トカトントン 2.1

2005/10/29(土)23:18

(38)ある隊士の切腹

もう一回見る新選組!(50)

■この回ほど構成の巧さに唸ってしまった回はない。ある隊士の切腹。切腹当日、死に装束で西本願寺の西村兼文に話を聞いて欲しいという隊士の後ろ姿がまず写る。もちろんその彼が勘定方の彼のことだというのは見ている私たち誰もが知っていることだ。それでもカメラが回って彼の顔をとらえた時に、いつものあの剽軽な男の顔ではなかったことに幾分息を呑むのである。 ■「あれは12日前のことになります」シナリオは時を巻き戻して12日前の観柳斎と河合。西洋兵学の本を手に入れたい武田が彼に50両都合をつけて欲しいと願う場面だ。このような時系列を逆行するような技法はこのドラマでは初めて試みる手法である。それがこの回の見せ方にすごく効果的にはまっている。最初は冗談のような誰も望んでいない結末に段々と迫って来るにつれ、ヒシヒシと感じるのは法度という掟の幼稚さと、それを貫かねばならないこの男たちの哀れさである。 ■耳をすますと、ちりんちりんという鈴の音がこの回のどんな場面にも鳴っているような錯覚にとらわれる。左之助、ちょっとはしゃぐのをやめて静かにしてくれ、今、何か聞こえなかったか?平助、稽古をやめて耳をすましてくれ、ほら、どこかで鈴の音が聞こえなかったか?いや、でもそれは全部空耳なんだ。私たちはみんな、あのラストシーンの飛脚のイメージをこの回を見る時にはサブリミナルでうえつけられてしまっていたんだ、きっと。 ■この種の悲劇はいつも近藤不在の時に起こる。彼は今回、甲子太郎と共に広島へ行き、長州の幹部と接見することになっていたのだ。切腹を言い渡し、それを止められない土方。 土方「それにしても河合も、ほとほと運のない男だ。近藤さんがいれば救ってくれたはずなのに」 斎藤「だったら救ってやればいい、近藤さんにできる事をなぜあんたができない?」 土方「それは俺の役目じゃねぇ」 永倉「河合の切腹は俺が許さん。奴は優れた勘定方だ。新選組のためにも、今は死なせては、いかん」 土方「山南がなぜ死んだと思っている?ここで河合を救えば、山南の死が無駄になるのがわかんねぇのか。山南を死なせたって事は、一切の例外を認めないって事なんだ(行ってしまう)」 永倉「こんな時、近藤さんがいてくれれば・・・」 井上「局長に一番居て欲しかったのは、きっと土方さんだと思いますよ」 ■夢のシーンが今回2回登場する。ひとつはオダギリが悪夢にうなされるシーン。人を斬るのは飯を食うのと同じ事とクールに言い放っていた彼も葛山の介錯、松原へのトドメなど同僚までをも斬らねばならぬ自分の剣に追いつめられていたわけだ。今回、河合の介錯をまいど君がしなければならなかった伏線としても、そしてなにより斎藤の人間味を浮き立たせる意味でも非常に有効だった。 もうひとつは切腹当日に河合が見る夢だ。平助がバタバタ走ってきて「50両が届きましたぁ」って二人して抱き合うのだけど、これは残酷でしたよ、三谷さん。そのお金が床に落ちる音が、ちりんちりんという飛脚の鈴の音とオーバーラップしているという見せ方、聞かせ方がほとんど反則だと思う。 ■この切腹シーンの痛々しさは「友の死」を越えている。あの回は見事な武士の最後だった。潔い心、見事な作法、抜かりない介錯。しかしこの河合の切腹シーンはことごとく、その真逆をついている。最後まで「飛脚はまだ来ませんか」と決断ができない。作法は知らない。介錯役は未熟な隊士だ。秀逸だったのは「あと五つ数えるまで待ってもらえませんか」この期に及んでのこのセリフの救いようの無さは絶品である。誰も数えない、そして数えられない、いち、にぃ、さん、しぃ、ご。それは5秒でも50秒でも5分でも5時間でも5年でもなく、ただの「いつつ」でしかないというとらえかた。河合の無念が表現されていて見事である。 ■この回の総司も良い。再び喀血して孝庵医師に「あと5年生かせてくれ」と懇願する。(ここでも5がキー・ナンバーになっているんだ)みんなが河合を助けるため、金のやり繰りをしている中、ひとり彼は「命を粗末にする男のことなどかまっていられない」と、けんもほろろだ。自分の死期を察した男には人のことより新選組のために自分がどう生きるかしか興味がないのだ。介錯をしくじった谷の後始末を斎藤ではなく沖田が果たしたというポイントも大事なところだ。 ■事が終わったあとの、照英の箒を折っての咆哮、左之助の(漫画のような)グズグズ泣き、土方の柱に頭ごつん、源さんの表情も忘れられない。あのバックの音楽の荘厳さも山南切腹の回に引けをとらない悲哀を感じさせてくれた。そしてラストシーンのあの本物の飛脚の登場とその鈴の音。異色のホワイトアウトによる締めくくりもこの回の特別さを一層引き立てていた。 PS ■シナリオの巧さを整理しておきましょう。冒頭の軍議では観柳斎も近藤と一緒に行くはずだった。しかし、彼は兵学書を手に入れるためにここに残った。そして内緒で河合から隊の資金50両を借りた。もうひとりその本を欲しがっていたのは土方だった。不審に思った彼が勘定方の河合に50両の行方を追求した。観柳斎は河合を救うため、本を返却し金を返そうと思った。ところが、(敵対する)伊東派の加納がやはりその本を欲しがっていた。観柳斎は本を返せなくなった。 他の物語ではこの河合切腹の原因はもっと別の事情によるものとしてとりあげられていたが、この大河ドラマではそれは書けない。そこで三谷が用意したこのエピソード、実に周到に計算された素晴らしい作り話だと思います。 ■今回の歌の前は、寺田屋で龍馬が見廻り組(なぜか先導したのは捨助!)に取り囲まれるという有名なシーンだった。☆おりょう☆(マルミエが見たかった)さんの機転で無事、難を逃れたわけだが、そんな見せ場も吹っ飛んでしまうような本編の濃さだった。 ■今回の問題 ずばり、観柳斎が50両で手に入れた書物の題名は何? ■第38回 演出 山本敏彦 死に装束の大倉君の天井からのショットはまるで白い蝶のように見えました。ラストシーンの余韻を堪能するためかどうかはわからないが、今回は新選組を行くはお休みだった。

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