日経ビジネスオンラインにアレックス・カーさんの記事が掲載されています。
徳島県の祖谷地方、神山町について語っています。
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以下日経ビジネスオンラインから
この景色は「嫌だ」と思うことが大切です
ヘンな景観にも素晴らしい景観にも気付かなかった日本人
2015年12月25日 アレックス・カー、清野 由美
(写真)バチカンのサン・ピエトロ広場(現状)©Alex Kerr
(写真)バチカンのサン・ピエトロ広場(改善)
大型駐車場ができたことによって、実に便利になりました。アスファルトは危険ですから、ご注意ください。(写真とキャプションはいずれも『ニッポン景観論』より引用) ©Alex Kerr
冒頭の写真は、アレックス・カーさんが著書『ニッポン景観論』(集英社新書)の中で使った、日本の「景観テクノロジー」とバチカンのサン ピエトロ広場をモンタージュしたものです。
添えられたキャプションのブラックユーモアに、思わず笑ってしまいます。
しかし、笑った後に苦い思いにとらわれないでしょうか。
日本にはすばらしい歴史的遺産や文化が各地にあります。それらは21世紀の有望産業といわれる「観光業」を支える資源であり、世界に比肩する大いなる資産(レガシー)です。それなのに、現実ではこのモンタージュのような光景がいたるところで繰り広げられ、その価値を損なっているのです。
アレックスさんのユーモラスで辛辣な視点から浮き彫りになる、日本の景観が抱える問題点とは何か。それに対する有効な処方箋とはどういうものか。日本の都市とコミュニティについて、多くの取材を手がけてきた清野由美さんが聞き手になって、それらを探っていきます。
清野由美(以下、清野):アレックスさんは、日本の景観を批評するだけでなく、古民家と地域コミュニティが残る場所を見つけて、その再生をみずから仕かけています。
アレックス・カー(以下、カー):徳島県の祖谷(いや)、長崎県の小値賀(おぢか)、奈良県の十津川村と、いろいろなところで古民家を核にした地域再生プロジェクトを手がけています。
例えば祖谷では、8棟の茅葺家屋を順番に改修して、一棟貸しの宿泊施設に再生しました。今年の春に全棟の改修が終わって、稼働が始まったのですが、国内からはもちろん、アメリカ、オーストラリア、フランス、ドイツ、シンガポールと、各国から個人旅行者が泊まりに来てくれています。
<公共事業で古民家改修>
清野:プロジェクトは、どういう枠組みなんですか。
カー:祖谷の場合、事業主は祖谷がある徳島県三好市で、原資は国と地方自治体から交付される補助金です。僕が代表を務める「篪庵(ちいおり)有限会社」が資金面と改修デザインを含めた全体の枠組みを発案して、完成した後は、NPO法人「篪庵トラスト」が管理と運営を担います。
清野:ちょっと話が逸れますが、「篪庵」って、私は読めませんでした。竹かんむりに虎という字を「ち」と読むなんて、普通の日本人は知らないでしょう。
カー:「篪」は竹でできた笛のことで、古来、日本にあった楽器なんですよ。すごく繊細な音が出て、それが日本の田舎の景色にぴったり。昔からすごく好きなんです。
清野:話は戻って、祖谷のプロジェクトはつまり公共事業なんですね。
カー:そう、立派な公共事業です。
清野:でも、そのイメージは、これまでの公共事業とずいぶん違っていますね。今までの公共の地域おこしといえば、補助金で「○○館」といった観光施設、ミニテーマパーク、ミニゴルフコース、公民館、温泉浴場、大型駐車場などをつくりましょう、という類が多かったでしょう。
カー:僕が手がけるのは新築ではないんです。ベースはその地域に残る建物。過疎で人が住まなくなった空き家を持ち主から提供してもらって、そこを改修します。例えば祖谷では、築100年から300年にもなる茅葺農家があります。そんな家は、柱と梁がどっしりしていて、実に貫禄があるんです。
改修の際は、外観と内部の様式を徹底的に保存します。同時に、水回り、暖房、断熱を完璧に整えます。ですから改修が終わると、外見はほとんど変化していない。「あんなに大変な工事だったのに、何も変わっていないじゃないか」と、みんなが軽く失望するくらいなんですよ(笑)。
<「便利なもの」がないところほど可能性がある>
清野:日本が人口縮小の局面に入った今、「空き家」をどうするかが、大きな問題になっています。
カー:空き家はプラスに転用できますよ。空き家は「ホープ」です。
清野:従来の価値観ではマイナスとみなされるものが、希望に転じる。そういう転換ができる何かほかの要素ってありますか。
カー:例えば祖谷は山が多い四国の中でも「秘境中の秘境」といわれる場所です。谷を流れる祖谷川の両側に、険しい山々がいくつも重なっていてね。そのように、秘境であるとか、交通の便が悪いとか、過疎だとか、新幹線やショッピングモールのような「便利なもの」がないとか、そういうところほど、実は大きな可能性を持っているんですよ。それに気付いてほしい。
清野:確かに今の日本は、どこに行っても便利で、ベルトコンベヤーに乗せられているみたい。「ああ、旅をした」という実感が薄れています。
カー:非常にベーシックなことを言いますと、何もなくていいんです。祖谷は、あの険しい山の美しさがいちばんの引力。人も温泉もいいけれど、ある意味、山に尽きる。そういう「唯一の景観」があれば、やり方次第で地域の観光産業を飛躍させることができます。
清野:"アレックス・スキーム"の、公共事業としてのメリットは、どこにあるのでしょうか。
