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カテゴリ:ドラマ系の感想
第2週「灯(ともしび)の道」
内容 娘・環(宮島るか)を生んだりん(見上愛)は、必死に育てていた。 だが夫・亀吉(三浦貴大)との関係は。。。。。 一方、直美は、偶然、貴婦人と出会い。。。。 敬称略 もう、正直、苦言しか出てこないので。まずハッキリ書いておく。 話の展開が早いだとか、過酷な。。。とか。。。。 それを良くも悪くも“話題”にして、 必死になって興味を抱かせようと、様々な“御用達”を利用しているようだが。 そもそもの話。 今作が行った番宣を含め、大きなミスを犯しているのは、 《子供とふたり東京に出てきたりんは、偶然、直美と出会い。。。》 と、何度もやってしまっていることなのだ。 そう。このシーンが、いつになるかは分からないけど。 それ以外にも、看護婦姿を見せたりとかしてしまっているのだ。 そう。それを見た視聴者は、《そういう場面》を期待するわけで。 そこから《どうなっていく?》を心待ちにするわけである。 が、今作が行っているのは、その前段階。 視聴者的には《エピソード0》である。 さて、ここで大問題。 どんな“ドラマ”“映画”そして漫画、小説などでも、そうだけど。 《本編》を見て、興味を抱き、話題になったからこそ、 その前段階の《エピソード0》を見たいと思うのが普通の感情だ。 それが人情というモノ。 そうなのだ。 どれだけ、前段階だろうが、《エピソード0》だろうが、 先ず、視聴者の期待は、別の部分。。。。《未来》に向いている状態では。 無意味と言うことである。 そもそも、今やっている《エピソード0》って、必要無いんだよね。 それこそ。番宣部分を初回にすれば良いだけで。 ナレーションで十分なモノを、わざわざ行っているのだ。 例えば、今回のエピソードで、違和感を覚えなかっただろうか? あの、すごろくだ。 どう見ても、父が死んだくだりを無視している。 極論を言うなら、 “憧れ”を描いてしまったならば、“悲劇”を盛り込む必要は無かったのだ。 だって、それを《目標》《目的》にして、 ドラマの主人公は、前に進んでいき、物語が紡がれるモノだからだ。 いや、むしろ。“朝ドラ”ならば、それが《定番》である。 こういう“連ドラ”であることを無視するような、 チグハグな描写は、視聴者に違和感を抱かせるに十分で。 ドラマへの、、、いや、主人公への嫌悪感に繋がるのは、言うまでも無い。 これ完全に《ミス》だからね!!! これ、気のせいかな。 番宣の“出会い”部分からを、先に書いておいて。 あとで、その前段階である、現在の部分を追加した。。。。のかな??? そんな風に感じられた今回のエピソードである。 最後に。 今作の感想で、説明染みている。。。と、何度も書いてきたけど。 そもそも。先週と今回までのエピソードって、 ナレーションか、説明染みたセリフを盛り込めば、 描けることなんだよね。 映像化の必要性は、全く無いです。 もし、必要だというならば。 なぜ、家老であることを描かない? なぜ、明治維新のドタバタを描かない? そういうことになりますよ。 それを描かないという《選択》が出来るならば。 先週からのエピソードだって、描かないという《選択》が、出来たはずである。 都合良く、描いたり、描かなかったり。 大事なのは、ダブル主人公で描いていく姿では? だったら、それを描けば良いだろうに。 モデルがどうだろうが、そんなの、どうだっていいです。 そこまでの取捨選択くらい、して欲しかったです。 現状。グダグダ以前の問題である。 TBは以下のミラーへお願いします http://maxexp999.blog100.fc2.com/blog-entry-9696.html お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Apr 8, 2026 07:52:14 AM
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