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僕は靴を履きなおして
旅を続ける 叩き割った鏡や 赤茶けたもうふ いつか記憶の箱から 零れ落ちるのだとしても *** 最近はとても忙しく、ゆっくり本を読む時間がない。 だから読書は、お風呂でしている・・・。 今のおきにいりのBGMは、BoAちゃん。なんてかわいい。 私は無類のベリー(ブルーベリー、ラズベリーなど)好きなので、「ベリーの本」「アジアンティーの本」宮本輝さんの「人間の幸福」をこの前借りてきた。 私はいつも、人の勧めや雑誌での紹介なんかを見たりして本を買うけど、宮本さんは私が直感で本屋で手にとって好きになった作家なので、なんとなく愛着がある。 宮本さんは、人生を語るにも、恋愛物語を書くにも、自らの「旅」をモチーフにしている。読んでいるほうは世界を旅しているようだ。 私はそのおかげで、中国もモンゴルも旅した気分でいる。 *** そう、「旅」と書いて思い出した。おとつい、履歴書を送るための封筒がきれていることに気づき、以前買ったのがあまっているような気がして、クローゼットの奥にある本棚にもぐりこんで、探していた。すると、とても懐かしいものが出てきた。 高校生のころ、授業以外に自由登録制の課外授業のようなものがあった。校舎からすこし離れた場所にある建物で、外部から先生がきて教えていた。苦手分野の補強や、さらに強化したい学習など、個人が思い思いに登録しては、そこに授業を受けに行くのだった。 私はそこで小論文の授業をとっていた。論文を書かされる受験校があったからなのだが、先生は、かばのような大きな顔をした、渋い声が何ともいえないおじさんだった。そう、とにかくあの顔の大きさが、忘れられないのだよ。 先生は、文章をうまく書くテクニックやら、作文用紙の使い方、なんてことは何一つ教えなかった。毎回、授業のはじめにテーマを提示して、私たちはそれについて文章を書く。先生はそれを回収して、いい表現などを取り出してみんなに紹介したりしながら、いろいろな話をする。テーマにまつわる本を持ってきてくれたり。少なくとも、普段の教室での授業より、数倍楽しかった。 「旅」というテーマで文章を書かされたことがあった。先生は黒板におっきく「旅」と一文字だけ書いて、教壇の横にある木のいすに、どっしんと座った。 *** 「旅」 旅というのはいつも、それまでの自分に未知であったものに初めてぶつかるきっかけである。それは、異なった文化であるとか見たことのない景色であるとかさまざまであるが、日ごろ居慣れた空間を離れ、異なる空間に出るといつも、この世界は何をとってみても多様性のかたまりであることを知る。 さまざまな旅の形態が今は世にあふれている。一人旅も、ツアーに同行するのもそれぞれ良いが、私が世界を旅することがあるとするなら、私はそこに「世界の中の自己」を見出したいと思う。今、さまざまな人生の選択などを通じて自己確立を遂げようとしているが、そのような自分がもっと広範囲の「世界」の中に置かれたとき、自分は何を思い何を考え、自分を世界の中にどのように位置づけるのか。ある意味ですべてが従属化されつつある日本の状況の中で自己確立が難しいとされている現代だが、それでは多様性の集大成である世界に解き放たれたとき、果たして日本での状況から救われるのか。世界の中の日本を、自分はどう見るのか。 「国際化」が世界中で唱えられている今、その中に生きる「国際人」として、未知なるものへの旅を自ら求め、その多様性に驚き揺られながら、異なるものを寛大に受け止められる柔軟な自己を育てたい。そのような意味で、私の理想とする「旅」は、日々移り変わる世界を舞台とする、決して終わる事のない自己追求の繰り返しであると言える。 PS早く旅に出たいなぁ。 *** 先生はいつも、全員の答案を真っ赤に添削して、次の時間に返してくれた。私が書いた上の文章も、真っ赤になってあたたかな赤字だらけで返って来た。PSのところには「あはは」と書いてあった(笑) 「終わらなくていいんだなぁ」と思った。私はまだ旅の途中なんだ、このとき早く受験勉強から抜け出して飛び立ちたいとしか考えていなかった私は、あれからすでに飛び立って今も空中遊泳。 ありがとう高校生の私。 やんちゃなあなたに励まされたよ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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