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今日、何読んだ?

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ノンフィクション

2009.08.30
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カテゴリ:ノンフィクション


これでも朝日新聞を読みますか?

著者:山際澄夫

要旨:

 朝日新聞は戦前、軍部に従って戦争を煽り、占領下にあっては、米占領軍に迎合し、独立回復後は共産主義のソ連や中国、北朝鮮の走狗となってきた。

 安倍首相の退陣表明を受けた9月13日の朝日新聞朝刊は、一面から社会面まで朝日新聞の達成感が見て取れた。そこには、安倍首相の無責任をあざけり、なじる言葉があふれかえっていた。

 今回の総選挙直近の参院選中の民主党への投票誘導は露骨なものだった。社説は、最初から選挙を「参院選公示 安倍政治への審判だ」(7月12日)と安倍政治を否定することこそ参院選の意義とのイメージを焼き付けるのに躍起だった。

 朝日新聞的とでもいうべき「戦後思考」にこれでは」日本の名誉も国民も守れないとして真っ向から挑戦してきた代表選手が安倍氏だった。

  朝日新聞にとってインターネットはもはや天敵のようだ。ネットのブログや掲示板は朝日新聞の大嫌いな愛国心に満ちた若者やマスメディア批判であふれかえっているからである。

 朝日新聞にことさら厳しいサイバー空間で今「アサヒる」という造語が流行している。「歴史的事実やニュースを捏造し、あとでそれが間違いであることが明らかになってもきちんと謝罪することなく、論点をすり替えたり、居直ったり、知らんふりをしたりする」ことを総称した言い回しである。朝日新聞を形容するのにこれほどいいえて妙な表現はない。

 なんとも背筋が寒くなるような「慰安婦」狩りの情景も、これは全て情報源吉田清治氏の作り話、真っ赤な嘘だったことが判明しているが、朝日新聞は今日まで明確な訂正、謝罪はしていない。

 朝日新聞の印象は、読む人が読めば、以上のとおりであろう。正に総選挙の審判が下る今日安倍晋三氏の退陣問題を語ってもしょうがないことだが、その退陣や前回の参院選が朝日のせいだとすれば、今回の選挙結果もそうなる可能性が高いのか?

 

 

  

 

 







最終更新日  2009.08.30 11:54:34
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2008.07.12
カテゴリ:ノンフィクション


名ばかり管理職

著者:日本放送協会

 コンビニファミマとかマクドナルドの店長が名ばかり管理職で泣いた。

 しかし、泣いてばかりはいない。その窮状を訴えた。

 その結果、「名ばかり管理職」がこの世に明らかになった。

 反面、零細企業の課長さんは、「名ばかり」とは言え、管理職であるとのプライドをもって仕事をしている。

 それが、日本の現状である。

 管理職には、3つの基準がある。

 1つは、経営に参加している。2つは、出社が自由。3つは、それなりの収入があること。

 そのことを考えたら、当然、コンビニやマックの店長は、当たるまい。

 しかし、企業内では、れっきとした管理職として辞令を受け、仕事に当たる。

 時には、24時間に近い勤務を強いられ、そのまま翌日の仕事に突入する。

 このことは、今の日本の経済にとって特に必要な2つのことであろう。

 その1は、不正規社員。その2は、名ばかり管理職。

 実を言うと、自分自身、そんな境遇にある。

 昇進したからといって、給料は増えず、勤務時間だけが増え、しかも休みがない。

 本当にこの日本は、どこへ行こうとしているのか。

 大変な時代を生きているというのが実感だ。 

 







最終更新日  2008.07.12 22:47:55
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2008.05.07
カテゴリ:ノンフィクション

 


通勤時間「超」活用術

著者:久恒啓一

 たとえば通勤時間を有効に使えば、したいことや勉強ができるというたとえ。

 通勤時間がない人もいるのだから、通勤時間のある人しか読まないような本の気もするけれど、そうではない。

 通勤時間とは、たとえ話であって、勉強したい、夢を実現したい向きには、とてもいい本である。

 ネーミングが失敗したな。

 通勤時間のない人は見ないもの。特に、車利用の人は、ほとんど通勤時間を利用なんてできない。だから、この本を読む気にもなれない。ところが、この本は、珠玉でっせ。

 そういう意味でこの本は、ネーミング間違いである。

 私は、特に、一週間を、5泊6日、3泊4日と考えることに感銘を受けた。

 そして、5時から9時、9時から5時、5時から9時という考え方。

 自分の時間を大切にしようという考えに感銘。

  

 

 







