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今日、何読んだ?

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2021.05.06
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カテゴリ:ダイエット

太りグセ改善ダイエット【電子書籍】[ 森拓郎 ]

 著者は結構な量の著書をものにしている。
 多量の著作をものにしているということはそれらの著作にブレがあってはならない。
 それが多作者を見る読み手側の一つの大きな基準になる。
 ところで本書はダイエット本なのだが、それよりも非常に簡単なレシピが随所に凝らしてあって、とてもためになったことからそのうちの3品について抜き書きをする。
 まず、鰹の梅おかか煮。
◎ 鰹の梅おかか煮
 ○ 材料
  ・ 鰹150g 梅干し2粒 鰹節1パック(5g)
  ・ 万能ねぎ小口切り適宜
 ○ 作り方
  1 鰹は3cm角に切る。 
    梅干しは種を除いてちぎる。
  2 鍋に1と鰹節、水1/2カップを入れ中火で火を通す。
  3 器に盛り万能ねぎを散らす。
​ 次、タコとブロッコリーのガーリック炒め。
◎ タコとブロッコリーのガーリック炒め
 ○ 材料
  ・ タコ150g
  ・ ブロッコリー100g
  ・ にんにくみじん切り1片 
  ・ オリーブオイル小さじ2 塩小さじ1/2弱 胡椒少々
 ○ 作り方
  1 タコとブロッコリーは一口大に切る。
  2 フライパンにオリーブオイルとにんにくを入れ香りが出るまで炒める。
  3 1を入れ塩こしょうで味を調える。
​ そして温泉卵。
◎ 温泉卵
 ○ 作り方
  1 レンジにかけられる耐熱容器に大さじ2の水を入れます。
  2 静かに卵を割り入れましょう。
  3 ラップをせずに電子レンジに入れてください。
  4 600 W で40秒から1分加熱します。
    時間を調節してお好みの固まり具合にしてください。
  5 電子レンジから取り出します。
    熱いので気をつけて。
  6 網などを使って水気を切ります。
  7 ぷるんとした温泉卵の出来上がりです。
​ これらの3品は酒の肴としても十分なものだ。
 いや十二分と言えよう。
 ところで本ブログにこんな風にレシピを上げたのは初めてかもしれない。
 けれども私は今は主夫業をしており、担当は掃除と居酒屋とcafeなのだから、これからもレシピを載せることが増えるかもしれない。
 あしからず。






最終更新日  2021.05.06 06:13:22
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2021.05.05
カテゴリ:小説

黒い家 (角川ホラー文庫) [ 貴志 祐介 ]

 本作は20世紀末、平成シングルの作品で、現在とは背景が違うけれど、それでも生保に勤めるものの苦しみがひしひしと感じられた。
 統計について、年間の自殺者とか交通事故死者がこの四半世紀で大きく変わっているし、本作の中にあった、損保支払いの半数が詐欺だ、なんて話も今はどうなっているのか。
 それはともかくまるでボレロのようにだんだんじわじわと恐怖が増していくのだ。
 凶器は鱧切り包丁。
 それを…。
 そこまで書くとネタバレになるか。
 ただ結果から言うと、生保の裏の仕切屋がいとも簡単に殺されてしまうものなのかという疑問は残った。 
 しかしそれにしても作者の頭の中はどうなっているんだろうねと思ってしまう。
 私は作者に同期してしまった。
 小説家は、読み手をいかに同期させるかが評価につながる。
 その力があるかないかが、小説家の価値になる。
 読み手である私は、脳内スパークしてしまうのだ。
 ということで終盤どんどんどんどん恐さがましていくのだ。
 そして朝ドラ理論的にみごとにヒーロー、ヒロインが勝ち抜く。
 生保は、今日もまた厄介な案件をかかえ、なんとか解決していくだろう。
 本作は、作者が最後の最後まで手を抜かず、きちんと書き抜いた小説だったと思う。
 本当に素晴らしい。
 拍手だ。






最終更新日  2021.05.05 06:30:45
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2021.05.04
カテゴリ:仏教
不思議な人形アーナンダの教え 河原利彦

