トカトントン 2.1

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  セトウツミ　/　大森立嗣

  ■池松君と菅田君が放課後、学ラン着て川辺で横並びに座って、ただただしゃべくるだけの１００分。その中央にマイクでもあれば異種M1かと思うくらい笑いの要素が強い。ふたりの役名は瀬戸君と内海君、つまりおぎやはぎ的なコンビ名をタイトルにした節がある。■全編通して同じ舞台で繰り広げられるわけだが、一話完結の原作の形を崩さずに６つのお題が映し出される。第１話「セトとウツミ」第２話「アメとムチ」第３話「イカクとギタイ」第０話「内海想の出会い」第４話「先祖と子孫」第５話「瀬戸小吉の憂鬱」第６話「出会いと別れ」エピローグ「樫村一期の想い」これはDVDのチャプター機能向きで、私はアメとムチの回を何回もリピートした。■河原には通行人もいれば、後ろの道路では車もバイクも行き来する。もちろん撮影は車両制限なり一時的な通路封鎖なりをしながら進められたと思えるが、ぼそぼそ喋る二人の声を明瞭に拾う録音技師の腕前もこの作品にはなくてはならないものだ。■原作は『別冊少年チャンピオン』に連載中の此元和津也による「セトウツミ」。この漫画の完成度が素晴らしく、この映画はほとんど原作通りのセリフ回しで実写化したもののようだ。だからセリフの掛け合いの面白さを味わうのなら自分のペースで読み進めることができる漫画の方が適しているかもしれない。■では映像化した際の強みはどこにあるかと言えば、この旬の役者二人が登場人物たちに完全に憑依して、それぞれの声色と表情と抜群の間であのやりとりを肉体化してしまっているところ。そして随所に意味ありげに流されるアコーディオンに寄るタンゴ風味の音楽の効果だろう。■しかしいつ頃からこの人を笑わせるという行為がヒエラルキーの上位に位置することになったのだろう。今では体力よりも学力よりもコミュニケーション能力がある者の方が高校生の間では優位に立っていると思う。相手の言ったことに対し見事につっこんでしまえる能力こそが周囲を唸らせる最高の技量。それが人を貶めることをしない限りはやはりないよりはあった方が良いと思う。■このふたりのやりとりを見て安心して笑ってしまえるのは、そして何度も何度も見返してみたくなるのは、いつの間にか友だちを通り越して相方と呼んだ方が良いようにも見えるふたりの関係性によるところが大きい。

  2017/01/05

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• 私たちのハアハア　/　松居大悟

  ■勤め先が高台にあるので途中の坂や急な階段を歩くのには酷な季節だ。汗をだらだらかいてハアハア言いながら目的地を目指す。側に誰かがいなくても、ひとりでもハアハア言ってしまうのは客観的に見れば気持ちが良いものとは思えない。でも止むを得ず口に出してしまうハアハアもある。■それに対して、たとえば４人の女子高生が制服で長い長い道路を自転車に乗り、猛スピードでそれをこいでいる時に発するハアハアは被写体としてそんなに醜悪なものではない。また、たとえば彼女たちが自分の好きなバンドのことについて猛烈にその愛を語る時のハアハアも自分にもそんな時期が確かにあったよなと思わせてくれてとても懐かしく思える。■神と崇めるような大好きなバンドのメンバーからまた見に来てくださいと（出待ちしていた時に）直接話しかけられたら、たとえそれが遥か遠くのライブ会場であっても実現させるべく全力を尽くすだろう。まして今は夏休みで同調してくれる仲間もいるし、時間だって無限にあるように思う。■クリープハイプというバンドの選択はこの物語を歪めていないと思う。映像に重なる楽曲の魅力はもちろんだが、なによりフロントマンとして尾崎世界観という（名前の）人物がいるというところが彼女たちをハアハア言わせてしまうような信仰心を煽るのだと思う。（ちなみに私は同じような名前のグレイプヴァインというバンドにハアハアだ。）■しかし彼女たちも最初から北九州から東京の渋谷まで自転車こいで辿り着けるとは思ってはいなかっただろう。誰が最初に自転車を捨てて、誰が最初にこの無謀な旅に文句を言い、誰が最初にこの恋みたいな信仰に疑問を投げかけるのか。まるで４人組のバンドが解散する様子を追いかけて見せているような物語にも見えてくる。■中盤、金に困った彼女たちが奔走する様は「ラブ＆ポップ」や「バウンズkoGal」の方向へ流れ進むかと思いきや、ぎりぎり「リンダリンダリンダ」の後味へと向かっていく。終盤のコンサート会場での神との出会い方はこの監督とこのミュージシャンとの関係なくしては実現できなかったちょっと奇跡的なシーンだ。■かつて感動とはそれを肌で感じた時に身も震えるような体感だった。しかしここで語られる感動は明らかにその場に自分がいたということを自撮り画像によって発信し、それが他者から認められた時に初めて得られる快感に様変わりしている。そして言葉もまた、それを直接相手の目を見て語るよりも、スマホの画面を通して瞬時に文字化されたそれの方が直接相手の心に響くように（第三者の目を通しても）見えるような気がする。

  2016/07/29

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• 四月物語　/　岩井俊二

  ■リアル松本幸四郎ファミリーが見送る視線の先は北海道からひとり東京に旅立つリアル娘の松たか子。この時は駅員だったリアル勉さんに邪魔されて肝心な「いってらっしゃい」や「気をつけて」や「電話しろよ」なんて別れの言葉は言えずに電車は出て行ってしまうのだけど。■満開だった桜が散る。引っ越し屋のトラックも花嫁を乗せるタクシーもワイパーなしでは前が見えなくなるくらい豪雨のように桜の花が散る。ちょっと外に出て荷物運びを手伝っただけなのに彼女のパーカの中にもたくさんの花びらが積もる。私もまたその一枚になれたとしたらどれほど幸運だったろう。■４月に見るための映画としてはベスト３には入る。これから始まる新しい生活、家具はどこに置こうか、明日は何を着て学校に行こうか、どんな部活に入ろうか、そして最初に仲良くなれそうな人は誰か。■新しい土地でひとり見る映画はできれば恋愛ものがいい。でもなぜかこの街では時代劇しかかかっていない。しかも周りはちょっと危ない人ばかり。今度はきっと二人で来よう。今度はもっと見る映画を選ぼう。■それでも彼女にはこの新しい場所に旅立つ目的がはっきりとあった。憧れの先輩が選んだ場所はこの武蔵野。それが地名だということは後で知ったことだが、つぶやくだけでときめく魔法のような言葉、むさしの。■先輩の働く本屋で彼女が手に取ったものはおそらくサリンジャーの「ライ麦畑」、気がついてくれたら死ぬほど幸せだけど、もしそうならなくてもまた明日来ればいい。■突然降ってくる雨はとても迷惑だけど、時と場合によってはそれが天からのプレゼントに思えることもある。先輩が貸してくれた真っ赤な傘、たとえその骨が折れていたとしてもそれでいい、いや、それがいい。■胸キュン映画ベスト３には入る。６０分ちょいという短編ながら、ここに収められた松たか子は永遠である。そして私にとっては彼女が傘を借りた相手としてワンシーンだけ登場する加藤和彦氏の姿が忘れられない。彼もまたこの映画によって永遠になった。

  2016/04/11

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  バードマン あるいは（無知がもたらす予期せぬ奇跡）/ アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

  ■見終わった後、この映画の日本版を見てみたいなという欲望にかられる。マイケル・キートンは渡辺謙。エドワード・ノートンは役所広司。レイモンド・カーバーの「愛について語るときに我々の語ること」は村上春樹の「土の中の彼女の小さな犬」。アントニオ・サンチェスのドラムは大友良英のギター。■冒頭の空中浮遊については我が国にもその本家みたいな俗物がいたのだが、色んな事情で自粛。マイケル・キートンがブリーフ一丁で歩く場所は秋葉原。それをムービーで撮ってSNSで流す手際はこちらの方がはるかに速い。■ブロードウェイなる世界一の檜舞台に肩を並べる箱は望むべくもなく彼の芝居は下北沢あたりでやってもらうことにしても、小道具のピストルに本物を使用する許可は我が国では絶対におりない。■この映画自体にも元ネタと呼べるものはたくさん見てとれるけれど、こんな映画をこれから撮りたいと思うクリエイターはものすごく多いのではないか。私にも技術と才能と財産と知識と人望と機会とセンスがあれば、こんな映画をまず作りたい。だってユーモアがあって、ペーソスがあって、映像が素敵で、俳優が良くて、音楽がかっこよいのだから。■ではそんな私に無知がもたらす予期せぬ奇跡は起こりうるかと言えば、おそらくそんなことはなく、これから先も誰かの作った映画を見ながら、うっとりしたり、羨ましがったり、時には涙したり、舞台上のエドワード・ノートンみたいに○○したりしているのだろうなと思う。

  2016/02/24

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• 海街ダイアリー / 是枝裕和

  ■葬式の場面が何回か出てきて、舞台が鎌倉で、日常のあれやこれやが淡々と語られる映画であるのに、見終った後、小津安二郎のことを全く連想しなかったのはなぜだろう。また、美貌の四姉妹（実際には三姉妹と腹違いの末娘）の話なのに、谷崎潤一郎の細雪のことを思い出さなかったのはなぜだろう。■私の実家にも梅の老木があって、毎年梅雨時になるとその木に登って梅の実をとるのが私の仕事だった。手入れなど全くしないのに、その時期になるといつも同じくらいたくさんの実がなり、それらを全部回収するにはまるまる半日は要した。■そしてそれを梅酒にしたり、梅干しにしたりするのは母の仕事で、半地下の収納場には一年前の、二年前の、古くは十年前のそれらの瓶がしまってあったりする。同じことを毎年繰り返しているだけだが、その速度は徐々に緩慢になり、どっこいしょの回数は自然に増えていった。■四人が暮らす鎌倉の民家のたたずまいを見ながら、私もまた自分が長く暮らした実家を思った。柱の傷、庭の草花、縁側で西瓜、浴衣、花火、藪蚊、そして家族。■女優陣がとても素敵だ。上の二人と末娘を誰もが賞賛するだろうから、私は夏帆を褒めよう。紺の浴衣は似合っていたし、男の趣味も独特で良いじゃないか。そして彼（レキシ！）を音楽ネタではなく、サッカーのサポーターとして起用したのも意表を突いた。それがすずちゃんの活躍にも繋がるわけだけどね。■長女にも次女にも三女にも、そして新たに末娘として迎えられた四女にも、それぞれの込み入った事情やいろんな出来事があるはずなのに、いつまでもこの映画を見続けていたいと思わせる理由は私があの昭和の家屋と同化して彼女たちの帰りを今日もまた待っているという気分に近いからなのではないかと思う。

  2016/02/23

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  ラブ＆ピース　/　園　子温

  ■ウルトラQに「育てよ！カメ」という作品がある。小学生浦島太郎君がペットのカメを９９センチに成長させたら龍宮城に連れて行ってもらえるという話で、教師やらギャングやらからの攻撃をかわして、それがその大きさになった時、彼は巨大化したカメの背中に乗ってそこにたどり着くのである。しかし夢にまで見た龍宮城は何の変哲もない・・・で、というちっとも子供向けではないお話だった。■一方、浦島太郎ならぬ、ひとりのうだつのあがらないサラリーマンを主人公にした今作も彼がペットのカメに愛情を注ぐ夢物語なのだが、その夢が実現する度合いが子供向けの作品なのではないかと思わせるくらい濃密であり、巨大化したカメもまるで怪獣映画のように平成の東京を（亀の歩みで）破壊するのである。■私たちが学生だった頃、流行っていた人生ゲームの終点は億万長者になるか貧乏農場へ行くかの二者択一だった。主人公長谷川博己は虐げられた日常をやり過ごす陰で、夜な夜な自分の逆転人生をペットのカメと一緒に段階的に夢想していた。いわく、バンドメジャーデビュー→ミリオンセラー→武道館コンサート→ソロデビュー→日本スタジアムコンサート。彼の作ったその人生ゲームには落胆や失敗は用意されてはいなかった。■終始ラブ＆ピースはカタカナ表記で表されるのであるが、ラブはともあれピースの方はおそらくpeaceではなくpieceの方で、愛と平和が世界を救う話というよりは愛と欠片が人（やその他のもの）を再生する話と言った方が近い。「愛のむきだし」ならぬ「愛とこまぎれ」。■園監督作品に登場する西田敏行という違和感は何度もあの地下水道シーンが描かれるたびに払拭されていった。捨てられたペットやおもちゃたちという様々なピースに囲まれて園子温版トイストーリーの登場人物と化した彼もまた役目を終えたサンタクロースというひとつのピースだったかもしれない。■長谷川君が劇中歌う２曲の作詞作曲は園子温自身。彼がその歌をいつ作ったのかは知らないが、それは２０年前まだ現役だったRCで始まる偉大なバンドへのリスペクトが基本にあったのではないか。ただいくらその楽曲が親しみやすいメロディに溢れていたとしても、この映画のラストで流れるスローバラードにはかなわない。

  2016/02/10

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  ジヌよさらば / 松尾スズキ

  ■矢口史靖監督の「Wood Job」はかむさり村で三浦しをんの小説が原作。そしてこの松尾スズキ監督の「ジヌよさらば」はかむろば村で原作はいがらしみきおの漫画である。どっちの村にもひと癖もふた癖もありそうな人物がたくさんいて、なぜか色香漂う女性が必ず出てくるという共通点がある。■あまちゃんの出番待ちの間に撮ったのではないかと思えるくらいのキャストの顔ぶれである。ただ、喫茶店のマスターにしろ、副駅長にしろ、担任教師にしろ、オタクライターにしろ、あの朝の顔とは違ってみんなどす黒い。それは海女クラブの女性たちにも言えることだ。■で、ミズタクだった松田龍平がこの村にやってくるところからこの物語が始まる。ジヌとは東北弁で銭(お金)のこと。東京で色々あってお金に触るとアレルギーが出るほど痛い目にあった彼が何も買わない、何も売らないを実践するためにこの限界集落にやってきたという設定。右下からのアップが最近ずいぶん父親に似てきたと思う。■松尾スズキ系の役者が多数出演している中でも、村長役の阿部サダヲがすごく良い。お腹に詰め物をしているのでなければ１０キロは増量して役作りに取り組み、過去に何かあった感満載のお人好し村長を好演。ましてその妻は松たか子ときている。このふたりで夢売らないで何を売る。思い出した映画たち●「マルサの女」　松尾スズキが遠くから見ると山崎努●「光る眼」　どんな映画に出ても持っていっちゃう西田敏行●「レザボアドッグズ」　椅子に縛り付けられた松たか子●「アウトレイジ」　けっこう痛いシーン多数●「マグノリア」　降ってくるんですよ、この映画でもあれが■思い通りにはならないけど、たいていのことはなんとかなる。ま、当たり前と言えば当たり前の言葉だけど、極太の丸っこいフォントで書けばカレンダーにも載せられそうな格言に見えなくもない。PS　松尾スズキが三谷幸喜のことをどう思っているのかは知らないが、ふたりの共演（？）も見逃せない。

  2016/01/07

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  愛の渦 / 三浦大輔

  ■腰掛式の便器で男性が小便をする場合、立ったままそれを行う時には壁または床に飛び散る比率は腰かけて行う場合の数十倍にあたるという。（ためしてガッテンより）あの時、あの場所で池松君がしたそれは的中率という意味では最低の数値を記録したのではないか。やはり的を射抜くためにはそれなりの集中力が伴わなくてはならない。とすると、彼はあの時、何か別のあらぬ事を考えていたのかもしれない。■裏風俗、男女８人、密室という物語の設定を思いついた時点で、一幕ものの会話劇として面白いものができるという確信が制作者側にはあったに違いない。もちろん見る側の最初の興味は会話以外の行為そのものであったとしても。■店長らしき田中哲司の基本的なプレイの説明からそのパーティーは始まる。男子５０００円、女子１０００円という料金体系には異論がないわけではないが。登場人物にはもちろん本名も偽名も充てられていない。資料によれば役名リストには男性側（ニート・サラリーマン・フリーター・童貞）、女性側（女子大生・保育士・OL・常連）とだけある。■それをしたいがために集まってきた男たち女たちなれど、誰と、どうやってその行為に至るかというプロセスが見どころ。とりあえず自己紹介を始めてしまうのも、これがある意味、特殊なオフ会にも見えるからかもしれないが、ここで誰にもアルコールを飲ませないという制約が効いている。■ぎこちないやりとりも時間の経過とともに徐々に慣れ親しんだ空気に変わっていき、それぞれの本性がさらけだされる。ここで気まずくなるのが主に同性間におけるものになっていく様が可笑しい。■物語の中盤に１組のカップルが登場してくるのも巧い。ゲーム感覚で互いの行為を容認するつもりでいても、そうはならないのはなぜなんだ。何らかの感情抜きで行為そのものに没頭するには年齢とかある種の達観とか諦観とかが必要で、女子大生・門脇麦に、ニート池松壮亮が持ってしまった感情に対し、フリーター・ゴリライモが「好きとかになってるんじゃねーよ！」となじるシーンは印象的だった。■パーティー（？）が終わり、外が白々と明けてきた時、彼らはそれぞれ着てきた服を身にまとい帰途につく。客たちが帰ったあと、一人残った店員・窪塚洋介が見ていたのは１枚の写真。それにはおそらく彼の赤ん坊が写っていた。そもそもそれは子孫を残すための行為だと言っていたのはトルストイだったっけ。

  2015/12/30

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  歩いても歩いても / 是枝裕和.

