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人生

Aug 24, 2005
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カテゴリ:人生
少し俯き加減ですが

白い花


今日、転勤の内示を受けました。辞令をもらうまではまだ日がありますが、いよいよか、という思いです。このブログをどうするかという問題にいつかは直面しなければならない、という覚悟はありました。内示を受けたときが決断の時だと考えてきました。

そこで考えた結論は、ここで中断するということです。

今までお越し頂いた方々、特にリンクを張って頂いた方々、毎日お出で頂いた方々、頻繁にコメントを残されてきた方々に、深く感謝申し上げます。また、毎日楽しみにされていた方々には、本当に申し訳なく思います。

@@@@@@@@@@

このブログでは、その日の出来事やその日自分のしたことも書いてきましたが、どちらかと言えば、ある事柄や出来事について知っていること、調べたこと、考えたことなどに重点を置いてきたつもりです。

文字にしないとそのまま通り過ぎていく事柄や出来事が、自分の指でひとたび文章になると、やはり自分の考えがまとまり、自分の知識も確かなものになります。考えをまとめ、知識の裏付けをとる作業は、自分自身を伸ばすことにつながりますから、たった半年強ではありましたが、非常に有意義な日々だったと思います。

最近は一人でデジカメにはまり、写真日記と文章日記に分け、これはまたこれで楽しい思いをしてきました。写真に付ける短い文章を考えるのもおもしろい作業でした。

デジカメで沢山沢山写真を撮ったので、思い出も沢山沢山残りました。ブログに掲載したのはほんの一部です。

@@@@@@@@@@

国境を越える引っ越しですから、これからその準備が非常に大変ですし、引っ越した後も暫くは新天地での生活と仕事を立ち上げるのに時間がかかります。毎日忙しくて、ブログを更新していくのは難しくなります。

これまでブログをほぼ毎日書き、頂いたコメントにお返事を書き、大勢の方々のブログを訪問し、自分のコメントを残すことができたのは、本当に楽しかったです。ブログを通して多くの方々と交流ができたのは、本当に貴重な体験でした。

正直を言えば、一時期中断して一段落着いた段階でブログを再開したいという気持ちもあります。しかし、新天地では仕事が更に忙しくなり、ブログの継続は事実上無理かと思います。

また、毎日この作業を続けることは、それなりの時間を要します。その分、家族と対話する時間が失われ、家族のことを考える時間も失われていることは確かです。これまでも毎日残業をして帰宅してきましたから、ただでさえ家族を犠牲にしているのにです。

家族も仕事も持ちながらブログを書き続けていらっしゃる方々も多いのですが(私も今までそうでしたが)、以上のような事情で、ここでひとまず区切りをつけることにしました。

新たな日記はもう書きませんが、このサイトは暫く残しておきます。自分が昔書いたことで自分自身に役立つ内容もありますから、そのバックアップをこれから取ろうかと思っています。

@@@@@@@@@@

これで楽天を去るという訳ではありませんから、楽天でブログを開かれている方々のところには「鐘誇猛」のアクセス記録が時々残るかと思います。折角お知り合いになれたので、時間が許せばコメントも時々残したいと思います。

皆様、どうもありがとうございました。

鐘誇猛


新天地へ






最終更新日  Aug 25, 2005 11:42:22 AM
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Aug 13, 2005
カテゴリ:人生
我が家から南西に車を40分ほど走らせたところに、マンスターという小さな町がある。そこでは北米最大という触れ込みの生け垣迷路群を擁するソーンダーズ農場が、多くの家族連れを引き寄せている。

秋の収穫時には、子供達におどろおどろしい楽しみを与えるアトラクションが用意されるらしい。夏の今は、ちょっとした水浴び施設から、黄色い声が聞こえてくる。

生け垣迷路は世界中にあり、日本でも珍しくないが、実は今日、人生で初めて楽しんだ。全部で10個ある迷路のスタンプラリーで、一番複雑なのは「15分~1時間かかる」と入口に書かれている。果たして、45分は費やした。

迷路を意味する英語にはmazeとlabyrinthの2つがある。かつて英語の授業で習ったのは、より難しいlabyrinthだ。「迷宮」という訳が通っているが、迷路でもある。

