074062 ランダム
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TORA TORA TORA

最後に私から皆さんへ。

本当に最後になるかわかりませんが、お伝えしていなかった事を書いておきます。

2012年の頃までに話題になっていたフォトンベルトというキーワードは、アストラルベルトの事を指しています。
神の秘密と云われるもののうち、隠さなければいけないものというのは、その人達の尊敬が失われる類のものだけであることは、
神を尊敬している人々が想像をせずとも解らなければいけないものであったはずなのに、それでも永きに渡り、人間のようなものである
ということを思わないようにしてきた人々の心がお人好しだったと言わざるを得ません。

アストラルベルトというものが何であるかは想像に容易いように未だ成仏していない人々のアストラル体が
地上の人間に向けて放たれる時期が来たという事であります。

このフォトンベルトと云われて伏せられていたものは、そのまま、アシュタールコマンドと同義であり、
それは何かと申しますと、感情を残している霊体の憑依になりますので、平たく言えば、
<感情を残している者達の自我による指令>が囁きとして聞こえてくるという事であります。

今、申し上げたものに何か類似したものがないか、ちょっと、記憶を振り返ってみてください。

そう。ヒトラーの予言がこれに該当します。
これらの事柄が現実に侵入してくると、どのような事が起きるかと申しますと、
感情に起伏が生じやすくなり、以前とは違う思いを持たされるようになります。

日本中には、私と同じようにアストラル界の人達と会話をしている人が沢山いるとは思いますが、
その人達ばかりではなく、これからも地縛霊による直接的な監視をされてしまう人が増える予定です。

そのような人達は、ぜひ、気をつけてください。
何に対して気をつけるか?と申しますと、彼らは一人ひとり、性格や信条が異なっています。
ですので、近づいてきた黄泉の人達が、どのような事に腹を立ててしまうのかを嗅ぎ分けて、
「自分から少しだけ失敗する姿を見せるようにしてください」。

ですが、自分から少しだけ失敗する姿を見せるだけでは、彼らは満足しないかもしれません。
彼らの気分次第では、失敗しない場面を期待することもあるでしょう。

そのような人達こそ、今までの神でもあったのですから。
神という言葉の中には、仏様のようなものではなく、高慢さを失くせない神という意味もあります。
霊界の中には、干渉してこない仏様のような人ばかりでなく、心を見てその駒をどのように使えばよいかを考えている
ルシファーのような神様が多く存在している為、宗教理念上、試みを行っているキリスト教が覇権を握っている状況です。

(ですが、私としては、その状況がよくないとは思っていません。
自分以外の人がいるからこそ、性格を変えられるのに、あの世からの意見を聞かないようにしている姿勢はおかしい)。

私としては、それでいいとは思っているところなのですが、このままだと
神の秘密を聞いていない人は、故意に行われていたものでさえも、神の故意だと思えない状況が続いてゆくようになります。
それはどのようなものかと申しますと、あの世の人達が何かをしようと思わなければ、何も起きたりはしないという事なのです。

咳払い一つだけでもあの世の人達が「高まった緊張感」を分散させる目的で行っていますし、
動物が急に目の前に飛び出してくるような場面さえ、あの世でスケジュールする人がいない限り、
起こりようが無いかもしれません。

あの世の人達は、動物にも憑依することができますし、
練習を重ねれば、どんな姿にでも変身することが可能です。
自分が変身するだけではなく、あの世にいる虫や爬虫類を地上界に移動させる事もできます。
つまり、夢の中に現れてくることのある友達の顔は、もうとっくに彼らが
周囲の人間に似せて変身をする練習が済んでしまっていることの証明になります。

もしかしたら、死後の世界では、
実際の本人が知らないところで本人のような姿をした人から、
思いがけない意地悪な発言を聞かされてしまうかもしれません。
ですが、そうすることで付き合っていた関係性に終止符を打ち、
狙いを定めた新たな霊をグループに取り込むことが叶うのです。

