電脳蕎麦屋@信州

池澤夏樹さんのE-mail

Subject:
池澤夏樹さんからのE-mailです。

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From: impala
Date: Mon, 24 Sep 2001 16:19:55 +0900
To: Natsuki Ikezawa
Subject: 「新世紀へようこそ 001」by池澤夏樹


 新世紀へようこそ 001


 第一回目のはじめに
 この時期に、この世界の動きについて、言いたいこと
がぽつりぽつりと出てきます。
 われわれは2001年の9月11日から真の21世紀
に入りました。
 結局のところ人間はこういう形でしか新世紀に入るこ
とができなかった。
 今までは、作家という特権的な身分のおかげで、書い
たものを発表する場には事欠かないと思っていましたが、
それでは間に合わなくなってきました。二週間先に刊行
される月刊誌では事態の方が変わってしまう。
 そこで、しばらくの間、半ば私信のようなこの形式で、
考えたことをお送りします。
 当面は一日一通を目指しますが、ご存じのとおり決し
て勤勉な性格とは言えないので、抜ける日もあるかもし
れません。次第に間遠くなることも考えられます。
 内容にしても一般メディア以外の情報源があるわけで
はなく、少々の思考力と同じく少々の知識がたよりとい
うだけです。
 一回ごとにテーマを限って、文体もメール風に、短く
簡潔に書きましょう。
 以下に載せる一回目はいささか総論的ですが、後はな
るべく各論として具体的に進めたいと考えています。
 もしも幸いにして共感してくださったら、お知り合い
の方に転送を。
  

                     池澤夏樹

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 1 「しかし」について

 今回の事件についての日本の論調には一つの型が見え
ます。
 テロはいけない、許されないと書きはじめて、その後
に「しかし」この悲劇を生んだ背景にも目を配らなけれ
ばならない、という型。ぼくの基本姿勢もまたこの論調
をはずれることはできないようです。
 つまり、今回の事件(事変? 戦争?? 悲劇!)そ
のものが一つの大きな「しかし」であったということ。
世界史年表に投げ込まれたゴシック体の、逆接の接続詞。
 なるほどアメリカは繁栄しており、EUと日本もその
余禄に与っている。
 しかし……ですね。
 冷戦終了以来の10年間でアメリカ文化は世界のいた
るところに浸透しました。女性の顔さえ公の場で見るこ
とのないサウディアラビアの首都を、半裸のアメリカ軍
女性兵士が歩き回る。
 それを見るムスリムたちの屈辱感を、半裸の女性に慣
れきったぼくたちアメリカ文化圏の人間は想像しようと
もしない。
 文化の価値を論ずるのはその文化を生きる人々だけで
す。アラブの文化について、アメリカ文化圏に属するぼ
くたちは、是非を問う立場にはありません。
 冷戦後、一人勝ちのアメリカは結果として、世界各地
に多くの屈辱感を強いてきました。
 世界の低いところに溜まったその屈辱感を巧妙に集め
て、いかにもアメリカらしい、ハリウッド的な広告戦略
に沿った形でアメリカに返す、というのが今回の事件の
シナリオです。それが、おそらく実行者が事前に予想し
ていた以上の効果を挙げた。
 あれほど派手な、悲劇的なやりかた以外に異議申し立
ての方法は無かったのかと問うてみれば、彼らからは無
かったという答えしか返ってこないでしょう。
 これがぼくの基本的認識です。

        (池澤夏樹 2001-09-24)