古代ギリシャの神話には、こうある。知っている方も多いであろう。

クレタ島のミノス王は、ポセイドンとの約束を破り生け贄を捧げなかった罰を受け、半人半牛の子ミノタウロスが生まれた。ミノタウロスは成長すると凶暴になったので、ミノス王により迷宮クノッソス宮殿に閉じこめられる。

一方、クレタはアテナイに戦勝し、アテナイから9年毎に7人の少年と7人の少女をミノタウロスへの生け贄として送らせた。アテナイの王子テセウスは自らミノタウロス退治をするため、クレタ島に渡る。

ミノス王の娘アリアドネはテセウスに恋をし、彼が怪物を退治し、迷宮から脱出できるよう、魔法の剣と糸玉を与える。テセウスはミノタウロスを退治し、迷宮に閉じこめられていたアテナイの若者たちと一緒に無事脱出する。

ところで、mazeとlabyrinthは通常ほぼ同義で使われているが、厳密には違うと農場のしおりに記されていた。途中で道が枝分かれしない、くねくね一本道なのがlabyrinthで、枝分かれや袋小路が用意されているのがmazeだ。

クノッソス宮殿は道が複雑すぎて、一度入ったら誰も出られない。そうであれば、これはmazeであって、labyrinthではない。しかし、クノッソス宮殿はlabyrinthの代名詞のようなもの。間違いはどこから始まったのか。

社会も人生もmazeだ。枝分かれもあれば、袋小路もあって逆戻りもする。ただ、人に作られた迷路を迷いながら進むより、自分で迷路を作った方が余程おもしろい。のではなかろうか。






最終更新日  Aug 14, 2005 12:58:44 PM
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Aug 12, 2005
カテゴリ:人生
昼前は自動車小売店と銀行で時間もお金も無駄にしてしまったが、午後は小澤征良著「おわらない夏」、映画「マダガスカル」、同じく「ハウルの動く城」を収穫。午前と違って非常に得をした気分だ。


「おわらない夏」は、若くみずみずしい感性で自らの子供時代を描いたエッセイだ。だから、著者の父・小澤征爾の裏話を期待したり、何か深い意味を探ろうとしたりする読者には向いていまい。

Amazon.comでも賛否両論が入り乱れている。中には酷評もあるが、公の場であれほど平気で酷評するのは如何なものかと思う。

まっさらな気持ちで読んだ私には、実に小気味いい文章だった。独善的な批評はしたくないので、単に「私の感性に合った作品だし、得るものもあった。」と言うに留めたい。留めたいのだが、止まらない。

日本の社会で「どうかな」と訝しく思うものの一つに、外国に比べてやけに冷めた人間が多いことがある。
日本国民の大半は礼儀正しく、思い遣りがあり、感受性もあると信じているが、氷のように冷たく、感情の起伏がなく、極度に自己中心的な人も残念ながら増えてきている。

そういう人たちにとっては、「おわらない夏」こそ最も唾棄すべき作品に違いない。およそ感性のない人には理解できないエッセイであり、それを読むことは自分の人生にとっては時間の無駄であり、単なる苦痛でしかないと思うだろう。そしてそれを公言することもあろう。

今までの自分にはなかったものがあれば、それを頑なに拒否するのではなく、進んで受け入れるくらいの柔軟性があれば良いのにと思うのだが、違うだろうか。

人生で楽しいことはいくつもあるが、その一つに、自分にないものに出逢うということを挙げたい。違いを楽しむ。違うものに触れ、心を動かし、そして自分も人と違うことを考え、行動する。違いを楽しむ人生は、考えるだけでもおもしろく、わくわくするではないか。

これは、毎日を同じように過ごすな、ということでは必ずしもない。同じことの繰り返しで、もっと深い何かを見出すこともできるから。繰り返しの中にも、いままでと違う何かと出逢えるから。

「おわらない夏」を読んで、感性なり感受性は常に磨いておきたいものだ、と意を改たにした次第である。






最終更新日  Aug 13, 2005 02:49:45 PM
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Jul 5, 2005
テーマ:海外生活(7173)
カテゴリ:人生
島国育ちの日本人にとり、出国するというだけでも勇気が要るが、海外に住むということはそれなりの緊張感を伴う。語学の問題が第一、文化や風習の問題が第二だ。海外という言葉も、島国ならではの表現と言えよう。それでも海外旅行をする日本人の数は基本的に増えている。海外に居住する日本人の数も増えていて、平成16年10月現在の外務省統計では、約96万人に達した。私がイタリアに暮らし始めた昭和60年は、48万人だったから、この20年でちょうど倍増している。この勢いなら、恐らく今年で100万人を超えるだろう。

