464321 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

今日、何読んだ?

全1件 (1件中 1-1件目)

1

キリスト教

2021.02.11
XML
カテゴリ:キリスト教
キリストはいつも身近に 氏家富緒

 私は、ブッディストであり、仏教を深く研究しているし、また日本人として、神道の勉強も続けている。
 そのような宗教の研究の中で、キリスト教にも触れているのだが、この宗教はなかなか難しくて理解できない。
 それはともかく、
 「霊」は目に見えず、重さもなく、時空を超越した存在であります。
 「霊」は父なる神の本質であり、それを意のまゝに操ることができるのは、神のみであります。
 神は霊(=聖霊)を通して人間に働きかけて現実に力を及ぼし、様々な歴史を作って来ました。
 霊にはこのように力がありますが、一番パワーがあるのは、勿論神の霊即ち聖霊であります。
 次に力があるのがサタンの霊即ち悪霊であります。
 サタンは元来ルシファーという名の天使長でありましたが、神の怒りに触れて下界に墜とされたと言われております。
 その悪霊は変幻自在で、創世記第三章1~6節では神の留守を見計って、蛇となってエデンの東の楽園に忍び込み、人類の祖アダムと妻エバに「禁断の木の実」を食べさせています。  このように、悪霊の力は強く人間の霊に働きかけ、安々と悪の道へと誘惑します。
 人間の霊は、霊魂と言われ、死後も肉体から遊離して存在し続けますので、動、植物を生かしている「生命霊」と異なり、「自由霊」と言われています。
 悪霊より力が弱い爲に、悪霊のさまざまな誘惑には陥り易く、聖霊の力に頼る以外に助かる方法がありません。
 以上、「霊」の概要を述べさせて戴きました。
​というように、キリスト教は、(聖)霊の宗教なのである。
 神の実態は霊であり、神は聖霊であるイエスを人間界に遣わした。
 イエスは旧約聖書に書かれている予言通りに、肉的姿にてこの世に送り込まれました。
 人類は、その祖アダムによる原罪、ご先祖様から受け継がれて来ている罪なる性質、善悪の判断が出来るにも拘らず我々が犯す個々の罪、これら三重の罪のもと、飽くなき欲望を追求し、もがき苦しんでいる状態です。
 これは、昔も今も変りなく、国家間の対立、部族間の対立、個々人の対立等様々な対立を生じさせております。
 神は断じて罪を大目に見たり、罪と妥協したりすることをなさらないお方です。
 「それ罪の拂う價は死なり、然れど神の賜物は我らの主キリスト・イエスにありて受くる永遠の生命なり」(ロマ書第六章23節)とありますように、罪人は凡て火の池(ゲヘナ)に投げ込まれる運命にあります(ヨハネの黙示録第20章15節ご参照)
 しかし、慈しみ深い神は、人類救済の最後の方法をお示しになりました。
 それは、神の獨子イエスを肉的姿でこの世に送り込まれたことであります。
​というようにである。
 つまり、神もイエスも(聖)霊なのである。
 肉体の目では見ることができない。
 だから神は肉的姿にしたイエスを遣わした。
 そして奇跡を起こさせた。
 それらのことが縷縷書かれているのが聖書というわけだ。
 ここのところ、つまり、霊的部分がブッディストには難しすぎるわけだ。
 そこを超越した人が、クリスチャンになっているということなのだろう。






最終更新日  2021.02.11 05:00:07
コメント(0) | コメントを書く


このブログでよく読まれている記事

全1件 (1件中 1-1件目)

1


© Rakuten Group, Inc.