。十二人の神将だけでもすごいのに、各神将に七千もの眷属を連れてるんですよ。そりゃ無敵だわ。

ところでこの十二神将は干支の動物を連れてはいません。十二支になぞらえられたのは後世のことなのかもしれませんね。でも干支にちなむことで、何となく自分の守り神のような気がして親しみが湧くのは確かです。信仰を得るには上手いやり方ですよね。 とりあえず私も午年のインダラ大将のところに絵馬を奉納してきました。


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画像 013 posted by (C)てんてん(^^)/

ところで、新薬師寺、ところどころへんな物が置いてあります。この蛙もそう。何故か(国宝の!!)本堂の奥の扉を外してステンドグラスが嵌っていたり、また何故か庭園の門のあたりにアールヌーボー調のブロンズ像が置いてあったり。。。この寺では一体何が起こっているのか。(;^_^A  ちょっと怖いものがあります。

奈良を歩く(2)へ続く







最終更新日  2007.07.12 23:47:59
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2007.05.27

1回ほとんど最後まで書いた文章が消えて、ささくれています。てんてんです。
へこみますよね~、ホント。やっぱブラウザに直書きしちゃだめだね。(/ー ̄;)シクシク

 

え~、気を取り直して。。。

jakuchu.jpg

 

今日は思い立って京都の相国寺へ伊藤若冲展を見に行ってきました。若冲は以前 「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」で紹介したことがありますね。覚えてらっしゃる方も居られるかもしれません。

今回の展覧会では、若冲が父母永代の供養を願って釈迦、文殊、普賢の仏画3幅対と、30幅の動植綵絵を描いて相国寺に寄進したものが展示されています。
実はこの33幅のうち30幅の動植綵絵は明治時代に相国寺が財政難に陥った時に宮内庁に献じられ、その代わりに1万円の下賜金を賜って寺の財政を立て直したそうです。今回の展示は120年ぶりに宮内庁から里帰りしたこの30幅と相国寺蔵の3幅の仏画が一堂に会するという、意義深い展覧会になりました。

 

さて、実はこの相国寺というお寺は、私の母校の隣にありましたが、母校は既に他の私立大に買収されてそこの付属高校になっております。実に20年ぶりに歩く通いなれた道も、随分様変わりしています。私達が実習帰りにたむろしたお店も無くなっていました。懐かしいけれど、寂しいなあ。ちょっとセンチメンタルな気持ちになってしまいました。

が、

 

そんな気分も吹っ飛ぶことが。。。

 

 

お寺の辺りになにやら人がいっぱい。。。行列???
チケットカウンターを遥か遠くに望むあたりで80分待ちと聞いてくらくらしていたんですが、実際にはそんな甘いものじゃありませんでした。

何が80分だよ!3時間近く待ったよ!!!

新聞の宣伝効果か若冲人気の高まりのせいか、こんなメジャーでもない寺に3時間の行列ができるとは。。。確かにあの人数に対してキャパシティが小さすぎるので待つのはしょうがないとして、もう少しやり方があったんじゃないかと思わざるを得ません。整理券でも渡して、時間指定でもしてくれれば、私達も何処かでお昼ごはんでも食べてこられたのに、飲まず喰わずで3時間待ちはちょっときついです。お年よりも多かったので、皆さん堪えただろうなあと思います。
しっかし、11時半に着いて、見終わったのが4時前。。。結局買い物も出来ず、家に帰ってしまいました。酷すぎるぅ~~。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。

 

まあ、そんな不満もありつつ、作品の方はやっぱり凄かったです。
第一展示室の水墨画は、若冲ならではの技法が余す所なく発揮されて(輪郭線を紙を塗り残して白で表現するなど)見事な筆のタッチで描かれていました。第2展示室が今回のメインで、33点の日本画が、正面に釈迦三尊像と、両脇に動植綵絵を配して本来あるべき姿に展示されていました。観客が多すぎて、その本来の姿を俯瞰的に捉えるのは難しかったですが、各作品のクォリティは凄まじく、緻密な描写と大胆な構図で見るものを圧倒していました。

お近くの方は是非ご覧になって欲しいですね~。何せ宮内庁の御物なので次がいつあるのかも分かりませんし。。。ただ、平日に行った方がいいですよ。

 

