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徒歩を楽しむ会

2007.10.07
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空全体が曇っている宮崎市内。昨日は降りそうであったが降らずに済んだ。
今日は下り坂だと天気予報は報じている。
秋雨と言う言葉があるが、最近雨らしい雨が降らない。

お百姓さんは大丈夫かしら?少し心配である。

 未明にベランダに出て見たら、街の灯りが大淀川の川面に映えて、美しかったのでデジカメのシャッターを切った。
 ビルはほとんどがマンション。灯りは保安灯である。
 寝ている間も電力は使われている。
 人間社会では欠かせない保安灯を改めて認識させられる。
今日未明3時45分.jpg
 7日午前3時45分の街と大淀川


 ー 戦争放棄 から 前進して 平和への貢献へ ー

 「戦争に負けたから、惨(むご)たらしい戦争を放棄した」と言った「消極的な印象」で終わっては「弱者の無抵抗主義者」との認識で情けないのです。

 「”戦争が人類の幸せに繋がらない事実を体験”し、過去の歴史を含めた反省の上に立って 戦争の勝ち負けを超えた視点 から"平和に貢献しよう!"」と言った「前向きで勇気のあるかたち」「戦争放棄」に繋がらなければ「本当の平和の実現は不可能」なのです。
 今年は60年の還暦を迎えた平和憲法を、生まれ還らせる転機の年としなければならない。

 日本国として日本国民として、先ず、その勇気ぶりを「アメリカに対して、当時マッカーサーから強制されたように、恩返しというかたちで平和主義を代表して強力にぶっつけていかなければならない」のです。
 
 アメリカは日本に「世界唯一の理想的な新憲法の制定」を求め、それを強制した。 その後の60年という試行期間の平和国家日本としての実績・事実を認めなければならないのです。
 この際、試行の結果評価済みの平和憲法を、あの時の日本に強要したと同じエネルギーを以て、自国に向けて受け容れ適用するための努力をしなければならないのです。
 
 そうでないとしたら、あの時点では表向きは日本に対する強制という直接的な目的であったとしても、その「真剣さにおいては全世界に対する期待であった」と考えられるのです。
 その戦争放棄・平和国家について議論した多くの関係者の努力を無視することになり、 「真の世界平和を目指して積み上げられた平和憲法とマッカーサーを裏切る」 ことに繋がるのです。

 「日本国の国力を剥奪することにより将来的な抵抗を制し、自国アメリカの世界的な覇権を狙った手段にすぎなかった」ことを実証していると考えられるのです。

 ここでアメリカは自国「自らが半世紀以上経て正しさが実証済みの平和憲法を他国に先駆けて採り入れ、その価値を世界中にアピールし、世界平和のリーダーたるべき存在にある」ことを認識すべきなのです。

 我が国は、アメリカに対して「平和憲法を強制していただき、60年間平和国家であり得た」ことに対して「恩返しのかたち」として報いるべきであります。
 アメリカ自身が「平和のリダーたる存在である」そのことに気づき認識するために、我が国は役立たねばならない立場にあることを認識しなければならないのです。

 我が国としては「平和憲法の堅持に伴う、平和国家としての60年間の実績を活かし、世界に貢献しなければならない」のです。
 もちろん、その裏には「アメリカの核の傘があったからだ」という意見も、十分考慮しなければならないのです。
 
 今日、映画「日本の青空を観賞して、現在の平和憲法が「アメリカから押しつけられた面も否定できない」が、その中身である 「原案が日本人の手で積み上げられた事実」 をはじめて知ることが出来ました。

 今まで女性ベアテ・シロタの名前は「男女共同参画社会づくり」の啓発活動を通じて認識しておりましたが、=鈴木安藏=と言う名前・人間にはじめて出会いました。
 「自分の信ずる思いに取り憑かれれた人間の、底知れぬエネルギーの素晴らしさ」を実感しました。

 映画を見終わって余韻が頭に残ったまま、大淀川河畔の3km桜並木の遊歩道を歩いて、途中久しぶりに小雨に出会い、ぬれながら家に帰った。
 シャワーを浴びて着替えたとき丁度、テレビでもNHKスペシャル「日本国憲法誕生」が放映されていたので、さっき見た映画の復習をしている思いがしました。

 日本の平和憲法は「日本1国のものだけではではない」 「世界の憲法遺産」 として通ずるものであると言った 誇りと自信 を日本国民は持たなければならないとの思いがした。

 すなわち、日本人だけの力によって護るのではなく 「世界中の平和を志向する人類全体で護るべき課題である」 と私は認識を改めて確認したのです。

 我が日本国が広島・長崎における原爆被爆国であることと「原水爆禁止運動」とは、それなりに世界中に知れ渡っております。
 私は、そのことを踏まえた上での「戦争放棄を謳った平和憲法のアピールをすべきであるが、現実は平和憲法に対する知名度が低いのでは」といった疑問を抱き続けていました。

 この二つは、別々のアピールではなく、リンクさせて車の両輪のごとく相乗効果的なかたちで 「世界人類全体の活動」 に盛り上げなければならない。その役割は日本国以外では不可能であると、私は考えているのですが。

 そのために「日本国、日本人は、どのように対応すべきか」を、より多くが考え工夫しなければならないのです。
 私は、このような感想をもちました。

 私は日頃、中国から襲ってくる公害から 自然である「日本の青空を守ろう!」 と訴えているのです。
 宮崎の白っぽい空ばかりを見せられて日本の色「空色:青」が、日本語から死語になって消え失せることを心配して、ほとんど毎日のように、このブログでもそのことをアピールしているのです。

 その時、たまたま 「日本の青空」 と言う映画と出会ったのも何かの縁であったのだろうか?
 私の身体の中では 「自然と平和が共に青空で繋がった」 かたちが出来ました。
 どちらの青も「無限の可能性を秘めた空白の青」であることを実感したのです。

日本の青空 (1).JPG

 以上の感想文を書き終えた後、映画のパンフレットに目を通し裏表紙を見たら「憲法を世界遺産に」という本が出版されていることに気づいた。
 私は感想文の中では「世界の憲法遺産」にと主張したが、憲法の文字以外は偶然に似た表現になっていることに気づいた。

 そこで「遺産」は「過去のもの」と言ったイメージであるが、「日本国平和憲法は過去のものにしてはならない」と考えました。
 そこで、これから活躍してもらわなければならないという意味から「世界の憲法遺産」は 「世界の活用資産」 と言う表現に改めたいと考えます。

 「九条を守る」と言う表現も受け身的な形から踏み出して、「九条を使いこなす」と表現を積極的な用語にすべきであると考えます。
 しかし、その前に改悪されては「身も蓋もない」ので、先ず「守った上で活用する」と考えれば「守る」と言う表現でも納得できるのかなと考えました。








最終更新日  2007.10.09 20:22:14
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