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江戸東京ぶらり旅

江戸東京ぶらり旅

隅田川橋めぐり

 藤沢周平の「橋ものがたり」(新潮文庫)には江戸の下町の橋がいくつか登場します。小名木川にかかる小さな橋から,隅田川にかかる両国橋のような大きな橋まで。写真は同じく隅田川にかかる現在の永代橋です。これは西側の,つまり中央区(東京駅側)から撮ったものです。あちら側,江東区には門前仲町,魚三酒場など馴染みの飲み屋があり,その向かい側に富岡八幡さまがあります。赤穂浪士も渡った永代橋とは・・・

永代橋5.JPG


 永代橋が隅田川に架けられたのは元禄の江戸幕府が栄えた頃,綱吉50歳を祝して架けられたのですね。隅田川で四番目に作られた橋です。きっと徳川幕府が末永く代々続くようにという願いを込めて名付けられたのでしょう。

 最初は木の橋で,上野公園のちょうど大きな噴水のある場所にあった寛永寺根本中堂造営の際に余った木材で作ったとか。隅田川で最も下流に作られたのですが,ここまでは大きな船(廻船)が出入りする。だから大型の橋を造ったのですね。ここで小さな船に荷物を積み替え,江戸に張り巡らされた運河で江戸市中に運び込むというわけです。

 1807年には,富岡八幡宮の祭礼日に多くの江戸市民が押しかけたため,群衆の重みで橋が崩落,1500人というたくさんの死者が出ました。あれこれ歴史を経て,現在の橋が架けられたのは大正15年。「帝都東京の門」と言われたこの橋,ドイツライン川に架かっていたレマーゲン鉄道橋をモデルにしたタイドアーチ橋。平成12年に少し上流にある清洲橋と共に土木学会の「第一回土木学会選奨土木遺産」(写真下)に選定されています。

土木遺産.JPG



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隅田川の3橋,重要文化財に



 一ヶ月ちょっと前ですが,文化審議会は4月20日(金)に,河口に近い方から勝鬨(かちどき)橋,永代橋,清洲橋の隅田川に架かる3本の橋を重要文化財に指定するよう,伊吹文部科学相に答申したとのことです。他に大阪市にあるとある幼稚園舎を含め今回の答申は11件。

      


 この中の一つ,勝鬨橋についてです。ここへ行くのに一番近いのは,東京メトロ日比谷線の築地駅か,都営地下鉄大江戸線勝どき駅でしょうね。私は前者がオススメです。というのは,築地駅を出ると目の前が「築地本願寺」でインド風の建物が目を引きます。かつてロック歌手の告別式がここであり,たくさんの若者が訪れたお寺です。また築地交差点の向こうは築地市場(場外市場)で旨い魚が手に入りますし,もう少し進んで朝日新聞本社の対面あたりからは場内市場に入ることができ,行列の中に並んで人気の江戸前寿司をつまむことだってできるのです。

 もっと健康のためにウオーキングしたいなんていう人は,JR有楽町駅から歩くといいでしょう。晴海通りに沿って隅田川方面へ歩きます。途中,東銀座の歌舞伎座の正面を通ります。歩き続けると間もなく築地4丁目の交差点で,左手に本願寺,右手に築地市場が見えます。さらに真っ直ぐ進むと間もなく勝鬨橋です。橋を渡るともんじゃ焼きの月島です。有楽町駅から橋まで大人の足で20分程度でしょうかね。たいした距離ではありません。

勝鬨橋.JPG


 勝鬨橋は長さが246m,可動部分があって,かつては大型の船が通過するたびにハの字型に橋が開いたのですね。これができたのは1940年6月,もともとは橋脚の高い橋を造れば可動部分など必要なかったのですが,そこは懐との相談。船を優先させるために陸上交通を多少犠牲にした,より安い橋が完成したというわけです。この上を路面電車が走っていたこともあるのですね。1970年11月を最後に電力供給も途絶え,橋は開いていません。開く橋を復活させようと市民運動もあるようですが,維持費やらなにやらで相当のお金がかかるとのこと。どうなるやらです。それでも橋のデザインといい,重量感といい,江戸時代からの橋ではありませんが,私の好きな橋の一つです。この橋を渡ってさらにちょっと進み,左折するともんじゃ焼きのお店がたくさん並ぶ商店街です。

      


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清洲橋が重要文化財に


 隅田川に架かる清洲橋のことですが,重要文化財に指定されるかもしれない永代橋と,新大橋に挟まれた橋です。近くには清澄庭園や芭蕉記念館があります。都営地下鉄か東京メトロ半蔵門線清澄白河駅で降りるのが一番近いと思いますが,私はもっと南の門前仲町から富岡八幡に寄って,江戸情緒を楽しみながらずっとウオーキングし,小名木川の万年橋を渡ってここへたどり着くコースが大好きですね。