  ■原田芳雄と樹木希林が歩く坂道をわたしは知っている。決して急な坂ではないが、そこを一気に登ることが息苦しく感じられるこのごろである。ただその途中振り返って眺める海の景色はそこはかとなく懐かしく美しい。■歩いても歩いても、小舟のように、わたしは揺れて、揺れてあなたの腕の中。どんな歌手がリメイクしたところで蓮っ葉ないしだあゆみの歌声にはかなわない。そこにはさびしいも悲しいも愛おしいも、どんな感情も発散させないただの棒読みの歌謡曲がある。■帰省映画というジャンルがあれば、そのベストテンには必ず入る日本映画だと思う。夏休みになって気が重いことのひとつがこんなシチュエーションだと感じる日本人はかなり多くいることだろう。そこに帰れば、子供だった自分が巻き起こしたすでに忘れてしまったエピソードがいまだにそれを覚えている人たちの頭の中にある。■観る者に哀愁を感じさせる背中にはある条件がある。それはその対象に対する親近感と憧憬が混ぜ合わされた気持ちなのではないか。その昔、その俳優には孤高のクールネスがあり、歳を重ねるにつれ、暖かみとか優しさが滲み出るようになった。この映画の中の彼の背中を見てそんな風に感じた。■晩年の原田芳雄の出演作が好きだ。「父と暮らせば」「たみおのしあわせ」、そしてこの「歩いても歩いても」。テレビドラマでは吉田茂そっくりだった「白洲次郎」、彼でなければありえなかった傑作「火の魚」。（近々再放送がある模様）■最後に他人前に出たのが新作「大鹿村騒動記」の車椅子での舞台挨拶。歩くことも声を発することも、もはやできずに石橋連司が彼の言葉を代読した。それから１週間後のこの訃報。かつて松田優作の告別式で彼が残した有名な弔辞がある。「優作！役者だったら生き返って見せろ！」それと同じ言葉を頭の中で何度も繰り返す夜である。

  2011/07/20

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  川の底からこんにちは / 石井裕也

  ■木村水産社歌が良い。中の下の生活、所詮みんな中の下、楽しいな、楽しいな♪　おばさんたちが白づくめで元気良くそれを歌うのだが、その姿がみんな前のめりですごい。■毎朝、朝礼で社歌を歌ってから仕事に入る職場に勤めたことはないが、そういうのってどうなんだろうか。気合が入って今日も頑張ろうっていう気持ちになるのか、朝から大声出してバカバカしいと思うのか。■毎日しじみのパック詰めをしているからと言ってみんなが健康になるとは限らない。肝臓病には良く効くと言われるそれだが、社長の志賀廣太郎は余命いくばくもない。■男には（何度も）捨てられる、父親の会社は任される、従業員たちからはそっぽを向かれる。主人公満島ひかりはそんな苦難な状況でも悲壮感がない。どうせわたしなんかが口癖になってしまえば、心配事も怖いものも特にないのである。そういえば、わたしが知っているＲＰＧには「オレナンカドーセ」という名のキャラクターがいた。■そんないじけ方や世の拗ね方は見せ方次第ではつまらなくもなり、面白くもなる。この映画に最後まで引っ張られたのはその面白さもつまらなさも中の下程度に収まっていない所にある。■愛のむきだし以降、満島ひかりから目が離せない。最近朝の連続テレビ小説を（週末にまとめて）よく見るのも彼女とマイコと井上真央が出てくるシーンが大好きだからだ。脇の志賀廣太郎、岩松了が相変わらず濃い。この人たちを演出する監督の大変さは相当なものだろう。でもわたしがこの若手監督に抱くのはシンパシィーでは決してなく、ジェラシィーの方である。

  2011/05/10

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  曲がれ！スプーン　/　本広克行

  ■劇団ヨーロッパ企画の舞台「冬のユリゲラー」を本広克行監督で映画化したものだそうだ。この劇団でこの監督といえば「サマー・タイムマシン・ブルース」という怪作があって、ちょっと期待して見てみた。■クリスマスイブの日に「カフェ・ド・念力」に集まるエスパーたち。透視の人、電気系念力の人、物理系念力の人、相手の考えが読める人、テレポーテーションできる人、その人たちを暖かく見守るマスターの人。■森達也の著作に職業欄はエスパーという作品がある。それこそユリゲラー全盛期にスプーン曲げを披露し、脚光を浴びた少年がその後どんな人生を送ってきたかを取材したドキュメンタリーだった。■超能力肯定派か否定派かと問われれば、容認派ですなんて態度を保留する立場であるが、よくテレビタックルでやっていた双方の論争はとても面白く見ていた。そんな外野のやりとりの喧騒とは違ったところで手も触れずにそこにある物体を自在に動かす超能力者の寡黙さにも目を奪われた記憶もある。信じるか信じないかと言われれば、信じたいと思う気持ちがやや上回る。■さてこの映画であるが、エスパーたちの集まった喫茶店のシーンが抜群に面白い。オリジナルの芝居の方は何幕でできているのかわからないが、この一幕劇であったとしても（いやその方が）充分楽しめる作品として成立するのではないだろうか。■中でもひとりだけ間違ってそこに来てしまった非エスパーの彼が良い。ＳＦＸなど使えない舞台ならば天井に張り付けられてしまうことはできないとしても、彼とエスパーたちとの区別判別が傍目からはとても曖昧に見えるところが素敵だ。■すこぶる精緻なものとしてではなく、とても薄ぼんやりとした能力としてそれを描いているところも良い。透視能力に秀でている彼や彼女が「どらえもん」を「風」と、「米」を「クモ」と読み違えてしまうという目の付けどころが良い。この間違え方のユーモアセンスがものすごく好きだ。■ただし映画として傑作であるかどうかは別の話。長澤まさみはとてもチャーミングだと思うが、その魅力が本筋にリンクしてくる部分はすごく少ない。冒頭とラストの凡庸さが中味の面白さと極端に乖離していて切れ味がない。せっかくの「ひとつだけ」もそこだけ離れた名曲感だけが浮遊していた感じしか残らない。むしろ主演女優など用意せずに、彼らだけのドラマとした方が潔い印象を残したのではないかなんて思う。

  2010/09/24

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  ワンダフルライフ　/　是枝裕和

  ■死者が天国に行く前に集まる場所がある。受付で名前を言えば、担当の職員がやって来てあなたに質問をする。「あなたの人生で最も幸福だった瞬間はいつでしたか？」その施設ではご丁寧にその各自の思い出のシーンを映画さながらに本職のスタッフを使って撮影してくれる。施設に来て七日目、その上映会を見ながら、各自いよいよその思い出だけを持って天国に旅立つわけだ。■面接担当職員は３人。１週間で２０人以上の来訪者があるため、担当ひとりに付き７、８人程度の死者が話を聞かれる。即答する者もいれば、考え込む者もいる。中には最初から思い出なんかいらないとその提案自体を却下する者もいる。■このファンタジーあふれる物語の主旨を説明して何百人もの任意の方々（もちろん死者ではない）に取材を重ねたそうだ。実際この映画の中でも役者さん以外の素人さんが出演し、自らの想いを語っている。そんなドキュメンタリーなタッチと原ひさ子扮するお婆ちゃんや内藤武敏扮する初老の紳士や伊勢谷友介扮する若者の話などが共存している。そこにはアマチュアとプロの違いなどほとんど見えない。■おそらく「赤い靴」を歌いながら踊った女性とセスナに乗ったパイロットの男性と都電の先頭にかぶりついた男性の話はノンフィクションだったと思う。彼女や彼が語る再現するに足る至福の瞬間は時に作家オリジナルの人生賛歌を軽々と越える。■なかなかそれが選べない人のために施設側はこれまでの一生分のビデオテープを当人に渡し自分の人生を見直すことができるというサービスも行っている。でも見直してみると、楽しかったと思っていたあれやこれやも意外につまらないものだったりして唖然とすることもある。■人生で最良の日、もうすでに過ごしてきた中でそれを再現するとしたらわたしのそれは一体いつの誰との何になるのか。過ぎ去ったことを正確に再現したつもりでも、そこには自分自身の都合の良い過剰な脚色が含まれているということだな。■映画初主演だったというARATA君が初々しい。できればわたしも彼の担当に当たりたかった。演出助手の中には西川美和の名前も。是枝組で鍛えられた彼女の腕前がいかんなく発揮されるのはもう少し後の話。映画を作る側の楽しみをしみじみ味わえる名作だと思う。

  2010/08/31

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  EUREKA　ユリイカ　/　青山真治

  ■バス通学とかバス通勤の経験がない。全くそれに乗ったことがないわけではないが、かなり慣れない。バスによって構造が違うかもしれないけど、まずどこに座っていいのかわからない。一番前だと小学生の特等席みたいだし、一番後ろは高校生に囲まれそうで、真ん中あたりはどうも落ち着かない。電車以上に空気が薄そうだし、出口がひとつしかないので場合によっては降りられなくなるかもしれないのも嫌だ。■冒頭、バスジャックのシーンから始まる。利重剛の役名は「犯人」とだけ記されている。名字も名前もいらない、ただの犯人。彼はバスの乗客を無差別に殺害し、警官の狙撃を受け死んでしまう。危うく難を逃れたのは運転手(役所広司）とふたりの兄妹(宮崎将・宮崎あおい）。目の前で殺される人を見て次は自分かもしれないと思うような経験をした３人は命こそ助かったが、みな心に傷を負って生きていくことになる。■セピアっぽいモノクロ映像、３時間半の長尺。上映時映画館では２５００円の特別料金だったらしい。ま、一日の上映回数を考えれば通常料金だと採算が合わないからね。物語の終盤でトイレに立つ人が多数出たかもしれない。それはすごくもったいない話だ。■北九州の言葉が時々聞き取りづらく何を言っているのかわからない場面があった。役所広司も光石研もネイティブなので早口すぎて聞き取れない。でも字幕いれたら隅々まで行き届いた画面に何らかの影響が出てしまうことは必至だ。■その代わり宮崎兄妹はこの長い映画のほとんどで何の言葉も発しない。特に小学生宮崎あおいの無表情と眼力の強さに俄然引き込まれる。ラストシーンで彼女が初めて声を聞かせてくれた時、少しだけ肩の力が抜けたような気持ちになった。以降彼女と田村梢というこの役柄は青山監督の作品と一緒に成長する。■ふたりきりになった兄妹の所に従兄と称する秋彦(斉藤陽一郎）がやってきた時、この若者は財産目当てで彼らを騙す目的であの家に乗りこんできたのかと思った。でも彼は意外と良い奴で。役所を含めた４人の食卓シーンは少しだけウォームな気分を観る者に与える。ちなみに彼が部屋で聴いていたのはアルバート・アイラーの「ゴースト」、ラスト、バスの中で彼のラジカセから流れるのはジム・オルークの「ユリイカ」。そうか、こっちが先に在りきの映画だったのか。■４人が家を出て移動する手段に選んだのが「別のバス」。４人乗りのキャンピングカーなら他にいくらでも種類はあるだろうに、よりによってバス。そりゃ、中は広いし足を延ばして４人が眠れる空間は確保できるが、狭い道を走る際の小回りを考えれば何もバスじゃなくても。でも生き残った３人にとってはバスでなければダメだったんだ。■ユリイカは「私は見た」という意味のギリシャ語だそうだ。３時間半、わたしも見た。終盤役所広司が宮崎将を乗せて自転車を走らせるシーンがある。その時のふたりの自転車の乗り方がキッズ・リターンのあの曲乗りの逆パターンになっている。何も始まっちゃいねえよというのが北野映画だとしたら、青山映画のそれは何も終わっちゃいないということを伝えているのだろうか。

  2010/08/25

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  アカルイミライ　/　黒沢　清

  ■ホカ弁で唐揚げ弁当を注文しなくなってしばらく経つ。最後にそれを食べたのは体脂肪率が気になり始め、階段の昇り降りにひーひーし始めた頃だと思う。もしもオダギリジョーがわたしの後ろで唐揚げの大きさに文句を言っていたら、自分の弁当のおかずを半分分けてやっても良い。■２００２年の映画。浅野忠信とオダギリジョーと加瀬亮と松山ケンイチが出演しているちょっと奇跡みたいな作品だ。役柄としては浅野が２０代中盤から後半、オダジョーと加瀬が２０代前半、松ケンに至っては１０代の高校生役だ。■３０才を超えたくらいから年の離れた若い人たちに対する接し方に気を遣うようになった。できるだけ気をつけているのは若い頃の自分をひけらかすような話をしないということ。わかるわかると簡単に頷かないこと。そして彼らが聞いているCDを貸してくれとは絶対に言わないことだ。ましてそんなことで彼らを「把握した」なんて間違っても言っちゃいけない。■鑑賞用に水槽でクラゲを飼育するのはかなりデリケートな作業が付きまとう。水温とか塩分濃度とかエサとか。でもガラス越しに見るその生物の不思議な生存の仕方には心癒される。部屋を暗くしてライトアップして観るとまるで夢の中の世界みたいだ。手を触れたら死んでしまうかもしれない猛毒を持っていたとしてもね。■９月の海はクラゲの海。飼育から解き放たれて川から海に増殖しながら進んでいく赤クラゲの大群とチェゲバラの顔がプリントされたTシャツを着て街を闊歩する少年たちがシンクロする。彼らが歩道から車道へと歩みを進めるラストシーンのちょっと前に入るアカルイミライというタイトルがすごくかっこいいと思った。■スタッフたちの交通整理に守られてカメラの方を向いて無表情に車道を歩いていく彼らの姿を見ながら、彼らが駆除されることなく進むべき未来はその道でいいのかなんて思う。「待て」とか「行け」とか言ってくれる先導者がいなくなった時、その群れはいつかバラバラになって個人になる。

  2010/08/24

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  紀子の食卓　/　園　子温

  ■「決壊ダム」さん、「廃人５号」さん、「ろくろっ首」さん、「深夜」さん、こんにちわ。もしもわたしが１０代の少年だったとしても、そんなハンドルネームの人たちが集まるサイトに毎日アクセスしてコメントし合うことはちょっと気がひける。■その廃墟ドットコムという名前のサイトは「上野駅５４」と名乗る人物を中心に運営されており、迷える少年少女たちは彼女のコメントに励まされたり、癒されたり、勇気をもらったりするのだ。田舎の町に住む１７歳の紀子もまた、そのサイトの常連と化し、同志を頼って単身家を飛び出し上京する。■コインロッカーで生まれたという上野駅５４号さんはレンタル家族宅配サービスなる仕事を請け負っている。客のニーズに合わせ、子供、孫、両親、祖父母など登録された様々な年齢の男性女性を組み合わせ、時間単位でその状況にあった「家族」を形成し演じてみせる。■理想の家族像というものがそれぞれの頭の中でどれだけ共通理解されているのかわからないが、レンタルされた家族たちはみんな笑顔でお父さんをお母さんを息子を娘を嬉々として演じる。どの客も現実では一度も味わったことがなかった幸福を満喫しているように見える。制限時間がやってくるまでは。■紀子だけではなく、その妹のユカまでも家族から失ってしまった父親は彼女たちのネット履歴を掘り起こし、単身東京にやってきてその居どころを突き止め、あろうことか彼女たちを自分の娘役としてレンタルする。団欒だ。鍋だ。笑顔だ。ただそれを持続させるためには延長料金を支払わなければならない。■良い子を演じる。良い父親を演じる。良い母親を演じる。良い親友を演じる。良い上司を演じる。良い教師を演じる。ダメな息子を演じる。ダメな父親を演じる。ダメな母親を演じる。良い役者がダメな父親を演じることのリアリティが強ければ強いほど、ダメな役者が良い父親を演じることの不自然さがむしろ現実的に見える。■長い長いナレーションによる過剰な内面描写の方が本当の自分なのか、それとも映像としてそこにある姿こそが彼女自身なのか。そういう釈然としない揺れみたいなものが画面から漂ってちょっと酔ってしまった。それはあまり気持ちが良いとは言えない酔いで、体調が悪い人はエチケット袋など用意して観た方が良いかもしれない。特にバラが咲いたが流れる頃には。■父親役の光石研のアップが多い。時々見せる彼の表情が爆笑問題の太田光の顔とダブる。漫画家、古屋兎丸は若き日の忌野清志郎に似ている。妹役の吉高由里子は本作が長編デビューと聞くが、今まで見た彼女の映画の中でも抜群に良い。ずっと昔の高沢順子の面影とダブる。そういえば彼女がデビューしたテレビドラマは山田太一の「それぞれの秋」。たしかあれもナレーションを多用したある家族の物語だった。