あらゆる出来事には必ず最初がある。日本人で誰が初めて外国に住んだのかは確定するのが困難だろう。遣隋使が派遣されるより遙か昔、日本にまだ文字がない頃から朝鮮半島と往来があったからだ。そこまで時代を遡らないが、初めてカナダに住んだ日本人にしても、本当は誰なのかは判然としない。ただ、きちんと記録が残っている人としては、永野萬蔵さんという方が1877年にカナダに渡ったことになっている。

永野萬蔵さんは1855年に長崎県口之津町に生まれ、最初は故郷で大工の見習いとして働いていた。17歳で船の修理を手掛けるようになり、どこで話を聞いたか不明だが、カナダに行きたいと思うようになった。どうも思いが募ると行動に移るタイプのようで、1877年には英国船にボイラーマンとして乗船し、カナダの太平洋側にあるバンクーバー近くに上陸した。英語は船の中で勉強したそうだ。着いたのはニュー・ウェストミンスターという町なのだが、暫くはそこを流れるフレーザー川で日本式の投網によってサケ漁を営み、その後いろいろ手掛けて一財産を成した。一旗揚げたからなのか、最初の妻が二人目の子供を出産した時に亡くなったためからか、1884年に日本に帰国している。しかし、太平洋の向こうがどうしても忘れられなかったのか、今度は米国のシアトルに渡り、ほどなくしてカナダのビクトリアに移った。そこではタバコを扱い、レストランを経営していたようだ。しかし、晩年は結核に苦しみ、1922年になると火事で財産を一切失って、失意の中、日本に戻った。そして、その1、2年後に故郷の口之津町で他界したが、永野さんの家系は今でもカナダや米国で続いている。

1987年、カナダ全国の日系人団体は、日系移民100周年ということで様々な行事を行った。恐らく日系人団体からの働きかけがあったのだと思うが、カナダの政府機関は永野さんの業績を称え、バンクーバーから北西400kmほどのところにある山を「マンゾウ・ナガノ山」と命名した。標高1968mもある立派な山だ。日本以外で日本人の名前が地名になるのは珍しいだろう。

山の名前としては、グリーンランド最南端付近に冒険家の植村直己さんを偲んで「ヌナタック・ウエムラ峰」(ヌナタックというのは元々あった峰の名前で、それにウエムラがくっついたもの)というのがある。南極には、南極越冬中に殉職した唯一の日本人である福島紳さんに偲んで、南極ヤマト山脈最高峰に「福島岳」という名前が付けられている。「マンゾウ・ナガノ山」は世界で3番目かも知れないが、フルネームが使われているのはこれだけではないか。

外国で生活するのはそれなりに緊張感が伴うと最初に書いたが、昔は今とは比べ物にならない。それも、最初の人と比べたら天地の差だろう。しかし、世界に先駆けて何かをするというのは、考えようによっては誰にでもするチャンスがある。歳を取ったと嘆かずに、初心に帰って何ができるか考えてみよう。






最終更新日  Jul 7, 2005 01:09:54 PM
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May 26, 2005
テーマ:海外生活(7173)
カテゴリ:人生
20年ほど前、イタリア中部のフィレンツェ(英語ではフローレンス)に住んでいた時のこと。街を流れるアルノ川には何本も橋がかかっているが、世界的に有名なのはポンテ・ヴェッキオ(Ponte Vecchio)。ポンテは「橋」、ヴェッキオは「古い」という意味なので、古橋ということなのだが、日本語ではヴェッキオ橋と普通呼ばれている。

ヴェッキオ橋はただの橋ではなく、橋の両側に宝石屋などの店が並んでいる。古めかしく美しいので、数々のロマンを生み、数々の映画で写され、毎日無数の観光客とフィレンツェ市民が往来する、生きた橋だ。

その橋の上には、雨が降らない限り毎日水彩画を描いていた六十を過ぎた日本人がいらした。ヴェッキオ橋の上にいるのに、描くのはヴェッキオ橋を橋の上流ないし下流から見た絵だけ。頭の中にヴェッキオ橋が焼き付いていて、それを黙々と紙に描いていく。だから勝手に「ヴェッキオじいさん」と呼んでいた。毎日毎日描いていたので、日本人でもその方の絵を持っている方は少なくないと思う。

