カテゴリ:女優系
その日曜日の夕方、僕は大学生の新しい彼女と田園調布駅近くのマンションから、週末の十分な週末の情事を楽しんだあとの気だるさと爽快感に酔いながら、自由が丘に歩いていた。新しい彼女は若くていい感じだった。
しかし、道の向こうから、つまり自由が丘方向からコンビニ袋をぶら提げて、歩いてくる長身の派手な女と目があった。それはたしかに僕の部屋に住み着いていた前の女だった。 ある日僕は出て行ってくれと叫んだ。叫ぶまでにはいろいろあった。僕の心は血の汗をかいていたが、冷え性で、O型のお嬢様の彼女にはなにも分からなかった。一度殴られたことがあったが、華奢とはいえモデル並の彼女が振り下ろす殴打は効いたが、心にはなにも響いてこなかった。 「たかちゃん」 彼女はお嬢様ふうに妙な元気さで僕の名前を呼び、コンビニ袋を差し出した。中をみると好物の幕の内弁当が入っていた。 お嬢様は空気は読まない。あるのは自分の意思だけだ、悪気はないが、大学生の可憐な彼女は、肉体的に週末の情事のクマなどあって、やつれていて、そんなこと彼女の関与するところではない。 そんなことも知り合ったころには、大物に見えたし、僕の部屋から出ると、歩いて10分ほどのところにオートロックつきのマンションを借りてしまった。 僕は彼女の体が恋しくなると、そこに現れ、幕の内弁当と彼女を食べて、朝自分のマンションに帰っていった。 といった彼女と新しい彼女は、狭い自由が丘の顔見知りだったし、最初のデートは六本木に三人で、飲みに出かけた。もちろん二人は仲が良さそうだったが、僕はそれを社交だと思っていた。 で、そのコンビニの袋を、僕はアスファルトに叩きつけた。言葉もなく、その交差点は緊張が走った。 「行こう」 僕はあたらしい彼女の手を引いて自由が丘に再び歩き出したが、二度と後ろを振り返らなかったのは言うまでもない。 「今の何?」 「何かなあ。訳わかんないよ」 「うざいね」 「うん」 こすもきゃべつで、和風ラーメンを食べながら、何気なく彼女は聞いた。 「彼女この辺に住んでるんだってね」 「らしいね」 しばらくして大学生は僕の部屋から3分のマンションに引っ越してきたのはともかく、女は怖いのか可愛いのか分からなくなってきた。 そしていま僕はおなかがすいて、あのときの交差点の幕の内弁当はその後どうなったのかやけに気になりだした。 「どうしたの」 「え?おなかすいたよ」 先週結ばれた最新の彼女が、気配を読み取っている。僕はたじろいで、焼肉?と聞く売り出し中の女優の彼女が、幕の内の彼女に似ていることに気がついた。彼女のメルセデスの助手席で僕はすこし泣きたくなっていた。 幕の内事件から10年が経っていたが、彼女のように愛されたことはまだない。運転席の彼女がなにげなくいった。 「わたし、この辺に引っ越そうかな」 「このへんね」 僕は前の女との再会をまた新しい恋人とばったりする光景を思い浮かべた。 いまの彼女ならお重に入った手作りの幕の内に違いないから、それは、アスファルトにたたきつけることはできないなと思ったとき、僕も丸くなったと感じ、もういなくなってしまった彼女達の幸せを初めて少しだけ祈ったりした。 以下は新しい彼女にいえないぼんやりとした記憶の浮遊だ 「まあ幸せをいのってるけど、僕を必要としなくなった理由とおなじ理由で別れを持ち出される懸念はあるね。きみはもう19歳ではないし、この不条理な世界の大人として泳いだ年月は君自身なんだからね、知らないでは済まされないよ、たぶん」 「そのことば、そのままおかえしします」 彼女は急にレストルームのドアを閉めた。それは私の頭に直撃した。彼女はすずしい顔で失礼といった。殺意というものを始めて感じた。額から血をながしている僕に彼女が言った。 「救急車呼ぶ?それとも警察?」 「なにも感じないの」 「だから?」 