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今日、何読んだ?

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絵画

2018.11.30
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カテゴリ:絵画
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知識ゼロからの日本絵画入門 / 安河内眞美 【本】


 著者と言えばなんでも鑑定団で有名な方だが,日本絵画の入門書も書いているのだ。
 
 私は常日頃日本絵画の特徴は線にあると思っています。
 この本にでてくるすべての作品が筆を用い1本の線を最小単位にして描かれています。
 版画も原画は筆で描いていますし尾形光琳がいくら型紙を使っていると言ってももとは型紙も筆で描いた1本の線からできています。

 などというところは著者の絵画に対する鋭い言い切りである。
 そうか,日本絵画というのは,線が命,なんだなといまさら教えられたのである。
 だからといって線にこだわれば絵が描けなくなるではないか。
 何しろ今の私は輪郭のない絵を描いているのだ。
 いきなり水彩絵の具とでもいうのかなあ。
 そして山水画。
 山水画は風景画ではありません。
 現実と虚構が入り交じる心象風景です。
 山や岩,水や樹は中国の絵画のモチーフに由来しておりお奥の場合現実感が希薄です。
​​ この文章はいいねえ。
 しびれる。
 正にそのとおりではありませんか。
 写実ではなく,山,岩,水,樹,という要素を散りばめるのが山水画なのである。
 それに色をつけたら面白いのではないかと思い,私は色付き山水画を始めた。
 発展途上であるが,絵画はとんでもなく面白いものだなあた思っている今日この頃である。






最終更新日  2018.11.30 05:00:06
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2018.11.29
カテゴリ:絵画
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【中古】 小池邦夫の愛の絵手紙 /小池邦夫(著者) 【中古】afb


 私も趣味に絵手紙がある。
 絵手紙業界では著者は高名な方。
 その著者が絵手紙を始めるきっかけとなったのが
​ 60過ぎて入院したりした。
 さて本当は何をやりたかったかを真剣に考えるようになった。
 残された時間はそう長くはないだろう。
 私にとって愛するとは相手のすべてを知り理解すること。
 そして相手には私のすべてを知って理解してもらうこと。
 一番身近な存在の妻の強固に私の今を伝えておこう。
 一日一信を出そうと考えるようになった。
なのだそうだ。
 奥様はなんと幸せな方であることか。
 いや私も妻を愛することでは人語に落ちない。
 けれども流石に一日一信はできそうにもない。
 そのかわり一日一曲はやっている。
 ギター弾き語りだ。
 ただ11月14日キンピラゴボウを作っている最中左手薬指の先をそいでしまい以来満足にギター演奏ができない状態だ。
 11月24日に医師から完治を言い渡されたが,ギターの弦はまだきつい。
 ギター弾きにとって左手薬指がこれほど大事なものだったとは今更ながらの大発見である。
 さて,絵手紙はよく「ヘタウマ」でよろしいと言われる。
 そのことについて著者は次のように言う。​
 「下手」は技術的での単なる上手と下手であり「ヘタ」は上手を越えた下手であると考えている。
 (略)
 上手を越える魅力がにじみ出ているのだ。

 なのだそうだ。
 だから絵手紙は楽しいのである。
 心をこめて描いた絵手紙が相手に伝わったことを想像すると自分もほのぼのしてしまうのである。







最終更新日  2018.11.29 05:00:06
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2018.11.28
カテゴリ:絵画
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浮世絵の女たち / 鈴木由紀子 【本】

 まあそれにしても年賀の挨拶で
 弟の京山とともに年賀の挨拶に馬琴のもとを訪れた京伝はたまたまこの本に話が及び遊女を見下したような馬琴を問いただしたといいます。
 儒教倫理にこだわる馬琴はたとえどんな事情があるにせよ遊女そのものを卑しむべき職と思っています。

