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2022年07月20日
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カテゴリ:ご当地グルメ



 羽生結弦選手は仙台市出身で、東日本大震災の被災地への思いを口にしてきた。2014年のソチ五輪で金メダルを獲得した後には、「被災地のことを忘れないでほしいという思いを伝えるために、これからも滑り続ける」と語っていた。五輪などでの活躍は、被災者の心の支えとなった。

 「一つの時代が終わった。寂しいが、お疲れさまと声をかけたい」。宮城県石巻市でスケート場「プレナミヤギアイススケートセンター」を経営する高橋芳昭さん(74)は19日夕、記者会見のテレビ中継で羽生選手の一言ひとことに聞き入った。

 羽生選手は小中学生の頃、高橋さんのスケート場を年に数回訪れた。何度転んでも起き上がり、ジャンプに挑戦していたという。その姿を見た高橋さんは、「体は小さいのに素晴らしい演技をするな」と感心した。

 「いつも応援、ありがとうございます!」。ソチ五輪の後、羽生選手からサイン入りの色紙が届いた。11年3月の震災で津波をかぶり、復旧させたスケート場に今も飾ってある。

 「震災で沈んでいた全県民を素晴らしい演技で励ましてくれた」。高橋さんはこう振り返り、「少し静養した後、できれば石巻で子供たちにスケートを教えてあげてほしい」と語った。

「東京屋食堂」の店員らと一緒に記念撮影する羽生選手(後列左から2人目)と渋谷さん(手前左、2014年6月)=渋谷さん提供
 ご当地グルメ「石巻焼きそば」を提供する石巻市の「東京屋食堂」には、羽生選手の直筆サインや写真が並ぶ。津波で流失し、半年後の11年9月に約1キロ内陸で営業を再開。ようやく軌道に乗り始めた14年6月、羽生選手が来店した。

 店主の渋谷明彦さん(62)は当時を鮮明に覚えている。甘い飲み物は良くないと考え、「ウーロン茶でいい?」と尋ねると、「僕全然太らないんです。コーラいただきます」と気さくに答えたという。

 「羽生選手の活躍を見ると、自分たちも頑張ろうと思えた」と渋谷さん。「被災地に思いをはせて演技で勇気をくれる羽生選手は、復興の大きな力になった。ありがとう」と話した。









 






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最終更新日  2022年07月20日 08時56分13秒
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