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カテゴリ未分類

2016年11月29日
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カテゴリ:カテゴリ未分類
例えば、
世界中から集められる子羊は、14万4千人。
その子供達は、まだ気持ちが割り切れない。
物事を割り切れないほど、綺麗な人達だったから、見ないようにして霊になった。
始まるのは、日本からだと言う。
そうではないかもしれないが、そう言われてしまっては
胸を張るチャンスを残している誤魔化しや言い訳のない人達は、
やはり、胸を高鳴らせてしまうだろう。ここに心の仕組みが用意されている。
イエスに「自分の事をどのような人だったね」と言われたくて、
いい心になってる時の自分を覚えてくれた、と飛び跳ねたくて、
どんないい心があったかをしっかり見てくれていたと思いたくて、
みんな、イエスに集まってゆく。集まってくる。
本当はどんな夢があった。言えない夢までも膨らんだ。
でも、誰かに会って違う人になった。誰かに会えず変わってしまった。
ほんとうは違う自分だよ。
もっといい心を持ってた頃もあったんだよ。
知ってる。知ってるよ。それはいつも見ていた。生まれる前に
君がどこに生まれてくるのかを担当してきた人は実際にいるから。
だが、ここで少し意地悪を言うよ。
君が何を残酷だと思って持っていた枝を自分から折ってしまった?
それは君があまりに純朴だったからではないか?
子羊のように無垢でありながらも、蛇のように狡賢くならないといけないと
君がよく読んでいた聖書には書かれていたはずだよ。
君は蛇にはなっていないかな。それでいい。だから、吐きたい人より
時間を要さずに波を大事にしている人達のところへ来れたんだよ。
準備はいいかい。準備といっても、何かをする準備をしてもらっちゃ困るよ。
何もびっくりしない準備だ。君が意気込んでもびっくりしなくなるのとは違う。
びっくりすることって、何だったと思う?
自分が変えられてしまうことが怖かったんだ。
自分にとって信じたくないことが起こって、
それを受け入れてしまったあとに待っている君の姿が、
それまで君を守ってきたものから離れてしまうようで
寂しかったんだ、と僕は感じてる。
今はもう一度、受け入れてしまったあとの君を、
君は馴染ませることはできるかい?もしかしたら、
想像していただけかもしれないよ。
君はいつかするかもしれない自分のやつれ顔を浮かべながら、
またすぐに楽しいことでもあるだろうなと思えたあとに楽しい気持ちが
出てきてしまうことを注意しようと思う女性になっていたかもしれない。
もう、今はその通りだよね。






最終更新日  2016年11月29日 01時07分51秒


2016年11月08日
カテゴリ:カテゴリ未分類
亡くならせた人を終わらせないようにする為に
怨念が込められたものに触れさせる場所がある。
賽の河原の石積み。誰かに賽の目を委ねること。
真意が解らないその奇妙な願掛けを思いついた
のは誰だろう。何の為に親の為だと云ったのか。
そのように云えば、言う通りにするからだろう。
表向きに教えた願い事とは違うものであっても。
そのようにすれば、自分達の眷属にできるから。
寂しい想いは、寂しいだけに終わることがなく、
願い事が叶う前に誰かが変身した鬼に崩される。
どういうことであろう。
親より早く死んだこどもは、
誰によって殺されたのだろうか。
早く死んでしまうだけでも声を掛けてくれる人が
いれば、着いてゆきそうになるのに残された親が
幸せになるからと云われて石を積み上げて
崩された後なら誰かに相談したくなるだろう。
誰も身寄りがいない寂しい気持ち。
親を残してしまった申し訳ない気持ち。
死んでからは幸せになってくれることを
思い描いて積んだのにそれも崩れてゆくなら
今ごろは、親にも追い討ちの不幸が降っているのでは
ないか、と気に病んでしまう気持ちを持たされて、
遂には、どんなことでもしますから、と
神のしもべになる始末。
おそらく、石を壊しにやってくる
鬼と助けてくれると云われている
地蔵菩薩は、手を取り合っている。
彼らはなぜ、人の話を信じてしまう
ような子供を連れてゆくのだろう。
そのようにすれば、何を見込めるのだろうか。
おそらく、自分達の願掛けを叶え続ける為であろう。
だから、純粋な気持ちを持っている人達を狙うのだ。
もういちど、説明しようか。
純粋な信念と悲劇は、
有無を言わせず人の気持ちを承諾させることが叶う。
だから、悲劇を創出したのだ。
これは、名も無きイエスがイエスのあとにも
たくさん生まれてしまった、ということだろう。
自分の寂しさを解ってくれ。
自分の辛さをわかってくれ。
そのように云われてしまうと無視することが
できない気持ちを、宗教の浸透に利用されてしまったのだ。
彼らは純粋な怒りを自分の身体のように塗り変えて生きてきた。
誰から疑われることがあっても子供の怒りを自分の思いのように
取り込んでいるから、いつまでも打算があったことを忘れられる。
私達は、子供が持つ寂しさのように愛はどこにあるのか?と
自分でも想うことができるようにしてきたのだし、子供達だって
今ではもう、自分達と一緒にいられることのほうがいいんだから。
2016.11.08.21:59






