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  よく近所でみかける 奥さんにはなれないわぁ~ §>_<§

福井ともうしますと

『弁当忘れても 傘忘れるな』
と 申しますほど 降水量の多いところでございます。

殊に 冬は 積雪量も多くなります 

古くは昭和38年の『さんぱち豪雪』昭和56年の『ごうろく豪雪』と積雪量は たいへなものでした

私は存じませんが 38年の豪雪の際には 家の二階の窓から出入りをしたそうです

雪道を歩くその傍らには 電線があったとも聞かせていただいております

また 56年は 私も学生でしたので 覚えておりますが 学校までスコップをもって 登校して 5教科いがいの時間に 雪かきした記憶がございます

春になっても溶けない雪を 淡路島のこどもたちに プレゼントしたとゆうニュースもありました

冬の気温は 大抵0℃前後 なので 雪は水分が多く重たい雪なんです

それで 福井の屋根瓦には 等間隔に 持ち手がついてるような瓦が並んでいます

これを 雪止め瓦 と申しております

屋根雪が一度に滑り落ちると大変危険で 建物をも壊す恐れがあるので このような 瓦がつかわれております

こうした雪との戦いの中から どんなことにもへこたれない 耐えながらいきる強さを身に付けた県民性が生まれました

福井は大昔いまから およそ1200年ほど前は 越前平野と申しまして
一面の沼地でございました。

その頃継体天皇の御偉業により 九頭竜川・足羽川・日野川の三つの治水工事を行い 豊かな沃野になったと伝えられております。

平安時代には武生に国府がおかれておりました

戦国時代になると朝倉氏が一乗谷に館を構え 5代100余年の栄華を極めましたが 織田信長に滅ばされております

こうして 柴田勝家が北の庄に城を構えお市の方とともにしあわせにくらしておりましたが

しずが岳の合戦に破れ 自害しております

その後徳川家康が天下を取ってから その子 結城秀康が越前68万石の大名として 入城いたしました

その後 忠直公の乱行により 32万石に減らされてしまいました

また三代 忠昌公の時 「北の庄」の北は 「敗北」につながり縁起が悪いとゆうので

「福が居る」とかいて福居 とゆう地名に改められたもので現在の福井 となったのは 元禄時代だといわれております

こうして 明治の廃藩置県で 福井県となりました

また福井は昭和20年の戦災 23年の震災など 度重なる痛手を受けましたが

見事に立ち上がり 不死鳥福井 フェニックスの呼び名さえございます

「オサの中から 福井は 明けて」と 民謡にも歌われております

この オサの音 ナニの音か?おわかりでしょうか?

機織の横糸を通すおとなんだそうです

朝が白々と開ける頃には がっちゃんがっちゃんと 機織の音が あちらこちらから 響いていたとゆう 繊維王国でございます

現在もみなさまがたの 身近なものでしたら 車のカーシート 着ているお洋服 もひょっとしたら 福井ブランドかもしれませんね

むかしは お蚕さんを飼うお宅も おおかったようです

「子供のなまえは 呼び捨てなのに お蚕さんって お付けさん付けで」

などと 囃されておりますが このお蚕さんと福井の気候で 素晴らしい羽二重ともうします 絹織物が生まれました

織物ののほかに 福井の特産物 ともうしますと 眼鏡がございます

全国生産のおよそ80%は福井県で生産されております
 
そのほか 越前和紙・越前漆器・越前焼・打刃物・など 古くから育まれている 特産品が多くございます

また 美味しいものもたくさんございます

海の幸・山の幸と 満載ですが・・・・

ちょっと めずらしいモノと言いますと 「水ようかん」でしょうか

「水ようかん」?って思われるでしょうけど 福井県民は 冬 おこたに座って この水ようかん あるいは でっちようかんといっておりますが

コレをたべるのが たのしみのひとつなんです

薄い平らな箱にはいってるんです ソレをへらで 切り分けていただくのですが つるんっとした食感とそのつめたさがなんとも いいんでしょうかね
               
冬にこちらに来ることがありましたら 是非召し上がってみてくださいませ

また 名物のおそば については ながくなりますので のちほど ごあんないさせていただきます



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