  2010/08/18

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  告白 / 中島哲也

  ■冒頭のHRの無秩序さがリアル。先生が大事な話をしているのに誰も聞かない。それでも松たか子はあくまでも同じトーンで話を続ける。こういう場合、教師が生徒の騒々しさに負けじと大声を出しても逆効果だ。たとえそれが小声でも、彼らのアンテナは肝心な話はちゃんとキャッチする。■彼女が黒板のど真ん中に大きな字で命と書く。そのまっすぐ振り下ろされた最後の１画が爪と一緒に黒板をひっかく。そのすごく嫌な音がこの映画の後味かと言えば、そんなことはなく、わたしにとってはある種の爽快ささえも感じた。それはこの原作を初めて読んだ時の印象と同じだ。■原作の流れをほぼ踏襲して映画は進むが、より臨場感を与えるのは３７人の選抜された本物の１３歳たちが集まった１年B組のメンバーの表情とか言葉使いとか仕草とか、鳴りやまぬバイブの音や映し出されるメールの絵文字の猥雑さで、それを鮮やかに映像化した中島的センスは予想以上に効果的だった。■松たか子のそれから始まって岡田将生、木村佳乃、少年A、少年B、少女Aとそれぞれの告白は続く。それによって明らかになっていく事件の真相。ただしこの物語は真犯人を推理するものではなく（最初の１５分でそれは特定される）、その動機を検証するものでもない。では何が明かされるのかと言えば、娘を殺された女教師がその恨みを晴らすために周到に仕掛けた数々の罠だ。■エンドロールが流れ終わって場内が明るくなっても、誰も席を立とうとしない。なんか打ちのめされた感が場内には漂っていた。あんなに徹底的にやり遂げなくても良いのに。少なくとも救いになるほのめかしぐらい残してくれても良かったのに。勧善懲悪ではなく、むしろ完全超悪。そんな中、わたしは一番最初にスキップしながら劇場を後にした。■スローで撮られた水しぶきとか、シャボン玉とか。生徒たちの瞬間の表情を切り取るカメラワークとか。反時計回りの時計のような小物のセンスとか。見事にはまってしまうレディオヘッドとか。パチンとかドッカーンっていう擬音とか。”なーんてね”なんてセリフを繰り返した脚本とか。この監督の映画を見るといつも連想してしまうのはキューブリックの作品群。下妻、松子ときて、今回も大満足。PS■告白ついでに書くと、今、町田康の「告白」を読んでいる。やっと４００頁（だいたい半分）まできたが、読み終わるのがもったいない。本屋に行くと最近、この文庫が（約２年前に文庫化されたのに）結構積んであるが、それもこの告白の影響か。次はこっちの「告白」も是非中島監督に映画化してもらいたいものだ。

  2010/08/11

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  トイストーリー ３ /　リー・アンクリッチ

  ■トイストーリーが好きだ。２が出たのが９９年ということだから１０年ちょっとのブランク。字幕版は数えるほどしかなく、吹き替え、しかも３Dだ。わたしの場合、メガネ・オン・メガネになってしまい、ちょっとどうかと思っていたが、上映中みんながわたしのことを見ているわけではないので、勇気を出して映画館へ行った。■アンディ（おもちゃの持ち主）も１７才、大学へ行くために実家を出ていくことになる。残されたおもちゃたちはそれぞれ身の振り方を迫られることになる。A:アンディに連れていってもらえる。　B:屋根裏部屋にしまわれる。　C:ゴミとして捨てられる。ここにも仕分けがある。ちなみにアンディの母親役は蓮舫ではない。■さよならなんて言わせない。でも大学生になっておもちゃ遊びを趣味にする少年はかなり特殊だ。よって彼とおもちゃたちとの決別は必然。さよならしたくないのはウッディやバズやジェシィーたち、おもちゃ同士の方だ。■クライマックス近く、ゴミ焼却場のシーンで彼らが手と手をつなぎ、祈るように結末を迎えようとする時、わたしはなぜだか日本代表のパラグアイ戦のPKでの決着を想い浮かべた。長谷部はウッディだった。本田はバズだった。そして川島はエイリアンになり損ねた。■Virginity を試される映画だと思う。そこをつかれるとぐうの音も出ない。Pureness を失くした者にとって揺さぶられる展開が随所にある。こんな映画、子供に見せるにはもったいない。家族で見てみんな泣いたとしても、出てくる涙の質は親の方ほど内容が濃い。■かなりの完成度を示した作品のパート２、パート３がこれほどその高いハードルをクリアした例は珍しいのではないか。もちろん前作、前前作のストーリーを踏まえてこその魅力がこの作品に表れていたことは疑いもない。■それにしても冒頭から思考する隙も与えず、たたみこむように引き込まれてしまうのは３Dメガネのせいなんかではなく、練りに練られた脚本のせいだ。時事ネタ、楽屋オチ、流行り言葉など何も使わずに、普遍的なテーマだけで攻め続けてしまう姿勢。■トイストーリー見ないで死ねるかよ、って伊坂幸太郎がどこかで書いていたけど、それについては全く同感。４だって実現不可能ということはないが、ここらあたりで止めといた方がその神話性は永遠になるのではないか。フルCGで描かれた彼らは永遠かもしれないけど、トム・ハンクスだって、所ジョージだって加齢には勝てない。PS■３Dメガネの後始末に困っている。ちょっとサングラスの代わりにかけて外を歩いてみたのだが、紫外線も避けられないばかりか、物も良く見えない。ただゴミ箱に捨てようととすると、助けてくれってそいつが喋っているような気がしてついついそのままにしている。

  2010/08/05

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  風が強く吹いている / 大森寿美男

  ■風が強く吹くと、日テレの実況席から原稿が飛び散ってしまう。用意していた各選手の美談のメモもその風と共に飛び去ってしまい、アナウンサーは途方に暮れる。■では実況を任された彼または彼女は何を語るかといえば、苦しい顔して走っている選手たちの顔とか身体を眺めながら、それまでの彼の人生とか青春を想像して物語を捏造するしかないのではないか。駅伝はそれほど長い間、走っている人間を画面に写すわけだ。■風が強く吹くと、追い風に背中を押される選手もいれば、真っ向から向かい風を受けることになる選手もいる。往路があれば復路もある。なぜ一日で往復しないのか。一日寝かせるところがこの競技がドラマティックになる原因かもしれない。■人が走る姿を見ていると、色んな事を考える。とても幸せそうな顔して走っている選手はほとんどいない。みんな悲壮感に溢れているように見える。駅伝は苦行か。マラソンは修行か。ずいぶん昔にメダル獲得が有力視されていたマラソンの谷口選手が給水に失敗して、転倒してしまい下位に甘んじた試合があった。■その後のインタビューで彼がにこやかに「こけちゃいましたー」と話した時、なぜだか涙腺が決壊した覚えがある。マラソンや駅伝は見る者のためのものではなく、走る者のためのスポーツであると感じたのはその時が始まりである。■三浦しをんの原作は傑作である。とある大学の弱小駅伝部がひとりの学生の献身的な努力によって、ひとつにまとまり猛練習を重ね、予選会を通過し、憧れの箱根を疾走する長編。熱いんだけど、なぜか爽やか。それは各キャラの上から下まで体育会系というポイントを少しずらした筆致にあったと思う。■実写化することで損なわれたものはほとんどない。ただ読書の妄想の中ではもう少し膨らんでいた人物像が多少萎んで見えたことも事実。三浦しをん独特のユーモア感覚も全て活かされたとは言えない。ただところどころのセリフにキラッと光ったものもあった。たとえば、ソフトバンクのCMの彼（留学生の役どころです）が同じ2区を走る留学生に対して「話が合わなかった」とぼそっとつぶやくシーン。■どの登場人物もおそらくこの撮影のためにかなり厳しいトレーニングを積んだということが想像できる。誰もみな、ランニングフォームが美しい。とりわけ主人公・走（かける）役の林遣都くんの走る姿の見事さは絶品。非の打ちどころのない好青年を演じた小出恵介くんと共に優秀走者賞をあげたい。

  2010/04/22

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  空気人形 / 是枝裕和

  ■うちの近所では月曜日と木曜日が生ゴミなどの燃えるゴミ、火曜日がプラスティックなどの燃えないゴミの収集日になっている。人間が燃えるゴミで、人形が燃えないゴミであるのなら、たとえそれが互いの望みであっても、それらが同じ時間に、同じ場所で葬られることはない。■人形はいい。いつもわたしの思うままにわたしの欲望を叶えてくれ、もちろん文句なんか言うことはない。なにより煩わしさがないところが良い。彼女はいつも黙って笑顔でただそこに在る。ラブドールも良いが、リアルドールはもっと良い。それらが進化するにつれ、わたしも新しいそれを求めて欲望を満たす。■自分がからっぽだと思う夜は人形を抱く気にはなれない。そんな夜はからっぽなモノに癒される自分がとても惨めに思える。内在する不在感。息を吹き込まれて満たされるのならわたしもあなたの人形で良い。■掌の冷たい人は心が暖かい。わたしの掌はいつも暖かいと言われる。だからわたしの心は冷たいという話は置いといて、心を持ってしまった人形は悲しい。誰かの代用品であるという本質を認めたところから存在感を主張しようとすること自体が虚しい。■人間が自分の隙間を埋めてもらうために人形の力を借りる物語がいつの間にか人形の隙間を埋める人間の話に変容している。すがったり頼ったりしながら満たされない部分を埋めようとすることはココロを持ってしまったモノの宿命のように見える。■World's End Girlfriend による音楽の全てが美しい。リー・ピンビンのカメラ（ゆりかもめからの景色）が美しい。種田陽平の装飾（過食症彼女の部屋から見たゴミ置き場）が美しい。タイトルの字体（フォント）の浮遊するおしべとめしべみたいな儚さが美しい。そしてペ・ドゥナの全てのシーンが美しい。こういうふうに何回も美しいと書くと、美しいという言葉自体の意味が欠損していくような気がするが、そこにできた隙間が切なさなのだろう。■ペ・ドゥナが選んだ死に場所はゴミ収集場。この日が何曜日なのかは知らないが、できれば清掃員の方にたとえ分別が行き届かなくても、林檎も彼氏も彼女自身も、そこにある全てのゴミを一緒に運んで行って欲しいものだ。そして最後にこの作品を分別するなら間違いなく萌える映画ということになると思う。

  2010/03/30

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  サマーウォーズ / 細田　守

  ■小説や音楽やゲームやテレビドラマに熱中している時に、家族のひとりが自分に助けを求めてきたという事態を想像してみる。いわゆるフィクションの世界に俄然没入する性癖がある自分は現実世界の様々な出来事にすこぶる弱い。非現実的世界に居場所を求めすぎると段々と自分の周りにいる大事な人が少しずつ少しずつ減っていってしまうのではないかと心配になることがある。■いいおじさんがそんな高校生みたいな感想を持ってしまったのは現実と仮想がない混ぜになったこんな得体のしれないアニメーションを見てしまったからで、日本の夏休みの原風景みたいな長野の景色とネットの世界の仮想空間を鮮やかなグラフィックで再現してみせたサイバーワールドの景色がどちらも等しく美しく見えて、自分がそのどちら側にいるのかわからなくなってしまったからだ。■親戚力という言葉があるのかどうかわからないが、濃くても薄くても血が繋がっている人たちの連帯感にはこうやって救われることがたしかに人生においてはたくさんあるのだと思う。自分がそれを知っているかどうかにかかわらず一族には共通の歴史が必ずあるのだということ。普段それはとても鬱陶しいもののひとつだが、肝心な時にはそれにすがってしまいたくなることも事実だ。■敵対する悪のキャラクターをラヴ・マシーンと名づけたセンスを巧いと思う。そのボスキャラとの最終決戦で敗れてしまいそうになるわたしたちがすんでのところでパワーをもらう様子が糸井重里のマザーのギーグとの戦いを彷彿とさせるところがポイントだった。■花札対決という設定はそのルールを知らない者にはちょっとどうかと思うくらい妙ちくりんなバトルに見えるのだが、その昔、彼女が藤純子と呼ばれる日本映画の花形だったことを知っている者には至極当然な決着のつけ方だったわけだ。■サイバーテロの恐怖に立ち向かっていくアバターたちの戦いと高校野球地方予選の白熱した延長戦で汗をぬぐう若者の戦いが並列に綴られる。どちらも同じ夏の戦い（サマーウォーズ）には違いないのだけど、勝利した爽快感がユニフォームを着た球児たちの方にいくらか多く感じられるのはまだまだわたしが現実に重心を置いているからだと思うと少しだけほっとしたりする。

  2010/03/26

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  南極料理人 / 沖田修一

  ■南極大陸にある基地と言えば昭和基地の事とばかり思っていた。しかしこの映画の舞台になっているのはそこから何千キロも離れたドームふじ基地。ペンギンもアザラシもましてやウイルスさえも生息することができない極寒の地だ。■そこで寝食を共にする８人の野郎ども。２０代から５０代の気象学者やら、雪氷学者やら、大気学者やら、ドクターやら。その中で料理担当として海上保安庁から派遣されたのが堺雅人演じる西村淳。実際この人のエッセイ（面白南極料理人）がこの作品の原作になっているのだそうだ。■閉塞された状況の中で殺人が起こり、真犯人を探るために名探偵が現れる、みたいな劇的な要素を含んだ物語ではない。外は寒い。部屋の中は暖かい。またぞろ今日も昨日と同じ日常が続く。誰かが起きてきて、みんなが起きてきて、顔を洗うために洗面所に行列ができて、ラジオ体操をやって、朝ごはんが出てくる。■次から次へと立て続けに事件が起きる映画をジェットコースター・ムービーと言うなら、この映画はさしずめ観覧車ムービーとでも呼べるのではないか。ゆっくりと時間が流れ、毎日毎日が同じ事の繰り返しで何も変わったことは起こらないのだが、一周すれば必ず元の位置に戻っている。■その同じ時間の流れの中でも、２０代の男性と５０代の男性とでは彼らを取り巻く周囲の人たちの変化の速度は否が応でも違いがある。１年も離れて暮らせば、さめてしまう恋愛もあれば、羽目を外せる奥さんもいる。そうか、この映画、単身赴任ムービーと言ってもいいかもな。■堺君が作る料理の数々が南極版かもめ食堂のようで全てが美味しそうに見える。伊勢海老、イクラ、ステーキ、フランス料理、中華料理、ラーメン。特に見事な手つきで形の良いおにぎりを何十個も握り続けた堺君の腕前に拍手。（堺君とおにぎりと言えば、例の「友の死」の回の源さんのおにぎりを思い出してしまうのだけどね）■毎回食卓を囲んで男たちが無言でそれを食す様子がこの映画のミソ。そこではまるでそれが決まり事であるかのように（実際そうであったと絶対思う）、誰もが「うまい！」とか、「おいしい！」とかは言わない。ただむさぼるようにその料理を食らう。時々もれる彼らの「ああ」とか「うう」とか言うセリフにならない唸り声みたいなものがその感情をより雄弁に語っていたように思う。■演出、脚本は沖田修一。この省略のセンスはただものではない。ちょっと説明しなさ過ぎかと思えるくらいの間（ま）が抜群に好みだ。連想したのは北野武の「あの夏」「３－４」「キッズリターン」などの作品群。７７年生まれの新人監督、次回作も大いに期待。ともあれ、太ったり痩せたり、髭はやしたり、髪伸ばしたり、２時間の中で豹変する堺雅人を見ながらニヤニヤが止まらなかった作品。大満足でした。

