素敵なミュージシャン達

111.ザ・モップス

今後、加筆していきます(文中敬称略)

ザ・モップス


朝まで待てない


ザ・モップスの前身は、星 勝、スズキ幹冶と村上 薫の3人で学生時代にチェックメイツという名のバンドでインスト中心に活動していた。

バンド名の由来は、モップからでモップで掃除するように日本の音楽シーンを掃除(音楽革命を起こす)したくて。

モップスは、R&Bを基調に、日本で初めて結成されたサイケデリックサウンドのグループで、デビューに際して、LSDパーティーを開いた事でも有名なバンド。

更に、ビジュアル的にも優れていて、メンバーが各々サイケファッションに身を包み、ドラムを真横に向けて叩いたり、目隠しをして唄うなど、アバンギャルドなスタイルが印象的。

'67年、中川三郎のディスコティック(ザ・テンプターズもこの場所からプロに)で演奏していて、ホリ・プロにスカウトされた。

メンバーは、星 勝(Lg)、三幸太郎(Sg)、村上 薫(Bg)、スズキ幹冶(Ds)、鈴木ヒロミツ(Vo)の5人。
'68年、村上 薫が家庭の事情で脱退後、三幸太郎が(Bg)担当に。

'67年11月10日にビクターより「朝まで待てない/ブラインド・バード」でレコード・デビューする。

※B面の「ブラインド・バード」は、歌詞(阿久悠)に不適切用語があり、放送禁止歌に指定されデジタルCDには未収録

モップスは、小沢征璽指揮の日本フィルオーケストラと共演したり、三島由紀夫の「憂国」をロックで演奏するなど他のGSを圧倒していた。

'68年秋には、東芝音楽工業に移籍しバンド名の頭にある冠のザをとりモップスにバンド名を変更する。
'74年4月東京中野サンプラザでの「モップスさよならコンサート」を最後に、5月に解散する。

※モップスのコンサートのオープニング・アクトを担当したのが、当時無名の井上陽水。そして、モップスの追っかけをしていたのが高校生の荒井由実(松任谷由実)

モップスはデビューから解散までに、次の17枚のシングル・レコードをリリースした。

「朝まで待てない/ブラインド・バード」'67年11月10日発売、「ベラよ急げ/消えない想い」'68年3月5日発売、「お前のすべてを/熱くなれない」'68年8月5日発売、「眠り給えイエス/週末の喪章」'69年11月10日発売、「ジェニ・ジェニ'70/パーティシペイション」'70年5月5日発売、「朝日のあたる家/ボディー・アンド・ソウル」'70年8月25日発売、「御意見無用/アローン」'71年1月25日発売、「月光仮面/アジャ」'71年3月25日発売、「森の石松/まるで女の様に」'71年9月25日発売、「なむまいだあ/サンド・バックの木」'72年2月5日発売、「雨/迷子列車」'72年5月5日発売、「たどりついたらいつも雨ふり/くるまとんぼ・アンドロメダ」'72年7月25日発売、「フーズ・フー・イン・マイ・ライフ・タイム/A面の英語バジョン」'72年11月20日発売、「御用牙/牙のテーマ」'72年12月20日発売、「気楽に行こう/オー・ダーリン!」'73年1月6日発売「晴れ時々にわか雨/俺らの追分」'73年5月5日発売、「あかずの踏切り/生まれた時から王様だった」'73年12月1日発売
(「朝まで待てない/ブラインド・バード」から「お前のすべてを/熱くなれない」までビクターより、「眠り給えイエス/週末の喪章」から「御意見無用/アローン」までエキスプレスより、「月光仮面/アジャ」以下はリバティーより)


モップスのリード・ボーカリストの鈴木ヒロミツさんが逝去!

ご挨拶001
GS時代に世話になったホリプロから独立せずに後輩の面倒見のいい最古参ミュージシャンで、個性的な俳優として人気を博した。

モップスが、'74年に解散となり『モービル石油』テレビCMで一躍茶の間の人気者に。その後俳優と司会に。
TBC系のドラマで刑事役の『夜明けの刑事』、『新・夜明けの刑事』、『明日の刑事』、映画で印象に残っているのが東宝の『戦国自衛隊』などの俳優業、若者向けの『レッツゴー・ヤング』の司会業など好感のもてるキャラクターの持ち主でした。

鈴木ヒロミツさんは、身体に似て、大食漢であり酒豪でもあり、洋酒のボトル1本をカラにするのもお手の物だったようです。
美味い食(珍食)への拘りが強く、世界中の珍食材をテーマ(芸人生活35年、ドラマのロケや料理・旅番組のレポーターとして、日本と世界各地の珍品逸品を食べてきた中から思い出深いエピソードをまとめたもの)に著書した『食わずに死ねるか!』を'02年3月に実業之日本社から出版している。

'06年12月末辺りから、腹痛などに襲われ体調不良を家族に話していたようです。
年が明けた'07年1月に検査入院。しかし、既に末期状態で手術を施す手立てもありませんでした。
この病院で、家族立会いの下に医者から『余命3ヶ月』の告知を受けました。

その後、複数の病院でも検査を受けたのですが、診断結果は同じでした。
そして、鈴木ヒロミツさんが決断したのは、
入院治療せずに、自宅療養しながら週に1度の通院と投薬。残された余命の貴重な時間を家族と共に過ごしたい!
との理由で。

3月13日に病院に通院して、そのまま入院。
翌14日に容態が急変し、一人息子で大学2年生の雄大さんの名前を何度も呼びながら、家族にみとられて静かに旅立ちました。

モップスのミュージシャンで、誰からも愛された俳優の鈴木ヒロミツ(本名:弘満)さんは、'07年3月14日午前10時2分 肝細胞がんのため死去 享年62才 合掌

その遺志は、ご子息の雄大さんに引き継がれ、近い将来、ホリ・プロから素敵なミュージシャンとして飛翔していかれることでしょう。

※鈴木ヒロミツさんの死去から2ヶ月の、5月14日に『余命三カ月のラブレター』が幻冬舎から出版されました。
亡くなる1週間前のインタビューと、院内の病床で書いた妻の美枝子さんと一人息子の雄大さんへの手紙をまとめた本です。

最後に、
医者からの告知も冷静に受け止め、その後も気丈で、廻りを気遣い、明るく振舞った 鈴木ヒロミツさんは、あなたは凄い!


モップス レコード・ジャケット集





'07年11月03日現在



朝まで待てない ブラインド・バード ベラよ急げ お前のすべてを 眠り給えイエス
ジェニ・ジェニ'70 パーティシペイシン 朝日のあたる家 御意見無用 月光仮面
森の石松/まるで女の様に なむまいだあ たどりついたらいつも雨ふり フーズ・フー・イン・マイ・ライフ・タイム
御用牙 気楽に行こう 晴れ時々にわか雨 あかずの踏切り 朝まで待てない
月光仮面 傘がない(CP盤) 未定 未定 未定
何処かで無くしたやさしさ でも、何かが違う(表面) でも、何かが違う(裏面) 未定 未定

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