というような話があったと言うが,つまりそのような論争を正月からするということは真面目だということであり,しっかりしたポリシーのもと仕事がなされていたということにほかならない。
 次,北斎の娘の話。
​ ​離縁されたのは絵のうまかった応為が夫の描いた絵の拙さを指さして笑ったということや家事が苦手であり仕事もほとんどしなかったなどが原因とされる。
 というのが北斎の娘応為だったということ。
 結局天才というのはだらしないのね,ということになるのだろうか。
 素晴らしい作品の影に何も特別なものがあるのではなくてむしろ普通あるいはそれよりも悲惨な私生活があるというのが天才伝を読んでの私の感想である。
 人間というのはまこと生死の間あっち転びこっち転びしているものなんだなあとつくづく思う。
 そして後世に何かが残るということなのである。






最終更新日  2018.11.28 05:00:06
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2018.11.27
カテゴリ:絵画
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【店内全品5倍】江戸絵画の非常識 近代絵画の定説をくつがえす/安村敏信【3000円以上送料無料】


 ありえないことが絵画では可能になると言ったら言い過ぎか。
 世の中に対しても絵画界に対しても失礼な言い方か。
 それでも実際
 雷神の不可解な左腕の描き方(人体では不可能というよりありえな)も風神との対比の構造上の都合で勝手に変えてしまう大胆さも老練の業と考えるよりも壮年期の意欲的な試みと見た方がより自然に納得できる。

という事例が認められるのである。
 このことはすごいことではなかろうか。
 雷神の不可解な左腕。
 それは風神との対比上のもの。
 そんなことが書ける評論家もすごい。
 それ以上に変えてしまった作家もすごい。
 男尊女卑の世界観にあって

 忠岡三千子(伊達吉村夫人像)
 伊達家21代吉村夫人を描いた肖像画。
 白の着物に緋袴をはいた坐像で髪は俗髪のままである。
 伊達家の公の依頼を女性画家が受けていることに驚かされる。
​​​というように飛び出た才能まで男尊女卑のものさしでカットすることはなかったようだ。
 今問題の医学部入試なんて一体何なのだろうと思ってしまう。
 それにしてもこの時代に飛び抜けた才能を持った女性は逆に大変だったろうなと思わざるを得ない。
 いずれにしろ常識では考えられない大胆さが絵画界にはあるということだ。






最終更新日  2018.11.27 05:00:10
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2018.11.26
カテゴリ:絵画
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徹底図解 浮世絵 江戸庶民が愛したメディアアートの歴史・名品・技法 / 田辺昌子 【本】


 浮世絵はたくさんのスタッフがいたろうなと薄々私は思っていたが,そのとおり,
​  浮世絵版画は出版社の役割をする版元,版下絵を書く絵師,板木を刻する彫師,それに絵の具をつけて摺る摺り師という4者の共同作業によって完成される。
 絵師ばかりが注目されがちであるが版元の企画力 彫師や摺り師の技術が作品の売れ行きを左右するのである 。​
​と,絵師のほか,版元,彫師,摺り師が関わっている。
 でも作品は絵師の名前しか残らない。
 そもそも浮世絵が版画であると考えたら,摺り師こそ作者とも考えられなくはないが,そもそもの下絵がなければできないので,やはり,描いた人の作品というべきか。
 さてこの浮世絵が盛んになった江戸は,
 握り寿司やそば,天ぷら,うなぎの蒲焼もルーツは江戸時代である。
 江戸は魚介類の豊かな江戸湾に面し水路や陸路の流通の発達によって季節ごとに新鮮な食材が手に入った。

のである。
 江戸湾が豊かな海になったのは江戸の人口が増えたせいもあると言う。
 江戸湾に流された当時の生活排水が魚介類の格好の餌になったのである。
 そして今日に代表されるおいしい食べ物が開発されたということだ。
 この江戸の発達に私達日本人は今も乗って生き続けている。​






最終更新日  2018.11.26 05:00:07
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2018.11.25
カテゴリ:絵画

線で読み解く日本の名画 [ 安村敏信 ]


 線だけの描写を編み出したのは唐の
​ こうした躍動感あふれる描写を線だけで可能にしたのは中国盛唐の呉道玄という画家が編み出した技法が伝わったものと考えられる。
 (略)
 呉帯当風
 ​