「あなたを捨てることもできるわ」 「女は強いね、情を断ち切るんでしょ。男は自惚れだから、そういう機能はないよ」 「すきなひとができたの」 「そう」 「あなたでなくてよくなったの」 「そう」 「なんとかいってよ」 「車の鍵とマンションのIDカード置いていってね」 「車はくれたんじゃないの?」 「え?」 赤いFIATに彼女は乗ってきていない夜。 「いるの?」 「うん、気に入ってるし、あなた2台持ってるじゃない」 彼女はぜんぜん違う話を流すのが得意だった。量の問題ではない。私は使っていいといったが、差し上げるといったことはないし、差し上げるのなら、彼女の名義になっている筈だが、彼女はそんなこと気にしていない様子だった。この女は今後の車検まで、私に負担させるつもりなのか、いな、気がついていない、だから別れることにするのだ。花火は終わりにしよう。 「あとほしいものはないの?」 「マンション引っ越すわ」 「どこに行くの」 「北青山」 「そう」 ずうずうしい感じがしないのは未練なのか、彼女が不自由しないことを考えている。 「TVほしい」 「いいよ」 大きな液晶をどうやって運ぶのか?業者なら根こそぎ持っていってくれればいい。 「スケジュールできてるの?」 「うん」 「そか、その日外出いれるから、好きにすれば」 「ありがと」 「じゃ、さよなら」 「ありがとう」 彼女はドアが閉まった。 業者は数日後にきた。深夜に帰ると、予想通り引越しが終わったような状態だった。残された書斎の古いCOMPUTERを立ち上げた。私のノートPCも形見として持っていった。それが愛情なのか。僕はそれを起動して、とりあえずあたらしいノートPCをNETで注文した。 愛のない毎日が始まった。それは静かな花火のあとの東京湾のような手持ち無沙汰の時間だった。 晩夏にベランダでタバコを吸っていた。ふいにあの夏の彼女の浴衣を着て、そこで、線香花火をしていた夜更けのことを思い出した。その場所を彼はゆっくりと振り返ったが、そこには晩夏の蒸し暑い緩やかな風が吹いているだけだった。 疲れ果てたあなたは私を愛した。それだけだった。男と女は、そういった疲弊した状態で絆を求め合い探すだけだった。ではなぜあいしあうのか、死期の迫ったオスは遺伝子を残すため、合法的な生殖を行う相手を探す。そんなことを本当に愛は要求するのだろうか?残念ながら答えはYESだ。愛は疲れ果てた男女のなにかしらの娯楽だった。 しょうがないは彼の祖父の口癖だったようだが、彼の家では禁句だった。仕様がないといっている間に打つ手はいくらでも残っている。 彼らの人生は終わっていた。 抜け殻が、安いネクタイを締めて、死にむかって歩いて行く雑踏に、巡礼者の群れを見た。果たして彼らが救われ、報われるときは来るのだろうか?迷える牙を抜かれた子羊たちの群れは、蠢き策略に満ちた都会のビルに飲み込まれていった。 それは事実誤認で、まだまだいけると思いながら、飲んだくれている。若さを失った彼女達の売りはもはや無くなっている。 消えいく亡霊のような虚無な時間が、嫌悪していた元の家族に帰るかどうか、考え始めている。 都会の男にすてられて戻ってきた遊び人の女、それが彼女に与えられる勲章だった。そういった中古の青春を慰める田舎の男を癒しとして、嫌悪すべき普通の貧しい人生があと60年も残っている。 一億五千万円 それは提供されたベンチャーキャピタル資金だった。 副社長はキャデラックを買いに芝浦に銀座の愛人と出かけた。 私は相変わらず社長と広尾の蕎麦屋で彼の奢りで蕎麦を食べていた。 外資系広告代理店からスピンアウトした副社長は、離婚の事実を深夜の会議室でワインを飲みながら私に話した。 「二つの人生があるんだ」 彼はアメリカそのものの日本人だった。 結局私は落ち目の女優を妻にして、1年で別れた。 