ここん

2007/05/13(日)20:16

【歴史人口学について・少子化問題について】人口増加に必要なもの:次世代に幸福を引き継ぐ力

前回の続きです。日本の人口増加期に見られる特徴を書いていこうと思います。 結論を一言で言うと、 「次の世代に現世代の幸福をより多く引き継げるような社会では、人口が増加する」 ということではないか、と考えました。 以下、その根拠です。 日本は歴史上4度、人口増加期を経験しているようです。 4度とは、 1.縄文時代前期~中期、(人口:26万人) 2.弥生時代~平安時代、 (人口:700万人) 3.室町後期~江戸時代前期、 (人口:3250万人) 4.明治~現在  (人口:12000万人) で、今は明治時代以降の人口増加が鈍化して、ついには止まって人口が減少し始めた時期です。 それぞれの時代を見ると、基本的には「人類にとって生産のシステムが変わるごとに、人間社会全体の生産性が飛躍的に向上し、『社会が支えられる人間の数』が増えて、人口増加につながる」ということがわかります。 ○縄文時代は、狩猟による食料確保の方法が進化し、高度化して人口が増えますが、気候の影響を大きく受けたため、気候の寒冷化とともに人口が停滞し、やがて減少したようです。 ○弥生時代以降は、水稲農耕により、食料が比較的安定的に確保できるようになりました。しかし、開墾があるていど一巡し可耕地が減少するとともに、気候変動が起こり、人口が停滞したようです。 ○室町時代以降、経済社会が確立し、再び人口を支える力が上がっていきます。経済社会の発展とともに、食糧確保の生産性も上がったということががありました。また経済社会が発展することで「自分が食べられる分以上作っても仕方ない」状態が「作れば作っただけ恩恵を受ける」ことになった、という要素もあったのではないかと思います(これはぼくの推測です)。しかし、「生物の力」をエネルギー源とした経済社会だったので、やがて「人間・生物の生産性」がボトルネックとなり、人口が停滞する。 ○最後に、工業化が起こり、「生物のエネルギー」だけでなく「鉱物・地下資源エネルギー」を使えるようになることで、人類の生産性が飛躍的に高まります。そのことで、さらに「社会がさえられる人口」が増えて人口増加につながります。しかし、そのシステムも行き詰まりを見せつつあるのが今現在の世の中、ということになります。 上記に共通するのは、「人口を支える力」を得ることによってはじめて、人口が増えるということですね。 しかし、一方で「人口を支える力」というのは「メシを食える人数」ということを必ずしも意味しないということです。(現在にあてはめればわかりますが「食うだけ」を考えれば、多くの家庭は4~5人の子供は支えられるでしょう。でも、子供を増やそうというインセンティブが働かない) 江戸時代でも、人口が停滞していた時期でも「家庭の生活水準は、落ちるどころかむしろ高まっていたようです。 ということは、むしろ、重要なのは「メシが食えるか」ではなく、「今の幸福レベルを、次の世代に引き継げるか?」ということだと思います。 例えば、開墾する土地が周りにたくさんあれば、子供をたくさん産んで、彼・彼女らが分家して開墾することで次世代に「幸せを引き継ぐ」ことができます。しかし、開墾が一巡してしまうと、「たくさん子供を産めば産むほど、一人当たりの食い分が減ってしまい、次の世代は今の世代に比べて相対的に不幸になってしまう」ということになり、人口が増えない、ということではないかと思います。 現代でみると、(これは、ぼくが歴史人口学の本を読むきっかけとなったセミナーでも言っていたことですが)「IT革命」(って死語ですが)は、本当の意味での人類にとっての革命的な出来事なのか?というと、少なくとも「人口を支える力」を増やすと言う意味でそうなっているわけではないですね。 世の中の多くの人が「この仕組みを次の世代に引き継ぐことで、子供が4人も5人もいても、彼・彼女たちに自分と同じ/それ以上の幸福を引き継ぐことができる」という具合には感じないと思いますので。 そういう意味で、人類にとって本当に革命的な出来事なのか?というと、そこまでは行かないのではないか、と思います。 ということで、人間の社会全体で「次の世代に引き継げる幸福の総量」を拡大しているか?していないか、ということが人口増加に大きな要因になっている、というのが本を読んだ感想です。 で、次は「幸福を引き継げるか」とともに重要な「人口を維持・拡大するためのライフスタイルがあるか」ということについて書いてみようと思います。

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