なのだそうだ。
 線だけの絵というものも世の中にあるということ。
 それに色彩をつけたものが一般的なのだが,私は最近線を描かずにいきなり水彩絵の具から描く技法を使っている。
 線を描く時は2B,4B,6B,8Bの鉛筆を使い,8Bで輪郭を表していた。
 最近は上記のとおりいきなり水彩絵の具の技法である。 
  さて優れた僧もいたようで

​ 明兆は淡路島に生まれ淡路島の安国寺で修行し師の大道一以に従って東福寺に移ると生涯東福寺の殿司役として過ごした。
 殿司とは堂塔の保全管理や堂内装飾祭事の絵画制作などに携わる役であるが決して高い地位ではない。​
​と殿司役として素晴らしい絵画を明兆は製作したという。






最終更新日  2018.11.25 05:00:07
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2018.11.24
カテゴリ:絵画
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【新品】【本】ヘンな日本美術史 山口晃/著


 世の中には本当にたくさんの研究対象があって,
​​
 大雑把にまとめますと甲巻では動物の擬人化で人を描き,乙巻は動物をそのまま描きながら空想の世界へ突入,丙巻はそのままの人間と擬人化された動物を一挙に描き,丁巻では人間をそのまま人間として描いています。
などという文章を読めば,​ふーむこれは鳥獣戯画図だな,なんてわかり,しかも,甲乙丙丁の各巻がそれぞれに意味をなしているなどということが知識として入ったりする。
 この文章を読まなければ鳥獣戯画図の特徴に気づかずにいることになる。
 美術の時間なんて結構あったと思うけどこんなふうなことの説明は聞いたことがなかった。
 近頃一遍上人に興味がわき,よく本を読んでいる。
 ほとんど著作物が残っていないので一遍聖絵が話の素になるのだが,

 「一遍聖絵」は文字どおり時宗の開祖である一遍の生涯を描いた12巻からなる絵巻です。 
 一遍の弟子である聖戒が詞書を円伊という僧が絵を描いて1299年に完成したとされています。
​​​
などという誰が描いたかなどということについては知らなかったことだ。
 美術のこういう切り口からの入り方は場合によっては歴史的であり宗教的だということだということ。
 すなわち学問はつながっているということである。






最終更新日  2018.11.24 06:06:05
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2018.11.23
カテゴリ:絵画
平山郁夫 「玄奘三蔵祈りの旅」


 ちょっと美術の世界に向かう。
 題名を見ればカテゴリーは仏教?かと思うだろうが,これは平山郁夫画伯の話なのである。
 したがって美術上の上質な話がたくさん出てくる。
 ​たとえば,
​ その自分だけのものを3ヶ月滞在したイヒララの村で見出した。
 見つけたのは色であった。
 オリエントの色と言うべき色彩に出会ったのである。
 その色は濃厚であった。
 尋常を濃くした紺である。 ​
​ そう,紺色を著者は見つけた。
 この感覚,それは絵描きさんにしかわからないものだろう。
 でも,このような独特な表現を私たちは待っていたのだ。
 著者にしかわからない独特な世界。
 それが文章になると上記のようになるのだ。 ​
​​法隆寺金堂壁画は宗教美術であり高松塚壁画は世俗の風俗画であることが第1の違いである。​​​
​ などということはこういう世界の門外漢の私には意外な事実だった。
 上記のようなアプローチは私の場合歴史的視点からしか興味を持たない。
 そればかりか時事的なものとしてニュースとしてあるいは新聞記事になった時以外興味を示すことはなかった。
 まして宗教画か世俗画かなどという区分など考えたことはなかった。
 高松塚の壁画が発見後の保存方法が極めて劣悪だったせいで今にも消えてしまいそうだなどという話は聞いた。
 しかしその美術的価値などという観点から見るということはなかった。
 そういう意味でも画伯から見た世界は斬新である。






最終更新日  2018.11.23 05:00:05
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2018.10.05
カテゴリ:絵画
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【中古】 美術でたどる世界の歴史 図解雑学 絵と文章でわかりやすい! / 蜷川 順子 / ナツメ社 [単行本]【ネコポス発送】