極限に理解しあっているという命題を前提にして、私の価値観を彼女に重ねている。それは踊り場なのか、帰還すべき新しい人生なのか。 けだるい日常は私にはなかった。だれも私を必要としなかったし、ただそれはそんなこと誰が信じるのかといことにすぎないのだが、いいかげんいい意味の子供じみた幻想は、そこにないのだから。 縁という言葉が解決してくれる。 「なにも期待するのやめる、がっかりするの嫌だから」 昔の女の台詞は真実かもしれない。こうして養老院の西日のあたる部屋でこれを書いていると、驚愕すべき現象が私を襲う。 「だいすきよ」 そういっていた彼女は知らない男に抱かれた。 「尊敬してるよ」 そういっていた彼女はしらない男の子供を生んだ 「頭がいいから 愛してる」 そういった彼女はもっとも頭の悪い男に嫁いだ そこまできて私はあることにきがついた。 彼女たちは共通して私と離別することを前提とした関係を維持していたのかもしれない。 生命維持装置の気管支に差し込まれたダクトの位置に気をとられながら、私の健康を気使っていた少女のことを不意に思い出した。 薄くなる意識の中で、あの夏の夕暮れに、いつまでも友達でいようという趣旨のメールを開いたときの空虚感を思い出した。 彼女は唯一の異性の友人として、いまも私を愛してくれているかもしれない。 やがて私の部屋の電気をつけに看護士の中年女の高木女史が来た。 「なにかしあわせそうだね」 「うん わかりますかね」 「表情が穏やかですよ」 「むかしの友人のことを思いだしていました」 「そうですか」 「わたしは彼女にあえたこと、それだけでこの世にいた価値があったと、そんなふうにぼんやりと感じていました」 「いい友人はいいものです」 「もっとやさしくしてあげればよかった」 涙は乾いていた。高木女史はいつものモルヒネを優しく私に打った。 「いい夢を」 「ありがとう」 薄れ行く意識のなかで、あの夏の彼女の少女の面影が、ありきたりの美しい女性の表情に変わりつつあることに気がついた黄昏に、感じたその友達の意味を、いまならば、なんの衒いもなく、彼女に愛された私の人生は幸せなものだったと、だれかに、伝えたくなった。 彼女は、結婚すると、短いメールを打ってきた夜、私はほかの雑事に追われていた。そういえば私の人生はそういった雑事に充ち果てていた。彼女の愛をいまも感じることができるのは、得たことのないものの喪失でなく、彼女の愛情が真実だったことの確信を、いまそのときに揺るぎないものとして認めざるをえない。 はじめてデートした交差点に駆け寄ってくる彼女の、大きく振っていたかわいらしい手を、いまのできごとのように、感じた。 高木女史はいつものように、私の口元に流れる涎を新しいタオルでぬぐってくれた。うつろに視野の隅で彼女をみた。珍しく彼女は私の乾燥した指先を触って、美しい手をしているといった。薬物の鎮痛作用に弛緩していく苦痛のあとの、彼女の若い指先の感触は、落ちてしまえば覚醒するかどうかわからない恐怖感にさいなまれていた深い眠りに落ちそうになる瞬間に、私の脳を激しい快感を呼び起こした。 「おやすみ」 「おやすみなさい」 彼女はドアをあけて、もういちど私をみた。 そして私は夜更けて朝が来る前の時間に、渾身の力任せに生命維持装置を自分で外した。 白い靄のなかで、彼女の面影を感じながら、ゆっくりとエレベーターが降りていく感じのなかで、私は幸せな人生を終えた。 朝は霧雨に、東京はあかるいグレイの闇に包まれていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Mar 16, 2005 07:48:09 PM
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