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バベルの図書館-或る物書きの狂恋夢

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カテゴリ:書評
見出し:怪傑ゾロ誕生までを描いた、オフィシャル「成長小説」。

イサベル・アジェンデ著、中川紀子訳『ゾロ:伝説の始まり』(上・下)(扶桑社)

 ドン・ディエゴがいかにして黒いマスクを着けるにいたったか?愛馬・トルネードに跨り、片手に鞭、片手に名剣・フスティシアを携え、颯爽と荒野を駆ける“カピストラノの疫病神”怪傑ゾロ誕生のいきさつは?あの黒装束の伝説のヒーローの「ビギンズ」と来れば、これを読みたくない人が果たしているだろうか。
 本書は、中南米文学では必ず名の挙がる、ペルーはリマ出身、『精霊たちの家』で知られる名手・イサベル・アジェンデによるオールドファッションな冒険小説へのオマージュ的一作である。しかも、『怪傑ゾロ』原作者ジョンストン・マッカレーの版権に意見できる筋から、正式にオーソライズされたオファーによって書き上げられた作品なのである。
 滅法面白い。ゾロ誕生までの道のりを目の当たりにした謎の伝記作者が、思い出を語っていくという仕掛けも、このあまりに有名な伝説的英雄の誕生秘話を客観的にする点で奏功している。「マスク・オブ・ゾロ・ビギンズ」なんて、誰だって飛びつきたくなるはずだ。
 とはいえ実はこれ、作者の目線から(そしておそらく読者による、なにか「ビギンズ」のようでそうでないような、微かな違和感から)すれば「ビギンズ」ではない。一応、ビルドゥングスロマン、つまり成長物語という位置づけになっている。昨今「ビギンズもの」が流行だが、ビルドゥングスロマンとなると、これは話が違う。いかにしてドン・ディエゴがゾロになりし哉、という筋書きに相違ないが、厳密には「ビギンズもの」と「成長物語」では両者は違うからだ。なるほど、これは「ゾロ版青春グラフィティ」か、はたまた「ゾロ版青春白書」か。
 内容としては、やや荒唐無稽の感もあり、説明的に過ぎる部分も散見され、あまりにたくさんのアイディアを背負わされた(および、原作との整合性を意識させられすぎた)作品、という印象は否めない。しかし、怪傑ゾロのサイドストーリー、あるいは一種のスピンオフとしては相当に読ませる正統派冒険小説だ。
 また、この作品が「ビギンズもの」でなく「青春グラフィティ」だと分かれば、ディエゴ少年がヨーロッパでサーカスをしたり、ジプシーと恋したり、秘密結社に入ったり、などといった武勇伝があったら確かに面白いには違いない、と理解できる。だが、この武勇伝には楽しい話ばかりが出てくるわけではない。そこに着目すると、今度は、本作で描かれるドン・ディエゴが、後の怪傑とは結びつかない。どんなに事実の裏付けが語られても、これだけの悲喜交々を経験した男が、あれほどからりとした快男児にはならないのではないか、という疑念が湧いてしまう。実際人格とはそういうもので、それはフィクションにおいても同じことだ。パーソナリティ造形という意味では、このジェットコースター小説と原作との接点には首を傾げざるを得ない。
 加えて、ディエゴ少年がやがて青年となり、ドン・ディエゴ=ゾロとなるまでの成長物語でありながら、実は作中、ディエゴ自身が一番退屈な人物である。逆に、その脇を固める人物達が、大物からちょっと出のカメオ級まで、非常にいきいきと豊かに描かれているのが特徴的である。
 なにしろかの名高きゾロだ。だから、大作家の力量をもってしても、十分に描くことは躊躇われたのか、という勘ぐりとともに、「そうか。この個性的で素晴らしい人たちが、のちのゾロを生んだのか」というさわやかな納得も抱いてしまうのである。いずれにしても、ヒーローの種明かしは、畢竟、伝説をミステリアスでなくしてしまうということだろうか。
 怪傑ゾロ誕生の物語。読者諸氏はどのように読まれるであろう。(了)


ゾロ(上)


ゾロ(下)

著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。





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Last updated  2008/06/30 02:23:03 PM
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