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江戸東京ぶらり旅

霊巖寺<深川・白河>

 霊巌寺(れいがんじ)ってご存じ? えっ,名前だけは聞いたことあるって?

 深川を,いや江戸を語るのに,このお寺を抜きにするわけにはいかない。歴史小説にもよく登場するお寺だから知っていて決して損はない。そんなに大切なお寺なら,話を聞きたいって? それじゃ,耳をかっぽじって聞きな。

●これが江戸の守護神,霊巖寺です●
P1010297霊巌寺2.JPG


 まずこのお寺の場所だが,江東区白河1-3-32,清澄庭園前の大きな交差点から,庭園とは反対方向へ少し,といったところだ。境内には,寛政の改革をなした松平定信の墓や江戸六地蔵の一つ銅造地蔵菩薩坐像が鎮座している。すぐ近くには深川江戸資料館があるから,ここへ行ったついでにちょっと寄ってみるのがいいだろう。それに霊巖寺の場所が分からないなら,ここで聞くといいだろう。といってもすぐそばだから,簡単に分かるけどな。

●これが日本史で習う松平定信の墓です●
P1010300松平定信墓1.JPG


 さて,このお寺の由来だが,徳川家康・秀忠・家光に信頼のあった雄誉霊巌という人が1624年に葦の原を埋め立てて造成したのが霊岸島,ここに造ったお寺が霊巌寺だ。霊巌島という島は現在ないが,中央区新川1~2丁目あたり。1丁目12にある越前堀児童公園には霊巌島の碑が建っているし,霊岸島という交差点もある。

 ところがあの江戸で起きた火事の中でも三本の指に入る明暦の大火,つまり振り袖火事でこのお寺が焼けてしまったのだ。こんなところにまで火は来ないだろうと霊巌寺に逃げ込んだ9600人が犠牲になったというのだから,余程大きな火事だったことがわかるだろう。それどころが,火はさらに停泊していた舟に燃え移り,東にある佃島や石川島,今ではもんじゃ焼きの店がたくさんあるところだけど,そこまで飛び火したというのだから大変なものだった。それで1658年,このお寺は現在の深川の地に移転したというわけ。

 それで移転する前の話だが,この霊巌島の位置は西へ行けば東京駅,そして皇居。東はすぐ隅田川,そして太平洋。すぐ北には江戸城大手門に続く日本橋川。これでわかったかい。いいシチュエーションだろ。

 つまり江戸城を立派に仕上げるにも,江戸の街づくりにも,江戸への物資の搬入にも欠くことのできない位置がこの霊巌島ってなわけだ。そして江戸も自分たちも守ってくれる有り難い霊巌寺,つまり江戸という街作りの開始点が霊巌島であり霊巌寺ということだったのだ。だから幕府も雄誉霊巌に資金の援助は惜しまなかったというわけだ。

 これで霊巌寺がいかに江戸と関係の深いお寺であるかわかったかい。ところが振り袖火事でお寺は移転。この移転はは実に意味深い,江戸で一番大切なお寺の移転だ。他のお寺だって近くに建てれば格も上がるかも知れない。こうしてこの寺の移転は,川向こうと呼ばれていた隅田川の東,江東区が栄えるきっかけになったというわけだ。

 ここにある地蔵だが,「水戸街道を守護」するものとされるが,なんで? という疑問は残る。水戸街道なんて日本橋からからスタート,千住を通るのだから,ここからはちょっと遠い気がするのね。ちなみにこのお地蔵さん享保2年(1717年)建立,像高約2.75m。江戸六地蔵とは,江戸深川の僧・地蔵坊正元の発願によって浄財が集められ,菩薩座像が江戸に出入りする六つの街道の入口にそれぞれ一体ずつ安置されたものだ。1番目は品川寺(南品川),2番目は東禅寺(東浅草),3番目太宗寺(新宿),4番目は眞性寺(巣鴨),5番目がここ霊巌寺,6番目は永代寺(門前仲町)だが廃仏で消滅。

●江戸六地蔵の五番目,霊巖寺の地蔵です●
P1010299霊願寺地蔵2.JPG


 というわけで,江戸を訪れたら,当然江戸に住んでおいでなら,一度はこのお寺で拝んで欲しいものじゃのう。えっ,今度行ってみる? 場所はどこかって? さっき話しただろ。若いのに,しっかりしなさい。

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 東京都現代美術館へ行くには都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線の「清澄白河駅」で降りるのがいいでしょうね。清澄庭園や深川江戸資料館だってすぐそば。この駅ができたおかげでこの地域一帯はますます便利になり,マンション建設など,再開発が進んでいます。

 それで,この駅名ですが,「清澄」はともかく「白河」とは何なのでしょうね。どうして「白河」なんて名前がついているのでしょう。ついでに駅の西側は「江東区白河1丁目,2丁目」,住所も「白河」ですよ。

 それがどうしたって?

 実は深川江戸資料館の隣に霊巌寺という,もともとは中央区新川1丁目から移転したお寺があるのですよ。江戸城の改築と並行して日本橋が埋め立てられ造られた島が霊巌島。ここに建てられたのが霊巌寺。だからこのお寺は江戸が産声をあげ発展するその歴史を見てきた大切なお寺。ところが明暦の大火という江戸で起きた大きな被害のあった火事ですが,これがきっかけで江東区白河1丁目へお引っ越し。もちろん当時は「白河」なんていう名前ではありません。実は,現在このお寺には江戸時代のあの「寛政の改革」を行った老中松平定信の墓があるのですよ。

●松平定信の墓(一番左)●

P1010303霊願寺3.JPG


 彼は白河藩主出身,1829年に亡くなりましたが,それから100年後の昭和の時代になって,この「白河藩」の名をとって「白河」という地名ができたってわけですよ。大江戸線の駅の開通が2000年12月,半蔵門線の駅開通が2003年3月だから,「清澄白河」はもっとあとになってから命名されたというわけです。もちろん駅名の「白河」も地名と同じ理由によります。

 それで「白河」ですが,これは「白河の関」という関所で知られている今の地名で言うと福島県白河市のこと,松平定信はこの藩の第三代の藩主。彼が職人に作らせた「白河だるま」は白河市の特産物。2月11日におこなわれる「白河だるま市」で売られています。また白河蕎麦もここの特産品,天明の大飢饉の時に東北地方では最も被害が大きかったのにもかかわらず,白河藩の誰一人として餓死させなかった話は有名ですよ。

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