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江戸東京ぶらり旅

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全1907件 (1907件中 1-10件目)

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Dec 20, 2010
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カテゴリ:カテゴリ未分類
モーツアルトの故郷,それにカラヤンの故郷とでも言った方がいいのかな。
ともかくちっぽけな町なのに世界から音楽愛好家がここへやってくる。毎日が縁日といった感じのこぢんまりした街なのである。ザルツブルグ音楽祭もこの一画にある祝祭劇場で行われるのでありますよ。

ザルツブルグ。
かつてはザルツ(ソールト=塩)で栄えた町であるが,今は塩など誰も見向きもしない。
そうです。モーツアルトの故郷,だからモーツアルト抜きでは存在しえない町。

偉大な人物がかつていた,ということは地域活性化には実に重要であるということを知らされますね。日本で言えば,西郷隆盛とか伊達政宗とか坂本龍馬とか・・・とにかくこんなちっぽけなローカルな知名度ではなくて,世界を感動させる天才。

<あ,ごめん。西郷だって伊達だって坂本だって重要に決まってますよ。ないがしろにしているわけではありませんからね>

私は鉄道のザツツブルグ駅,この近くのホテルに宿泊したので旧市街地へはちょっと歩きましたが,これもなかなかの散歩でしたね。シシーの像を左手に見て,では行ってきます。

<この近くにシュパールありませんか? =シュパールとはドイツ語でスーパーのこと=>

新しい町に行って最初に聞くのはこのこと。スーパーはミネラルウオーターや副食物でも,とにかく庶民が買い物に訪れるところなので安い。観光地だから訪れる人相手の店は2倍も高い。ここで私は水とブドウとサンドイッチを買った。あのサウンド・オブ・ミュージックの撮影にも使われたミラベル宮殿を右手に見てゆっくり歩くと,すぐザルツァッハー川に出る。市内を流れる唯一の川を渡る。でもここにはいくつかの橋,少なくとも3本の橋が架かっているのですが,一番遠いと表現しましょうか,下流の橋である<モーツアルト橋>を渡ります。

<名前の割にはたいしたことない橋だな>

こんな不謹慎な感想を秘かに持ち,モーツアルト広場へと向かうのです。

モーツアルト2.JPG


モーツアルトの家もこの広場を見渡せるアパートの一室にあったのだ。周辺にはゆかりのカフェやらお食事所があります。こんなことはガイドブックを見るときっと書いてありますよ。

モーツアルト1.JPG


8月から9月でしたか,ザルツブルグ音楽祭が開かれている期間は特に観光客が多いそうですが,私のオススメは町一番古いレストランで行われるディナーコンサート。当然モーツアルトづくし。モーツアルトのお通しからはじまってモーツアルトのデザートまで。音楽を聴きながらの食事会。これがなかなか感動物なのです。カラヤンの提唱により始まった「ザルツブルグ音楽祭」に高いチケット代を払って居眠りするよりは遙かにいいですよ。

このレストラン,高い入場料を払い,美しく着飾って,教養人らしく振る舞って居眠りも我慢して聴いていたあのザルツブルグ音楽祭をようやく解放され,次に訪れるのがここだからです。どうせみんなここへ流れて来るなら,最初からこのレストランで気軽なモーツアルトを聴いて愉しんだ方が良い。

ザルツブルグ音楽祭で居眠りした人たちも,

<気取っているのも意外と疲れるわね>

こんな本音を言いながらようやく美味いものにありつける店。それがこのレストランなのです。だから音楽祭はパスして,最初からここへ行きましょう。デザートは勿論「モーツアルト」

ディナーコンサートは7時30分頃から始まり,11時ちょっと前まで続きます。だからホテルには「ちょっとだけ遅くなりますからね」と言っておくことをお勧めします。特にチェックインを済ませないでレストランに来てしまった方は・・・。









最終更新日  Dec 20, 2010 06:44:20 PM
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Dec 13, 2010
カテゴリ:カテゴリ未分類
ヴェネツィアには教会がたくさんある。日本で言えば町内会ごとに,という感じである。その世界では教区という単位なのだが,ともかく「おいらの町の教会」なのである。これとは別に行政的な区分もあって,ヴェネツィアでは確か6地区に分けられていたはずである。これは宗教とは関係なく,渋谷区,品川区,新宿区・・・といった感じの分け方である。

