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山川方夫という作家がいる。この人は数回芥川賞の最終候補にもあがっており、直木賞候補にもなる、というマルチプレイヤーなのであるが、夭逝したため(享年35歳)結局両賞とも受賞できずに、事実上文学史から消されかけている人物である。戦後文学の専門家が『三田文学』の編集者として、江藤淳他を育て上げたという点で記憶に残る程度の小説家であろう。
が、その一方彼の作品のひとつである「夏の葬列」は、読んだことがある国民人口で、芥川の「羅生門」までいかなくとも、梶井の「檸檬」ぐらいに匹敵する、国民文学になりつつある。というのは70年半ばから現在まで、多くの教科書の中学2年次教材として採用されているからである。そしてこの作品はしばしば児童生徒にとって「最も印象に残った教科書の小説」になりつつある。一般的に「羅生門」はともかく、漱石の「こころ」などは中高生にはつまらないと思われるし、鴎外の「舞姫」は意味すらわからなかったというケースもあるので、教科書以外生涯小説など読まない、という層にとって、人生で一番印象に残った作品という可能性すらある。 あらすじは、 戦後かなりたって、主人公が久しぶりに故郷を訪れる。彼は戦時中、米軍の機銃掃射を受けたのだが、そのとき近くに年上のひろこさんがいた。ひろこさんは、主人公を守ろうと近づいてくるのだが、彼女は白いワンピースを着ていた。この色は目だって標的になると思った主人公は、彼女を突き飛ばしてしまう。そこに機銃掃射。ひろこさんは血まみれになる。その後どうなったのかよくわからないが、彼女を殺してしまったのではないか、というのが主人公の心の重荷であった。 帰郷した主人公はある葬列と出会う。その遺影を見たところ、明らかに年齢のいったひろこさんであった。なんだ、つい二、三日までは彼女は生きていたのか。主人公はほっとする。あの時死んだのではないのだ。俺は人殺しではないんだ。 しかし住民と話した主人公は真実を知る。葬列の遺影は故人の若いころの写真であり、実際はおばあさんであった。そのおばあさんは戦時中「ひろこ」という娘を失い発狂した。そのまま苦しんで生き続け、とうとう息を引き取った。ひろこさんはやはり「あの時」死んだのである・・・・ むう。一応専門家のくせに、おれはあらすじが下手だな。まあ、申し訳ないが、こういった作品である。 私自身の中学時代この教材は無かった。この作品に出会ったのは、大学の教え子の教育実習である。中学校でこのテキストを渡され、得意の速読でこの作品を読んだ私は愕然とした。ちょっと、全然救いが無いんですが・・・ 実はその通りであり、この作品は夏休み直前恒例の、「戦争って悲惨です」のコーナーに位置づけられている。まあ夏が来れば、鵜飼や地域の夏祭り同様の年中行事として、こういう作品を読むことになっているのである。「やっぱ戦争って悲惨ですよね。何の救いもありません」これがこの単元の結論である。 しかし私はこの作品のテーマが、反戦だとは到底思えなかった。たまたま極限状況の一例として「戦争」が用いられているのであり、主なモチーフは主人公の自己正当化への欲望であり、その挫折ではないのか。 さらに「戦争」をモチーフだとした場合、この作品は面白すぎるのであり、同時に細部の作り物めいた設定が気になる。戦時中に真っ白なワンピースを着た少女などありえたのか?とか、そんなに親しいなら主人公はひろこさんの母親に会っているはずであり、写真を見た瞬間直感的に、ひろこさんではなくその母親の葬列だということは自明ではないのか・・・など。 初出を調べて全ての疑問が氷解した。この作品の初出は『ヒッチコックマガジン』であり、当時山川は、この雑誌に毎号「親しい友人たち」シリーズとして、毎号ショートショートを連載していた。「親しい友人たち」というのはおそらくこの分野の先駆者であるロアルド・ダールの「あなたに似た人」に由来すると思われる。 当時の山川はいわゆる「文学」ではなく、通俗的なストリーそのものの意外性、面白さに関心を移していたのである。「夏の葬列」とは一種の知的ゲームであり、結末の落ちにこそその命がある。これを実際にあった出来事であるかのように、教育現場では教育している(続く)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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