  2010/03/22

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  ゴールデンスランバー / 中村義洋

  ■何気なく口ずさむのには、ゴールデンスランバーはかなり難易度が高い楽曲だと思う。劇中、堺君が、吉岡君が、劇団ひとりが、そして竹内結子がそれをワンフレーズ口にするのであるが、出だしの「Once there was a way」の発音ないし、抑揚がプロの歌手であってもなかなか安定して聞かせるには技量が必要な難曲だと思う。（さすがに斉藤和義は見事に歌いきっていたが）その点、「アヒルと鴨」におけるディランの「風に吹かれて」の方が、自然にイメージを観る者に植えつけることができたように思う。■ポールマッカートニーが四畳半でこの曲をあのＢ面メドレーの一部として編集していたというイメージはわからないわけではないけれど、古今東西の名作の醸し出す雰囲気を自分たちの状況と立場に置き換えて表現するのは仙台がロンドンやダラスに見えるような無理やり感がつきまとう。それはいくら整形技術が進んだとしてもぴったりとなぞることはできないものだ。■小説のイメージをどれだけ損なうことなく映像化してみせるかという難題に対しては中村義洋監督作品ということで、特に不安を抱くことはなかった。これは伊坂作品三回目という過去の習慣と信頼のもたらすものだ。■それでも現時点での最長編である今作の映画化はかなり省略のセンスがなければ成り立たない。ダヴィンチのインタビューによれば最初に２時間２０分という尺を与えられてのぞんだということだが、切り落とされたエピソードの数々は小説でなければ味わえない読者個人が脳内で再現するセリフとセリフのシンクロ具合だったように思う。■でもそれらが省かれたことで感動量が減少したかといえば、逆に映像化されたキルオや小鳩沢の漫画っぽいキャラクターの意外性が新鮮で活劇としてのこの物語の面白さが一割増しくらいになっていたのも事実。現実感とか整合性という部分ばかりあげつらうのはこの物語においてはさほど意味を持たないのだ。■胸キュンポイントはほとんど網羅されていたように思う。個人的には「だと思った」「痴漢は死ね」「信じてるんじゃない、知っているんだ」「エレベーターの親指」「たいへんよくできました」が今作のツボだったわけだが、それらはほとんどイメージ通りに抜群のタイミングで描かれており、予想通り涙腺を刺激してくれた。これは原作愛好者にとってはかなりハードルの高い要求だったと思うが、それをクリアーした脚色にたいへんよくできましたのハンコくらいあげたい。小説版の感想文ＰＳ■映画版「クライマーズハイ」を観た人がこの映画を観ると、あの堺雅人と滝藤賢一のツーショットがすごく意味ありげに見えてくると思う。まるでドッペルゲンガーのように。■エンドロールに流れる斉藤和義の「幸福な朝食 退屈な夕食」が映画にマッチしているかいないかはともかくとてもかっこいい。それを聞いてなんとなくスチャダラの「後者」を思い出しちゃったわたしはイメージが貧困なのかもしれないな。

  2010/02/27

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  ディア・ドクター / 西川美和

  ■意志があってしたことではないのに、なんかその場の雰囲気で”何か別の者”になりすましてしまうという経験をしたことのある人は多いのではないか。たとえば、「スイングガールズ」の竹中直人のように音楽の初心者が生徒に請われて楽器の演奏を教えなければならないはめになるみたいな。■わたしにはそんな資格はないと言っても、いやいや謙遜なんかしてとか言われて、ついつい本当の事を言いそびれて、どんどん深みにはまって、明日は大舞台みたいな夜に逃げ出してしまいたくなってしまう。資格なんて言うんじゃなかった。ちゃんと免許がないって言っておけばこんな事にはならなかったろうに。けっこう日本人のコミュニケーションにはそういう行き違いって多いと思うんだ。■鶴瓶の詐称の動機が意識的なものか巻き込まれ的なものか最後まで明らかにはされていないわけだが、笹野村長が宴席で瑛太君に何度も何度も語っていたように、おそらく彼はあの村に請われてやってきた偽医師であり、自分から騙そうというたくらみを持ってそうしたのではない。でもその理由がどっちであっても、そのこと自体はこの映画の大事な部分ではないように思う。■こういうストーリーだよって筋道立てて説明して面白さが伝わる種類の映画ではない。いつの時代のどんな場所のどんな人たちの物語であるかというよりも西川美和という監督が創作した作品なのだということの方がわたしにとって吸引力がある。■彼女が描く世界観が好きだ。そこにいる人物やそこにある物をそんな描き方もあるのかと思わせてくれる多面的な捉え方が好きだ。この映画を見た後で原作本と言われる「きのうの神さま」を再読したが、その小説のカバー写真とトビラの写真は同じもの（ある植物）を写しているのに一方はカラーで、もう一方は白黒、そして両者の天地はそれぞれ逆さまになっている。■映像でギクッとさせられる。冒頭の自転車に乗った白衣の男の後ろ姿は鶴瓶師匠そっくりで誰もが彼から始まる物語を想像し裏切られたわけだし、八千草薫の鏡台の前にすくっと置かれた口紅は段々と蝋燭の炎のように見えてくるし、流しに置き忘れられたままの溶けはじめたアイスキャンディは泣き崩れた女のような形に見える。■セリフにドキッとさせられる。冒頭、窓から外を眺めて岩松了が言う「夜が暗いな」はその言い回しを含め会心の名セリフだと思う。女たちがさりげなく交わす会話。松重警部が村人たちに詰め寄るセリフ。（鳥かごではなく）薬売り香川が椅子からひっくり返って彼に言い返す言葉。そういう辛辣で心の深いところを突いてくるダイアローグの数々は誰かの作風に似ていると思ったら、向田邦子だった。■好きなシーンはたくさんある。胸打つセリフもたくさんある。なによりラストシーンが好きだ。見終わった後、映画で良かったと思える作品は特別である。それは映画が良かったと振り返るよりも一段上手であると思う。ＰＳ■近年八千草薫は笠智衆の域に近づいていると思う。観音様みたいに彼女がそこにいるだけで成立する映画がこれからもっともっと増えていくのではないか。野良着も似合うかわいい女性を演じさせたら彼女の右に出る者はいない。

  2010/01/26

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  グラン・トリノ / クリント・イーストウッド

  ■事あるごとに道に唾を吐き、汚い言葉で悪態をつき、差別的な発言をやめない。頑固で周りに媚びず、一貫して煙たい存在として自分の子供や孫たちからも疎まれる。そんな男に私はなりたい、と宮澤賢治が言うとは思えないが、ある種の男性にとって、そんな生き方は誇り高き人生と憧れてやまないのではないか。■スクリーンにおける誇り高き男の代表は「アラバマ物語」のアティカス・フィンチだった。気高く紳士的で、誰に対しても分け隔てなく付き合い、子供たちからも異人種たちからも尊敬の念を惜しまれない。そんな男にいつかはなりたいとあの映画を見てわたしも思った。■まるで正反対の人間のように見えるこのクリント・イーストウッド演じる、ウオルト・コワルスキーが見終わった後で、あのグレゴリー・ペックに勝るとも劣らないヒーローのように見えるのはなぜだ。■「東京物語」とか「生きる」を連想させられる映画でもある。実の子供とはどう付き合っていけばいいのかわからない。ふっと息をついた時、自然に弱音を吐いたり、素顔を見せられる対象はなぜか通りすがりの若者だったり、血の通わない他人だったりする。■笠智衆が出てくると自然に涙線が脆くなってしまうわたしだが、イーストウッドに対してそれと同じような視線で見てしまうことはない。もしも三船敏郎が生きていてこんな役をやったらと連想する感じの方が近い。老境といえども強かった頃の片鱗が残像として沁みついている。■ジャズ通のイーストウッドゆえ歌声もまた渋い。ラストシーンで流れるジェイミー・カラムの「グラン・トリノ」での彼のかすれたボーカルは志村喬の「ゴンドラの歌」とは鐘みっつくらいの開きがある。（でもそのインパクトは後者の方が強かったりする）■日がな一日、愛車を磨き、その姿を眺めながらビールを飲むのは至福である。愛妻が愛息が日に日に変化する生き物であるのに対し、愛車は常に無言で自分の思うままに輝いていてくれる機械だ。TOYOTAにもトレノというスポーツカーがあったが、カローラ・トレノとフォード・トリノとでは随分と風格に違いがある。（モノに対する愛には差はないと思うが）■俳優としての最後の出演作ということだが、そのキャリアの締めくくりにふさわしい傑作だと思う。銃を構える決め姿、倒れた姿は十字架、最後に写る自分の姿は棺の中、これだけ遺作の要素をあらかじめ踏まえた作品を作れる資格がある映画人はそうざらにはいない。

  2010/01/05

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  バーン・アフター・リーディング / ジョエル・コーエン＆イーサン・コーエン

  ■コーエン兄弟の名前を初めて聞いた（見た）のは、ある雑誌で故伊丹十三監督が「赤ちゃん泥棒」を絶賛していた記事だった。おそらくそれがきっかけでレンタル（当時はもちろんビデオね）してその映画（とか「ブラッド・シンプル」）を見たのが最初だった。■それからまるでブランド品みたいに彼の映画と聞けば、つい見てしまう。どうもわたしの場合はこの監督の作品と（モンティ・パイソンのメンバーだった）テリー・ギリアムの作品の印象がダブってどっちがどっちだかわからなくなることがある。■Burn After Reading とは「読後ただちに焼却のこと」を表す決まり文句だろう。「ビッグ・リボウスキー」も「ファーゴ」も断片的にしか覚えていないこの監督のファンとしては、まさに「鑑賞後なかったことにしてくれ」みたいなこの映画の感想をこうやって残しておくことは備忘録として有効であると思う。■とはいえ、この映画のあらすじをダラダラと書き残すということは、まさにこの映画の魅力のほとんどを暴露してしまうのと同じことで、こういう公の場では慎まなければならない行為なんだろう。なんかそういう意味では内田けんじの「運命じゃない人」みたいだ。■文化の違いを強く感じる。どうもアメリカってしょっちゅうパーティーとかやって、自己紹介、自己アピールの機会満載みたいな国なんだけど、フランクに他者に接するわりにはひとりひとりの事がよく分かっていない。日本のように察するとか案じるというようなイマジネーションが不足している感じがするんだな。■それゆえ、いざ疑い出すと誰もかれもが自分の敵に見えてきたりして疑心暗鬼になってしまう。あんなに長い時間一緒にいたのに「おまえは誰だ？」って突然叫ばれても、返す言葉もないよねぇ。でもそういう混乱する登場人物たちをそれこそポップコーンでも食べながらクスクス笑って見るための映画なのかもしれないねぇ。観客はみんな彼と彼の彼女と彼女の彼と彼の同僚と彼女の上司の関係を知っているわけだから。■群像劇って見終わった後、結局みんな憎めない良い人じゃん、なんて感想を持ってしまうことが多いのだけど、この映画に限っては（彼と彼を除いては）みんな憎んでも良いと思う。特にファーゴの人、君が一番いけない。旦那が監督でなければきっとこんな役やりたくはなかったろうけどね。ＰＳ■伊丹十三が生きていたとしても、きっと宮本信子にこのフランシス・マクドーマンドの役はやらせないだろう。これもまた文化の違いなのかもしれないね。■たしかに教訓はない。でも中味がないからといって無かったことにしてくれと言われても困る。時間つぶしにはもってこいだし、わたしにとってはスルメみたいな映画だった。こういう映画の現場って、きっとみんな楽しくてしょうがないんだと思う。

  2010/01/02

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  今年のベストテン（映画・ドラマ編）

  ■その年の最後の３日間で映画・ドラマ、小説、音楽と今年のベストテンを書き残して、今年で５年目になる。それでもって今日は映画・ドラマ編なのであるが、いかんせん今年見た絶対量が少なすぎる。本や音楽は例年並みに読んだり、聞いたりできたのだが、映画を見る機会（わたしの場合、そのほとんどがレンタルDVD鑑賞なのだが）が激減。テレビドラマも昨年のように決まって見ていた連続ものもほとんどなかった。とまあ、そんなわけで今年はベスト７ということで。 第７位　「ハッピーフライト」　矢口史靖この監督の映画なら大丈夫という無条件な安心感すらある。そこで働く人たち全ての仕事とか思いとかを余さず伝えきる取材力に感心しきり。今回もパイロット田辺誠一の役名は鈴木君だった。第６位　「NHKドラマ　白洲次郎」　大友啓史嫌われ松子の伊勢谷、中谷コンビがここでは白洲次郎、正子。今までほとんどとりあげられたことがなかったこの昭和の怪人を全３回でドラマ化。キャストもスタッフも気合い入りまくり。原田芳雄の吉田茂と岸部一徳の近衛文麿の印象度高し。第５位　「ありふれた奇跡」　山田太一御大最後の連ドラという触れ込みだったので毎回正座して見た。それにしても、いくつになっても切り取ってくるテーマが新しいのはすごいことだと思う。独特の会話のテンポも健在。今振り返るとこの加瀬亮と風間杜夫の親子ってすごく良かった。 第４位　「スラムドッグ＄ミリオネア」　ダニー・ボイルクイズ・ミリオネアって番組を知っていて良かったと思った。予想はできていても結末までハラハラしてしまった自分の純情が好きだ。三つのライフラインの使い方が非常に巧妙。特にフィフティ・フィフティの見せ方に唸った。第３位　「フィッシュ・ストーリー」　中村義洋個人的には「重力ピエロ」よりも断然こっちが好み。やっぱり、伊坂の映画化は中村監督じゃなければ。逆鱗のあの曲が流れるラスト５分で全体が見事につながった時の幸福感ったらなかった。正義のミカタ、森山未来に拍手。「ゴールデンスランバー」で伊坂＋中村三部作は完成か。第２位　「トウキョウソナタ」　黒沢　清本当は今年の映画じゃないのかもしれないが、今年借りて見たから勘弁。こういう本当は笑ってはいけない話にとても弱い。見栄とかやせ我慢とかうらさびしい男たちの物語にほくそ笑むのは同類相哀れむってやつか。香川、役所、津田それぞれが好演。ラストのピアノにもやられました。第１位　「愛のむきだし」　園　子温始まって１時間くらいして挿入されたタイトルカットに唖然。４時間近い長尺なれど、どこもカットできない濃密さ。見終わってしばらく呆然としていた。ラストは「卒業」ではなく、むしろ「カッコーの巣の上で」に近い。西島、満島ふたりの若手に主演賞を。ゆらゆら帝国「空洞です」も再評価。DVD買っちゃいました。

  2009/12/29

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  スラムドッグ＄ミリオネア / ダニー・ボイル

  ■「知っている」のと「わかっている」のとは同じ事のように見えて、いくらか違う。文章を英訳する時、この場合はI Know とすればいいのか、I Learn とすればいいのか迷ってしまう時がある。■わたしも雑学博士みたいなところがあって、クイズ番組とか好きでよく見たりするのだけど、そこで出てくる問題の答はほとんど（知識として）「知っている」ものばかりで、実生活の中で「わかって」いるものはごくわずかのものでしかない。■原作に忠実であるかどうかはさておき、脚本（「フルモンティ」のサイモン・ビューホイ）が実に巧みであると思う。多くの人が知っているあのクイズ番組のルールそのままにジャマール君は次々と問題に答えていく。その難易度は必ずしも高くはないけれど、彼は誰もが知っているはずの問題にライフライン（２問目からオーディエンス！）を使い、医者や弁護士でも答えられない問題に正解していく。■なぜスラム育ちの彼がそんな難問に答えられるのか。そんな疑問を彼のこれまでの成長過程を流し込んでいくことによって、実に映画的に説明を加えていってくれる。■おそらく最後の質問（20000000ルビーをかけた問題）にはあの物語に関する問題が出題されるのではないかと想像していた。そして彼はそこで残された最後のライフラインを使うのではないかと想像していた。そしてそこで返ってくる答もあのような形だということも想像していた。予定調和と言うことなかれ、映画の楽しみは予想通りと期待通りの掛け合わせによって何倍にも膨れ上がることだってあるのだから。■監督はトレインスポッテイングのダニー・ボイル。カットのつなぎ方、色彩感覚、カメラアングル、どんな場面も飽きさせない。とりわけかっこいいのは音楽の使い方で低音がビンビン響いて映像が流れる様はインドハウスバンド（どんなだ？）のライブのようだ。■インドのみのもんたとジャマール君とのCM中のかけひきも必見。きっとみのもんたも同じようなことをゲストとやりとりしていたんじゃないか。ただし彼は真逆の方法をとっていたんじゃないか、なんて邪推。■あまりに見事な展開で感動するのも忘れてしまうよう。そしてまたエンドロールがプラットフォームでの大群舞とくれば、ノリノリになって踊りだしたくなっちゃうこと請け合い。「ダージリン急行」とは違った意味でインドの奥深さを満喫。祝オスカー！大好きな映画だ。PS■最後の出題、主人公が答えた人物の名前は彼女（ラティカ）のアナグラムになっていたということはないか。（そこまであざとくはないか）じゃ、問題。彼が挑戦した２千万ルビー、日本円にしたらいくら？A 1千万円　　B 2千万円C 3千万円　　D 4千万円