おや,どんどん話がずれていきますね。
今日はヴェネツィアの音楽家の話です。

<えっ? それって誰のことだっけ。ヴェネツィアの著名な音楽家・・・???>

サン・ザッカリアという船着き場,ここが一番便利でサン・マルコ広場に近いと思うのですが,この船着き場にヴァポレット(水上のバスといった感じの定期便)で到着すると,向かって右側に歩きましょう。この大運河に面した海岸が「スキアヴォーニの河岸」と言われる長い長い船着き場です。ヴェネツィアの玄関に当たる船着き場ですから,最も重視されてきた港と言っても良いでしょう。スキアヴォーニとはイタリア半島のアドリア海を隔てた東側,今ではクロアチアのある地方と言うべきか,この地方出身の船乗りのことをさしています。

この海岸の一番左側(西側)にあるのがピエタ教会。写真はこの内部を写したものです。教会はゴシック様式のものですが,もともとここは女子孤児院だったのです。


ヴィバルディー.JPG


そうです,この教会で聖歌隊の指導をしていたのが何と作曲家のヴィヴァルディーだったのです。こんなちっぽけな教会内部ですが,小規模のパイプオルガンが備え付けられています。特に彼の遺品や肖像画などはありませんが・・・

<そうか,ここでヴィヴァルディーは指導していたのか>

と,あの「四季:春・夏・秋・冬」で有名なヴィヴァルディーの若き時代のことを少しは感じとれるのではないかと,訪れた私でした。教会への入場は何かしら行事をしているときでないと入れません。通常はあいていないからです。このときは何もイヴェントは開催されていなかったのですが,たまたまあいていたのです。

<ラッキー>

しかし,何もない教会に入るだけで入場料を求められました。お客は私だけで,その後一人の男が入ってきて,すぐ出ていきました。

<なんだ,何もないじゃないか>

というのが正直な感想ですが,彼のファンならばきっと有り難いと思うでしょうね。










最終更新日  Dec 13, 2010 06:29:35 PM
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Dec 12, 2010
カテゴリ:カテゴリ未分類
我が家で下の写真にある花が咲いた。

ところで,着生植物ってご存じだろうか。
この植物がそうである。といっても植物名は実は知らない。一般的にはエアプランツと呼ばれているが,これにはたくさんの種類があるらしい。

いつもは明るい窓際に置いてある。そう,「置いておく」といった感じで,水をやるわけでもなし,肥料をやるわけでもない。肉や魚の入っていたトレーの上に,ポイッとただ乗っけておくだけである。

勿論植物だから水も肥料も必要だ。だから気が付いたとき,というか気まぐれに,この植物を水の入った食器洗いの器にほんの少しの液体肥料をたらし,ここへ1時間ほどつけておく。この時間だって適当である。こんなことを一年に10回やるかどうか。

そうです。根はないのです。水も養分も葉から吸うのです。

そのうちに尖った葉の先端が赤味を帯びてくる。するといよいよ開花だ。一年に2,3回は咲くのだろうか。今まで適当にやっていたので,花の咲く時期や回数もいい加減にしか記憶にない。筒状の紫の花弁なのか,この中心部から白いめしべと黄色い花粉をつけたおしべが顔をのぞかせる。

この植物は熱帯雨林の樹木に着生,根のようなもので樹木にしがみついて生きている。熱帯雨林では雨がザッと降るので,この水分を葉で吸い取る。仮に雨が降らなくとも,湿度があれば十分。雨にはわずからがら養分も含むから,これでなんとかやりくりする。光は勿論十分にある。こんな生活を自然の中では営んでいる。

着生植物.JPG


根元から小さな子供ができる。要するに分裂で増えることもできるのだ。これは徐々に大きくなり,株分けすれば人にもあげられる。そのままにしておけば何株も集合した大きな株になる。きっと自然の中では種から増えるのは難しいのかもしれない。熱帯では兎に角競争相手が多いのだ。

と,私としてはめずらしい植物のお話でした。






最終更新日  Dec 12, 2010 06:38:51 PM
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Dec 7, 2010
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「駅」と聞くと何か哀愁のようなものを感じる。
<終着駅・・・確か映画の題名にもなったな>
都会の大きな駅もいいが,田舎の無人の小さな駅もいい。とにかく駅にはたくさんのドラマがある。ドラマが生まれる。