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転送は自由です。
 新世紀へようこそ 004


 根源的矛盾

 
 昨日この欄で話題にした池澤訳「憲法前文」を少しだ
け引用します。
 「政府のふるまいのために戦争の恐怖が再びこの国を
襲うことがないように」という一文がありました。
 沖縄の米軍はデルタ・レベルという最高の警戒態勢に
入っています。みながぴりぴりに緊張しています。基地
のゲートの衛兵は銃を構え、毎朝の出勤者の車のセキュ
リティー・チェックに時間がかかって、一般道路に渋滞
が生じるほど。つまり、ここは臨戦態勢なのです。
 原潜の入港をはじめとする米軍関連の情報は制限され、
中で何が行われているのかわからないまま、ものものし
い活動の雰囲気ばかりが伝わります。沖縄に米軍が駐在
することを正当化するためにも今回の作戦にここの部隊
を参加させる、というのがアメリカの方針であるそうで
す。戦争というのは軍人にとっては晴れの舞台ですから。
 海上自衛隊の艦隊が出撃しようとしています。
 石原信雄・元内閣官房副長官は「ここまではやれるが、
これ以上はやれないと(アメリカなどに)はっきり言っ
た方がよい」と言います。
 そのとおり。
 そして、日本国憲法に従えば、ここでやれることは何
もない。
 第九条を見ましょう。
 「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の
行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれ
を放棄する」
 アメリカは今回の事態を戦争であると宣言しました。
まさに「国権の発動たる戦争」であり、「武力による威
嚇又は武力の行使」です。
 アメリカ艦隊の後についていってお手伝いすることは
第九条の文言からは認められません。論理的に不可能で
す。それができるというのは白を黒、鷺を烏と言いくる
めるようなものです。
 日本国憲法と日米安保条約という日本国の基礎となる
二つの法(条約は法と同格です)の間に根源的な矛盾が
ある。筋を通すとすれば、一方を捨てて一方を取るしか
ない。
 さて、どちらを選びますか?

       (池澤夏樹 2001-09-27)

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 「ディア・ヨーコ」

 先のテロの後、アメリカの一部のメディアが放送を自
粛した歌の中にジョン・レノンの「イマジン」があった
と聞いて、アメリカ人の短慮をぼくは嘆きました。
 しかし、その後で伝えられたのは、自粛をしなかった
ラジオ局にこの歌のリクエストが殺到したというニュー
ズでした。それでこそバランスが取れる。
 そして、25日付けのニューヨーク・タイムスにあの
歌の歌詞を一行だけ書いた全面広告── 

 Imagine all the people living life in peace

 紙面に提供者の名はなかったけれど、実はオノ・ヨーコ
だったという。かっこいいですね。
 彼女はまたタイムズ・スクエアに Give peace a chance
の歌詞を書いた看板を出すことも計画しているとか。
 
 昔、レノン死後10年目を記念するコレクションに
ライナー・ノーツを書いたことがありました。そこでこの
Give peace a chanceという歌のタイトルを説明したくて、
こう書きました──「万年野党である革新派を政権の座に
つけてみるように、平和というものの実力を一度試してみ
よう」。
 もう少し引用します──
 「イヴェントやハプニングや集会には、すべての運動に
は、いらだちがつきまとう。権力者の頑迷、老人政治の厚
顔はいかなる攻撃にもゆるがないように見える。ジョンは
足を洗ったビートルであって有名人だったから、彼等の試
みはいつも一種の揶揄と共に報道された。しかし真の敵に
は矢は届かない。届いたと勝手に信じるのは自己満足であ
り、届きっこないと考えてはあきらめにしかいたらない。
メッセンジャーはこの二つの間を頼りなく漂いつづけなく
てはならない。
 平和はスローガンではない。この言葉を口にする者は一
人一人、静かなところでこの使われすぎて角のすりきれた
言葉の意味するところをもう一度、想像してみなくてはい
けない。 Imagine 想像せよ。この表現は明らかに命令形
に満ちたヨーコの小さな詩集 Grapefruit から来ている。」
 何十年も前、あの詩集を訳して出そうとしたことがありま
した。その時はどの出版社も乗ってこなかった。
 ぜんぜん政治的ではなく、パフォーマンス・アートの指針
のような静謐な詩集だったと記憶します。
 
 「ディア・ヨーコ」という今回のタイトルはもちろんぼく
の言葉ではなく(会ったこともないオノ・ヨーコにそんなに
なれなれしく声を掛けるわけにはいかないでしょう)、彼等
のアルバム『ダブル・ファンタジー』の中の一曲の題です。

          (池澤夏樹 2001-09-29)

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