  2009/12/26

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  インスタント沼 / 三木　聡

  ■「池」と「沼」の違いがよくわからない。沼の方がなんか濃度が濃さそうだ。ずぶずぶと埋まっていく感じは俄然、沼だな。池で溺れる人と沼で溺れる人、助けるとすれば俄然、池だな。底なし沼っていうのはなんか哲学的な感じもするな。泥沼はあっても、泥池って聞かないよな。■ある説によれば、河童が住んでいるのが沼で、そんなものいるわけがないのが池だそうだ。ひょっとしたら河童の他にもよくわからない生き物が沼には住んでいるのかもしれないけど、わたしは「いきものがかり」ではないのでよく知らない。気になる人はこの映画のラスト近くを見て確かめてね。■ミロに少しばかりの水を入れてグシャグシャかきまわした飲み物（？）のことをシオシオミロと言うんだそうだ。なんでも粉末があれば溶かしてみたいと思うのは人情だが、いくら濃いものが好きといっても、泥のような飲み物は好きじゃない。■目の前に大量の砂があったとしたら、わたしだったら砂遊びでもしてお城とか作るのだろうが、かき回したがり屋の麻生久美子はトラックでそれを運んでもらい、水道の水をぶっかけて即席の沼を作りあげる。沼を埋め立てる話はよく聞くけど、いまどきあえて新しい沼を作る人は相当珍しいと思う。■わたしも何かインスタントで作れる驚くべき（そして笑える）ものを想像してみるのだが、三木聡の上を行くことはなかなか難しい。バブをかき混ぜてインスタント風呂。（そのまんまじゃないか）赤土をかき混ぜてインスタント中国。（なんかよくわからない）じゃ正露丸をかき混ぜたらインスタント○○○か。■ともあれ、結局最後には見る者に丸投げしてしまう作風はいつもの三木監督作品。個人的には笑える要素、ほのぼの感は「転々」の方が好みだったが、麻生久美子が可愛いから良し。「電気」「ガス」「水道」が重要な役回りを引き受けることになるのだが、それは後になってそうだったと気づくことになる。■教訓として、物事に行き詰った時には水道の蛇口を捻れというのがこの映画の最も強い主張なのだが、これはくだらなそうに見えて案外心に残る警句として受け止めた。水を向けるのも、水に流すのも、水入りするのも、ひとつの人生のテクニックでもあるしね。■風間杜夫と松坂慶子といえば、「蒲田行進曲」じゃないか。風間杜夫と加瀬亮といえば「ありふれた奇跡」じゃないか。そして相田翔子とツタンカーメンといえばこの「インスタント沼」。よろしくおねがい島津藩には笑った。

  2009/12/25

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  重力ピエロ / 森　淳一

  ■映像化してしまえば、ただの家族の物語にしかならないだろう。そんな作者や読者の危惧は完全に払拭されたとは思えない。■たしかに春が描くアーティスティックな落書きや遺伝子構造のメカニズムは視覚化されたことによって、より鮮明な印象を与えることに成功はしていた。しかし、この映画があの小説の雰囲気を崩さず、壊さず、見事に映像化して見せてくれたかと言えば、首をかしげざるを得ない。■伊坂幸太郎の持ち味のかなりの部分は登場人物たちの会話劇の面白さにある。その唐突さとか、洒脱さとか、意外性は必ずしもリアルな身体表現を伴わない。したがって、生身の人間がそのセリフをそのまま使って演技して見せてくれたところで、伝わってこないもどかしさがある。■「オレたちは最強の家族だ」この父親のセリフがニヤニヤさせられるほど効いてくるのは、字面として浮かび上がってくる言葉のかっこよさであり、いくら小日向さんが熱演してくれたとしても、声に出されて聞かされるその言葉の響きではない。■中村義洋監督が「アヒルと鴨」と「フィッシュストーリー」を映画として面白く見せてくれたのは、小説世界を一度撹拌して通じるところだけを再構築して仕上げたところが大きいと思う。出来上がった映画からはあの気のきいたセリフ回しや含蓄あふれる決め台詞がほとんど省略されていることに気づいたのはこの「重力ピエロ」を観終わった後だ。■小説「重力ピエロ」が読者にとって特別な何かであることの原因はこの家族の善も悪もひっくるめた滅茶苦茶さがとても痛快で、常識を逸脱した強さを描いていたところにあった。それが加瀬君と岡田君のどこかしら寂しいと見受けられる姿かたちに感情移入ができなかった理由だ。■それでも唯一原作を抜け出していると感じた場面は幼いころの兄弟が二段ベッドの上と下で深刻な大人の言葉を笑い飛ばしているシーンで、この表現は小説にはできない映画的な面白さだと思った。■おかしな家族を描いた小説の映画化は洋画の世界ではわたしの好みのジャンルのひとつだ。「ガープの世界」しかり、「ロイヤル・テネンバウムス」しかり、「アメリカン・ビューティー」しかり、「ギルバート・グレイプ」しかり。全部に共通するのはすごく切実な話なのに、見終わった後にやってくる独特の乾いたユーモアセンス。実はその後味はほとんどの伊坂作品に感じるものなんだけどね。■アーヴィングと伊坂の描く小説世界の甲乙は個人的にはつけがたい。しかし「ガープの世界」と「重力ピエロ」、どちらの映画が好みかと言われれば間違いなく前者。ラストシーンの空中ブランコに乗ったピエロが映像化された時点でわたしの気持ちはすーっと引いていってしまった。できることなら彼もまた真っ逆さまに（春のように）落ちていってくれたらまた印象は違ったものになったのかもしれない。

  2009/11/16

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  フィッシュストーリー / 中村義洋

  ■その曲の中間部には１分間の謎の空白部分がある。ノリにノッた間奏部分のギターソロがピークにさしかかった後、突然無音になるその１分間にどんなストーリーをあなただったら想像する？■わたしがこの映画のことを誰かに褒めるとするでしょ。すると誰かがそのDVDをレンタルしにTSUTAYAかどっかに行くわけね。そうするとレジでそれを渡した店員か誰かが、この映画のことを気になって、自分で見てみたりするのね。すると、とっても感動して店にポップなんか張り出しちゃうわけ。そしたら、ガンガンそれが評判を呼んで、大ヒットを記録することになる。まあ、そんなことはないか。■あの時、誰かが言った一言が、ついつい心のどっかにつっかえたままで、友達とか他の誰かに伝言ゲームのように伝え続けていくと、尾ひれがついたり、新しい登場人物まで出てきてしまい、まるで雪だるまのように膨らんで、まるっきり違う話になってしまうことだってある。最初はそれがただの「ホラ話」だったとしてもね。■伊坂の「フィッシュストーリー」が元になった映画だけど、内容的には「終末のフール」もプラスされている。彗星が地球に衝突するまであと５時間。そんな設定の中で正義のミカタを生み出すことになる３０年前のパンクバンドの例の曲（斉藤和義ね）が始まる。”俺の孤独が魚だとしたら”って今時の中学生でもやりそうもない誤訳だが、作家の思惑を超えてそれが歴史を変えることになるんだから、むしろ間違えられて幸福だったんだ。■あの映像化不可能と思わせた「アヒルと鴨のコインロッカー」を、あんな風に見事に脚色してくれた中村義洋監督作品。おそらく映像畑で彼ほど伊坂幸太郎の小説世界を好み、理解し、そのポップなテイストを損なわず映像化できる監督はいないのではないかと思う。■４つの時代をまたいで展開される地球の滅亡を救う正義のミカタの物語はラスト５分のテーマ曲に載せられた映像の流れでカチッカチッと音をたてるようにつながった。途中何度も（特に森山未来君登場シーンの全てに）涙線を刺激されっぱなしだったが、このラストの見事さにはダム決壊。わたしはつくづくこういう話に弱いということが改めてわかった。■逆に言えばラストさえ見ればこの映画の謎がすべて収束されるわけだけど、寸止めされた各エピソードの隠された余韻の残し方あってこその最後の爽快感だと思う。そうか、彼が彼にあれを残して、彼が彼女にあれを託したわけだな。どーですか、あなたも見てみたくなったでしょ。PS■伊坂作品のここ最近の映画化の波は恐ろしいほど。「ラッシュライフ」に「重力ピエロ」ときて、「ゴールデンスランバー」までも。特に「ゴールデンスランバー」は主演堺雅人で中村監督作品と聞いて期待大。来年の正月は久しぶりに映画館か。PPS■ベーシスト伊藤淳司の恋人役の江口のりこが抜群。金髪のヅラがあんなに似合うとは思いもしなかったです。PPS■この役は故岡田真澄しかないだろってところに彼の息子さんをキャスティングしたプロデューサーの手腕にも敬服。

  2009/10/01

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  トウキョウソナタ / 黒沢　清

  ■追い詰められた男は傍で見ている分には大概滑稽である。自分のかいた様々な赤っ恥を思い出すにつけ、周りからはあんな風に見えていたんだなぁなんて、そんな記憶を抹殺したくもなるが、そんな男を演じて見事なのは香川照之と役所広司をおいて他にはいないのではないか。■リストラされた香川が外資系風の企業の面接を受け、自分より年下の採用担当（波岡ですよ）から、あなたの能力をこの場で見せてくださいと言われ、カラオケを歌いだすシーンには笑った。映画では歌いだしの０，１秒で場面が変わったが、実は彼がその場で歌った”しーっ”で始まる曲はKANの「愛は勝つ」だったという。■食卓につく家族の描写が複数回登場する。家族が集まって食卓を囲むことさえなければ家族は円満なのだがと言ったのは太宰治だったかどうか忘れたが、父親が箸をつけるまで「おあずけ」状態で待機している妻や子供たちという風景は今でもまだ、ある家族においては健在なのだろうか。■脚本がとても乾いていて素敵だと思ったら、黒沢監督のみならず、田中幸子、マックス・マニックスの三者の共同作業だった。なんでもマニックスという人はオーストラリア出身で１０年前から日本で英語を教えている人なんだそうだ。彼の目から見たトウキョウは Lost in Translation みたいにはエキゾティックに見えない。■撮影は芹澤明子。終盤、逃避行の末にたどり着いた夜の海の映像がすごい。怖くて竦（すく）む夜の海もあれば、竦んでしまうほど美しいそれもある。海を見ながら咆哮するキョンキョンを見て、これはフェリーニの「道」のザンパーノの女性版なのではないかなんて思った。■黒沢監督してやったりのラストシーンだと思う。最近見た映画の中でも、その余韻の大きさと鮮やかさは群を抜いている。特に場面が暗転してエンドクレジットが流れる間、タイアップ曲なんかでお茶を濁すことなく、自然音のみで処理したセンスが殊更あの気持ちのよい余韻を持続させている。そう、あの「月の光」に勝る演奏はありえないのだ。PS■津田寛治も役所広司もキョンキョンも香川照之ももちろん良いが、弟役を演じた井之脇海君がすごく素敵だ。「階段落ち」もやらされ、拘置所にも入れられ、ドビッシーも弾かされ、最も大変な役柄をクールに熱演。かつて映画で見た誰かに似ていると思ったら「誰も知らない」の柳楽君だった。この先どんなキャリアを積み上げることになるかはわからないが、この健二役は永遠だと思う。

  2009/08/20

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  実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 / 若松孝二

  ■７８年２月２８日。その日の記憶はうっすらとだが、まだたしかにある。あさま山荘にたてこもった連合赤軍の兵士たちが、警察側のクレーン作戦によって追い詰められていくテレビ映像を一日中見続けていた。彼らがひとりひとり水浸しになりながら警官によって連行されていったのは夕飯の時間になった頃だったのではないか。その日の献立が(彼らが山荘で食べていたように）カレーライスだったかどうかは覚えていないが。■５人の若者たちの名前は今でも覚えている。坂口、吉野、坂東、加藤兄弟（当時は未成年だったので少年Ａ，Ｂだった）、特に連行されていく際に(今では考えられないが）、警官がわざと彼らの髪の毛を鷲掴みにし、その顔をテレビ映像に晒そうとしていく様子に衝撃を受けた。ま、あれだけ発砲を受けて同僚に殉職者さえ出ていたのだから、彼らに対し相当な敵意を抱いていたこともよくわかるが。■『実録・連合赤軍あさま山荘への道程（みち）』は３時間の長尺映画である。導入部は原田芳雄のナレーションによる連合赤軍の成立過程。ここはドキュメンタリー映像を多く含んでいる。最も濃く描かれるのは山岳ベース事件と呼ばれる榛名アジトにおける組織内の粛清場面。そしてあさま山荘にたてこもった５人を描くのは終盤およそ３０分ほどである。■ほとんどの若者たちが実名で描かれる。そして１２人の犠牲者が実際の事件と同じ順番で彼ら自身によって殺されていく。報道ではあさま山荘事件決着後に明らかにされた事実だが、初めてそれを知った時の衝撃は大きかった。今回その実態を映像によって再確認し、その理不尽さに再度衝撃を受けることになった。■森恒夫と永田洋子をリーダーとした時点でこの集団の崩壊は始まってしまった。総括、自己批判の真の意味はどこか遠くに放り投げられ、集まった同志たちは疑心暗鬼になりながら、自分自身を守るため、自らを否定する前に他者を攻撃する。■いわく、水筒を忘れた、人の話を聞いていなかった、かげでキスをした、他人の悪口を言った。なかでも、赤軍派遠山美枝子に対する永田の私怨とも思えるようないじめの数々が凄惨。坂井真紀はオーディションでこの遠山役を得たと聞くが、彼女が壊されていく過程のインパクトがこの映画の大部分を占める。■見ていて思ったのはこの集団はあの新選組とよく似ているのではないかということ。かたや法度で、かたや総括で、そもそもあった大義名分はそっちのけで、組織の堅固さだけを守ろうとしているように見える。思想的には思いっきり右と左だけれどね。■唯一実名で登場しないのが奥貫薫演じる山荘の管理人。わたしたちは彼女の名前を(当時の報道で）知っているが、この映画の中では人質としての役柄でのみ描かれる。１週間以上に及ぶ籠城生活の中で山荘内で何が起こっていたか、それを時間をかけて描ききっているわけではないが、最終盤の少年Ｂの叫びは胸を打つ。彼らにとって幸運だったのは５人の中に森と永田が含まれていなかったことだったろう。もしも彼らがあの中にいたら、きっと違った結果になっていたのではないかと思う。PS■キャストは(坂口役のARATA，遠山役の坂井を除いては）ほとんど無名の俳優さんばかり。その中で森恒夫、永田洋子役それぞれが実にぴったりで憎々しさ倍増。一瞬出てくる警官役の小倉一郎はなぜだ。あ、宮台信司もワンシーン顔を出します。基本的に出たがりなのかな。■音楽はジム・オルーク。なんで菊池成孔でも大友良英でもなくジム・オルーク？地味です、全然しゃしゃり出てきません。欧米から見て、この時代のこの運動ってどのように見えるんだろうか。７０年代、場所は違えど、全世界規模でレボルーションは進んでいたわけでしょ。

  2009/08/12

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  接吻 / 万田邦敏

  ■ガラス越しのキスシーンといえば、「また逢う日まで」の岡田英治と久我美子を思い出すが、衝立（ついたて）があるからこそ、それがいつまでも劇的であり続けるわけで、もしそれを取っ払ってしまったら、それは何の変哲もないただのラブシーンのように見えてしまうだろう。■ではその衝立（ついたて）が拘置所における容疑者と面会者の仕切りだとしたら、キスをしようにも、ここをどこだと思っているんだ、ばかなことはやめなさいと立会人によって遮られてしまうのがせきのやまだ。■ならば、その衝立（ついたて）を取り払うためにその人と婚姻関係になればいいと考える時点で、この面会者はどうにかしていると思うのだが、火がついてしまった自分の熱情を抑えられなくなってしまったこの女に今さら何を言っても始まりはしない。■「接吻」はおそらく映画の終盤に、そんな衝立（ついたて）が取り払われた(衆人環視）の場所で果たされると思っていた。そんな自分の予想は外れはしなかったが、まさかあんな形で行われることになるとは思いもしなかったわけで。■「キス」ではなく「接吻」と表現されるそれには、なにやら強烈な意志を感じさせられる。「キス魔」がどうしようもない軟派野郎を連想させるのに対して、「接吻魔」には前科がつくような犯罪の匂いがする。■小池栄子が演技派であるとわたしが思った初めは宮藤監督の「真夜中の弥次さん喜多さん」だった。こうしてまるまる一本主演する映画を見るのは今回が初めてだが、表情、仕草、セリフ回し、どれをとっても女優業を専門にしている人にしか見えない。■彼女が思いを寄せる殺人犯に豊川悦司。このキャスティングのハマり具合がこの心理劇をダレさせない原因かも。久しぶりに見た篠田三郎も嬉しかった。それにしてもラストシーンにタイトルがばぁーんと映し出される映画も珍しい。しかもその接吻という漢字の迫力ったらない。