 アーナンダとは漢字で阿難と書く​、世尊の10大弟子の一人だ。
 その人形がアーナンダ人形で、インドを旅する女性が700円で手にし、日本の友達に譲る。
 その友達方は夫と一男一女の4人家族だ。
 その娘が中3で、部活やsnsに溺れ、受験勉強をおろそかにしてしまう。
 そこにアーナンダ人形が、ボソリと次から次へとアドバイスをするという話。
 そして朝ドラのようにうまくはいかないが、金言をこのアーナンダ様は語るわけだ。
 いわく、受験は運だとか、過去問など勉強するなとか、スマホや部活に言い訳するなとか、朝勉の勧めなどなど。
 的確なアドバイスを得た娘は徐々に成績を上げ、志望校に手が届くくらいのレベルに上がって、受験日を迎える。
 だが…。
 朝ドラのようにうまくはいかなかった。
 実は本書はそこからが味噌なのだ。
 その後彼女は滑り止めの高校に入学しトップレベルを維持していく。
 勉強家に見事変わったわけですな。
 ところで、先述の、受験は運、という意味だが、普通に考えれば、運が良ければ成績の悪いやつもいい学校に入れるし、運が悪けりゃ成績が良くてもいい学校に入れない、と一般的に考えるわけだが、アーナンダの真意はそうではなく、
 未来に不安をもち思い悩んでいるうちは、いくら勉強しても実が入らないし、本来の力を出すことはできない。
 結果は運に委ね、いまを精一杯に生きる。
 道はそこからしか開けない。
というものだったのだ。
 ここが一番大事なところだ。
 ここが理解できてはじめて仏教的受験論になるのである。
 






最終更新日  2021.05.04 05:00:07
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2021.05.03
カテゴリ:仏教

【POD】太極円通図から理解する般若心経と理趣経:究極の健康への道標 [ 田中実 ]

 私はこの本を一気に読んでしまいましたな。
 目で読むというより心で読んだ感が強い。
 それはともかく、毎日唱えている般若心経には、般若心経奉賛文、というものがあるらしい。
Ⅰ、般若心経奉讃文
 そもそも般若心経と申す御経は、文字の数わずか二百六十余文字なれど、天台経七十巻、毘沙門経六十巻、阿含経、華厳経、方等、般若、法華経等、一切の経より選び出だされたる御経なれば、神前にては宝の御経、仏前にては花の御経、まして家の為人の為には祈祷の御経なれば、声高々と読み上ぐれば、上は梵天帝釈四大天王、日本国中大小神祇、諸天善神、諸大眷属に至る迄、哀愍納受して我等の所願を成就せしめ給うべし。(謹んで読誦し奉る)
​ というものだ。
 これを般若心経を唱える前に唱えなさいと言う。
 著者によれば、人は、霊、心、体によって構成されているのだが、霊であることを忘れ去っているのだそうで、これがいけないことなのだと言う。
 そんなことでこれらのバランスが悪ければ、病にもかかる。
 例えば、湿疹や皮膚炎。赤く腫れたり、じゅくじゅくしたり、痒くて掻きたくなりますが、これは湿・熱が原因で、湿が多いと「湿」疹、熱が多いと皮膚「炎」です。
 飲食の偏りによる湿・熱の過剰や精神的要因による内熱によって体内に湿・熱が溜まり、氣血が円通できなくなるのでそれを皮膚から排泄する姿なのです。
 病変部は、目視できませんが、湿と熱を皮膚表面から蒸発・発散させているのです。
 それを助けるために掻きたくなって掻くのです。
 つまり、発赤や腫脹・痒みを掻くといった症状は、湿・熱の滞りという病に対する適応反応であり体がバランスをとるための療法だということです。
​ ということで皮膚病は治るのだそうだ。
 まあそれにしても世の中にはいろいろな宗教論があるものだな。
 本書はその中でも実によく現世利益を追及したものと言えましょうな。
 自分が夢幻ではあるが、その夢幻の中でも少しはましに生きたい、というのが偽らざる心境だ。
 それゆえ、本書のような本を読むんでしょうねえ。






最終更新日  2021.05.03 05:00:07
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2021.05.02
カテゴリ:ビジネス

出向役員野島、決断する 「器量」のリーダー、「度量」のリーダー [ 鈴木孝博 ]