清洲橋.JPG


 この橋をながめるには芭蕉稲荷神社から小名木川に沿って少しだけ先にいくと,小さな公園(史跡展望庭園,芭蕉記念館の分館)が隅田川のほとりにありますので,ここが最適でしょう。ただし第2・4月曜日は入れませんのでご注意を。地図を示しておきます。地図には公園のしるしがありませんが,稲荷神社前の細い道が隅田川とぶつかり右折しかできないあたりです。訪れると分かります。

 地図は → こちらです

 橋の名前である「清洲」(きよす)は公募により決められたものです。橋の東側が当時は深川区清住町,西側が日本橋区中洲町だったので両方をとって「清洲」と名付けられたのです。この橋は,関東大震災の震災復興事業として,永代橋とともに建設が計画された橋で,「帝都東京の門」と呼ばれた永代橋と対になるように作られています。

 ブルーで背の低い二つのアーチが見事,「震災復興の華」とも呼ばれた美しいデザインの橋です。それも当時世界で一番美しいと言われたドイツのケルン市にあった大吊り橋をモデルにしたからなのです。平成12年永代橋とともに土木学会の「第一回土木学会選奨土木遺産」にも選定されています。

 橋を見学したら,ついでに「江東区芭蕉記念館」へ行ってみましょう。


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古くからあっても新大橋


 隅田川に架かる橋の中で「人助け橋」とも呼ばれる新大橋ですが。清洲橋や芭蕉記念館の北にあるモダンな橋です。これを見るには地下鉄都営新宿線浜町駅か森下駅で降りるのがいいでしょうかね。

  地図を見る → 【こちら】

 新大橋は関東大震災や東京大空襲の際に,他の橋が壊滅的な打撃を受けたのに,この橋だけが唯一被災せず,避難の際の命綱の役割を果たし,多くの命を救ったのですね。橋の西側の久松警察署浜町交番裏に「大震火災記念碑」と「人助け橋の由来碑」があります。

新大橋1.JPG

新大橋2.JPG

 この橋は写真の通りモダンな造りですが,隅田川に架橋されたのは三番目に古く,1693年12月7日のこと。両国橋が当時「大橋」と呼ばれていたため,次に架けられたこの橋は「新大橋」と名付けられたのです。幕府は江戸を守るために隅田川(大川)に橋を架けることにこだわったのですが,江戸の大火で多くの人名が奪われ反省,両国橋は防災上の理由で作られ,やがて(江戸から見て)川向こうにも庶民が住むようになり,そしてもっと橋がないと不便という状況になって新大橋が架けられた,というわけです。

 橋が架けられた当時,新大橋と清洲橋の中間,隅田川の東岸深川に「芭蕉庵」を構えていた松尾芭蕉が句に詠んでいいます。

 芭蕉庵の場所は → 【こちら】

 「初雪やかけかかりたる橋の上」

 「ありがたやいただいて踏むはしの霜」

 江戸も結構昔は寒かったのですね。その後,何度も橋は架け替えられ,存廃の危機を経験し,昭和52年に現在の橋になったというわけです。歌川広重の錦絵,斎藤月岑の江戸名所図会にも描かれていますよ。

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相生橋のこと  オススメHP(隅田川の橋


 隅田川が河口付近でどう流れているのか,ちょっと説明しましょう。赤穂浪士が最後に渡った隅田川に架かる橋が永代橋ですが,下町深川のこの橋を過ぎると月島・佃島をはさんでふた手に分かれます。すなわち,隅田川は永代橋から見ると本流は月島・佃島の右側(つまり西)の佃大橋,中央大橋,勝鬨橋の方へ流れ東京湾へ。もう一方は月島・佃島の左側(つまり北)の相生橋,晴海運河の方へ流れ同じく東京湾へ。

 それで今日は,今までに紹介したことのない後者の橋,相生橋ですが,明治36年に架けられました。関東大震災で焼失,大正15年に復活,現在はオススメHPの写真のようにトラス橋に架け替えられました。この橋の真下には「中の島」という公園。現在は埋め立てられて一方が陸続きになっていますが,もとは堀があって陸地とは続いていませんでした。だから中の島は独立した小さな島だったのです。相生橋の途中から降りられますので是非行ってみましょう。

 相生橋を通っている道路が清澄通りです。勝どき,月島,佃島を一直線に走り,この橋の上を通って門前仲町を経て清澄庭園,そして両国駅に至ります。月島地区はもともと工業地区として発展したのですが,島の北となりの深川とは渡し船しかなかったのですね。それで中の島を利用すればうまく橋も架けられるとして,長短二本,これをつなげた橋がここに架けられたというわけです。

 相生というのは,一つの根から黒松と赤松が生え出た松(相生の松)のことで,縁結び,和合,長寿の象徴とされます。ですから,二本の橋で構成されているこの橋に相生という名前をつけることで何か良いことを願ったのですね。ところがです,この願いも空しく,橋が完成して二ヶ月後には関東大震災。火のついた船がぶつかり橋も焼けてしまったのです。

 こんな運命の橋ですが,月島でもんじゃ焼きを食べたあと,橋を渡って,門前仲町までぶらりと歩いてみませんか。

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