相国寺承天閣美術館
若冲展は6月3日(日)まで

 

本物ってやっぱりいいですね。







最終更新日  2007.05.28 01:54:31
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2007.02.04
先日(いつだったかもう忘れた(^▽^;)1月の末~。)安土城考古博物館へ行ってきました。
「企画展 甲賀郡の風土と遺宝」という展覧会だったのですが、意外や意外。素敵な仏像がいっぱい。何ていうか、造形美しか興味が無いので、罰当たりなことこの上ないのですが、美しかったり、可愛らしかったり、非常に楽しめる展覧会でした。

甲賀郡(今は合併して甲賀市になっています)というのは、甲賀忍者でおなじみの甲賀の里なんですが、実は宗教美術の宝庫であるらしいです。滋賀県は重要文化財の件数が全国第4位なのだけど、その滋賀県の中でも、1位の大津市に次いで、甲賀郡は第2位の59件を数えるとか。

成る程、質が高いわけです。

その中でも、私が一目惚れしたのがこのお方!

 

iduna.jpg

 

飯縄権現像です。とりあえず、お狐様がかわいい。(笑)

ここから少し図録からの引用です。


飯縄(綱)権現というのはもともと長野の飯綱山に祀られた尊格で、戦国期には軍神として勝軍地蔵や妙見菩薩、魔利支天、毘沙門天などと共に武家の信仰を集めた。(中略)剣と羂索とを持つ不動明王の形制を基本としつつも、嘴や翼によって天狗のイメージを重ね、さらに白狐の上に立つというまことに異形異相の姿に現される。白狐の存在は、いうまでもなく荼吉尼天、あるいは稲荷信仰との密接な関係を示すものである。。。


見事にごった煮の神様ですね。日本人の良いとこ取り精神に溢れた神様。カッコいいわけです。
本当は後背が火焔になっていて(ヘヴィメタルみたい!!)更にカッコいいのですが、ちょっとごちゃごちゃしちゃうので省いてしまいました。←ここで写真も見られるよ。

江戸前期の作だそうですが、破綻の無い美しい造形、これでもかというデコラティブなお衣装。思わずうっとりしました~。何でこんな山の中の田舎の寺にこんなキラキラしい戦の神がまつられているのか。実はもう一枚、飯縄権現の絵図があるのですが、この絵図を所有する嶺南寺を菩提寺としていた望月家との関係に着目されているらしいです。この望月家は飯綱山のある信州の出身で、山伏や忍びとして活動していたとか。なんだか、甲賀と言う土地ならではという気がしますね。

そういえば、今日NHKの風林火山のオープニングを見ていたら、飯縄さんがチラッと出てきました。長野が舞台でしたね。こちらの飯縄さんもかっこいいなあ。飯綱山って一度行ってみたくなりました。

安土城考古博物館







最終更新日  2007.02.05 01:20:49
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2006.11.05

久しぶりにアートの話です。
ちょっと軌道修正しないと、ただのアホと思われそうですので。(爆)


 

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昨日は京都国立近代美術館へ家族で出かけて参りました。
見たのは「プライスコレクション若冲と江戸絵画展」です。

日本画に興味が無いという方も、まあ見てください。本当にため息が出るほど美しかったのですよ。
伊藤若冲という人は京都の青物問屋のボンボンで、相当の変わり者だったようですね。家業も手伝わず、妻も娶らず、(同性愛者だったとの説もあり)ただひたすら画業にいそしんだ人だったらしいです。

この人の絵の特徴は、細密描写と、独特な装飾性にあります。
鶏の絵が特に得意で、実際見ると鳥肌が立つほど細密で美しい描写です。でも、主題の周りに配された植物や波をよく見ると、すごく計算され、図案化されているのですよ。例えば、この図録の表紙になっている見事な鶏の絵ですが、バックの紫陽花を注意深く見てみると、花が全部こちらを向いてるんです。ほぼ重なり合うことも無く正面を向いているなんて、写生ならありえないことです。つまり、花の一番美しい姿をデザインしてるんですね。

 

 

それからもう一点、「この人は日本画家なのか!?」と疑ってしまう屏風があります。「鳥獣花木図屏風」というのですが、モザイクのように四角いタイルのようなもので構成されているのがわかるでしょうか。

 