私はジョサイア・コンドル設計による東京駅が好きだ。外観の見事さと煉瓦づくりの組み合わせが良い。重量感と文明開化の雰囲気がとても良い感じに思える。
<ああ,ここが東京駅なんだ>
東京に住んでいてもいいな,と感じる。郷土愛などというものとは違う。建築美に引かれるのだ。

こうした観点でミラノを訪れると,これまた見事な駅を発見する。そう,ミラノ中央駅だ。
まずは正面から見てみよう。
<これって,駅なの?>
というのが最初の印象だ。誰かの宮殿であったような造りだ。駅は乗客の乗り降りさえできれば事足りる。なのにあちこちに彫刻あり,柱ありと実にギリシャ,ローマ時代の古代建築を見ているような錯覚にとらわれる。日本人なら絶対に考えない,いわば「無駄」が実に見事なのだ。これぞミラノ,といった感じである。駅そのものが歴史に長く残りそうな予感を持たせるのだ。不勉強で知らないが,この駅舎は最初から駅として建てられたものなのか,それともかつては別の用途で使われていた建物を駅として再利用したのか。こんな疑問が私にはわいてきた。

ミラノ駅.JPG


さて,中に入ってみると,日本の雑誌にもしばしば登場する光景が目の前に登場する。アーチ状の鉄筋とガラス窓。明るくて開放的な空間が拡がっているのだ。この下には若者からお年寄りまで,そして修道女からビジネスマンまで,目的の列車に身をすべりこませるのだ。流行のファッションを身につけた若い女性にも会える,わくわくした気分も良い。

ミラノ中央駅1.JPG


日本の駅と違うのは,ほとんどアナウンスというものがないことだ。
「列車が来ます。危ないので白線まで下がって待て」
「この列車は名古屋行きだ。静岡には止まらないから注意しろ」
・・・・
こんなアナウンスは一切ない。皆さん静かに乗って,列車はゆっくりとホームを離れる。こんな感じがなかなかいい。ヨーロッパのどこにでも列車でいけるから,実に便利でもある。キオスクなど売店はないので,駅の中にあるコンビニで必要なものは買い込んでおく。景色を眺めながら,そして一緒のボックスに陣取っている方々とおしゃべりをする。これもまた楽しい。
若い男女が目を見つめ合って,ときどき唇を長い時間合わせていることもあるが,これは文化の違い。
<おい,いい加減にしろよ。他人のいる前だぜ>
と言いたくはなるが,我慢,我慢。







最終更新日  Dec 7, 2010 06:41:45 PM
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Dec 1, 2010
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込み入った仕事があって,ここ10日ほどパソコンに向かう時間が極端に制限された。
さきほどようやく仕事に目途がついて,今ほっとしているところだ。

それで,今日は「ウィーンの街角で」がテーマである。

ウィーンの,王宮のあるあたりや国立オペラ座の位置する通りでは,下の写真にある光景を目にする。かつての音楽家や宮廷の人たちなどが催し物があるときに身につけていた格好,出で立ちで,夜に行われるコンサートのチケットを販売している人があちこちにいるのです。

そうです。オーストリアはモーツアルトで有名。ザルツブルグが彼の故郷ですが,ウィーンにもモーツアルトが住んでいた住宅(アパートメント)が有料ですが,一般公開さてれいます。ほとんど見るべきものはないのですが,その雰囲気だけは味わえるようになっています。

それで,ウィーンでは王宮や教会などを会場に,モーツアルトの曲を中心にした演奏会が頻繁に催されているのです。たかだか2500円から3000円といった程度ですから,実に安いというべきであろう。これで彼の有名な曲を十分に堪能できるわけである。

そして曲目だが,アイネ・クライネ・ナハト・ムジークなど,殆どが誰にも馴染みのある曲ばかり。だから,「あっ,これ聞いたことある」と,音楽には疎い人であっても楽しめるようになっている。つい
 <知らない曲だな。退屈だな>
と秘かに感じ,居眠り・・・などということもない。8時に始まり,10時までの2時間,たっぷりと楽しめるのである。



