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カテゴリ:クラシック
天上から降りかかる音楽
人の心を一瞬にして捉える「迫真性」とか「切迫感」とは、結局何なのか?それはやはり、他を以って変え難い「生身の身体性」から生まれて来るのだと思う。ここの「他を以って変え難い」中味には、物理的な身体性だけでなく、そこに否応なく流れている「時間」も含まれます。「二度と起り得ない」という止まることのない時間という事象が、「迫真性」とか「切迫感」を生み出しているのでしょう。 「楽器」という道具を通しているにも拘らず、優れた演奏や音楽表現に出会うと、人はこちらに迫って来る「声」を感じるものです。そういう演奏を観ていると、楽器と演奏家は完全に一体化している、以前から使っている造語ですが、例の「拡張された身体性」を感じてしまう。イチローのバットが厳密に彼の腕の延長であるように、そうしたときヴァイオリンやフルートは奏者の「拡張された身体性」を獲得して、生き物のように「舞っている」のです(凡庸な演奏家やアスリートだと、楽器やバットとケンカしている)。 さて、ではそれがパイプオルガンとなると、どうなるか?もしこれが一人の演奏者の「拡張された身体」として迫って来たら、それはもうバケモノでしょう。伝説の「ザ・ケルン・コンサート」(1975年)で広く知られたK・ジャレットという、かなりハイソなジャズを聴かせたピアニストがいます。その彼がドイツのどこかの教会で、お家芸の「完全即興」でパイプオルガンを演奏したLPがあるのですが、まあ好みの問題なのでしょうが、これは全然面白くない。 で、その原因はハッキリしていて、彼がすっかり身体化したピアノに比べ、どう見てもパイプオルガンという楽器の巨大さを持て余している感じ。そのあたり記念碑的なピアノ・ソロの「ブレーメン・コンサート」(1973年)を聴くと、違いがよく分る。完全即興演奏でも時に「音楽のミューズ」は舞い降りて来ることがあるのか(特に後半26分ぐらいから)と思わせるほど、この時のピアノはジャレットの「拡張された身体」を獲得して、宙を舞っているのです。 してみれば、一人の人間という身体が物理的に拡張できるサイズというのは、楽器に関して言えばピアノぐらいが限界なのかもしれない。以前、ジャンボジェットが登場した折に、マン・マシーン・インターフェイスということがよく言われました。要は巨大ジェット機のサイズにパイロットの身体感覚が追いつかない、ということです(そりゃあ四階ぐらい上から、地上の接地感覚を意識せよ、と言われてもムリというものです)。 では、そもそもどうしてこんな身体化しにくい、あるいはそれを拒否したような、ジャンボサイズの楽器が登場したのでしょうか?これを考える際どうしても外せないのは、西欧音楽にはもともと二つの大きな流れがあったろうということです。 その二つとは「聖」と「俗」、つまり教会音楽とオペラという形で、並行していたのではないか?教会にとって音楽というのは、視覚効果としての建築や彫刻絵画と並んで、きわめて重要な要素を占めていて、教化のツールとしてかなり初期から、例えばグレゴリオ聖歌というような形で取り入れられていました。 聖書の有りがた味を伝えるのは、言葉による小難しい説教以前に、人々を一目で威圧する大聖堂とか鐘楼、彫刻・壁画類と、聖堂内を流れる厳粛な音楽であったでしょう。してみれば、そこに使われるに相応しい音楽は生身の身体を感じさせるよりは、むしろはるか対局の天上、つまり「神の音楽」でなければならなかったはずです。 実際のところ、石造りの聖堂内でパイプオルガンのフォルテシモをやられたら、異教徒の私たちでも五臓六腑に響き渡って、ほとんどその場に打ち倒されるでしょう。 スピーカーや映画のような「鳴り物」の無かった時代に、その効果は今どきの私たちが想像する以上のものがあったはずです。というわけで、ちょっと月並みですが、やはりJ・S・バッハの「トッカータとフーガ ニ短調」をK・リヒターで聴いてみましょう。これは宗教音楽ではなく、バッハが彼一流のノリでパイプオルガンの効果を、くまなく引き出した名曲なのですが、学究肌のリヒターの手にかかると、何と明晰に音が粒立って聴こえて来ることでしょう。 余談ですがこれを観ていると、ストップの操作に介添えが入ってますね。となると、エレクトーンのレジストリはこれの発展系と言ってもいい、ということになるのかしらん? とはいえ、この演奏をリヒターの「拡張された身体」の響きとして捉えるのは難しい。明らかに彼はバッハの意図したもの、あるいはバッハが聴いたであろう天上の響きを、どこまでも聴き取ろうとしているのであって、「我意」の音楽を弾こうとしているわけではない。明らかに「召喚」されたという意識のもとに演奏しているのです。 彼はそのストイックな求道姿勢のあまり、神経をすり減らしたのか、ずいぶん若死に(54歳)しましたね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016.07.15 14:56:37
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