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ちょっと小さすぎてわからないでしょうか。これ、一つ一つ手で描かれた升目なんです。片方の屏風に約4万6千個の四角で構成されているそうです。何ともいえないモダンさで、現代の画家が描いたと言われても信じてしまうのではないでしょうか。そして、この鳥や動物達の奇妙で愛らしいこと。若冲がどうしてこのような動物達を知ったのか、どれをどのくらい実際に目にしたのかとても気になりました。不思議でユーモラスでとても楽しい世界です。こんな屏風を座敷に飾ってみたいものですねえ。

 

その他に、長沢芦雪という人の「白象黒牛図屏風」というのも面白かったですね。この人の絵はまた大胆な筆遣いが特徴で、流れるような線の躍動感がとても気持ちよかったです。とりあえず、この屏風の牛と象の大きさに感動して、何だか笑みがこぼれてきます。この悠々とした大きな動物に寄り添う、白い子犬と黒い鴉が、絵のポイントになっているところがまた心憎い演出になっています。

 

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この画像、ミュージアムショップで買った絵葉書なのですが、線で折るとミニ屏風になるんです。なかなかおしゃれですよね。

 

今回の展示は鳥獣画が多くて、子どもも楽しめる展覧会になっていまして、ウチのお子たちも非常に満足した様子でした。日本画なんて地味でつまらないと思っている方も、是非機会があれば本物を見てほしいなあと思います。やはり本物というのはすごいものです。いくら印刷技術が発達しても、肉筆の息遣いまでは再現することはまだ不可能なのです。

それでも美術館が億劫な人は是非伊藤若冲を紹介した本でもいいのでご覧になってくださいね。印刷物でも鳥肌が立つこと請け合いです。

 

最後に、プライスコレクションの圧倒的な質と量には心底脱帽いたしました。本物のお金持ちというのは庶民の想像を超えていますね。

京都国立近代美術館







最終更新日  2006.11.06 00:42:51
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2006.09.04

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誰だこの針金みたいな男は。。。(画像、カメラに収まりきらず、少し合成しました。見苦しくてスミマセン)

 

昨日は佐川美術館というところへ行ってきました。

佐川って、あの佐川ですよ。佐川急便。

琵琶湖大橋のあたりに佐川マークの体育館やらすごいグランドがあるのは知っていましたが(ものすごくでっかい飛脚像もあるんだよ)、美術館はその奥にあり、目にするのも初めてでした。

大変シツレイなことに、わたくし実は、ギャラリーにちょっと毛が生えた程度の美術館を想像していたのですが、( ̄▽ ̄;)!!なんでしょう、この壮大さは。。。すみません。びっくりしました。建物の周りに浅く水をめぐらせて、まるで池の中に浮かんだ建物のような錯覚を起こさせます。いや~、ゴージャス。

美術館の内部も、静謐の中に、なかなか贅沢な雰囲気が漂っておりました。

画像 045.jpg

そうそう、休憩コーナーのベンチはこんな、昔の長持ちだったりして、さり気に宅配の会社らしさを演出したり。。。

驚いたのは展示室に一切監視員が居ないこと。これって、セキュリティにかなりの自信を持っているということなんではないでしょうか。すごい唐三彩や、平山郁夫の巨大な日本画もガラス張りせず、囲いさえありません。触ったら、どうなるんでしょう。すんごいアラームが鳴るんでしょうか。ある意味、監視員が居るより緊張いたしました。(^▽^;)

常設は平山郁夫(言わずと知れた現代日本画壇のドン)と佐藤忠良(絵本「おおきなかぶ」の作者、本業は彫刻家)の作品でしたが、かなりのコレクションでした。企画展も併せて見ると、なかなかのボリューム。滋賀県立美術館に劣らないほどの規模でした。

とりあえず、佐川のお金持ち度と、平山センセの絵の具のお金持ち度に、びっくりしました。

しかしね。毎日汗ずくで頑張ってる佐川の兄ちゃんたちは、自分たちの労働のおかげで、こんなすごい美術館がこの近江の地に建っていることをどれぐらい知ってらっしゃるんだろうか。なんてことをちらりとよぎってしまいました。



 