最終更新日  2008.05.08 06:50:12
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2008.05.03
カテゴリ:ノンフィクション


すごい裁判官・検察官ベスト30

著者:かなざわいっせい

 著者は、裁判の傍聴を生業としている。

 さまざまな裁判官、検察官、弁護士がいる。概して、法曹3界の方々の方が刑事的なようだ。事案の真相を知ろうとすれば、どうしても詰問してしまうんだよね、人間は。

 我慢しきれない世の中の不条理。そのなかで、法曹3界の方々は、世の中のリーダーとして被告人等に人生の機微を教えきることができるのか。

 本書を読むと、とてもじゃないが、彼らには、人生をおしえることなどできないということがわかる。 

 そのことから、法は、人に人生をおしえることができないという結論に至る、のかなあ?

 結局、僧侶や牧師、神父などにしか語れないことなんだろうなあ、と思えるような本である。

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最終更新日  2008.05.03 16:25:20
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2007.09.07
カテゴリ:ノンフィクション

 

報道被害
著者:梓沢和幸


 報道被害というものをしっかり考えなければならない時代ではなかろうか。

 現代日本は、朝から晩までワイドショーである。つまり、テレビというメディアですな。

 テレビ以外の新聞や週刊誌がまともだとは言わないが、テレビは映像があるから、視聴者に訴える力があるわけだ。

 そして、時間によってテレビの視聴者が違うとでも思っているのか、朝流した映像を昼流しそして夕方と晩に流している。コメントや文字まで同じだ。

 そんなことを書いている私は、また、とても暇な人みたいでしょうが、そうではなくて、朝夕は、通勤時間、昼は、昼休み、晩は夜のニュースと言うことなのである。通勤はクルマだから、テレビを音声だけ聞いているのである。

 さて、報道被害であるが、著者は、原因を警察垂れ流し情報に求める。しかし果たしてそうだろうか。警察の情報を丸飲みにして裏を取らないメディア側の責任は一体ないのだろうか?

 私は、今やと言うよりもかなり昔、それこそ昭和の時代から、メディアは、権力化していると思う。それゆえの報道被害である。

 果たして捜査情報は、公開されるべきだろうか。捜査情報を公開すれば、確かに多くの情報が入ると予想される。しかし、それはそのように思えると言うことである。それこそ信憑性の高いものから取るに足らないものまでたくさんの情報であふれてしまうと言うことなのである。それを取捨選択することは難しい。

 更に、自白の信憑性には、「秘密の暴露」がつきものだ。従って今以上の情報が警察から流されるとは思えない。

 詩織さんの事件はかえすがえすも残念。なぜ真摯な捜査ができなかったのか?

 この事件は、正に警察が信頼を失した大きな分岐点であった。その意味で、埼玉県警察と上尾署、並びに本件を担当した警察官の罪は、重い。

 日本人の価値観を大きく変えた事件といえよう。

 報道被害ということをなくすために警察は、被害者対策を報道被害という側面からもしなければならない時代になった。

 







最終更新日  2007.09.07 23:16:56
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2007.08.15
カテゴリ:ノンフィクション


心にナイフをしのばせて
著者: 奥野修司
    

 
 それは、少年事件だからと言うことではなくて、一般的に被害者側が苦しまなければならない。

 その理由は、さまざまな要素が絡み合っているが、報道被害と言うこともあげられよう。

 また、本書のように、少年は、更生するものであるから、その結果、本例のように、更生したA少年は、立派に弁護士になったりするのである。それは、稀な例ではあろうが。

 その更生したAが、金で解決しようとしている。

 そういう事実から見ると、Aは、本当の意味での更生はならなかったんだろうなと考えてしまう。

 被害者の遺族は、Aの謝罪がほしいのに、Aは、謝らない。

 謝らない理由があるのなら、その取材もしてほしかった。彼には、彼の理由があったろう。

 たぶん、自分は、法に則って更生したのであるから、何を今更謝罪なのかと言う考えではないのか?弁護士だけに、そのような筋立ては、しているものと思う。

 本書では、淡々とした書きっぷりの中に明らかに被害者側に立った意見が垣間見える。読み進めば、Aと言うものは、一体何者なんだ、卑劣な冷血動物か!と糾弾したくなる作りだ。