その画家は、実は難しい人だった。機嫌が良い時に一度一緒に食事をしたことがあるが、ヨーロッパを転々として、スペインでは豚箱に入れられたという。巡り巡ってヴェッキオ橋の上が仕事場兼お店(営業許可があった訳ではない)となったが、いつまでフィレンツェにいるかは自分でも決めていないとおっしゃっていた。決してお金に余裕がある訳ではなく、ぎりぎりの生活をしてきたということだったから、苦労を知らない人に親近感を抱くタイプではなかったように思う。私は当時若かったから、親近感を抱かれた筈はない。だが、その方の苦労話を飽きもせずに聞いたのが幸いしたのか、孤独感を刹那でも癒すことができたのか知らないが、「いずれ絵を一枚差し上げる」と言われた。嬉しかったが、別に期待はしなかった。

その後画家は暫く不機嫌な時期が続き、近寄ろうものなら「絵をもらいに来たのか。」と一言。こちらはそんなつもりは少しもなかったのだが、相手はそのまま黙ってにべもないので、私も暫く近寄らないようにした。数ヶ月が過ぎた。

ある日、橋の上で向こうから視線を合わせ、声を掛けてきた。どういう風の吹き回しかと訝しく思わなかったと言えば嘘になるが、笑顔には笑顔を返さねばなるまい。その日は上機嫌だったに違いない。そして何十歳も年下の私に謝った。こちらとて別に怒っていた訳ではないので、許すも許さないもない。ひとしきり話が済んで、ヴェッキオじいさんは私との約束を果たした。

その絵は今も居間の壁を飾っている。波瀾万丈の人生を送り、気難しさがいつも漂っていた割には、今改めて見てみると、色調が柔らかく、タッチも厳しさがないことに気付いた。当時は分からなかったが、今になってヴェッキオじいさんの人となりが分かったような気がする。






最終更新日  May 27, 2005 03:06:30 PM
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Apr 30, 2005
カテゴリ:人生
石原慎太郎さんの著作「弟」を元に作られたドラマ「弟」を昨日から見ている。去年のドラマの感想を今頃書いても、外国住まいだから許されるだろう。

配役、演技、演出、脚本については他の方々がいろいろ批評したと思う。慎太郎と裕次郎の兄弟愛、或いは石原家の家族愛なども映像からひしひしと伝わってくる。が、特定の人物にかかわる愛情を本当に分かるのは、当事者しかいない。私の出る幕ではない。

「弟」の原作は430頁。映像では5回連続だった。石原兄弟が子供の頃から裕次郎さんの死までの約50年という過去を振り返っている。別々の道を歩んだ兄弟が共有した50年という時の流れが、それこそ渾身の力で描かれている。

裕次郎さんは父・潔さんと同じ52歳という若さで亡くなったとは言え、その人生を無理に1時間ドラマに凝縮すれば、表面的で深みに欠けた作品に留まってしまう。人生を綴るドラマに重みを持たせるためには、どうしても最低限必要な長さを確保しないといけない。

文庫本5冊にわたる「風と共に去りぬ」は原書でも勿論厚い。映画も231分という記録的な長さだ。映画は何度も見たし、本も3回読んだが、この作品はこの長さでないと重みが出ないと。本や映像で時間をかけないと、時の流れから生まれる感慨が十分に染み出してこない。

大河ドラマが大河である所以は、太さと長さがあるからだ。長さは時の流れに他ならない。それも刹那を引き伸ばして長く描くのではなく、諸々の人生を凝縮して長く描かねばならないのではなかろうか。

映像の「弟」を見ながら、セルジオ・レオーネ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984年)が重なって見えた。描かれている時の流れも半世紀とほぼ同じ。映画も205分と長い。そして、何よりもノスタルジーを描いている。背景で流れる音楽にも共通するものがあった。ノスタルジーを誘う曲の調べだ。

この種の本を読み終わり、映像を見終わった時に抱く「ああ、一つの時代が終わった」という感慨は、私にとっては「さあ、次の時代が始まるぞ」という意気込みにつながっている。「弟」は最終回を明日見ることになっている(と勝手に決めている)。見終わったら気合いを入れよう。






