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テーマ:ウルトラシリーズ(16)
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「金城哲夫と沖縄」の第二校があがってきたので、反省もふまえながら、その一部を紹介します。なお完成版は、でき次第このページ張ります。
*シナリオライター金城哲夫の本質は「多様性」であり、従って作家性の一義化は非常に困難、もしくは不可能である。 *この「多様性」の背後には金城と沖縄との関係の多義性が含まれている。 例えば「ウルトラQ」において、「南島」というモチーフを含んだ二作品「南海の怒り」と「五郎とゴロー」を比較してみると、主要なモチーフは共通している。 *実際に存在する生物の巨大版。スダール(蛸)/ゴロー(猿) *南島は素朴な人々の住む島であり、これらには戦前から連続するいわゆる「南島オリエンタリズム」の強い影響を受けている。コンパス島/イーリャン島 *中心人物はレギュラーメンバー以外に存在する。五郎/雄三(両者は漢数字を名前に含んでいる。これは重要じゃないかも?) その一方全く対立している部分もあり、殊にテーマ的には逆方向を向いているとすら言える。 *怪獣との共生/怪獣の脅威 *南島は理想郷である/南島は生きにくい因習を持っている *人為により生み出されてしまった怪獣/「自然」として存在する怪獣 *怪獣を生み出してしまったのは、近代科学であり、「人間」に対する批判を含んでいる/怪獣は克服すべき存在であり、「人間」は高らかに賞賛される。 *「軍」は悪しき存在である/「軍」は人間を守るために必要な存在である *観賞後、五郎の悲痛な叫びにより、視聴者は何か納得しきれない感想を抱く/手を振る雄三には勝利感があり、作品としては完結感がある これらの対立について、例えば切通利策氏ならば前項(五郎)が本音、次項(雄三)は娯楽作品のために作られたもの、と評価するかもしれないが、そう単純ではない。なぜならこの二つの作品の対立は、沖縄の持っていた(現在も持っている)二つの、相反する二つの指向を反映しているからである。 本土とは異なった個性的な文化/本土と同様の生活、「他府県並み」 これは大城立裕が「同化と異化の狭間で」というキーワードで論じたものである。 故郷に対する反発と愛着は、金城のみならず同時代の青年達に共通する感覚であった。 実際の論文はこんなに図式的ではなく、だらだら書いています。こっちの方が主張は鮮明かも。 なお、この文章に対するご批判等は http://8146.teacup.com/ohno/bbs まで。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Feb 21, 2004 05:54:19 AM
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