 そして、これから延々と被害者側(達)の苦しみは、続いていくんだろうな、という思いに駆られる。

 本書は、被害者側に立った記述なので、これで十分だと思う。が、これに対する反対論があって初めて健全なディベートは、進むのではなかろうか。

 この一方的な意見のみを信じれば、いわゆるカルティベーションということになり、議論が誤った方向に行きかねない。

 その結果、本書からは、やはり、少年といえども、厳罰化に処さなければ、公平性を欠くと言うことになるんだろう。

 が、反面、少年法の精神に則れば、すなわち、更生した少年は、弁護士にもなりうると言うことなのである。

 本書は、読み物としては、おもしろい。映画やドラマになりうる中味である。

 しかしながら、多くの人の賛同を得られないではあろうが、反対論も是非論じてほしいものだ。






最終更新日  2007.08.15 06:57:46
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2007.08.05
カテゴリ:ノンフィクション


少年事件に取り組む
著者:
藤原 正範

 

 少年事件に関して多くの著書がみられることに驚いている。

 どの著書も真摯である。少年事件というものを国民みんなで勉強しなければならないんじゃないのか。大体、学校現場と言うよりも学校の先生でさえ少年事件の流れを知らないのだ。それが、現実である。

 さて、本書は、家裁調査官が書いた少年事件の本である。

 著者は、いう、「家裁調査官の決め手は、感受性だ。」と。そして、「非行=性格+環境+偶然的要因」の公式を披露する。

 これは、永年家裁調査官として多くの非行少年と付き合ってきた結果から導いたもので、含蓄がある。

 さらに、性格について次のように分析する。

 性格上の問題は、生育歴が深く関係している。明らかな愛情の不足と歪み、不適切な養育態度が原因である。」と。

 この分析は、支持されるべきだろう。

 簡単に非科学的にただ直感で「親の問題」と表現していたところが上記のように整然と表せる。これこそ科学でなくて何であろう。

 このように科学的な著者であるが、今度は、科学に牙をむく。

最近強調されている、ADHDやLDといった障害を非行の原因とする考えにである。

 著者は言う。「強調される医学的治療モデルによる少年非行の解決には、大きな疑問を呈する。」と。

 この表現は、正に少年非行の現場にいるもののみが知る真理であろう。新しい原理を何とかして導入したいという試みは分かるが、それを無理強いするのは、非科学的である。

 私は、「強調される医学的治療モデル」は、脇役であり、けっして少年非行問題の主役ではないと思う。

 著者は、「感情豊かな少年も人を死なせてしまうほどの犯罪を犯す。」という。

 ここまでをまとめるとこうだ。

 少年事件は、一派ひとからげに解決できるものではない。

 なぜなら一人一人の少年の事件が1つ1つ違うからだ。だから、ある時は、医学的治療モデルを考えなければなるまいし、またある時は、養育歴を考えなければなるまい。

 そして、少年は、ある日成人になる。これは、唯一の真理である。

 








最終更新日  2007.08.05 21:54:52
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2007.07.29
カテゴリ:ノンフィクション


脳内現象
著者: 茂木 健一郎

 相変わらず難しいのである。もう少し、優しく書いてもらえればいいのだが、メタ認知とかホムンクルスとか訳の分からない言葉が出てくるので、私には、理解不能だった。

 うろ理解で申し訳ないが、人は自分を内からも外からも見ることができるのだが、そのことをメタ認知というのか?

 脳内には、小人とか小さな神が住んでいるのだそうだ。それを批判する人もいるが、著者は、敢えて小人らを登場させている。

 昔の考えでは、たとえば、木が倒れる音は、私が存在するから聞こえる、つまり、存在するのであって、私が死んでいなくなれば、倒れてもその音は存在しないことになると言うことだったらしいが、科学は、私が死んでも倒れた音の存在を証明したことから、このような存在論に関しては、科学によって大きな転換があったことになる。

 逆に言うと、私は、既に科学の中に取り込まれていると言うことになるのだ。そのことが正しいのかどうかは分からない。

 著者は、ある日、メタ認知を感じたのだが、そのことは、いわゆる仏教で言うところの「お悟り」ではなかったのか。

 直感的に私は、そのように思った。 

 脳の働きというものの内、人間独特の大脳の動きというものの研究が盛んだ。

 生物の進化の過程で、大脳を選んだのがヒトで、羽を選んだのが鳥類だという本を読んだことがある。

 我々は、大脳を選んだ以上、その通りの人生を生きなければならない運命にある。今更羽がほしいなどと言うわけにはいないのだ。

 大脳がこれほど進化していない他の生物たちには、死生観などというものは存在しない。

 自然に生まれて死んでいく。ただそれだけのことだ。自分の存在などと言うことを自覚することもないだろう。

 その意味で、その生物は、幸せだ。逆にヒトは、大脳がある故に苦しむことになった。様々なことを考えることができるからだ。しかし、ヒトが考えることをやめたら、ヒトとしての価値が半減してしまうことになろう。