カー:今時の工務店は、古民家改修の機会がなくなっていますので、伝統的な技術が分からなくなっています。ですから、地元の工務店さんは古民家の改修をすることで、その経験が積めますよね。それと、古民家の雰囲気にあった家具も必要になりますから、地元の職人さんには家具製作の機会が出てきますね。
宿泊施設では、地元のおばあちゃんが食事の提供や部屋のお掃除に活躍してくれています。宿泊施設の運営には、よそから移住してきた若い人たちが携わってくれているんですよ。小さい輪なんですが、そんな「産業」が地元で興って、新しい仕事の機会を作り出している。地域の生活文化を継承しながら、そこに住む人たちが地元のよさを再発見して、暮らしが活性化していく。これからの「地方創生」に必要なことだと考えています。
<子供のころに夢に見ていたお城があった!>
清野:祖谷は、そもそもアレックスさんの原点といえる場所ですね。
カー:僕は米軍の弁護士をしていた父の赴任で、12歳の時に日本に来て、横浜に2年間住みました。1960年代の日本は、まだ古いもの、古い習慣がいたるところに残っていて、それが僕の目には神秘的なまでに美しく映った。アメリカに帰っても、大好きな日本が忘れられなくて、毎日、日本製のインスタントラーメンを食べていたくらい(笑)。
大学も日本のことを学べるところに行きたいと思い、イェール大に日本学部があると知ってから、猛勉強しました。大学時代は休みになると日本に来て、北海道から九州までヒッチハイクでいろいろなところを回りましたよ。
清野:日本では、1970年の大阪万博を機に、全国で都市化が起こっていた時期ですね。
カー:僕は都会には興味をひかれなかったんです。それである時、祖谷にたどり着いたんですよ。祖谷は、それまで見ていた日本の風景とまったく違っていました。
清野:へえ。どんなところがですか。
カー:日本人が住む場所は、もちろん平野部が多いわけです。田圃も多くは平野部に広がっています。でも、祖谷はそういった平地がまったくない場所。しかも、あまりに谷が深いので、麓の集落というものもないんです。ほら、麓には日が射さないから。
清野:なるほど。
カー:その代わりに、土地の人は日が当たる山の中腹に家を建てて、散らばって住みます。その、斜面にある茅葺農家の眺めというのが、独特の風情なんです。
当時からずいぶん過疎が進んでいましたが、道のない斜面を上ったり、下りたりしながら、100軒くらいの空き家を探検したでしょうか。ある日、ついに理想の家を見つけたんですね。もう人は住んでいなかったのですが、聞いてみたら、かつてのタバコ農家で、築300年くらい。300年前の様式ですから、床は畳ではなく板張りです。その板張りに囲炉裏が切ってあります。梁も柱も床も黒く煤けていて、ものすごくカッコよくてね。子供のころに夢に見ていたお城がここにあった! と興奮しました。
清野:で、どうしたかというと?
カー:父の友人から借金をして、その家を38万円で買いました。それが74年。借金は5年をかけて返しましたが、返した時に不動産としての価格は下落していました。当時の日本では、とても珍しいことでしたよ(笑)。
清野:その茅葺農家が、現在アレックスさんのNPO法人の拠点になっている「篪庵」ですね。
カー:そうです。手に入れてから、ゆっくりと時間をかけて、改修を行っていきました。友人を集めて茅の葺き替えをしたり、書を楽しむパーティーを開いたり。外国人の友人もよくここを訪ねてきました。いつか四国が観光統計を取った時に、徳島県だけ突出して外国人観光客の割合が高い。しかも祖谷という、何もない山奥に集中している。「なぜだ?」ということでお役所の人がフィールドワークに来たこともありました(笑)。
清野:アレックスさんのお話を聞いていると、とても楽しそう。都会と変わらぬワクワク感があります。
カー:都会も山奥も、楽しみには事欠かない。とりわけ祖谷は桃源郷だね(笑)。そういうところに住んでみたいという人たちから、「家を紹介してくれない?」と、よく声を掛けられます。需要に応えていくことが必要ですが、まだシステム化できていない。祖谷に限らず、空き家はあって、そこを使いたい人もいるんだけども、両者を合わせる仕組みがないことが課題ですね。
<竹田市で「アーティスト・イン・レジデンス」>
清野:アレックスさんが関わっている別の地域で、そういう取り組みをしているところはありますか。
カー:今、いろいろなところで「空き家バンク」の仕組みができていますが、例えば大分県の竹田市は、それを活用して「竹田市アート・イン」という、面白い地域おこしをしていますよ。
清野:竹田市は知名度は高くありませんが、滝廉太郎の「荒城の月」の舞台となった岡城址があります。といっても若い人は知らないかもしれませんが、岡城址は、最近では「天空の城」ということで人気を集めています。
カー:あのお城の眺めは、すばらしいよ。まさしく天空の城。
竹田アート・インは、「アーティスト・イン・レジデンス」という、世界各地で行われている手法をベースにしたものです。竹田で創作活動をしたいというアーティストを受け入れる滞在施設(レジデンス)を市民から募り、市が運営する「レジデンス・バンク」に登録。そのバンクを通して、アーティストと登録者とのマッチングを図る仕組みです。ロシアから来た絵描きさんとか、日本の若いアーティストとか、いろいろな人が竹田に来て、数カ月滞在する中から、定住する人も出てきました。
清野:アレックスさんは、どこで関係しているんですか?
カー:観光客用の宿泊施設となる家を直しているほか、実際にアーティストを紹介したりもしています。
竹田に行って特に楽しいな、と思うのが、若い人たちのグループに勢いがあることです。あんな田舎なのにね。
清野:地元の若者ですか。