『世界史をつくった海賊』を読んでみた。
暖かくなりましたね。その温度に比例したわけではないでしょうが、2月に入ってから図書館に受入する図書の数が急に増えました。この原因の1つは、12月に某元俳優が書いて賞を取った色々噂がある小説が発売されたことがあります。普通、12月はクリスマスがあるのでそこそこ出版される本が多いのですが、この本が発売されるためこの時期に本を出しても影に隠れて売れないと思った各出版社が新刊本の出版を差し控え、正月はお休みですので1月の中旬まで新刊本が出回らない状況になっていたのです。そこで、1月の中旬から本を買い漁っていたら、2月の図書購入費が確実に10万円を超えそうな状況と相成ったわけです。私の勤める高校は幸い、校長先生や事務の理解があるので、この不況の世の中、年間の図書購入費(備品購入費ともいいます)が100万円もあるので、赤字になることはないのですが、12月、1月の購入費が5万円以下だったのが急に跳ね上がると色々書類の上で面倒なことになるので、また事務からお小言をいただきそうです。ちなみに、学校図書館の予算というのは文科省の基準があり、私の勤める高校では、高校での1クラスあたりの年間の基準予算69,096円に3学年、24クラス分をかけた金額、1,658,304円が本来の予算なのですが、雑誌や新聞の購入費と消耗品費との兼ね合いで切りのいい100万円を毎年要望している次第です。でも、他の高校ではクラス数が私のいる高校より多いのに100万円以下で運営しているところもあり、これから先、予算は色々と厳しいものがありそうです。不況になると文教関連の予算を削るのは日本のお役所の悪い癖ですが、将来を担う生徒や地域の生涯学習の面から考えて、図書館などの予算はなるべく削らないでいただきたいものです。とくに図書館などは本が本棚にいっぱい詰まっていればもう本を購入しなくていいや、的な発想を役人も議員もするので、困りものです。本は次から次へと発行されていますし、情報もどんどん更新されていきます。ですので、ある程度予算がないと図書館の血肉である図書などの情報媒体の更新がされなくなり、図書館が流行の本とただの古い資料が置いてあるだけの無料貸本屋になってしまいます。利用者に的確な資料提供とレファレンスを行うために、学校図書館としては文科省の基準の予算の最低7割は確保してほしいものです。小難しい話をしてしまいましたが今日は昨日、書店の外商さんが持って来てくれた本の中から、武田いさみ著『【送料無料】世界史をつくった海賊』(筑摩書房、2011年2月)を紹介したいと思います。この本、毎回のことながら名古屋の三省堂高島屋店で平置きされていたのを手にとって購入を決めたのですが、最初、著者名を見て女の人が書いたのかな、と思って著者紹介を見てみたら獨協大学の教授で海賊の世界史や国際テロを研究されている男の方だったので、名前で何事も判断してはいけないな、と自戒した次第であります。さてこの本、内容はといいますと題を読んだとおり、海賊がどのようにして世界史を動かしたのかについて書かれています。海賊、といいますとパイレーツ・オブ・カリビアンのように大航海時代のアウトローな集団や、最近、新聞などニュースで取り上げられることの多いアフリカ・ソマリア沖の海賊を思い浮かべる方が多いと思います。しかし、ここで取り上げられている海賊は、海賊にして海賊にあらざる奇妙な存在なのです。そもそも海賊行為とは、公海又はその上空などいずれの国の管轄権にも服さない場所にある船舶、航空機、人または財産に対して行われる、私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客による、私的目的のために行うすべての不法な暴力行為、抑留又は略奪行為、及びそのような行為を煽動又は故意に助長するすべての行為と国連海洋法条約で規定されています。でも、この条約ができたのは1984年でごく最近のことです。この本で取り上げられている海賊は、16世紀のヨーロッパ、とくにイギリス(本来、この時代ならばイングランドなのですが)の海賊なのです。当然、16世紀には国際法も存在せず、公海と領海の定義すらありませんでした。その時代のイギリスの海賊とはどのような存在だったのでしょうか。まず、16世紀のイギリス、と言いますかイングランドの国際状況を確認してみましょう。この時代、イングランドはヨーロッパの貧しい二流国でした。当時の一流国はスペインやポルトガルでした。また、スペインからの独立運動を行っていたオランダ(ネーデルランド)も海洋進出を開始し、17世紀には世界経済の覇者へと躍り出ます。その様な中、イギリスは羊毛や毛織物といった輸出品しかなく、人口も約400万人を超えるぐらい。スペインは人口1000万人、不倶戴天の天敵、フランスは1600万人、おまけにヘンリー8世がイギリス国教会を作ったため新教国(プロテスタント)になったイギリスは、周囲の旧教国(カトリック)のスペインやフランスと対立していて孤立無援の状況でした。さらに、旧教国のスコットランドの女王メアリーを利用してそれらの旧教国が間接的にイギリス(イングランド)を支配しようと狙っていたのです。このような国際環境化におかれたイギリスは、国家の存亡をかけて富国強兵へと突き進まざる得ませんでした。そして、富国強兵を進めるため手っ取り早く海外進出をする方法として国を挙げて海賊行為をすることにしたのです。つまり、スペインやポルトガルが植民地などから本国へ運ぶ交易品、南米の銀、カリブ海の砂糖、東インドからの香辛料を積んだ船を襲撃して、その商品をロンドンや当時のヨーロッパ経済の中心地、アントワープで売却して利益を得ようとしたのです。こうして16世紀、エリザベス女王の下で、海賊と国家事業とが密接に結びついて、具体的には、海賊シンジケートへの出資(女王本人が大口出資者だった)により、イギリスの財政状態は急改善します。ところが、たまらないのは海賊に襲われるスペインです。こうした海賊行為とスコットランド女王メアリーの処刑などが重なって、スペインとの戦争状態、無敵艦隊との戦闘が代表的ですが、に発展していくのです。ここで活躍するのが、かの有名なフランシス・ドレークです。彼は、海賊の活躍を語る上で不可欠な存在でしょう。彼ら海賊が年間を通して強風の吹き荒れるドーバー海峡やイギリス海峡の特性を捉え、巧みにゲリラ戦法を用いてスペイン無敵艦隊を打ち破ったり、スペイン本国を急襲したりしてスペインに打撃をあたえていきました。ところが海賊として有名なドレークは、西回りで世界周航を成功させるという偉業を成し遂げた冒険者でもありました。また、奴隷貿易に関わっていたり、世界周航中には海賊行為で得た資金で香辛料を買うという交易者としての側面もみせます。この辺りの事は、杉浦昭典著『【送料無料】海賊キャプテン・ドレーク』(講談社、2010年4月)に詳しいので、参考にしてください。16世紀の海賊は、冒険者でもあり交易者であり、そして状況に応じて海賊にもなるという存在でした。彼らは、海賊行為で得た資金を使ってアフリカの奴隷貿易や東インド会社の設立を行い、国家の存亡の時には海軍に協力して戦いました。こうして、大英帝国の基礎が海賊によって作られていく過程を本書は分かりやすく解説しています。また、先にも述べた香辛料やコーヒー、紅茶がイギリスにもたらされることで、貴族、そして市民社会に大きな影響が与えられた経緯も本書では詳細に描かれています。当然、それらの商品の貿易を担っていたのは海賊でした。このように、16世紀のイギリスがいかに一流国家へと発展していったのかを海賊を軸に、その謎を解き明かし世界史の中に位置づけ、歴史的意義を捉えなおすというのが本書の趣旨のようです。世界史を楽しく学びたい、復習したい、という人やイギリス史に関心を持つ人におすすめの1冊だと思います。