 

arimoto.jpg

え~、前振りが長くなりましたが(どんだけ長いねん)、今回の目的は企画展「有元利夫展」でございました。ご存知ですかねえ。名前を知らなくても、こんな絵は見たことあるんじゃないでしょうか。雑誌や単行本などの書籍(宮本輝さんの小説の表紙によく使われた)、CDジャケットでもおなじみだと思います。

西洋の絵のような、それでいて日本的な感じもする、新しいのに古びている、とても不思議な絵です。テンペラやフレスコのような西洋古典の技法を学びながら、日本の岩絵の具やアクリル絵の具などを使うことで独特の有元利夫の世界を作り出しています。

また、とにかく古びたものが好きだったようで、キャンバスや紙をくしゃくしゃにして広げたり、絵の具をはがしたり、額縁を虫食いにしたり、この人も滅び行くものの美に取り付かれた人だったのだなあと思います。

さて、有元さんは1985年、38歳の若さで逝去されました。
あまりにも突然の死でびっくりしたことを憶えています。この展示や画集を見ても83年ごろに有元さんのスタイルが確立した感がありましたから、それからわずか2年後の死というのは、早すぎるとしか言いようがありません。
製作途中のタブローも何点か展示されていて、今生きておられたら、ここにどんな世界が描かれていたのか、様式というものがことごとく崩れ去った2006年の今を生きてらっしゃったら、どんな作品が生まれていたのか。。。虚ろなキャンバスを前に、ただ想像するしか、私たちにはできません。

たった10年間の画業。その作品群はまだまだ進化の途上にあることを感じさせるだけに、悔しいような寂しいような気持ちが残る美術展でした。

しんみりしちゃいましたが、とても不思議で静かで懐かしい、そしてとてもパーソナルな(自分ひとりに呼びかけてくれるような)絵です。興味があれば一度画集など図書館ででもご覧になっては如何でしょうか。お近くの方は是非佐川美術館へも足をお運び下さい。

■佐川美術館

■彌生画廊

 







最終更新日  2006.09.05 00:13:58
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2006.06.17

漫画読みによる漫画読みのための絵画案内。註)まともな絵画案内ではありません。
真剣に勉強したい人は別のサイトをお探しください。

【2】ピーテル・ブリューゲル(父)(1525頃~1569)

 

さて、時代は漠っと100年ほど新しくなるが、ファン・アイクの次にフランドル派絵画を代表する画家となった、ピーテル・ブリューゲル(父)である。

この画家の絵は今でも美術の教科書に載っているだろうか。
私の時代には「雪の狩人」なんかが載っていた。はっきり言って大して面白くもない絵だった。(小さすぎてディテールもわからなかったし)
その後京都国立近代美術館で「ブリューゲルとネーデルランド風景画」という展覧会を見て、さらにその思いを強めた。┐(-。-;)┌

ところが、その後ルーブルでこれを見ちゃったのだ。

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「乞食たち」                    大友克洋「ヘンゼルとグレーテル」より

「あ、大友克洋やん。」(;^_^A アセアセ・・・やっぱりこういう反応しか出来ないのか)

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「農民の婚礼」                        大友克洋「ヘンゼルとグレーテル」より

ブリューゲルの時代にこんな貧しい人の赤裸々な風俗を描く人がいたなんて、ちょっとびっくりした。
そういえば、ブリューゲルのパトロンの一人、ウィーンのハプスブルグ家の皇帝ルドルフ2世という人は、変な絵を(変な肖像画とかギリシャ神話の絵だとか)コレクションするのが好きな人で、(何せ祭壇画を1枚も依頼したことが無いらしい!)ブリューゲルもその延長だったのかもしれない。
私はウィーン美術史美術館のゴテゴテしいコレクションの中で、ブリューゲルが唯一落ち着いて見られる絵だわと思ったのだけど、宗教画が中心の世にあって、ブリューゲルの絵はやっぱり相当変だったのだろう。

 

まあ、そんなこんなで俄然、ブリューゲルに興味が湧いてきた。

さてブリューゲルが農民にハマる前に描いていた絵がある。

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「狂女グリート」 

この絵、何処かで見た気がしないだろうか。
そう、前回紹介したボスとそっくりなのだ。

若き日のブリューゲルはボスに傾倒していたんだなあ。巨匠も若い頃はボスの絵を見て「こんな絵を描きたい」なんて憧れを抱いていたのかと思うと少し身近に感じるよね。。。

この絵も面白い。

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「イカルスの墜落」 

イカルスの墜落という絵だが、イカルスがどこにいるか分かる?