  2009/08/09

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  少年メリケンサック / 宮藤官九郎

  ■宮藤作詞、向井作曲のたくさんの楽曲が流れるわけだが、その中で最もいいなと思ったのはサケロック演じるGOA（Generatiion of Animationの略らしい＾＾）というさわやかロックバンドの「あいまい模様」という曲だった。■メガネ率が異常に高いそんなバンドの無臭な感じに最も嫌悪感を持ち、彼らの演奏に喧嘩を売るのは、２５年前に少年だった中年メリケンサックの面々。パンクは衝動で、パンクは生き様で、パンクは暴力。安心して一番前で笑って見られるような音楽はそもそもロックとは呼べないわけで。■メガネといえば、おじさんたちのパンクバンドの中でもベース佐藤浩市が譜面を読むために老眼鏡を取り出すシーンがあって、ローガンズなんてバンドもあったことを思い出した。■紅白出場経験もあるグループ魂のギタリストとしては、話題づくりにワンフレーズくらい特別出演しても、誰も文句は言わなかったと思うが、ひたすらストイックに監督業に専念。テーマをパンクにした時点で、感動とかメッセージとか物語性にはくそくらえといったところか。■「温故知新」という言葉を噛みしめる。祖父役でチラッと出てくる犬塚弘がその昔、有数のドラマーだったことを、車椅子のボーカル田口トモロウがその昔、ステージパフォーマンスで脱糞していたことを、やはりチョイ役で出てくる烏丸せつ子が色気漂う大女優だったことを知っている観客はどれくらいいるんだろう。■最も新しい音楽がパンクだった頃、若者たちはギラギラしていた。理解されないことはある種のカッコ良さであり、ギターやベースやドラムスはジーパンとか革ジャンとかロンドンブーツと同じようなファッションに過ぎなかったわけで。■田口トモロウが歌う「ニューヨークマラソン」が段々「農薬飲ませろ」に聞こえてくる過程が面白い。何を歌っているのかわからないのがロックだとしたら、何を歌ってもかまわないのがパンクだったはずだ。■宮崎あおいが参加したことで、おじさんバンドも、レコード会社の重役たちも、彼女の恋人役の勝地君も、そしてもちろん宮藤官九郎監督も、みんなすごくはしゃいで見える。たとえて言えば男子の部活にとびきりかわいいマネージャーが加わってくれた感じ。■はちみつ入りのレモンを齧らせてくれるわけではないのに、彼女に叱られたり、愛想を突かされたり、ドンビキされたりしながら、甘酸っぱい感傷に浸りっぱなし。それは見ているわたしたちも同じだ。■あの「篤姫」を撮りながら、裏でこんなことやってしまう女優魂に感謝。彼女を笑わせるためなら、何だってやってしまうキャストやスタッフの気持ちはよーくわかる。そして彼女に感動してもらえる音楽を聞かせるためなら、徹夜してでもギターの練習をしようという心意気もよくわかる。でもいくら練習を重ねたところでパンクで彼女を揺さぶることなんてできっこないってこともまたよーくわかるのである。だって何を言っているのか全然わからないんだもん。

  2009/08/06

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  愛のむきだし(下） / 園　子温

  ■見終わってからしばらくたったのだけれど、この余韻は大きいなぁ。この公式サイトでチラッと予告編とか見られるので興味のある方はどうぞ。■これだけゆらゆらと揺さぶられたのはストーリーそのものよりも、ユウとヨーコという主役を演じた若い二人の俳優さんによるところが大きい。■西島隆弘君の方はAAAという(アイドル）グループのメンバーということだが、それがどんな団体なのか、わたしは知らない。(宗教とは関係ないと思うが＾＾）序盤は顔の綺麗な青年だなぁなんて感じで見ていたけど、父親に邪険にされるあたりからの変貌がすごい。■トーサツ王子なんてもてはやされたかと思えば、梶芽衣子もびっくりの女装をさせられたり。某事務所のアイドルだったら、絶対引き受けないだろうあんな演技まで、できる顔はすべて出し尽くしました、みたいな熱演。そのちょっと高い声は誰かに似ていると思ったら、相島一之だった。■ヒロイン、ヨーコを演じるのは満島ひかり。わたしにとってこの映画のインパクトの約半分以上はスクリーンに映し出された彼女の魅力的な存在によるものだったようだ。セーラー服での格闘シーンのカッコよさは「キル・ビル」の栗山千明に勝るとも劣らないし、時々見せる愛くるしい表情は「ジョゼ」の池脇千鶴を彷彿とさせる。■嫌われ松子の中谷美紀同様、S系の監督から相当の演技指導があったと聞くが、意地でこの複雑怪奇な少女役を演じ切った役者魂に私的最優秀主演女優賞をあげたい。とりわけ、海辺でユウを抑えつけながら叫ぶ聖書にあるコリント人１３章のシーンは神々しいくらいの迫力。「最後に残るのは、信仰・希望・愛。そのうち最も優れているのは愛」■長尺の映画ゆえか、今まで見てきたいくつもの映画を連想させるシーン続出だが、安藤サクラたち教団幹部の映し方には「時計じかけのオレンジ」を、最終章のユウを覚醒させるヨーコの熱情には「カッコーの巣の上で」を、そしてシリアスもコメディも入り組んだ雑多な感じは「パルプ・フィクション」を思い出した。■実は園子温の作品は「自殺サークル」も「紀子の食卓」も未見。ここで描かれたカルト教団のプロローグはもうすでにそれらの映画で暗示されているらしいが、是非さかのぼって鑑賞したい。あ、そうそう岩松了はじめ、その(園）筋のゲストたちの顔ぶれもいいアクセントになっていた。(オダジョーは出ていないけどね）■ヨーコの部屋の壁には数多くのロックスターたちのポスターが埋め尽くされているのだが、パティ・スミス、クリッシー・ハインド、デボラ・ハリーなど女性アーティストばかり。(これはレズビアンの暗示か）その中に一枚だけ貼ってあるのがカート・コバーンのモノクロ写真。そういえば彼の顔はイエス・キリストに似てなくもない。PS■実はレンタルで上下巻を借りたのだが、今回発売された３枚組のDVDが欲しい。数多くの特典映像の中には宮台真司の説教ノーカット版(本編では彼はゼロ教団の幹部役で出演している）とか、渡部篤郎神父の日曜説教集などが入っているそうだ。ただ言葉に出して「あいのむきだし」をくださいとはこの年になっても絶対言えないだろうな。

  2009/08/05

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  愛のむきだし(上） / 園　子温

  ■なんかとんでもないものを見てしまったなぁというのが鑑賞後の第一印象。２３７分の映画ってあと３分で４時間じゃん。映画館ではインターミッションも入ったらしいが、DVD版は上下２巻仕様。でもほとんどの人がそうであるようにわたしも１巻目が終わって間髪いれず２巻目に突入したクチだ。■「むきだしの愛」としないで、「愛のむきだし」とした時点で、収拾不可能な物語になることは予想できる。前者には無理やりにでも整合性のとれた帰結が用意されていそうな気配を感じるのだが、このタイトルにはなにかぶちまけるようなエネルギーとか猥雑さを予感させられてしまう。（そして結果その通りになるのだが）■教会、マリア像、祈りから始まる食卓。クリスちゃんという名の友達はいるが、クリスチャンではないわたしにとってキリスト教的な愛って何だと訊かれても、気のきいた答えを返すことはできない。そもそも宗教によって愛の定義は違うのか。■神父になった父(渡部篤郎）から毎晩のように懺悔室に呼ばれ、「今日はどんな罪を犯したか」を問われる息子ユウ（西島隆弘）はそのネタづくりのために「罪作り」に没頭することになる。罪のバリエーションは次第に広がり、気がつけば彼は天才的なトーサツ者としてその世界からカリスマ扱いされることに。■まるでカンフー映画を思わせるこのアクションカメラ術のバカバカしさはこの映画の息苦しさをつかの間、和らげてくれる。このトーサツ界の師匠役に起用されたのは大口広司。キヨシローにもオファーが入っていそうな役どころだが、彼もまた今年この映画の封切り前に帰らぬ人となった。■ある日、そんな彼が偶然、運命の女ヨーコ（満島ひかり）と出会う。どんな女性に対しても抱けなかった反応が彼女を見た瞬間、彼には芽生えたのだ。このくだりまでが１時間強。一般の映画ならそろそろ佳境に入るこんな時間に唐突に入る「愛のむきだし」というオープニングタイトルのカッコよさにちょっと痺れた。■その後、そのユウとヨーコの間に割って入ってくるのがゼロ教団という新興宗教幹部のコイケ(安藤サクラ）。初期桃井かおりをちょっとどうにかしてしまったような風貌はもうすでにエキセントリックが板に付いた風格さえ感じる。そういえば桃井の出世作「もう頬づえはつかない」の相手役は彼女の父親、奥田瑛二だったっけ。（「俺たちに明日はないッス」の彼女もやっぱ、そんな雰囲気がプンプンしていた）■劇中何度も流れる印象的な音楽が３つ。この映画のテーマに「空洞」があるのは様々なシーンから見てとれるが、それを強調するのが、ゆらゆら帝国の「空洞です」。本当は園子温はこの曲にインスパイアされてこの映画を作ったのではないかと勘ぐってしまうくらいはまっている。あとのふたつはラヴェルの「ボレロ」とベートーベンの７番第２楽章。第１がのだめのテーマだったことを考えれば、この落差は天と地ほど異なる。（つづく）

  2009/08/04

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  俺たちに明日はないッス / タナダユキ

  ■誰もいない海、ふたりの○○を確かめたくってぇー♪　あれ、○○に入るのは恋だったっけ、愛だったっけ。南沙織も森高もたしか「恋」って歌っていたような気がするが、この映画の彼と彼女の間にはそれが恋であろうが、愛であろうが、そんなことはたいした問題ではない。■そこにぴったりはまる言葉は、強いて言えば「性」だが、そんなもの確かめあって感動しちゃうほどまっすぐに謳歌する青春映画だったら、こんなタイトルにはなっていない。「俺たちに明日はないッス」。「ッス」が軽佻さ、無責任さを増大している。「明日に向かって撃てないッス」「暗くなるまで待てないッス」■高校生の頭の中のほとんどが「それ」ばっかりだとは思わないが、「それ」ばっかりにしか見えないのは、「それ」のことを彼らの周りのオトナたちがまったく教えようとも触れようともしないからではないか。「それ」のことしか考えていない３０人の奴らの前で「文学」を教える国語教師の虚しさってどうよ。■「潮騒」みたいなロケーションの海辺の掘立小屋に彼女を連れ込んだまではいい。でもそこであの文芸大作みたいなシチュエーションになれないのは、ふたりの間には共通の思いも目標も感情さえも何もないからだ。■その時になって何の役にも「立たない」身体を持て余し、ふるちんで波打ち際まで彼女を追って走る柄本君が悲しいッス。ところで「ふるちん」はひらがなで書けばいいのか、「フルチン」とカタカナで書けばいいのか、はたまた「振るチン」と漢字交じりで書けばいいのか。チンはわかるが、ふるは「FULL」なのか「振る」なのか「古」なのか。わたしにはわからないッス。■「百万円と苦虫女」に続くタナダユキ監督作品。リアルなセリフは「リンダリンダリンダ」の向井康介の仕事。山崎裕のカメラワークは男性未満の体つきを実に色っぽく映し出す。（遠藤雄哉君がいいです）それにしてもラスト数分の卒業式後のHR風景は今まで見たことのないような殺伐とした雰囲気が衝撃的。■「１７才」という曲はおよそ２０年ごとにリバイバルするという伝説がある。森高から２０年、この映画のラストを飾るのは銀杏BOYZによるそれ。やさぐれ具合、けだるさ具合が抜群にその後味にフィット。ただし彼らのこの曲が大ヒットする保証は全然ないッス。

  2009/08/01

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  ハッピー・フライト / 矢口史靖

  ■ハッピーフライト、たしかにこの映画を観終わった気分を伝える形容詞はハッピーに違いないのだが、この機に搭乗した乗客の気持ちになってみれば、「恐怖の羽田発ホノルル行き」と言ってもいいくらい悲惨な体験だったわけで。■飛行機一台が無事飛んでいくまで、そしてそれが目的地に到着するまで、どれだけ多くの人間たちが様々な部署で関わっていたのかということを知るために大変ためになる映画だと思う。そしてそれをほとんど蘊蓄を披露することなく、娯楽作品として成立させた監督の腕前は見事としか言いようがない。■「ひみつの花園」の西田尚美、「ウォーター・ボーイズ」の妻夫木聡、「スゥング・ガールズ」の上野樹里、そして今回の田辺誠一、矢口史靖監督の作品の主役の名字はみんな鈴木さんである。■田辺君演じる鈴木君は副操縦士。今回のフライトが無事終了すれば機長への昇格が認められるかもしれないのだが、教官が急遽温厚な小日向さんから厳格な時任三郎に代わったところからこのアンハッピーな物語は始まる。■OJTとは On-the-Job Training の略だが、このコックピットだけでなく、キャビン・アテンダントの世界にも、搭乗手続きをつかさどるグランドスタッフの中にも、オペレーションコントロールセンターにも、管制塔にも、飛行機整備にかかわるドックの中にも、その道の先輩から後輩へ受け継がれる熟練の技がさりげなく披露される。■ちなみにそれらの先輩役を演じているのが時任三郎の他に寺島しのぶ、田山涼成、岸部一徳、田中哲司らの面々。特に若い整備士を一喝する田中氏の姿には痺れた。劇中、小学生の集団がおそらく体験学習という名目で飛行場見学をするシーンがあるが、仕事の内容はもとより、仕事をしている人間の表情に息をのむというようなシーンがあった。この映画がただの娯楽映画で終わっていないのは随所に見られるそんなリアルな描写力にある。■堀ちえみを彷彿とさせる綾瀬はるなの新米アテンダントはもちろん、働く人はつらいのよというメッセージも若い人には必見。そんなドジでのろまの若者たちも失敗はするけど、それぞれ名誉挽回のエピソードも満載なのが、ハッピーフライトたるゆえん。そのなかでも、間違って手渡された乗客のスーツケースを身体を張って取り返した田畑智子の頑張りぶりと、それに対する監督のご褒美がとても素敵でこの映画の後味を俄然ハッピーなものとしている。■ふぞろいリアルタイム派としては時任三郎の上司ぶりに時の流れを実感。あの時、社会に噛みついて就職していった若者代表が今では部下から鬼のような存在として煙たがられている。働く職種の違いはあれど、わたしもまた同じ立場。ただこんな素敵な映画の舞台になるような職場でないのが彼とわたしの大きな違いだ。

  2009/07/30

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  百万円と苦虫女 / タナダユキ

  ■百万円貯めるのにいったいどのくらいかかるのか考えてみた。極力贅沢は禁じ、外食よりも自炊、飲み会のお誘いはできるだけ拒んで、日用品もまた自作で済ませる。カーテンだってホームセンターで買ってもばかにならないもんね。■それでもそれだけのお金をため込むにはアルバイトだけでは少なくとも１年近くはかかるのではないかと思うのだが、佐藤鈴子さんはとても要領よく半年やそこらで海やら山やら地方都市やらを軽々と転々とするのだ。■「苦虫を・・・」で始まる慣用句をここで引こうとしたのだが、なかなか思い出せない。そこで広辞苑をめくってみると「苦虫を噛みつぶしたよう」というのが正解らしい。苦虫を噛むでも苦虫を飲むのでもなく、噛みつぶさなくてはならなかったのか。■そもそも「苦虫」ってなんだと思ってそれも調べてみたら、「噛めば苦いだろうと想像される虫」のことらしい。青虫、芋虫、団子虫などという固有名詞ではなく、想像してみなければならないところがこの形容のミソだ。かくして「苦虫女」の定義もまたこの映画の蒼井優の心の内を想像してみなければ答は出ないということか。■蒼井優映画の名作は数多い。「リリィシュシュ」から始まって「フラガール」「虹の女神」「人のセックス・・・」「亀は意外と・・・」「クワイエットルーム・・・」などなど。中でもわたしの一番のお気に入りは「花とアリス」だったのだが、そのベスト蒼井ムービーの地位もこの映画の登場で危ういものになってしまった。■彼女のつくるイチゴ味のかき氷を食してみたい。彼女のもいだとれたての桃にかぶりついてみたい。彼女のつくる色彩豊かな手弁当を味わってみたい。青い海にも緑の山にもごくごく普通のホームセンターにも溶け込んでしまう彼女の姿がちっとも感情豊かな表情ではないのに、くっきりと存在感を示しているのは素敵な脚本と演出のせいだ。■印象的なシーンは数多いが、とりわけ後半の森山未来君との恋の話はけっこう沁みる。離れていって欲しくないという想いを伝えられない男の子の気持ちをはたで見ている気持はいつになってもこんなに切ないのはなぜだろう。■「赤い文化住宅の初子」に次ぐ第２作目の長編ということだが、この監督のセンスには感心しきり。特にセリフのさりげなく漂うユーモア感覚に著しく反応してしまった。ナンパ男からソウルメイトと言われればひくよな、普通。■年の離れた弟と取り交わす手紙のやりとりも彼と彼女の成長の証として物語を引っ張る。この弟役は「流星の絆」の功一役の斉藤（流星じゃなかった）隆盛君。一時の福田麻由子ちゃんのように子役界の蒼井優だ。主題歌は原田郁子の書き下ろし。これがまた苦虫女の後姿によく似合う。