それに演奏している人たち,指揮者・・・日本だったら
 <気取ってるな。すこしは愛想を良くしたらどうなのだろう>
と文句も言いたくなるのだが,ここはさすが本場。皆さん楽しそうに,そして観客をどうしたら楽しませることができるかをしっかり考えている。だからついつい演奏に引き込まれてしまう。一見気取っているように見せかけて,途中でおどけて見せ,
 <お,なかなか面白い指揮者じゃないか。さすが芸人>
と思わせる。このタイミングが実に上手い。身構えて聞いている観客に
 <もうちょっとリラックスしていいのよ>
とでも言うように,渋い顔をしながら,おどけて見せる。これがなかなか受けるのである。

街角で.JPG


私は,
 <こんな道ばたでチケットを売るくらいだから,お客も少ないのでは>
と秘かに思い,しかし「モールアルトのCDもおつけしますから」と言われて,ついついチケットを買って,腹ごしらえをしたあと王宮に向かったのだが,会場につくとこれが広い,広い。そしてなんと予想に反して大勢のお客が開演を待っているではないか。
 <これはあなどれないな>
と思いましたね。1000人近くお客はいたでしょうか。日本人もちらほらいたのですが,多くはそれ以外の外国人。チケットが安いからといって手を抜くわけではない。実に演奏は素晴らしい。そして楽しい。ひょっとしたら寝てしまうかも,などという心配もすっかり吹っ飛んで,演奏に聴き入ったのでした。

演奏会が終わって,ウィーンを暗闇が覆う中を,モーツアルトを口ずさみながら,ホテルに戻ったのでした。満足の2時間でした。






最終更新日  Dec 1, 2010 10:48:45 PM
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Nov 22, 2010
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外国に自分がいるのだと思う瞬間がある。

勿論,自然の風景が違う。鋭利な山の形も,なだらかな平野部も,植物の種類だって異なる。「あれ,こんな鳥日本では見かけないな」と気付くときもある。

人間だって違う。顔かたち,髪の毛の色。皮膚の色や背丈だって異なる。湾曲せず,真っ直ぐな脚。どこが臀部なのか分からない間に脚から腰へ続くあの見事なスタイル。当然言葉は異なる。

建物も違う。風格のある建物。どこを見ても絵になる美しさ。ロマネスク調あり,ゴシックあり。兎に角古くなれば壊して新しい箱を作ればいいのだ,といった日本的な感覚とは異なる,歴史を背負った建物の群れ。

夜遅くパリに到着した。シャルル・ドゴール空港だ。ここからパリの中心部に行くには電車で行くのが手っ取り早くて良い。ところが,券売機は壊れているのか,それとも説明の通りにやってもうまく機能しないのか,ともかく実に分かりにくい説明で,欧米人も一枚の切符を買うのに長~い時間かかっている。だから券売機の前は長蛇の列。日本ではこんなことはあり得ない。日本なら係員が「どうしました,お手伝いしましょうか」と声をかけるだろう。

それで,私は発券業務を行っている窓口に並んだのだ。窓口も発券機が機能しないことが原因で長蛇の列。しかしこの業務を行っている係員はノラリクラリ。さっぱり前に進まない。一枚の切符を売るのにどうしてこんなに時間がかかるのか? そうこうしている内に,窓口業務終了時刻になった。このこの時点でもたくさんの人が部屋から通路にはみ出すほど並んで待っていたのだ。ところが,別の女性職員が「今日はこれで終わり」というようなジェスチャーで発券終了を告げたのだ。夜の11時頃だっただろうか。

こんなこと日本では絶対にない。まずは予告するだろう。あと少しで終了になるとか,あるいはこれほどの人が待っているなら別の職員を動員して手際よく発券するとか,とにかく目の前で起こっていることをなんとか処理しようと努めるに決まっている。万が一シャッターをしめなければならないことになっても,「大変申し訳ありません」,券売機でお願いしますとか,一言あるのが日本だ。私が「券売機は故障しているからここに並んでいるのだ」と伝えても,まともに取り合わない。