信じられないかもしれませんが、映画のエミリーローズのような一件は、
悪魔しかしていない人達が行っていた出来事ではありません。

人間の心の中には、優しくしてあげようとする時の自分や、
幸せすぎる人を見ると壊したくなる自分が存在しているのです。
名声を得ている人物だからと云って、それが起こらないとは限りません。
純白を演じ続けてきた人達だったからこそ、本当に優しい人を目障りに感じる事だってあるのです。

一分一秒、あの世の人達によりこの世の人達は管理されています。
ですが、それにより、計画通りに刈り取られてしまう事態も起きています。

どこで誰と誰が会うのかも、どこで自分がどんな会話をしてしまうのかも、
憑依により変更することは幾らでも可能ですし、「行動」の習慣や「話し方」の習慣も
その人の過去の時間から調べて、次に起こる運命を決定してゆくことが可能になっています。

地震、雷、火事、親父でさえも、偶然に発生したりはしないですし、病気や寿命の決定も
あの世の神を担当している人達が、度々、変更を加えることがあります。

ですが、決してこのまま管理されないようにしてください。これは、
この世界を完全に管理しようとしている「神」に刈り取られてしまった人達が、
定着化してしまったそれまでの自己パターンを不思議に思うことが無かった為、
その意識の植え付けをほかの人間にも思わせてしまおうとする知恵くらべです。

これまでの自分は、いつからか、それが自分であることに疑問を持たなくなった
自分かもしれない、そしてそのように思い続けることはあの世の思う壺かもしれない。
そう思うようにしてください。これが自分だと信じ続け、予定を変更しないでいる事は、
霊界の傍受室にとって、これ以上ない位に予定を組みやすいタイプの人間なのですから。

そして、それはどのような目的を持ってそのようにしているかと言いますと、
殆どが霊界におけるキリスト教の権力の継続とキリスト教を守ってきた権力者たちの
「生命のバックアップ」になります。

彼らは試みと称して感情的に亡くなってしまった人達を増やし、
その人達の怒りを自分の霊の寿命に変換しています。

アストラル体が減少してブッディ体になってしまうと、
支配感情が薄れてしまい、権力を維持出来なくなるのがその理由です。

試みと称しながら、怒らないでいる人達が評価される事は殆ど無いばかりか、
美人な女性だった場合、アストラル界で誘惑を仕掛ける人として竜宮城の住人にされることすらあります。

また、アストラル界に残り続ける感情的な男性は、殆どの人が
ファラオのアストラル体を継続させる為のエネルギーとして消費され続けてゆきます。

これに対し、どのような対策を練ればよいかと申しますと、
バックアップとして霊界に刈り取られないような性格になってゆけばよいのだと思います。

それが「自分からわざと格好わるいことを恥ずかしがらず出来るような性格」になること、
のように感じます。そう言われても、すぐにはなかなか上手く出来ないものだと思いますが。

彼らとのつきあい方次第によっては、肉体を持ち続けたまま、死ぬことのない
神人が生まれてしまう可能性だってあります。
これまで神として監視をしていた人達を怒らせないようにしてゆく事が、
病気にもならなければ、事故に遭遇することもない安泰を得られる事に繋がるとするなら、
あなたはどちらを選びますか。

さて、この話が行き着く先に、どのような展開が待ち受けているでしょう。
そういえば、黙示録にも書いてありましたね。

「生き続ける人達は、先に亡くなっていった人達を羨ましく思うだろう」と。

勝利のカギは、霊界全体のアストラル量を減らしてゆく事に尽きると思います。
霊界に残っているアストラル量さえ減らすことが出来れば、霊界から降ろされる怒りは消えてゆきます。
その手掛かりとなる方法が、憑依してきた時に憑依霊の消耗を促す目的で行う丹田の呼吸法です。

ぜひ、皆さんの協力で憑依してきた人達のアストラル体を消耗させて、
「怒りが込み上げてこない潜在意識」の世界が、
どのような世界であるか、少しだけ励みにしながら、
支配しようとしてくる霊界の気概に飲み込まれてしまわぬよう、
これからも落ち着いてゆきましょう。

2017.3.8.21:49


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