最終更新日  2016年11月08日 22時19分18秒
2016年10月12日
カテゴリ:カテゴリ未分類
Tという女性がいる。
彼女はいつからか、性格を受け持っている人間が本人以外には
アストラル界に一人しか居なかったはずだったのだが、あとから亡くなってやって来た
もう一人の同年代の男性が性格として途中参加している状態の女性だった。

その現象を今では「分霊」と云ったりするが、性格を形成するこのような変化が起こったことで、
彼女の見せる顔の表情は途中で参加した男性霊の分だけ増える事となったのだが、同時にアストラル体として
昇華しなければいけない感情の種類も足されており、その分、以前よりストレスが溜まりやすい傾向になった
のだが、受ける印象が単調に終わらないという神秘面が多く垣間見られるようになった事で追いかけようとする
異性が増え始めてしまったのも事実である。それは丁度、彼女が十代半ばの頃であり、彼女の自我が強化される契機となった憑依的変身である。

この件をもう一度、整理し直すと、以上のような事柄が見えてくる。
人間が自我を強く持つ思春期の時期に合わせて、本人ではない霊が必ず参加している。

それは生かされる側になった人間の予定に合わせて急遽、性格成分として引き抜かれてしまった
人達がいるからでもあり、性格として流用されたものについての反映結果が性格の持ち主である
霊のほうへとフィードバックされているかどうかについては否定的である。これが私がアンチキリスト
になっている理由でもあるのだが、これがもし、反映結果として性格に参加した死者に還元される
のなら、分霊を性格として混ぜられている側が成長する度に分霊として性格を分け与えた側も
穏やかになってゆくのだが、経過報告が一切、伝えられないまま、外界の状況が掴めない場所に
死者を閉じ込めておこうとしたのは、そうすることで主導権を持っていられる宗教の派閥である。

彼らは今も、起こさなくて済んだ出来事を増やし、性格に徴用できる人間を引き抜いたあとは、
嘘の映像によって外界の様子を思いこませ、それまで憑依によって自らも死に追いやられていた
事実については打ち明けてもらう機会が無いまま、いつかは安眠を促されてしまうのみなのである。
Tさんは今も生きている。彼女が何故、生かされる側になったのか。また、どんな人間にするかに
ついてどうしてそこまで準備されていたのか、甚だ疑問である。敢えて浮かぶものがあるとすれば、

以前よりも増して
死が近いものとなる為に危うい人にされてしまった、
というのが正解かもしれない。

もし、そうなのであれば、
性格を変更されずに死んでしまった者と
帳尻が合うのかもしれない。

生き続けるというのは、性格の悪さと共に
延ばされるものだと云う古くからの空気であれば。

嫌な人になり、寿命が延びるかどうかは、
気に入ってくれた人だけに気に入ってもらうことを
続けられるかどうかであろう。

嫌な人になり、
気に入ってくれる人もいなければ、
頼っていた人がいなくなった時には死ぬ。

彼女は憑依から嫌な毒気も混ざり、
異性の目を惹き付けるようになった。
それが吉となるか裏返ってしまうか。






最終更新日  2016年10月13日 01時33分02秒

カテゴリ:カテゴリ未分類
身体にとり憑く霊のうち、喉を狙って来る霊がもっとも苦手である。
喉だけは頭部、胸部、腹部と違い、肉体を持っている人の性格が霊に移転しない安全な場所である。
その上、自分が憑依霊と重ならないまま、話す言葉を霊に支配されている為、憑依された側と
憑依する側の分離感が強調されたまま、いつまでも口論が続きやすい状況を霊に作られてしまう。

通常であれば、喉から下腹部へ息を送るように霊に退出してもらうのだが、
喉を支配されているときは、そのまま首を絞められてしまう為、喉から移動する方向を
腹部ではなく頭部に変えて一時的にでも性格の移転を早めた方が安全である。

この方法が効果的な理由として挙げられるのは、憑依している段階の霊を下腹部に
移動させようとした場合、霊のほうが足で地面を強く踏ん張れる状態を続けさせることに
なるので頭部に移動させるよりも時間が掛かってしまうことが理由として挙げられる為です。

また、喉ではありませんが、手を掴まれている時などは、
自分の意思で思い通りに動かそうとしても、動きが狂わされる場合があります。
そのような場合は、とくに手は意識せず、顔を力ませることで霊のほうも手に意識を流すことが難しく
なりますので、自由に動かしたい部位がある場合は、顔に力を入れて暫く様子を見るのもいいでしょう。

また、霊同士の憑依による撹乱作戦なども実例がある為、実際にはどの人物が口論を促しているのか、
判別するために逆撫でるような質問をしてみてそのまま怒り続けてしまう人と怒っていた訳ではない人
を振り分けてください。そうすれば、怒っていなかった人は口論を始めたかった人の念力によって身体を
支配されていたケースが確認できると思います。ですが、口論の先陣に立たされていた人ではなく、
後ろで控えていた人を消耗させてしまうと、今度は、その後ろに控えている人達との距離が詰められる為、
口論を続けたい人を退却させない防壁として長生きさせてゆくことも自分を守る手段のように感じます。
自分に対して一番、怒っている人が後ろに下がらずあいだに居てくれることは、向こう岸のように見える
人達からも自分を守ってくれるような壁としてきっと頼りにできるでしょうから。

以上、試行錯誤の対応策ではありますが、ご参考まで。






最終更新日  2016年10月12日 22時12分22秒

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