パリでは「はい,終わり」で,あとは何の手当もない。これで暴動が起きないのも不思議なものだが,改札には当然人は配置されていない。「あ,そうか」と私は思った。窓口が不親切でいい加減な対応なら,こちらもそれなりに,対応すればいいのだ。案の定,改札機に切符など通さなくてもフリーパス。こうして自由に改札を通り抜ける人も実に多いのに気付いたのでした。

やはり個人の権利を最大限重視する国なのかな,とがっかりするやら,呆れるやら。自由,自由,自由・・・契約したことだけ果たせば,それ以外は自分と無関係。どんなに困っている人がいても私は知らない。これがパリなのだ,と私は解釈したのです。

そう言えば,以前同じシャルル・ドゴール空港で搭乗手続きをしているときにも,似たようなことがあったことを思い出した。自分の勤務時間が終わったのか,行列を横目に,さっさと仕事を終えて帰ってしまった職員がいる。「ねえ,手続きしてくれないの」と言う間もなく,さっさと帰ってしまうのだ。だいぶ時間が経過してから,交替の職員が席についた。「お待たせしました」などという言葉はない。まことに乾ききった国だ。

これに類した経験はまだまだある。しかし,これ以上書くと全部愚痴のような感じになってしまいそうだ。今日はもうやめた。







最終更新日  Nov 22, 2010 07:00:08 PM
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Nov 21, 2010
カテゴリ:カテゴリ未分類
ウィーンはここぢんまりとした,そして美しい街だ。
旧市街を囲むようにリンクと呼ばれる路面電車が,ちょうど山手線のように走っている。この一周が4kmなのだから,いかに可愛らしい街なのかわかるだろう。

このリンクに囲まれた中には王宮あり,街のシンボルであるシュテファン教会あり,オペラ座ありで,いづれもお散歩気分で,美しい広場や町並みを眺めながら歩いて行ける距離にある。

王宮の南側,リンクを南にまたいでという感じなのだが,似たような建物が対になって建っている広場がある。西側にある建物は自然史博物館だが,今日は東側の建物,美術史美術館に入ってみよう。

美術史美術館1.JPG


これが美術館の内部である。さすがハプスブルグ家と息をのむほどの豪華さだ。パリのルーブル美術館,マドリッドのプラド美術館,そしてこの美術史美術館,これがヨーロッパの三本の指に入る美術館なのだ。

ハプスブルグ家は政略結婚を繰り返し,フランドル,ネーデルランド,スペイン,イタリアと領土を拡張したのだが,それゆえ美術作品の中でもルーベンス,レンブラント,ラファエロ,フェルメールなど,喉から手が出そうな有名な絵をどっさりと確保することになったのだ。

ここにブルーゲルの作品だけを集めた部屋がある。私は,かつては絵画にはそれほど関心がなく,ブリューゲルなどと聞いても,それって誰?といった程度だった。曾野綾子の書いた「ブリューゲルの家族」を読んだことがあるが,そのときもさほど記憶には残らなかった。しかしウィーンに来て,この美術館でブリューゲルの作品を観ると,これがなかなかいいのですね。

下の写真は有名な「バベルの塔」である。勿論この塔は想像上のものであるが,古代バビロニア(バビロン)にあったとされ,ノアの洪水の後,人間が天国に届くような塔を作ろうとする。これに怒った神が「人間が神に近づくなど,とんでもないことだ」と,塔の建設を中止させる。こんな逸話なのでありますね。ローマのコロッセオがこの作品(塔)のアイデアのもとになっているとも言われているようですが。

ブリューゲル1.JPG


作品は,フラッシュさえ灯さなければ写真は思う存分採り放題。太っ腹ですね。日本じゃ絶対にあり得ないことです。それに模写している人たちもいるのです。本物を模写できるのですから,これはもう最高の勉強になりますよ。業者が型に入れていくつも作ったであろう石膏像をスケッチする,などという気分も滅入りそうな日本の美術教育とは雲泥の差。羨ましい限りですね。

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最終更新日  Nov 21, 2010 10:23:49 AM
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Nov 17, 2010
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もうすぐ12月だ。
西洋音楽芸術を愛好する者にとっては,この12月というのは特別な意味を持つ。
そう,12月7日はミラノのスカラ座の幕開けなのだ。ドゥオーモ駅からヴィットリオ・エマニュエレ二世のガレッリアを抜け,右手にレオナルド・ダ・ヴィンチ像を見ながらスカラ広場をまっすぐ進むと,道路のあちら側に見えてくるのがスカラ座だ。オペラなどやっているときでないと入場できないが,隣のスカラ座博物館はいつも開いているので,ヴィヴァルディーなどの音楽家の胸像など見たいのならオススメである。

