私が語学留学するまで『不安』
私が語学留学をしようと思ったのは。。。1私が語学留学をしようと思ったのは。。。2私が語学留学をしようと思ったのは。。。3私が語学留学をしようと思ったのは。。。4私が語学留学をしようと思ったのは。。。5私が語学留学をしようと思ったのは。。。6私が語学留学を決めたまでは、前に書いたから、決まってから行くまでの事を書こうかなまず、留学斡旋所に申し込んで、でも『不安』しかなくて。。。母親に「申し込んだよ」返事が「知子ファイティン」留学前のこの言葉に関するブログには書かなかったけど、ホントは泣いただって、韓国語で自己紹介の文章を書けないの(言葉でなら説明出来るんだけど)に、行こうとしてる私韓流にハマってる母親は応援する、その応援が韓国語で自己紹介を書けなかった状況で一番重いのに、でも、母親が知ってる韓国語(英語なんだけど韓国人がよく使う)で一言なんだけど、色んな事を考えさせられた『ホントに私が行って大丈夫、生活を出来るのだろうか海外ででも、親は応援をしてくれてる。。。それに答えられるのか』その申し込んだ日の夜は、実は『不安』で泣きすぎて、次の日、会社に行けなかった泣いて、泣いて、泣いて。。。それぐらい、今まで無い状況に立ち向かうのが怖かったし、不安だったでも、私の『不安』より、留学を決めた私へ対して、周りは「留学、カッコよい~」「留学、スゴイ~」とか、そっちの声の方が多くて全然、毎晩、泣いてる私なんかカッコ良くないのに自分でも今、呆れる程、泣いてた気がする友達の一言で助けられたけど、やっぱり日本出国日前日となると泣いてたかなぁ~で、当日父親の運転で成田まで行ってくれるのは分かってたけど、車内で母親に『お守り』を渡された時『反則だよ~』思った「気を付けて行ってきてね~」とか全然、言われても言われなくても心で分かってるし、敢えて、ここでお守りか・・・見送りを最後までしてくれて、ホントに涙が出そうになったけど(私にも両親にも『不安』しかなかったと思う)、ここで泣いたら『ダメだ!』思い、引きつった笑顔をしてたんだろうな~今の私なら「韓国、行って来るから!」「あっ、そう、じゃあ、お守り持ってき」「分かった」ってくらい近くなってるんだけどな~ へ