ここなのだけど。

Bruegel05.jpg 

おぼれちゃってるんだけどね。農夫も牧夫も全然気づいちゃいない。なべて世は事も無しという風情だ。ブラックユーモアなんだろか。。。きっと、ニヤニヤしながら描いてたんじゃないかなあ。

ピーテル・ブリューゲル、侮りがたし。。。

 

最後に、ベルギーという国は、実はなかなか個性的な画家を輩出している国だ。他にも、ポール・デルヴォーやフェルナン・クノップフ、ジャン・ミッシェル・フォロンといった大好きな画家がいる。もし、興味があれば検索してみてほしい。また違う魅力があるので。

それにしても一度行きたいな~。ベルギー。子どもが何とかなるまでは無理やなあ。。。

 

■参考文献

「カンヴァス 世界の大画家 2ファン・アイク」 中央公論社
「ブリューゲルとネーデルランド風景画」 京都国立近代美術館 図録
「ヘンゼルとグレーテル」 大友克洋著  CBSソニー出版 より一部画像を引用

 

■関連サイト

ルーヴル美術館日本公式サイト
ウィーン美術史美術館
マイヤーファンデアベルヒ美術館
ベルギー王立美術館

ベルギー観光局

 







最終更新日  2006.06.17 23:49:54
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漫画読みによる漫画読みのための絵画案内。註)まともな絵画案内ではありません。
真剣に勉強したい人は別のサイトをお探しください。

今日はフランドル派の巨匠、ヤン・ファン・アイクとピーテル・ブリューゲルをご紹介。
長いので2回に分けます。

【1】ヤン・ファン・アイク(1390頃~1441)

(豆知識)フランドル派とは
15世紀初頭以降、ベルギーの北方6州フランドル地方に花咲いた、北方ルネサンス絵画を展開した流派をフランドル派という。

フランドルといえばフランダース。
フランダースといえば

「パトラッシュ、僕はもう疲れたよ」

でおなじみフランダースの犬であるが、(;^_^A (強引な。。。)
ちなみにネロが死んでも見たかったルーベンスの祭壇画はこれ。

Rubens.jpg

ルーベンスもすごいが、まあ置いといて、(爆)(あまり興味が無いらしい。。。)

 

まずはファン・アイクのアルノルフィーニ夫妻の肖像を見よう。

van eyck01.jpg 

何回見てもすごい。

van eyck03.jpg

何と言っても夫の帽子と、変な顔がすごい。この鼻、耳、顔のでかさ、その割に狭い肩幅、ちんまりした足。人間なのか?妖怪人間じゃないのか?

van eyck04.jpg 

そして妻。この唐子のような頭。剃ってるよね、絶対。眉毛も絶対。。。

van eyck06.jpg 

そしてこのおなか。。。 
この絵は結婚の誓いを立てているシーンらしいのだが、どうみても出来ちゃった婚だし。

van eyck05.jpg 

真ん中の鏡を良く見ると、夫妻の奥に二人の人物が見える。
これは結婚の立会人ということなのだが、鏡の上に書かれた文字は「ヤン・ファン・アイクはここにいた、1434年」(中央公論社 世界の大画家2ファン・アイクから引用)と書かれていることから二人のうちの一人がファン・アイク自身だろうといわれているらしい。

そのほかにも細々と暗喩のこめられた物が描かれていて、隅々まで眺めても飽きない絵だ。ちなみに、この素っ頓狂な顔はやっぱりこの絵だけで、他の肖像画は普通のヨーロッパ人の顔だった。ベルギー人はみんな変な顔だというわけではないらしい。(爆)

ただし、風俗はやっぱり面白くて、女性はやっぱりあの髪形で、男の人は大概ターバンを巻くか、あの変なやたらでかい帽子をかぶっている。

ところで、この人は油彩画を発明した人であるらしい。散々笑っちゃった後だけど、油彩画をかじったことのある人はファン・アイクに敬意を表さないと駄目だな。

その節はお世話になりました。。。

【2】へ続く。。。

 







最終更新日  2006.06.17 22:42:36
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