最終更新日  May 1, 2005 03:28:07 PM
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Apr 12, 2005
カテゴリ:人生
仕事の面で駆け出しの頃に大変尊敬し、大変お世話になった方が3日前に亡くなった。

自分が年を取るということは、かつての上司も年を取る。既に引退して久しい方々は次々とこの世を去って行かれる。そうでない方々も人生半ばで命を落としていかれる。それは宿命であって、割り切るしかないのだが、やはり亡くなられる一人一人の方々をその時に偲び、昔日に受けた薫陶を思い起こすことが、故人の供養にもなるかと思う。

今回亡くなられた方は、駆け出しの私から見たら超人のようであった。とてつもない記憶力と恐ろしく鋭利な頭脳。部屋に呼ばれて、「11日前に来ていた○○の資料をもう一度見たい。」と言われても、こちらは「何で11日前の資料の名前まで覚えているのだろう。」と思うばかり。何気なく質問をすると、「○○という面はあるが、1の場合には△△、2の場合は××、3の場合は▽▽という影響が出る可能性があるから、□□ということにした方がいい。」と極めて論理的な答えが瞬時に返ってくる。

それでいて冷たい方ではなかった。常に笑顔を絶やさず、「仏(ほとけ)」の異名まで持っておられた。また、あまりに気が回るせいもあるのだろう、ちょっとした行事の直前は気ぜわしく周りに指示を出し、「そこまで焦らなくてもいいのに」と思わせる面もあった。常に120%を目標とされていたようだった。

私が尊敬したのは、常に高い目標を持っておられたこと、年齢に関係なく毎日自己研鑽し努力されていたこと、権力に媚びず人に威張らなかったこと、仕事には厳しかったが部下を怒鳴るのではなく諭して育てたことが理由だ。これだけ書くと殆ど聖人か仙人のようでもあるが、それくらい偉い方だった。そして当時は、その方に追いつくには100年はかかる(つまり永遠に追いつけない)と真剣に思った。

隠居されて16年。お葬式もひっそりと近親者のみを集めた告別式で終わっている。遺言なのだろうと察した。そういう方であった。

その方が亡くなった今、希有な頭脳と勝負するのは無理としても、人格の面では少しでも追いつくよう日々精進するか、と床の中で心を新たにした。

ローマ法王の逝去もそうだが、およそ人の死というものは、その人に生前お世話になった人間や影響を受けた人間に何かを思い起こさせ、何かを残す。その大半は時の経過とともに風化していくが、決して消え去ることはないと思う。






最終更新日  Apr 14, 2005 01:46:22 PM
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Mar 7, 2005
カテゴリ:人生
時代の流れに乗ることは大切なこともあるが、軽薄に乗らない方が良いこともある。

本の読み方については、昔から多くの本が出ている。かつては濫読か精読かが問われたことが多かったように思うが、これは今時の言葉に直すと速読か遅読かということになろう。そして、今日、速読を勧める本が圧倒的に多い。速読どころか速聴もお奨めで、そのうち速話のノウハウ本も出てくるだろう。すべては時間を節約し、脳力を向上させたい人たちが先を争って買う本だ。人生に限りはあるし、時間を有効に使いたいという欲求は私自身も持っているが、何もかも速ければいいというものではあるまい。皆が急ぐ時には、誰かが少し立ち止まらなければならない。テンポが速くなる程に、その必要性は高まると思う。

速読と言っても、内容が理解できればそれで十分なノウハウ本や推理小説などは速読して良いが、文章や言葉を味わう詩、短歌、古典的文学などは速読には向かない。本来、速読が必要なのは、仕事上速く読むことが求められる場合、多くの文章を読んで自分で文章を書かなければいけない人の場合というふうに、ケースが限られていた筈だった。それがいつの間にか、そういう多読、速読の仕事師に煽られて、多くの人が速読を礼賛するようになった。

速読には多くのメリットがある。それは私も認める。eメールを読むとき、雑誌やある分野の本を読む時は、私も自然と速読している。人生で一番忙しかった時期に、1年で100冊以上読んでいた(本当の速読家は月に100冊読んでしまうが)。しかし、ある日突然本が読めなくなってしまう。というか、速く読むと頭に入らなくなる時期が来る。単に私の能力が足りないだけなのかも知れないが、そうしたこともあって、速読が良いのか遅読が良いのか、数年の間隔でほぼ周期的に試し続けてきた。