 世尊は後に自分の像や絵を作るなと言われたが、結局多くの美術品が作られた。
 ​
 仏塔を軸とした仏教美術の最初の展開は前3世紀の、マウリア朝アショーカ王、の治世に始まる。
 王はダルマに基づく統治理念を記した石柱や、磨崖牌、を製作し分骨したシャリを収める84,000の仏塔を各地に建立した。

 その美術品を、偶像崇拝、として馬鹿にし、破壊する輩もいる。
 ​
 政争に巻き込まれて故郷フィレンツェを追われたダンテが、神曲地獄編、を完成させたのは1308年である。
 ペストが流行した1348年以前に描かれたものだが、そのときにピサにいたボッカチョがデカメロンをものにしたのはこの壁画から着想を得た可能性もある。
​​​ こちらはキリスト教の話だが、崇高な宗教は芸術心を揺さぶるということだろうか。
 仏教の数々の美術もさることながら、キリスト教関係の美術はいまなお人々の心に深く浸透してやまない。
 まるでそこに今もイエス・キリストが存在しているかのようだ。
 そのような錯覚を与え続けている。






最終更新日  2018.10.05 05:00:10
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2018.10.04
カテゴリ:絵画
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快読・現代の美術 絵画から都市へ [ 神原正明 ]

 小学3年生の頃まで私は絵を描くことが好きだったと思う。
 その気持ちは奇しくも父と担任の言葉によって大きく変わってしまったと今思う。
 多分先は担任の方だった。
 なぜなら夏の話だったから。
 その次は父の言葉。
 冬。
 まずは夏の話から。
 夏休みの宿題の絵。
 家族旅行を描いた。
 茶色のコロナ。
 田園を走る。
 私は稲穂を一本一本描いた。
 担任は、稲穂なんて一本一本描く必要はないんだ、緑に、ダーッと描けばいい、と教えてくれた。
 そこで私は少しいい加減になった。
 それから田んぼを緑に描くようになった。
 冬。
 雪を真っ白に描いた。
 父は、雪は白ではない、青だ、と言った。
 それから55年、未だにこのことについては悩んでいる。
 どう見ても雪は白だ。
 確かに、雪は、青に見えたり、赤に見えたり、黄に見えたり、そして、多くの場合、灰色に見えるのだが、私にとっては白だ。
 それでいいじゃないか。
 
 人間の目というのはそう言われるとそう見えるようにできている。真っ白だと言われるとそうかなと思われる。
 金色だと言われても、ああそうか、と思う。
 銀色だとさえ言われてもそう見えることもあるかなと思ってしまう。
 (略)
 緑色で太陽を描いても構わないということになる。
​ そりゃあ、その人の感性だから、緑色で太陽を描いても構わないだろうが、緑色の太陽を私は認めない。
 ありえないと私は思う。
 人の言葉というのは殊程左様に人に影響を与えるもの。
 今思えば担任と父の言葉に左右され絵を描くことが私は嫌いになってしまったのかもしれない。
 さて閑話休題。
 
 19世紀が終わろうとするころ時代は2つの新しい機械を残した。
 1つは飛行機、もう1つは映画だという。
 飛行機と映画はともに見るための道具である。
 自分の目で見、確かめるために人は飛行機に乗り込んだ。
 目で確かめたものを映画に残し大衆に伝えた。​
​ 今21世紀、2世紀前に偉大な発明がなされていたんだ。
 21世紀の私は映画が大好きなのだが、飛行機は怖くてあまり乗りたいと思わない。
 それはともかく、絵が好きなのは今も変わりない。
 美術館に足繁く通い、沖津信也、という画伯の絵を数点所持し、絵手紙を趣味とし、最愛の孫息子は絵が大好きでいつも一緒に絵を描いている。
 でも私は小学3年生の時の父や担任のように孫息子に余計なことは言わない。
 真っ白な雪があってもいいし、一本一本丁寧に描いた稲穂があってもいい。
 私はいつも孫息子を褒め称える。
 彼は本当に絵がうまいのだから。






最終更新日  2018.10.04 05:00:06
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