  2009/04/02

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  ２０世紀少年 / 堤幸彦

  ■この９人のともだちの中に本当のともだちがいる。なかまではなく、ともだちというネーミングがこの物語のミソなんだろうな。ともだちの中には好きな奴もいれば嫌な奴もいる。秘密基地に集まってくる人数が増えるたびに何を考えているのかわからない奴も含まれてくるわけで。■昭和４０年代に少年だったわたしたちには出てくる言葉、風俗、風景すべてがノスタルジィー。バハハーイのケロヨンにヤン坊マー坊天気予報、万丈目博士に敷島博士、忍者ハットリくんにナショナルキッド、そういえばわたしも持っていた科特隊（科学特捜隊）のバッヂ。■だから後半現われるまるで鉄人２８号みたいな巨大なロボットの不穏さみたいなものには随分と共感できる。大人の目になって実写化されたそれがすごく陳腐なものに見えたとしても、あの頃、テレビの前で初めてビルの街に長い影を落とした鉄の塊にはすごく大きくて怖いものを感じたものだ。■浦沢直樹という人の人物史を見せてもらっているかのようだ。どんな子供時代を過ごして、何に興味を持って、どんな風にオトナになっていったのか。生きてきた時代背景はほとんど同じだから、そして成長していく中で興味を持った対象が似通っているように思うから、わたしにはこの物語がすごく楽しめる。■T-Rexの「20th Century Boy」をわたしもまた、（彼と同じころ）シングルレコードで買った。メッセージ性なんかかけらもなくて、ただ単にイントロがすごくかっこ良いというだけで、あの頃このバンドの新作が出るたびレコード屋に行ったものだ。■だから、放送室を占拠してまでお昼の校内放送でこの曲を流す勇気も気分もわたしにはなかった。きっとそんな事をしてもこの映画と同じように誰も見向きもしないことがわかっていたのだと思う。それでも想像力と妄想力が旺盛な作家にとってはこの陳腐なブギーこそ物語の出発点にもなるわけだ。■子供のころに秘密のアジトで書いた「よげんの書」の内容をなぞるかたちで数１０年後に展開される荒唐無稽なストーリーの方は20th century Boyというよりはむしろクリムゾンの21st Century Schizoid Manがバックに流れている方がふさわしいと思う。あのLPジャケットの顔が覆面を取ったともだちの顔だったとしたら、かなりのインパクトがあると思うがどうだろう。■ケンヂの唐沢寿明、オッチョのトヨエツ、ユキジの常盤貴子をはじめ、誰もが原作から抜け出てきたような抜群のキャスティング。音楽の力も原作の気分を底上げしてくれる重要な要素で、秘密基地のポータブルラジオから流れるディランの「Like a Rolling Stone」や唐沢自身が歌うエンドロールの「Bob Lennon」、そして彼がマルオの店の二階でかき鳴らすギターのかっこよさったらない。（おそらく白井良明による吹き替えか）■膨大なエピソードの連鎖と壮大なスケール感をを堪能するには原作を何度も何度も読みふけるべきだと思うが、そのエッセンスをつかみとるためにこの２時間余りの映画版を楽しむのもアリかなと思う。大河のような原作を脚色する難しさは省略の難しさでもある。３部作の１作目としては十分堪能した。続編も特にその音楽面に期待したい。

  2009/03/29

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  ぐるりのこと。 / 橋口亮輔

  ■立命館の音楽仲間が集まって結成され、メジャーデビュー後は何回かのメンバーチェンジを経て現在は二人組、映画のサントラを手掛けたことも、最近ではテレビドラマの主題歌だって作ってしまう。そんな「くるりのこと」なら人並み以上の知識はあるが、「ぐるりのこと」と言われてもなんだかピンとこない。しかも最後に打たれた「。」についても意味不明だ。■そんなタイトルの意味は自分のまわりに起こった出来事という理解で良いのだろうか。木村多江演じる出版社員とリリーフランキー演じる法廷画家の夫婦の１０年間の物語。画面のふたりはそんな歳月の流れを感じさせないくらい変わらないが、その心の動きの揺れ幅は十分伝わってくるだけのメッセージ量だった。■今年の日本アカデミー賞で木村多江が主演女優賞をとった時、テレビの前で思わずガッツポーズをしてしまった。ヒロスエには何の恨みもないが、「おくりびと」の独占だけは勘弁してもらいたい（でも本木、山崎、余の三人は納得）と思っていた。でも順当にいけば吉永小百合だろうと予想していたが、この授賞には驚いたし感激もした。■もしもわたしが監督だったとしても、この役柄は木村多江でいきたいと思っただろう。こういう打ちひしがれる役をやらせたら彼女の顔ほど似合う被写体はない。表情が乏しいわけではないのに、もちろん清楚な美人系であるのに、このまとわりつくような薄幸感は時代を超えた美人画の系譜だ。■相手役のリリーフランキーがまた良い。だらしなくて頼りなくて全然マッチョではない。そのくせ、寄り添われようとすがられても、なよなよしながらもしっかりと相手を支える男力（おとこぢから）がある。これは演技ではなく彼そのものという感じがするなぁ。誰かに似ていると思ったらちょっと若い頃の鈴木慶一だった。■９０年代に実際に起きた事件を思わせる法廷シーンがいくつも挿入されるわけだが、それぞれがその時代の世情を描いていて、本題とリンクする。いわく人と人との繋がりとか、妄信的な信仰心とか、不条理な暴力とかね。裁判シーンだけのために大挙して出てくる俳優たちの顔ぶれもまた多彩でこの監督の人望の厚さみたいなものを感じさせる。■静かな映画だなと思ってそれはなぜかと考えていたら、ほとんど音楽が流れていないということに気づいた。突然入るそれは段々と快方に向かうふたりの関係性を描くためだけに使われる。これがまた効果的で見ているこっちもわずかだけど浮き浮きしてしまうほどだ。■絵心のある人が羨ましい。自分の描いた絵が天井に張り巡らされた時、それを寝ころびながら眺められる幸福はどんなものだろう。しかもその隣には一緒に寝転んでそれを見上げる愛する人がいる。そんな風にふたりで眺める風景は至福だ。しかも手と手が足と足が触れ合ったりしていたら尚更で、周囲（ぐるり）がどう思おうが、最強のふたりではないかと思う。

  2009/03/01

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  ザ・マジックアワー / 三谷幸喜

  ■妙な要望で申し訳ないが、三谷にとって映画はあくまで異業種であって欲しい。かつて桑田圭祐が、さだまさしが、石井竜也が手を染めたのと同じように、大好きな映画であっても、それを見るのと、自分で撮るのとでは大違いだということがわかれば、もうそれっきりでもいいじゃないかなんてこの人に対しても思うところがある。■根っからの映画好きであることはわかる。それまでの彼の書いたドラマを見ても、数々の名作、傑作からの引用は見て取れた。とりわけビリー・ワイルダーに対するリスペクトはどんな作品の中にも根っこの方に流れていたように思える。■だから、「ラジオの時間」で終わりにしておけば良かった。あれはあれで十分楽しめたし、舞台の進行とは打って変わった映画ならではの手法について学んだことで、彼の創作する演劇に新しい技巧が加わるだろうことこそがその成果だった。■ところが、三谷は味をしめることになる。もともとひとり遊びが好きだったこの劇作家が、ある程度の時間とある程度のお金を与えられれば、何度でも自分が納得できるまで、作品を練り上げ、色んなもので装飾することができる。そしてカットとカットを結び、編集することによって、一回性の舞台では再現できなかった喜びを感じ取ることになる。■「ラジオの時間」や「みんなのいえ」で満足できなかった部分をクリアできたのが「有頂天ホテル」だった。このころになると、彼を取り巻くスタッフも超がつくほどの一流揃いで、もともと役者人脈には定評のある三谷が贅沢に潤沢にスターとお金を駆使して実にゴージャスな物語をスクリーンに映し出すことに成功した。■そしてその成功に味をしめたのが今回の「マジックアワー」。ストーリー的には前３作を上回る面白さである。どこでもない架空の港町でいまどきどこにもいそうにない男たちや女たちがドタバタを繰り返す。■前作がとあるホテルに集まった様々な人たちの一喜一憂を描いた群像劇だったのに対し、今回は徹底的に佐藤浩市の魅力を描いたドラマになっている。数多くの彼以外の出演者は妻夫木も深津も含めてすべて助演という印象が残る。■ビートたけしが本業の芸人と区別するために北野武を名乗って映画を作るのに対し、三谷幸喜は舞台を書いても、テレビを書いても、映画を撮っても三谷幸喜のままである。どのフィールドにおいても類まれな才能を発揮することは認める。■ただ、たけしの映画表現におけるギャップと比べて、三谷の諸作には破綻がなさすぎる。どれも巧い、どれも可笑しい。しかし欲を言えば・・・・■と、ここまで書いて後が続かない。欲を言えば・・・何だ？結局サンシャインボーイズの芝居から三谷に入った者からすれば、もうこれ以上フィールドを広げすぎないで欲しいという願望か。また小劇場に戻ってきて、目の前で生の役者のセリフや動作に笑わせてほしい。そして少しほろっとさせてほしい。■芝居を見る喜びと映画のそれとは同じ作品であっても、随分違う。スクリーンに映し出されたそれは手を伸ばそうとしても決して触れない距離がある。三谷に対するなんか醒めた気分の核心はそんな距離感に端を発しているのかもしれない。それならそれと割り切って次回からは三谷昆とでも、または三谷十三とでも改名してほしい。

  2009/02/17

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  たみおのしあわせ / 岩松　了

  ■見終わって、果たしてこのたみおくんは幸せになれたのだろうかと考えれば、１０人のうち８人はおそらくこれは幸せなんかじゃないと思うだろう。■幸せの基準がどこにあるかなんて、それこそ人それぞれで、誰が見てもうらやましく見えるような絵にかいたような幸せなんか滅多にあるはずはない。たとえ美男美女が晴れてウェディングを挙げたとしても、ふたりの内部にいくらかのやましさとか、言葉にできないわだかまりが見え隠れしていれば、それを幸せと呼ぶことはできない。■岩松了は「時効警察」撮影時からオダギリジョーにちょっとさえない適齢期の男を演じさせたかったのだと思う。その相手役に麻生久美子を選んだのも、彼女にやはり普通じゃない少し変な適齢期の女を演じてもらいたかったからだろう。■かくして、霧山くんと三日月さんが無事に結ばれるシナリオができたのであるが、その結婚が周囲の人の羨望や祝福を一手に集めて成就されたものになんかなるはずはないのである。だってこの映画の脚本・監督はあの日本のチエホフ、岩松了なのだから。■見る前は、小ネタにあふれ、まるでコント集のようなドタバタ悲喜劇を想像していたのだが、説明は極端に廃し、謎は謎のまま解決せず、登場人物たちの素顔も性格も半分ベールに包まれたまま終盤まで悲劇とも喜劇とも呼べないままに深い余韻を持って物語は終わる。「時効警察」との共通点はあの番組に出ていた人が多数出演しているということだけであると言っていい。■主役はオダジョーよりもむしろ原田芳雄だろう。現在の邦画界で最もわけありの父親役のオファーが多い役者だと思うが、この映画でも、だらしなくもたのもしい（ちっとも褒め言葉じゃない）中途半端な父親役を好演。７０年代の彼の役柄のイメージからはちょっと想像できないくらい情けない男がよく似合う。■オダジョー演じるたみおくんが劇中全力で走るシーンが２回出てくる。１度目は麻生久美子演じる瞳さんが結婚にOKを出してくれた場面で、彼女を見送った駅から原田芳雄の待つ自宅へとひた走る。そしてもうひとつは、映画のラストで、結婚式場から花嫁とではなく、我が父親とともに式の途中で走り去っていくというシーン。■ダスティン・ホフマンになれなかったよって、嘆いたのは大塚博堂だったが、この物語ではダスティン・ホフマンになったのはオダジョーではなく原田芳雄の方（彼はバスの中で「真夜中のカウボーイ」のラッティオにもなった）で、麻生久美子側から見れば、エレーン（キャサリン・ロス）になれなかった女性の物語にも見えるのが面白いところでもある。■結局、岩松了の悪だくみにまんまと騙されて最後まで解決しない物語に付き合わされてしまった感じ。ひとつひとつのシーンは後になっても、それぞれはっきりと思い出すことはできるのに、物語のあらすじを誰かに語ろうとするとき、すごくあいまいなまま伝えきれないもどかしさを味わってしまう。この不思議な感覚は強いて言えば「未来世紀ブラジル」や「フィッシャーキング」のテリーギリアムの映画に似ている。

  2009/02/16

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  クライマーズ・ハイ / 原田眞人

  ■横山秀夫の代表作を映画化したこの作品が、通常のベストセラー小説を原作にした作品と大きく異なっている点は、この映画以前に同じ原作を脚色したテレビ版が陽の目を見ていることにある。■よって、いかにこのドラマが原作世界を忠実に再現して見せたとしても、もうひとつのテレビ版と常に比較されてしまうという重荷を担っているというわけだ。■NHK土曜ドラマ枠でオンエアされた前作はテレビドラマらしからぬ配役で度肝を抜いた。主演の佐藤浩市はもちろん、岸部一徳、松重豊、大森南朋、新井浩文、大和田伸也、光石研、綿引勝彦、塩見三省、杉浦直樹とここに抜き出しただけで暑苦しくなるような名優たちの男の園だった。■とりわけそれぞれのセクト（社会部、政治部、編集、販売）の思惑に事あるごとにぶつかっていく全権を任された佐藤浩市とつわものたちとの火花散る対決が大きなインパクトを見る者に与えた。あの焼肉屋のシーンの迫力たるや。■それに比べると、この映画版の方がむしろ地味な配役のようにも見える。ただ、その分インパクトは失われたかといえば、そんなことはなくて、例のスクープを打って出すか、出さないかというような緊迫した社内のやりとりは健在。■映画版がドラマ版を上回っていた所をあげるとすれば、主人公（堤真一）とその親友の息子（小澤征悦）とが挑戦する谷川岳衝立岩の登山風景だろう。劇中何度もインサートされる急斜面に立ち向かっていく二人の姿は物語の進行をことごとく殺いだが、原作の提示した重要な部分を映像化したわけだから、誰も文句は言えないだろう。■新聞社勤めに憧れたこともあった。自分の記事で世の中を斬ることの快感を味わってみたくもあった。しかし、ここで描かれた人々の格闘を見ていると、こんなことを毎日毎日繰り返すことのできる体力も知力も忍耐力も自分にはないことに気づく。■あのジャンボが墜ちた日に自衛隊の後にそれこそはいつくばってついていって泥まみれになりながら書き上げた現場雑感を落とされた堺雅人のオオカミのような目がすごい。■でもね、それこそ日本中のマスコミが鵜の目鷹の目で事故現場に集結して現場を踏みあらし、回収作業の進行を煩わせたという側面もきっとあったんだと思う。ここにもはびこる商業主義があって、他社の目を盗んで特ダネをほじくり出すハイエナみたいな記者もいる。■泣かせの美談でいく、地元の中曽根でいく、事故原因の究明でいく。紙面のトップをどう飾るか、読者に与える印象を決定していく作業（編集会議）に面白さを見出すためにはやはりある特殊なメンタリティーが必要なのではないか。マスコミ志願者の人がどのくらいこの映画を見て、自分もこういった現場で働いてみたいと思うのだろうか。■ともあれ、この未曽有の事故の報道の中で最も印象に残るのは揺れる機内で書かれたある父親の遺書の全文である。もうすぐ墜落してしまう飛行機の中であんな文章を書ける人間がいる。これまでは幸せな人生だったと振り返ることができる人がいる。妻や子供に思いを託せる人がいる。どんなに多くの新聞記者がいても、結局あの遺書を上回る記事が書けた人はいなかった。あの事故を思い出すとき、わたしは一番にそのことを思う。

  2009/02/09

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  ダークナイト / クリストファー・ノーラン

  ■ダークナイト。暗くない夜なんかないじゃないかとひとりつっこみを入れてから気がついた。これはNightじゃないと。■英単語には俗に黙字(silent letter)と呼ばれる発音されなくてもそこに存在する文字があり、ここで使われた「ナイト」も夜を表すNightではなく、騎士を表すKnightの方だ。すなわちDark Knight。夜の騎士。■発音されないKのことを考える。彼(K)はどんな気持ちで夜の前にその見えない姿を忍ばせているんだろうか。そこにいる人たちにはわかってもらえなくてもいい。でも彼のやらなければならないことは今夜もまたたくさんあって、彼なしではこの町の秩序なんかあってないようなものだ。彼は密かにそのKの意味を考える。それはひょっとしたらKINGの頭文字ではないのかと。■悪がはびこるから正義が登場しなけらばならないという論理が王道ならば、正義があるから悪が目覚めるという話も理解の外ではない。そもそも、そのどちらもなければ物語なんか生まれる必要はなくて、ゴッサムシティなんて言う架空の町がこんなに脚光を浴びることなんかなかった。■我が国のヒーローものにも、たとえば苦悩するウルトラマンなんていう物語も存在しえたと思う。フジ隊員をめぐり、ハヤタと誰かが彼女を奪い合うというストーリーもあり得る話だ。ただ幸か不幸か、ウルトラマンが自らの存在意義を揺さぶられるような激しい悪意と哲学を持ったジョーカーのような怪物に出会えなかったことが昭和の日本のヒーロー感の限界だったのかもしれない。■おそらく今年度のオスカー最優秀助演男優賞を受賞すると思われるヒース・レジャーが尋常じゃない。ニコルソンのイメージを払しょくするにはあれだけどぎついパフォーマンスが必要だったわけだ。ナースの恰好で病院を爆破するシーンのおバカぶりは「太陽を盗んだ男」のジュリーを思い出した。この映画を見て、彼があの「ブロークバックマウンテン」の人だとわかる人はほとんどいないだろう。■もしも、もしもだよ、松田優作が生きていたら、このジョーカー役は適任だったのではないか。「ブラック・レイン」の佐藤の進化系がこの狂気の怪物だと思えば、彼に白羽の矢が立っていた可能性は大いにあったと思う。ともあれ、ヒースレジャーも優作も、もうこの世にはいない。■冒頭の銀行襲撃シーンから一気に見せる２時間半。ビルを背景にちょっと猫背で立ちすくむ怪物メイクのジョーカーの悲しいでもない、怒りでもない、歓喜でもない無表情が圧倒的。彼こそ真のヒーローであるなんて口が裂けても言えないけれど、その口でバッドマンを食っていたのは確かだ。