 前作、左遷社員池田リーダーになる、と比べると朝ドラ理論が働いて読みやすかった。
 前作は、ハラハラ・ドキドキして読んだが、本作は主人公がうまい流れに乗って一国一城の主になったことでほっとしたし、その間の会社間の攻防も思ったより悪い方向にはいかず、読み手好みの朝ドラ理論だ。
 さて会社勤めの現役の方々、
 会社勤めの人間にとって人事を承るときの顔は難しい。
 悪い話のときは失意を表さず「待ってました」というような顔をした方がいい。
 その逆のときは、嬉しさを押しとどめて少しガッカリの顔がいい……どうしたものか。
​だそうだ。
 勤め人に人事はつきもの、就職してからは人事に翻弄される。
 まさに人事こそ人生だ。
 その人事の荒波に乗って自己が悔いのない仕事を達成することができたら、それは素晴らしい人生だったと言えよう。
 参考になったかな。
 さて本作のテーマは、M&Aだ。
 会社の特性とか公共の利益など考えない向きには、
 「最初の一年は前任者の否定、二年目は壮大な事業計画の立案と吹聴だそうです」
 「三年目は?」
 「ふふ」一瞬の間をおいた後、いたずらっぽい表情を浮かべながら真っすぐに言葉を投げかけてきた。
 「三年目はですね、どうやってでも数字をつくる。そしてそれを成果と実績にして次へ転職すると」
​などという輩も居るのだ。
 元日産のゴーン被告なんかはまさにそんな人ではなかったのか。
 最後に小ネタを紹介する。
 パチパチという音は「天使の拍手」、泡は「幸せ」、下から上へと上昇し続ける気泡は「これからもずっと幸せでありますように」という意味だそうだから、今夜の乾杯にはスパークリングワインがふさわしいと男親ながらしみじみ思う。
​ というもの。
 スパークリングワインにそんな意味があったなんて知らずガバガバ飲んでいたね。
 これからはこの蘊蓄を傾けながら乾杯だ。






最終更新日  2021.05.02 05:00:08
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2021.05.01
カテゴリ:小説

夢のゆくえ [ 磯貝治良 ]

 本作は良という少年が主人公の中編が1編と短編が数編載っているものだ。
 本作で特徴的なのは在日に関する記述だ。
 ヨシダ・カツトシ君というのは、かれの本名ではなかった。
 本名は、崔浩吉くんであった。
 日本がとなりの国の朝鮮を侵略し、一九一〇年から一九四五年八月十五日まで三十六年ものながいあいだ植民地統治をしたとき、朝鮮人も天皇の赤子として日本人と一視同仁だなどとすごく勝手なことをいいだし、一九三九年に「創氏改名令」というものを出した。
 朝鮮人の姓名を日本ふうにかえろというわけだ。
 そこで朝鮮人のおおくは、自分が朝鮮民族であることをすこしでも主張しようと、抵抗のこころをこめて李本とか、金山とか、崔川とか、本名をのこして改姓した。
 ところがヨシダ・カツトシ君の父親はそれができなかった。
 炭坑ではたらかされていた父親は、吉田という日本人監督の姓をつけるよう、ほかの同じ班の同胞といっしょに強制されたからである。
 そこで当時三歳だったチェ・ホギル君もヨシダ・カツトシと改名され、やがて日本が戦争に負けてからも、その名まえで呼ばれることになってしまった。
 ​というようなことで作者は在日の方と深く関わりがあったのではなかろうか。
 その中にヨシダ・カツトシ君という友達もいたということだろう。
 韓国朝鮮に関しては書けば書くほどヘイトと言われそうなのでこの辺にしておくけれども、ただ作者が本書に書いているような一方的な日本の侵略ではなかったということだけは一言添えておきたい。
 ちょうど大東亜戦争の辺りの思い出を作者は書いたのだろうか。
 諸君先生と言う話はとても面白かった。
「そのばあいは、すこし走りなさい」諸君先生は、表情ひとつかえず、そう答えた。
 良は中学校にはいると、小学校のころから大好きで三社さんの境内できたえた腕をふるうべく、野球部に入部したが、おどろいたことに、野球部の顧問は諸君先生だった。
 かれがおどろいたのは、諸君先生が小柄で動作も「急がずあわてず」の信念どおり、いたって緩慢であり、野球の指導などできそうにみえなかったからだけでなく、じっさいに野球をしたこともなく、ルールのルの字も知ってはいなかったからだ。
 諸君先生は、生徒たちが練習中にそらしたり打ちそこねたボールがすぐ足もとにころがってきても、かたくなに拾おうとさえしなかった。
 ただし、たいへん熱心な顧問であり、放課後の練習には一日として欠かさず顔をだして、バック・ネットのまえに腕ぐみして立ち、生徒のうごきを真剣な眼で追っていた。
 そして、打撃練習中の部員がからぶりなどすると、「ボールがあたるように、考えてふりなさい」と、たったひとこと、だが適切な忠告をした。
​ というようなのが諸君先生だ
 野球なんか何も知らないのに腕を組んで、ボールが当たるように考えて振りなさい、というのはけだし名言だ。
 とてもいい。
 結局この諸君先生は豆腐屋さんになってしまうのだけれども、そういう人生があってもよかろう。
 いやそういう人生だけだったのかも知れない、昔は。
 思い起こせば、私の父も様々な仕事をして私を育ててくれた。
 私のように一つの仕事を終えて満足感、充足感があるようなそんな気持ちにさせてくれたのは、実は父が様々な転職を重ねた結果だということに気づいた。
 人生というのは、満足するためには満足者の支えになる人々の努力がなければ成り立たないものなんだなと今更ながら考えさせられたことである。