さて,どうして12月7日なのか。
それはこの日がミラノの守護聖人,アンブロージョの祝祭日だからである。
ミラノではこれほどまでに重視されているアンブロージョ。彼を祀る教会,つまりサンタンブロージョ聖堂を訪れないのでは,何のためにミラノを訪れたのか,と言われても仕方あるまい。聖堂の半地下には彼の遺骸も安置されているのだ。

では,アンブロージョとは何ものなのか? そして一神教を標榜するキリスト教にあまたの守護聖人がいるのはどうしてなのか?

サンタンブロージョ教会.JPG


彼は今で言う警視庁長官である父の長男として生まれた。ローマでは最高の権威と権力のある地位である。当然彼にはエリート教育がなされ,やがてミラノを含む州知事の立場に。要するに彼は高級官僚だったのである。

こんなとき,キリスト教内では宗派争いが起こる。
つまり,最大派閥であるアリウス派と三位一体派の争いなのだ。
一神教とは難しいですね。多神教なら何を信じようが構わない。結婚の神や平和の神がいると思いきや,離婚の神あり,戦争の神あり。しかし一神教は,だからこそ教義の解釈でいくつもの派閥ができてしまう。宗派間の争いはとても激しい。支配はつまり金と直接結びつくから,是が非でも争いに勝つ必要があるのです。

私のような素人には理解しがたいのだが,三位一体派とは,神とその子であるイエスが同格。しかもこれに聖霊が加わる。これも同格。神でありイエスであり聖霊であり・・・これが「ニケーヤの公会議」という宗教のお偉いさんたちが集まって,力づくで決めた結論。325年のことだった。しかし,分かりずらいですね。神とイエスと聖霊が一体って,どんなこと? 今はカトリックと呼ばれている派閥の考え方である。

これに対して,アリウス派の考えは,イエスは神に限りなく近いけど,神ではありませんね。同格と見るにはちょっと無理がありますよ,という考えである。素人にはとても分かりやすい。だから当時の皇帝たちの中にもこれを信じる者がけっこういたのです。


ところがですね,この両派閥の争いの中で,三位一体派のほうが,州知事であるアンブロージョを仲間に取り込もうと,司教になってくれと頼み込み,結局洗礼も受けていなかった彼を司教にしてしまった,というわけです。

えっ,それっていいの? 誰でも利用できる者ならいいのです。闘争に勝つためには綺麗事など言っていられない。兎に角彼は頭脳明晰,エリートなのだ。それで彼は三位一体の方が理論的に正しいという根拠からではなく,無理矢理頼まれて,いやいや受け入れたのです。

さあ,普通なら司祭になるにはいろいろな,長い段階を経てでないとなれない。これが教会の決まりである。でも今はそんなこと言っている場合じゃない。そこで洗礼,助祭・・・などなどの各段階を何と一週間でこなし,そして即席で司教就任。おやおやですね。この司教就任式が12月7日だったのです。


さて,話が長くなりましたね。ここからが本番なのですが,官僚出身である彼は,あほな皇帝など怖くない。やがて皇帝は神のお告げでなるものとしてしまう。といっても神の声が聞こえるわけではないので,司祭である彼がこれを仲介する。ということは,彼は神として振る舞うこともできるというわでけあるのだ。こうしてキリスト教,いやカトリックは皇帝よりも上位にあるものとしてローマ帝国を支配することになるのです。もう皇帝が一番ではなくなったのです。

しかし彼は実に頭が良い。誰もが一神教の神にばかり祈っていられない。むしろ多神教のような身近な神が身近にいる方が現実的であり,便利である。金に困ったなどと俗なことを,まさか神の子イエスに頼むわけにはいかない。それで守護聖人という都合の良いものを思いついた。これになら取るに足らない雑事をお願いできますね。ますますキリスト教の人気が高まる。