 まだまだ分からないことが多い脳のこと、これからも勉強したい。

 







最終更新日  2007.07.29 13:03:41
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2007.07.27
カテゴリ:ノンフィクション

日本語の将来著者: 梅棹 忠夫

  日本語にローマ字が向いているか?私は、笑止千万と言いたい。いくら知の巨人とはいえ、未だにローマ字論をぶつなんて信じられない。

 著者のローマ字論は、結局英語などアルファベットで表記される言語は、タイプライターにより容易に書くことができるという発想から来ている。

 そこで、まず、かなカナライターとか言うのを考えたはずだ。それでも26文字のアルファベットと比べたら、50字もあるカナかなは、かなり、面倒だったろう。そこで、ローマ字表記せよというのだが、試しに、著者が書いた、巻末のローマ字文を読もうとしたのだが、とても煩雑で読む気にもなれなかった。結局、日本語は、漢字かな交じり文にしくはない。だから、速読もできると言うこと。漢字を見ながら、イメージできると言うこと、その長所を考えたら、とてもじゃないが、ローマ字文による日本語なんて反吐がでる。

 ローマ字表記は、速読者の敵だ。ハングル文字のみになった朝鮮は、もう、学術論文を書けないほど疲弊しているという。つまり、漢字による表記がなくなった分、日本で言えば、橋も箸もみんなはしになってしまったから、意味が取りにくいというわけだ。それが、かなカナから更にローマ字になって、hashi mo hashi mo minna hashi ninattesimatta.なんて表記することになるんだよ。何でこんな馬鹿馬鹿しいことに真面目になるんだよ、知の巨人が。

 ところで、この文章、私は、パソコンで打っているのだが、なんとローマ字うちなのである。つまり、著者がほしがっていた日本語タイプライターの出現が、パソコン以前のワードプロセッサーによって実現したのである。ここにいたって、日本語のローマ字表記などと言うものは、一切不要になってしまったのだ。

 ここのところを捉えて著者は、パソコンにおいては、ローマ字うちの方が多いと言うことを不思議に感じるなどと表現しているけれど、実は、ローマ字うちというのは、26あるアルファベットの内、使う必要のない文字もあって、非常に合理的なのである。だから、いちいち「たていすかんなにらせ」などという配列を覚えようなどと言う気にならないのだよ、梅棹先生。なーんにも不思議でないのだ。

 







最終更新日  2010.01.30 16:33:04
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2007.06.30
カテゴリ:ノンフィクション


今日、ホームレスになった
著者: 増田 明利

 

 さまざまな人がホームレスになっている。ホームレスには、2種類ある。全く何もしない浮浪者と、ものを拾っては、それを換金しているものである。

 ほとんどは、会社の経営が立ちゆかなくなったというのが原因である。

 管理者だったり、バブル期に一流の銀行に潜り込んだ5流大学出身者がリストラにあったり、さまざまなホームレスの姿が焙り出されている(ところで、5流大学ってどこよ?)。

 中には、ぷいと家庭から外に出たとたん家に帰りたくなったという人もいる。

 著者は、このような彼らの取材をし、彼らに同情してもらいたいとでも思ったのだろうか。私は、同情したい気持ちにはなれなかった。

 私は、彼らがホームレスとなることによる国家社会に対する悪影響を憂えるものである。

 確かに、この景気で、職を失い、家庭も失った或いは家庭から締め出されたら、ホームレスになるほかないのだろうが、東京や大阪を歩いてみて、彼らが目障りでならないのだ私は。

 公園というのは、その名の通り公のものである。みんなのものである。そこになぜ彼らは、ブルーシートを張って生活できるのか?おかしいじゃないか。みんなのものである。

 そのような場所になぜ勝手に簡易建造物を造って暮らすことを許してしまうのか?

 ということで、ホームレスという結論には憤りを感じる私もさすがにその原因については、同情を禁じ得ない。

 それは、単純に運命だと言うことなんだろうが、それにしては、過酷である。

 だが、本書に出場している人以上の数がこの日本には、同様の不運に遭っていることを考えると、結果としてホームレスになることについてどうも同感できないのである。

 結局、本書は、ホームレスの取材だけで終わってしまった。その裏にある問題点をあぶり出すことをしなかったので、できばえが悪いものになってしまった。著者には、さらなる努力をしてもらいたい。

 

 








最終更新日  2007.06.30 10:13:43
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