最終更新日  2021.05.01 05:00:07
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2021.04.30
カテゴリ:ノンフィクション
病院に動物園がやってきた! 二瓶健次 

 病院にきてほしいものが、動物園や遊園地というのは、重篤で長期に入院している子どもたちの希望だと、本書の冒頭を読むとすぐに気づく。
 それをヴァーチャル・リアリティ(VR)でやっちゃった、ということが本書に書かれてある。
 それはそれは感動モノですな。
 すごいことやるもんだなと読み手は感心するわけだ。
 ところがこの話現代の話ではないのだ。
 世紀末ころの話なのだ。
 それは本書の古臭い写真を見るとわかる。
 今リモートだのテレワークだの盛んで、それはまるでコロナ禍のいい方の産物みたいなことが言われているけれど、すでに四半世紀前にVRで小児科に動物園やら遊園地がやってきていたんですぞ。
 そして小児患者の大喜びする姿に読み手はまた感動するのだ。
 純粋に小児患者が喜ぶ姿を見たいという思いから、動物園やら遊園地を呼んだのだろうが、その後付で患者の精神やら快癒に及ぼす影響が学術的に論じられることになる。
 しかしそれにしてもこういう話が今まで埋もれていたんだね。
 それでVRの世界はゲームの世界になってしまい、さらに今日のリモートやらテレワークになって、動物園が病院にやってきた話なんて、全く埋もれてしまっていたんだ。
 そもそもこの本の題名を見た瞬間思ったことは、多分病院の敷地に動物を連れてきて患者と触れ合わせたんだろうなどという想像をした。
 VRだったなんて驚きで、しかもかなり精度の高いものだったらしい。
 こういう技術が四半世紀前にはすでに世の中に出ていながら、大きな普及をしなかったのは多分費用の問題、技術者の問題などがあったからだろう。
 まあそれにしても過去だからと侮ることなかれ、ということでしょうなあ。






最終更新日  2021.04.30 05:00:06
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2021.04.29
カテゴリ:小説
理由あり勘合符 箕口忠

 この一年Kindle Unlimitedを読み続けてきたが、本当にいい本がラインナップされていたとは思うが、ミステリー作家としていかがかと思われる作者も散在していて、それは、unlimitedゆえの課題としか言いようがないのである。
 しかしそれにしてもこんなひどいミステリーは他にない。
 それはともかく本作は、京都の情景がほんのりと出てくるのだが、京都に行ったことがある人には、あああそこだここだと思えるところくらいがいいところだ。
 そもそもそうだとすれば、京都の紀行文でいいじゃないか。
 つまりミステリーとして読む価値がないのである。
 結局読み始めたものは読了しないと気がすまないという私の性分で、読了した。
 さて著者であるが、現在齢80くらいの方らしい。
 たしかに人生経験豊かなのだろうが、それが小説に生かしきれていないね。
 ようするに小説として成り立たないということだ。
 大体人違いの表現が前作から数えて一体何回あったろうか。
 ミステリーにおいて人違いトリックが許されるのは一回きりだろう。
 というふうに逆に著者によってミステリーの新ルールがまた作られていくようなそんな気がする。
 ところで、主人公の相手が暴力団員の情婦だったなんてシチュエーション、本作に必要だったんですかね。
 おかげで私は、箕口忠、という名前をしっかり覚えましたぞ。
 今後いくらKindle Unlimitedといえども読むことはなかろう。
 それくらいの超がっかり小説だった。
 そういう書評があって然るべきでしょう、数多の被害者を出さないためにも。






