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今日、何読んだ?

2021.04.09
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カテゴリ:仏教
お念仏歳時記 廣澤憲隆


阿弥陀さまは人生舞台のセーフティネットです 新潟越後のお念仏歳時記 [ 廣澤憲隆 ]

 本書は真宗の歳時記である。
 淡々と歳時記が進んでいくと思いきや​
 漠然と生まれ、漠然と死に、あとは骨に成る。
 「成仏ならぬ成骨」、かけがえのない人生が骨という物質に帰する。
 そのわくの中でしか頭が働かなくなったのが現代の淋しさです。
 私は、いのち・たましい・精神、こころで生きてきました。
 それに形を与えたのが肉体です。
 すなわちこの世の誕生でした。
 その尊い人生を尽くして、仏さまの世界、お浄土に生まれて仏に成り、衆生を救う仏の活動の展開が始まります。
など随所に仏の教えが散りばめてある良書である。
 否、歳時記の名の仏教書で、​
 執行猶予中のあきらめの日暮らしが今日の老後の生活ではないでしょうか。
 未来は闇、お骨になるだけ。
 知識は豊かになったが、闇を突破しようとする意欲、本能の退化したのが現代です。
 未来の闇を超えて光りを求め、光の世界、浄土に生まれて永遠のいのち、無量の寿を得ようとする本能意欲、その欲望が宗教心、念仏の信心というものです。
など今の私が教えられたことが多々あった。
 問題は、後生があるかどうか。
 この問題について世尊は、無記、なのだが、​
  「後生の一大事」とは明日の生活が明るいか、暗いかの問いかけです。
 明日が真っ暗であれば不安、絶望、あきらめであり、明日の明るさは私の生きる力と希望の原動力となる。
 苦悩のこの世を生きぬく力を求めて、一途に明日の光を求める人々、求道者を「後生願い」と門徒の間で尊称してきました。
 未来の光こそが現在の私を救う、これが浄土真宗の教えの骨格です。
というように真宗は後生があるから頑張れるという教えなのだなと、本書を読んでつくづく思った。
 私の今の所の理解では、後生を願って臨終を迎えることができることが幸せなことなのだということ。
 その先のことはわからない。
 後生を願いつつ意識がなくなるのならその意識がそのまま永遠に続くことになるのではないのか、なんて自分勝手な理解をしているけれど、とにかく修行が不足しているんだろうねえ、やっと自分の思い通りにならないことが苦であることがわかってきて、その苦のすり替えが重要なのだということがわかってきたところだ。
 永遠のものはない、否、永遠に流転し続ける。






最終更新日  2021.04.09 05:00:06
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