この辺りは,もっと詳しく説明すべきなのですが,今日はこの辺でやめにしておきましょう。アンブロージョがいなかったら,キリスト教がローマを支配するようにはならなかったかも知れない,ということ,ほんの少しの理由がわかっていただけたでしょうか。












最終更新日  Nov 18, 2010 07:46:46 AM
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Nov 16, 2010
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ブログの更新を毎日している人たちを見ると,
・・・「偉いな,立派だな」・・・と思う反面
・・・<疲れるだろうな,頑張りすぎじゃないの>・・・
と思ったりする。

私は仕事をしているので,疲れているときや,一枚の写真にコメントするのに,
・・・「新しい知識や知見がないと,公開する価値がないな」・・・
と思って,躊躇(ちゅうちょ)してしまうのです。

今,イタリアのミラノを訪れたときに行った,サンタンブロージョ教会を掲載しようと思っているのですが,
・・・「何を書いたらいいのかな。歴史上重要な人物について書くのだから」・・・
と思って,中断しているのです。
聖アンブロージョ,イタリア語ならアンプロシウスなのですが,これがまたすごい人物。
この人物がいなければ,今のキリスト教の中のカトリックなどなかったかも知れない。

彼のゆかりの教会は今さびれた感じなのだが,そして歴史を知らない人々は興味がないのだから,それほど多く訪れる教会ではないようだ。
・・・<本当は,バチカンなどより重要なのにな>・・・
と思いつつ,さて何を書けばいいのかな,と思っているうちに一週間が過ぎたのです。

別に歴史小説を書くわけでもないので,気楽に書けばいいのだが,そうはいかないのだ。
それで,今はちょいとお休,となっているのです。

仕事をしていて,おまけに本を三日に一冊は読む,と決めたので,これまた手かせ,足かせになっているのです。

アンブロージョのこと,ちょっとお待ち下さいね。


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最終更新日  Nov 16, 2010 05:54:14 PM
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Nov 8, 2010
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ミラノには見るべき所はあまりない,という人は多い。スカラ座か? それとも・・・

確かにそうだ。ミラノのドゥーモの他に,誰にもオススメでき見どころに何を挙げたらいいのだろう。

宗教画のブレラ絵画館あり,スフォルツァ城あり,あれこれあるのだがどれもイマイチ,インパクトがないのである。どれだって本当は歴史があって奥深いのだろうが,素人にはその良さが見えてこない。へえ,そんなものか,という程度で終わってしまう。

そうした中で,特に際だって有名なのは,下の写真,サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会である。ミラノのルネサンス時代の最大の建築物である。キリスト教とは無縁の人であっても,建築物として見ればやはり素晴らしいと感じるのではないか。だだし,内部に入るとがらんどうで,ちょっと物足りない気もしてくる。この教会の出入口付近にある土産物屋に入り,売っているものを見ると,あ,そうだったのか,と誰もが思うだろう。勿論ある程度の知識のある人は,という前提だが。

そうです。ここはレオナルド・ダ・ヴィンチ,つまり「ヴィンチ村のレオナルド君」といった意味なので,本来は彼のことをダ・ヴィンチというのは間違いで,レオナルドを言うべきなのだが,彼が描いた「最後の晩餐」のある教会なのだ。これなら納得していただけるだろう。



と言っても,この絵があるのは隣の,もとはドメニコ派だかの修道院であった食堂にあるのだ。だから入口は教会とはほんの少々離れているところにあって,ここから「予約確認書」を提示して中に入るというわけである。空いているときならば予約なしでも入れるかも知れない。確認が必要だ。

ここはナポレオンによって占領されたときは馬屋として使われ,その後の戦争による爆撃を受けたこともあったのだが,レオナルドの絵がそんな程度にしか扱われなかったおかげで絵は生き残り,近年の修復作業により蘇ったというわけなのであります。とにかく何が幸いするかわからない。

ダビンチ教会.JPG


では,「最後の晩餐」の本当の場所はどこでしょう。イスラエルのエルサレムにその場所があります。ダヴィデの墓のある建物が公開されていて,この二階部分が最後の晩餐の部屋だとされています。勿論,今となってはこれが事実はどうかわかりませんが。でも事実がどうかは,信じる人々にとってはどうでも良いことなのではないでしょうか。












最終更新日  Nov 8, 2010 07:04:30 PM
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