  2009/01/27

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  フォロー・ミー / キャロル・リード

  ■アメリカ公開時の原題は「The Public Eye」だそうだ。でも、これは絶対「Follow Me」の方がいいな。ミア・ファローがロンドンの街を歩く。彼女の夫に雇われた私立探偵トポルがその後を尾行する。そもそも浮気調査が目的だった。しかし、彼女にはそんな相手なんかおらず、いつの間にかこの探偵が彼女の孤独な散歩のお相手となる。今日もついてきてくれているかな、後ろを振り返り、白ずくめの男を発見し、彼女はホッとし、また長い散歩が始まる。心の中で彼女はこうつぶやくわけだ、「フォロー・ミー」。■私立探偵のことは英語で「The Private Eye」という。もちろんその道のプロは尾行対象者にその姿など悟られてはならない。影のように目立たず、新選組の監察係のように変装すらして。しかし、この映画の探偵はまるで隠れようとする気がない。どこにいてもわかるように白い帽子、白いレインコート、白いズボンに白のスクーター。ここにいますよ、と遠くからでも悟られるのが「The Public Eye」ということか。■わたしがこの映画にめちゃくちゃ弱いのはなんなんだろう。ミア・ファローとトポルが一切会話を交わすことなく、ロンドンの街を歩き回り（この遠景のカメラワークがまた美しい）、アイコンタクトと身振り手振りだけで心が通う様を見ていると、心のこのあたりにすきま風がぴゅーぴゅー吹き抜けるような気がする。それにあのジョン・バリーの音楽がかぶさると、なんかもうとりかえしのつかない事を自分はやってきたのではないかなんて思ってしまう。それはこの年齢になったからこその感想ではなく、最初にこの映画を観た３０年前の時の気分と一緒だ。■それはわかりあうことの難しさなのかもしれない。恋する時代があって、相手のことを考えることに夢中な時があって、意を決して告白なんかして、相手がＯＫしてくれて、一緒になれて。でもそれから先、ふたりには何を深めていけばいいのかわかりはしないんだ。結局そこがゴールだとばかり思っていた。何十年も続くだろうその先の生活に於いて、時々黙って尾行し合うのもひとつの方法かもしれない。その時はできるだけ白い服着て遠くからでも見失わないように。でもそんなことしなければわかりあえない夫婦ってなにさ。■原作・脚本は「アマデウス」のピーター・シェイファー。もともとは舞台劇だったらしい。監督はあの「第三の男」のキャロル・リード。これがこの巨匠の遺作になる。しかしわたしにとっては、そのスタッフのクレジットのインパクト以上に、この映画のミア・ファローに対する正体不明の言葉にできない片想いみたいな気持ちがとっても強い。けっして美人ではないのに、けっして特別な女性には見えないのに、抱いてしまう不安定な感情はなんなんだろう。ＰＳ■いまだにＤＶＤ化はされていないということ。先日ＢＳでやっていたので録画しておいて久しぶりに見た。本当に何回見ても、最初に見た時のミア・ファローに対するザワザワした気持ちは変わることない。他の映画の彼女にはほとんど何にも感じないのに、なんなんだろう。前世でわたしはロンドンの私立探偵だったのかもしれないな。

  2009/01/02

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  今年のベストテン（映画・ＴＶドラマ編）

  ■2008年ドラマ・映画分野のマイベストテン。テレビドラマと映画を合わせてしまうのはいかにも無理矢理だが、今年もまた、映画だけで１０本選べるほど邦画も洋画も見に行っていない。きっと「ダークナイト」も「ぐるりのこと」も「おくりびと」もランクインされるに違いないのだが、いまだに見ていないことには入れようがない。またしても今年見た昨年の映画が何本か入っているが、それは個人的事情と言うことで。第10位「未来講師めぐる」　宮藤官九郎個人的に今年のナンバーワンCMは深田恭子の「氷結」だったりするのだが。塾の名前がコロコロ変わるところと勝地君が田口さんになってしまうあたりのバカバカしさが良い。星野君、正名さん、武田君、そして地井さんまで、まわりの役者がみんな楽しそうだった。第９位「ダージリン急行」　ウェス・アンダーゾン列車の中を隅々まで監督趣味に塗り尽くした装飾センスが良い。これもまた３兄弟の物語だが、「絆」の描き方がまたひと味違って面白かった。戦場のピアニストだった人がこんなコミカルな演技もできるのかって発見も。この映画のサントラは傑作だった。第８位「There Will Be Blood」　ポール・トーマス・アンダーソン２大アンダーソン監督が９位と８位。「ブギーナイツ」「マグノリア」路線とは一線を画すが、ラスト付近のボーリング場のシーンの緊迫感は「ブギーナイツ」の後半の印象とダブる。これも父と息子の映画でもあるが、その職業は医療関係者ではなく、石油関係の仕事だった。第７位「松ヶ根乱射事件」　山下敦弘こうして時間がたてば、同じ監督の作品でも「天然コケッコー」より、こっちの方が印象が強い。日本で「ファーゴ」を撮ったならこんな映画になるということか。金田一探偵が出てきそうな雰囲気さえあるが、実はそんな昭和の話なんかじゃなくて、れっきとした現代劇。しかも事件性自体も乏しいところも変だ。第６位「アフタースクール」　内田けんじ痛快に騙されたいということを映画に求める層がたしかに存在するのだと思う。または俺は騙されないぞと神経を集中して最初から最後まで張りつめて全てを見逃さないという意気込みを持っている人のための映画。２度３度見て伏線の張り巡らせ方にうなる。「おまえがつまらないのはおまえのせいだ」けだし名言。第５位「転々」　三木聡実はベストテンの中に三浦友和出演作が三作もあるのだが、今年の顔があおいちゃんだったとしたら、その男性部門は彼ということになるわけか。オダジョーと彼が東京を歩くだけの映画だが、その寄り道具合がとっても好みだった。脚本良し、音楽良し、後味しみじみ。第４位「アヒルと鴨のコインロッカー」　中村義洋大好きな小説の雰囲気を壊すことなく実写化した奇跡の一本。伊坂小説の映画化は今後ますます実現するだろうが、一番難易度が高いはずのこれをこんなに魅力的に見せてくれたのは監督の腕だと思う。○○役の瑛太がはまりすぎ。「ディラン？」と後ろから声をかけられたら気絶してしまいそうになる。第３位「流星の絆」　宮藤官九郎今になって思えば、あのドラマ内ドラマも「タイガー＆ドラゴン」のドラマ内落語劇の手法と同じであったことに気づく。現代劇だったから、人気作家の原作だったから、それがすごく意表をついたように見えたのだと思う。予想を裏切り期待に応える、というのがドラマの神髄ならば充分満足できたドラマだった。第２位「篤姫」　田渕久美子１年間出ずっぱりだったあおいちゃんに拍手。（彼みたいに）後ろからハグしてあげても良い。ホームドラマ、それ以外は省略。という潔さが最後までテンポを崩さなかった理由。脚本家・田渕久美子にも拍手。「そちの父で、なんというか・・・愉快であった。」長塚京三のこのセリフに落涙。第１位「風のガーデン」　倉本聰緒形さんの悲報がなかったとしても、この順位に置いたと思う。これだけの手間ひまをかけて一本を創り上げる労力は現在のテレビドラマのスタンダードではない。しかし、それに見合った脚本・キャスト・スタッフの熱意さえあれば、こんなドラマができあがることもある。テーマのメロディが篤姫と重なると思ったらこちらも吉俣良、グッジョブでした

  2008/12/29

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  青の炎 / 蜷川幸雄

  ■二宮和也を見たくて「青の炎」を借りてきた。貴志祐介の原作小説はずいぶん前に読了済み。この人の小説の中ではかなり好きな部類の話だったという印象があるが、その内容については（その本筋以外の部分は）ほとんど記憶にない。■舞台となるのは江ノ電を横目に見る湘南の海岸通り。夏には渋滞でほとんど車が動かないところだが、そんな車道を二宮君が乗る自転車、いやロードレーサー（ここ肝心！）が颯爽と突っ走る。そんなアジカンが爽快に流れてきそうな風景に、ドヨーンと重くピンクフロイドが流れる。■連想したのは長谷川和彦の「青春の殺人者」。ただしあの水谷豊と原田美枝子が発散したのが激情的な”真っ赤な炎”だとすれば、同じ親殺しの物語だとしても、こちらの方は文字通り内側から滲み出るような”青い炎”だった。■二宮君はコンビニのバイト君が本当によく似合う。もしも彼が嵐でなければ、どこかそこいらへんの海岸通りの薄明るい店に真夜中に行けば会えそうな気がする。たぶん、ちょっと小さな声でいらっしゃいって出迎えてくれる。防犯カメラの位置をチラチラ確認しながらね。■彼に殺される山本寛斎が上手だ。だらしなくて、横暴で、ずけずけと家族に押し入って、酒飲みで。青春期にあのようなオトナを間のあたりにしたら、誰だってある種の殺意を抱いてしまうものだろう。あの時期、わたしだって好きなものと嫌いなものの他に存在するものはなにひとつなかった。オトナになった今、してはいけないことのひとつはそんな子供の前で口を開けっぱなしにして金歯なんか見せて眠ってしまうことだ。■ロードレーサーの効用は風のように走ることにある。一切の邪念を振り払って身体を風と一体化し景色に溶け込んでこそのあの乗り物である。だからそれを殺人の手段として使ってはいけない。いくら急ぐ必要があったとしても。ならば自ら走れ。■テープレコーダーに自分の思いを吹き込んでおくことははたしてかっこいいことだろうか。声にもよるな。あまりに高い声で「もう限界だ」なんて録音してみたところで、後で聴き直した時に何の深刻味も感じないじゃないか。二宮君の声だから許せちゃうわけか。いやただ単に字が下手だったのかもしれないな。■ほとんど全ての事件が終わった後、ラストで松浦亜弥がカメラの方を１分以上ずっと見つめている。彼女が少し睨んでいるように見えるのはわたしに何か弱みがあるせいなのか。ごめん、途中でたしかに５分くらい意識がなくなっていた。だって疲れていたんだもん。でもまたちゃんと見直したんだから許してよ。

  2008/12/22

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  アフタースクール / 内田けんじ

  ■体力勝負みたいなところはたしかにある。最初から頭フル回転で隅々まで見落とさないように集中していると、途中でぐったりしてしまい、映画に置いていかれてしまったような気持ちになる。でも、そんなついてこられない人を、あざけり笑うつもりはこの監督には毛頭ない。それは後半の収束が実に鮮やかかつ巧妙で、見逃していたり、誤解していた数々がいっぺんに氷解してしまう爽快さが胸のつかえを一掃してくれるからだと思う。■それでも、映画館で一回きりの視聴を目的とした映画ではないだろう。面白さを堪能するためには全体像を頭に入れたあとで、２回目、３回目、４回目と見直していくくらいの方がふさわしい。おそらく５回までなら賞味期限を抵触しないだろう。そして、できれば自分で自由に画面を巻き戻したり、一時停止にしたりできるＤＶＤ鑑賞の方がより細部までの検討が可能だ。今こうしてＤＶＤ鑑賞している人の中で、映画館で見てもう一度見直している人の率は異常に高いと思う。■前作「運命じゃない人」以来、トリッキーな作風という意味で内田けんじ氏はある特定のジャンルを日本映画に定着させたのではないか。わたしは博報堂や電通の人間ではないから、うまい具合のキャッチフレーズなど思いつかないが、観客騙しムービーとか、コンゲーム・ムービーとか、とにかく、伏線はりまくり、先入観利用し放題の精神分析映画みたいな凝ったつくりの映画の典型だ。■だから、今後、この手のフォロアーが絶対出てくると思う。自分で脚本書いて、シーンの順番を熟考して、最後の最後に全体像が判明するみたいなね。むずかしいのは、その整合性が成功したからといって必ずしも作品に対する感動が伴うとは限らないという事実で、ただ単に辻褄が合えば名作になるというわけではなく、それとともに印象として残るやさしさとか切なさとか苦さとかの感情を揺さぶる何かがあるかないかが大きな問題となるわけで。■そういう意味では、アフタースクールにはそのものずばりの放課後感があった。それは下駄箱経由の帰り道の物語であり、学校を離れた後のひとりひとりの生き方の物語だった。突然開かれる中学校の同窓会には出席してみたい気分としたくない気分が半々。誰々ですって名前を言われても、思い出せない顔があり、遠くからひと目見るだけで３０年前のドキドキが一気に戻ってきてしまう顔もある。■それらは大泉洋と常盤貴子の見ていた校庭の風景に全て吸収されてしまう。自分が多少変化したとしても、目に写る鉄棒とかバックネットとかサッカーゴールみたいなものから湧き上がるイメージは完全無欠の郷愁に違いない。まして放課後のそれにはそれこそひとりひとりの思い出がたっぷりとしみこんでいるはず。そんなものがエンディングでmonobrightのテーマ曲が流れるとパーッと浮かび上がってくる。ＰＳ■防犯カメラに映ったエレベーターのシーンの真相は必見。あそこでまた堺君ファンはメロメロになると思う。そうか、女心をくすぐるのは「ホットケーキ」か。メモメモ。ちなみにわたしはこの映画の常盤貴子にメロメロでした。

  2008/11/29

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  人のセックスを笑うな / 井口奈己

  ■自分のと比べて、人のセックスのことを考えたことはあまりない。笑うなと言われても、それが途方もない体位で行われていたとしたら、吹き出してしまうことはあるかもしれないけど、ネットやＡＶを見ても、人のセックスを見て笑ったことはあまりない。漫才師夫婦のセックスがどうなっているのか興味はなくはないが、きっと見ていられないくらい切実なそれをしているのではないかとわたしは思う。■唯一、自分の相手（だと思っていた人）が誰か別の人とそういうことになっているんじゃないかと思う時の気持ちのぐらつきようったらない。笑うより怒るね。いや泣くね。ゆえに人のセックス、全般的に笑えない。■最初にこの小説のタイトルを見た時、ふーんと思った。作者の名前がまた、山崎ナオコーラときいて、へーと思った。この映画を観て松山ケンイチ演ずる主人公の学生の名前が”みるめ”君だとわかって、ひーと思った。そして彼が恋におちる相手が２０才年上の永作博美だと知って、ほーと思った。はー、もうハ行が残っていないじゃないか。■たいしたドラマも起こらない他人の恋愛を見る１３０分は退屈と言えば退屈である。人のロマンスは退屈である。そこには笑うには値しない切実さがある。たとえば自分が松山君と同じように年上の彼女と恋におちたら、プライドとか、進路とか、人生観とか、どうなってしまうんだろうかと考える。たいていそんな場合は女の人にちゃんとした相手がいて、ビクビクしながらこの時間が長く続いていけばいいと思うんだろうな。でもこの映画のあがた森魚は戦う対象として見るには老獪に過ぎる。■むしろこの恋の敵は同年代の彼を慕うえんちゃん（蒼井優）とか忍成君（あ、このふたりといえば、リリィ・シュシュだ！）の方で、常識的な方向へ彼に戻ってきて欲しいんだけど、なかなかどうして、いったん取り憑かれた魔力に抗いようがないといった感じだ。■魔性の女が（女性から見ても）チャーミングだと、遊ばれるのは男の子の方になる。そういう意味ではこの映画の松山ケンイチはさわってみたい、いじってみたい、つめたくしてみたい男子の代表みたいな”かわゆさ”に充ち満ちている。■ついつい長く撮ってしまいました、という井口監督の気持ちはわかる。シナリオはあるとはいえ、俳優たちはそこにカメラがあることはしばし忘れ、どうやったら相手のことをもっと深くわかるのだろうかと演じ続ける。それを見ている側は自分が思っていた以上に男女の行為（いや、そういうのではなくて）が面白いので「カット」の声をかけそびれてしまう。リトグラフのシーン、エアマットのシーンの自然さはすごく印象に残る。■この映画の後味をすごくポップに転化させてしまうのは音楽の力だと思う。延々と続く自転車のシーンや屋上のシーンを必要以上に切なくさせないのは明るく弾んで聞こえるピアノのメロディのせい。そして永作博美が自分の部屋で服を脱ぎながら聞いている「ANGEL」というテーマソングがかっこいい。まるで７０年代の女性アーティストのヒット曲のようなポップさはいつの時代にも通用する女のかっこよさを象徴しているようだ。このサントラは”買い”でしょ。

  2008/11/10

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