実は、結論は今も出ていない。が、一つ言えるのは、本の読み方に絶対唯一のものはなく、いくら速読の大家や知性の権威が究極の読書法を推薦しても、それは特定の人には有効であっても、それ以外の人には有効でないということだ。人はある行為についてあるレベルまで達すると、自分の経験が絶対に違いないと錯覚しがちになる。読書法もそうであるし、それ以外でもそう言える。自分を権威づけてしまって、他人にゴリ押しする。「これが本当の読書法です」とか。奢りだと思う。読む側は騙されてはいけない。少なくとも自分なりに消化するよう頭を働かせるべきだと思う。そう、本に書いてあることをどう受け止めるかは、人それぞれなのだから。


<あとがき>

上の原稿は、少し前にストックしてあったのですが、今日「遅読のすすめ」を読んで掲載に踏み切りました。

実は、本の読み方については私自身一家言あったのですが、ゴリ押ししちゃいかんと書いた側から一家言を吐くのも無節操なので、止めときます。それに、最近は、右から見ていたことをすぐに左から見て、またすぐに上から見たりする癖がついてきたので、自分の一家言も甚だ怪しいものになってきました。行き着く先は常に「無常」。「無情」じゃない、「無常」です。








最終更新日  Mar 8, 2005 05:05:04 PM
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Feb 24, 2005
カテゴリ:人生
「面接試験に受かる本」の類は、私には必要がないので一切買ったことはない。また、ウェブサイトも結構あるようだが、以下は私のもっぱら個人的な経験から個人的に気付いたことを書き記すものであり、他のサイトは参考にしていない。

世の中に特別なことはあまりない。面接の極意も極くありふれたものだ(幸せの青い鳥のようなもの)。結論から言うと、面接に受かるには以下の3つに気を付ければ十分だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、面接を受ける前に良く考えて欲しいこともある。面接を受ける価値があるか否かだ。背伸びはしてもいいが、自分に嘘はつかない方がいい。もしその組織に求められている人材と自分とが大きく異なるのであれば、最初から面接を受けない方が身のためだと思う。そこをわきまえずに不幸になっている人は実に多い。

1)面接する側の立場に立つ。
面接を受ける人は、自分が面接する側だったらどういう人材を欲しがるだろうか、ということを考えて欲しい。どういう人材がその組織に求められているだろうか、ということを予め調べて欲しい。何故面接を行うかということに思いを馳せて欲しい。言われてみれば当たり前のことだと思うのだが、面接していると、相手の立場から物事を考えていない人が多いことに気付く。気付いていれば随分違うのに。

2)やる気を見せる。
本当に採用されたいと思ったら、普通の人は一生懸命準備するだろう。しかし、信じられないことに全く準備しないで来る人がいるし、明らかに準備不足の人も少なくない。何を準備すれば良いかは技術論で、組織によって異なる。昨日の話ではないが、想定問答は役に立つ。仕事の場でスラスラ発表する人、いきなり質問されてもスラスラ答える人は、陰でいつも準備をしている。見えない努力をしている。ましてや採用面接は自分の一生を左右し得る人生の重大局面なのだから、そういう時にきちんと準備ができない人は、恐らく将来仕事の場面でも準備をしないだろう。面接する側はそう考える。
逆に、やる気を見せたいがために度を超えるのも考え物だ。面接する側にとっては、協調性や常識がない人物に見える。ものには限度というものがあり、大抵の人はそれをわきまえていると思うが、中には分からない人がいる。実は、そういう人は価値判断の基準が普通の人とずれているから、口で言ってもなかなか直らない。分からない。ただ、私はそういう人に対して一概に否定的な評価をする訳ではない。時代がそういう人を求めることもあるから。

3)自分を普段から磨く。
最後にはここに行き着く。よほど要領のいい人は別にして、若い人が人生経験豊かな人の目をごまかすのは難しい。年の功は馬鹿にしてはならない。若い人がアピールすべきは、今持っている自分の長所と将来性だ。落ち着き、安心感(こいつに任せておけば大丈夫と思わせる)、笑顔・明るさ、前向き姿勢、声量、問題解決能力(日本の面接には少ないが、これこそ必要。なぜ面接で試さないのか不思議でならない)などなど。しかし、自分を磨くのは本来は面接のためではない。自分を磨いていれば、結果的に面接で苦労することもなくなるというに過ぎない。立派な人物になりたい、尊敬される人物になりたい、素晴らしい人物になりたい、と考える人が最近減っているような気がしてならないが、杞憂だろうか。

