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聖書の畑の解釈について

畑というのは、心を耕すという意味で使われる事が多いが、
感情体験を通り過ぎ、起伏を減らす事と同様にも感じる。

その基準となるのが、丹田である。
丹田というのは、臍の周辺を指している言葉で、
この部分より上方に気が集まっていると自分の性格が強すぎて
守護してくれている霊のインスピレーションを受け取ることが難しい。

だが、この部分よりも下方の第一チャクラに向けて気が集まっていると、
霊の知らせも感じ取り易くなり、体調も整ってくることになる。

このようになる為に落ち込んだりするような経験はとても効率的である。
なぜならば、人は疲労したりしない限り、臍より上方に気が集まって
頭に血が昇るものだから。

だが、幸いにも、頭に血が昇って第七チャクラの穴が開いてしまうと、
第一チャクラと第七チャクラのラインに柱が生まれて加速度的に
感情が消耗してゆくサプライズへと繋がってくる。

この現象が起きる前に人生の途中で生き急いで死んでしまうと、
アストラル体を減らす機会と云うのも死後のアストラル界の中でのみ
行なわれるという状況になってしまい、自分の性格と睨みあいをしながら、
地縛霊になってしまうような心境が開かれてしまう可能性さえある。

それなので、ときには命懸けで勝ちに急ぐという選択するよりは、
負ける悔しさを自分に味あわせて感情を蒸発させるというルートも
受け入れなければいけないのかもしれない。

感情というものは、心霊用語でアストラル体と云われている。
このアストラル体には、上位階層に脱皮する為に減量するという目的があるのだが、
落ち込んだり、疲弊したりしない限り、いつまでも生きてしまう性格のような有り体なのである。

そして、ここからが指導霊の方から頂いた助言なのですが、
解脱の分岐点というのが、三段階上のアートマー体になる為、
その階層だけの身体になってゆく為に消耗を続けて欲しいとのこと。

ブッディ体のままでは、地上を牽引する為の仕事を任されてしまう為、
輪廻を回避したい人は、身体の輪郭を感じるエーテル体が無い状態まで
消耗して貰わないとアートマー体には成れないとのこと。

ちなみにブッディ体より一段下の白いコーザル体のままだと、
心霊関係以外の事柄を理由に輪廻をすることが多いとのこと。

また、どの階層で終わっているかによって性格が固定される為、
生まれ変わる前に叶えられる人生条件も限定されてしまうそうです。

以上、イエス、ラムサに助言を頂いた内容です。 2017-3.3.-01:24


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