最終更新日  2021.04.29 07:02:09
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2021.04.28
カテゴリ:仏教
こころの安らぎ〜私には釈尊の教えだけで十分だ 河村公昭

 春眠暁を覚えず、思い通りにならないのは何も運命だけでなく、起きがけの体もそうだということに気づいた。
 春分の日の頃朝外が明るくなり自然に目が覚めるのだが、体が言うことをきかない。
 まさに思い通りにならない。
 それこそが苦だ。
 そうなると私達は何一つ私というものがないということだ。
 そもそも私だと思っているこの肉体は、一体どこからが私なのだろうか。
 心臓は自然に動き、呼吸も自然にしており、自分の意志で生まれてきたものではない存在、それが私ではないか。
 唯一私だと思っているこの心も私だという証左はどこにもない。
 私だと思っている脳の残像だ。
 さてここまでの私のぐちめいた話に対し著者は、
 私たちは日常生活や社会経験として「私・自己」という存在を自明のこととして生きています。
 「私がいて、私が生きている」と、それが当然のこととして、これが他と関係なく独存している「私」と思い込んでおり、この思い込みの根拠となっているのが「自我」なのです。
 しかし釈尊は、『縁起の理法』によって、生きとし生きるものはすべて、さまざまな因縁によって「生かされている私」として存在しているという真実から、「私」を成り立たしている自我の根拠はないと説かれています。
​というわけだ。
 つまりだ、私のぐちこそ世尊がおっしゃる真実だということだ。
 どこにも私はいないということ、つまり苦を感じる主体がないということになる。
 さあ、そこから私はどのように進めばいいのか。
 それについて龍樹菩薩が
 ナーガールジュナは、「有」と「無」を含む、さらに上の抽象度の概念「空」を説きました。
 「有」であれ「無」であれ、世の中のあらゆる存在と現象を包摂する上位概念として「空」を考えたのです。》
​として、空、を考えだしたというのだ。
 私達は実にこの空の中で生きている。
 有も無も混在するのが空という概念だ。
 私というのは空そのものだということだ。






最終更新日  2021.04.28 05:00:07
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2021.04.27
カテゴリ:小説
岐阜路ゴルフ殺人事件 箕口忠

 警察内部に関する取材が実に杜撰だ。
 岐阜県警の捜査一課長がかつての恋人とそっちこっちで逢瀬を重ねることができるかっつうの。
 それと、人違いなどそうそうするわけがない。
 ほぼ肉体関係をしているのにだ。
 舞台が飲み屋とゴルフ場、そして陳腐なエスカレーターの列まちがいから、東京の人間が関西に来ていた、なんて話、本当に陳腐以外の何物でもない。
 しかもこのエスカレーターの列に関しては、いわば国家プロジェクトで是正中ではないか。
 さて、作者がどれだけゴルフの腕前がすごいのかは知らないけれど、先述の飲み屋同様ゴルフの話に辟易してしまう。
 しかして本件ミステリーの核は一体何だったのか。
 とにかく人違いやらすり替えやらが出てくるばかりで、何一つミステリーの体をなしていない。
 これだけひどい小説も久しぶりだ。
 真面目な話、途中でいつこの本をぶん投げてしまうか迷ってしまった。
 読み手をこれだけ馬鹿にし腐った作品は他に例がない。
 看板のない警察施設に一般人を呼び出すなら、その秘密にしている警察の施設の意味がなかろう。
 ということで一つ一つが疑問だらけのこの作品、なぜ私は読了してしまったのか。
 慚愧に堪えない。
 これが若い作家ならともかく、1931年生まれというから、齢90でしょう、今更ここをこうしてああしてなどと書いてもしょうがないしね。
 だが私は、もう1冊、Kindle Unlimitedでこの作者の本を購入しているのだ。
 それも読まなければならないだろうねえ。
 これはゾッとするホラーだ。






最終更新日  2021.04.27 05:22:06
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