<あとがき>

多くの人を面接して感じ入るのは、世の中には如何にいろいろな人がいるかということです。

どこに行ってもトップレベルだろうと察しの付く人。
本当に受かる気があるのか疑わしい人。

緊張のあまり、震えの止まらない人。
緊張感のかけらもなく、単にだらしない人。

身なりがきちんとして、ぴしっとしている人。
背中が曲がって、よれよれのシャツを着てくる人。

周囲に明るさを振りまく人。
部屋中を沈み込ませる人。

自分で自分に酔ってしまう人。
うまく行かずに途中で泣き出してしまう人。

判断が安定していて、信頼が置ける人。
突飛すぎてどこに飛んでいくか分からない人。

目から鼻に抜けるように頭が切れる人。
質問の意味を何度も取り違えて、結局答えられない人。

面接が終わった後に実に見事に部屋を退出する人。
面接が終わっていないのに、勘違いして退出する人。

きりがありません。






最終更新日  Feb 25, 2005 04:39:17 PM
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Feb 23, 2005
カテゴリ:人生

面接対策用のマニュアル本は巷に溢れているので、ここでその要約版、縮刷版を作るつもりはない。当日は服装をこうしろとか、爪を切っていけとか、髪の毛はどうしろとか、スーツは紺色系にしろとか、そういう外面的なことは私にはどうでも良い。面接を受ける人たちには大切なことだが、大切なら自分で気を遣うだろうからここで触れるつもりはない。

採用する側の立場から物を言う前に、自分が人生で一度だけ受けた面接を思い起こしてみたい。はるか昔のことなので詳しいことは記憶の彼方になってしまったが、明らかに自分に欠けていたことを列挙してみたい。
1)想定問答をきちんと準備していなかった。
2)調べておくべきことを一生懸命調べていなかった。
3)自分が磨かれていなかった。

この3つだけだ。が、この3つが欠けるというのは重大だと思う。面接で尋ねられた質問は、人を落ち込ませるに十分だった。入室して暫くは沈黙。こちらは一人、相手は5~6人。で、第一声は、、、

「君は大学の成績が悪いね。どうしてこんなに悪いんだろ。」
(余計なお世話だ。大学の成績で人の善し悪しが分かるか!と思いつつ)
「はい、クラブに精を出していたからです。」
(というつまらない答え。その後クラブの話が続いたのに)

「単位もぎりぎりだね。」
(なんで人の傷口にカラシを塗るんだ!と思いつつ)
「はい、試験が終わった後、単位が足りないのではないかと思って、一瞬青くなりました。」
(あっ、本当のことを言ってしまった。相手も笑っている。)

(その後、友達も後で笑った珍問答が続いて)

「で、君はこれに落ちたらどうするんだ。」
(これで終わりか、、、と思いつつ、思わず)
「来年また来ます!」
(えっ?来年も来るって?でも、これはもしかしたら殺し文句になったかも知れないと即座に思った)

自分ではマナーはきちんとしていたと思うが、受け答えが多分普通の人と違ったのだと思う。というか、いろんな人からそう言われた。最初から受けを狙うのはどうかと思うが、相手の印象に残るということはとても大事だということを述べて、後は明日に持ち越すことにしたい。

<あとがき>

今晩、カナダ自然博物館というところで、ある行事に参加してきました。この博物館、玄関ホールにでかい肉食恐竜の模型がど真ん中に立っています。等身大で、肌も本物のようで、臨場感に溢れる作品です。で、この恐竜と「面接」しました。無言の面接で、私の視線は大きく開いた口の中に見える恐ろしい歯並びに釘付け。ジュラシック・パークで恐竜を目の前にしたら、この世で最後の面接となるでしょう、などと楽しい想像を膨らませつつ、図太い神経を鍛えるのに恐竜との「面接」は役立つのだろうかと考えたのでした。






最終更新日  Feb 24, 2005 03:12:27 PM
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