ロドリゲスとらのこども・超克編

2011/07/30(土)11:41

「世界の米、日本の米」

━━━━━━━━━━━━ 世界にコメは2種類ござる   渡部 亮次郎 ━━━━━━━━━━━━ http://melma.com/backnumber_108241_5244836/      秋田県のコメ単作地帯に生まれ育ったから「米という字を見れば分かる はずだが八十八の手間が掛かっている。一粒も粗末にすんじゃない」と いわれて育った。 ご飯にして食べているのは「粳(うるち)米」、赤飯や餅にする粘り気の 多いのは「糯米(もちまい)」であることは学校に上がる前に知った。 長じて大学に入るため上京する際、町役場から証明書を貰って精米60Kg を携行した。昭和29(1954)年のこと。あらゆる食料に関する政府の管理 が徹底していたからである。 しかし以後、日本は経済の高度成長期に入るので、私はコメに対する関 心を失った。1966(昭和41)年には、日本の米自給率が100%を達成した。 ところがその「豊かな日本」を狙って国外から「コメを輸入しろ」と迫 られるようになって、飯米には短粒種と長粒腫の2種類のあることを知ら された。 短粒種はジャポニカ種(日本型)と呼ばれる。 形が丸みを帯び、炊飯米は粘りがある。日本での生産は、ほぼ全量がジャ ポニカ種である。主な調理法は、炊くか蒸す。他種に比べ格段の耐寒冷 特性を示す。 アメリカが日本に輸入を迫ったカリフォルニア米は日本からの移民が故 国の味を求めて栽培に成功したものだから「ジャポニカ」である。味は 新潟のコシヒカリに匹敵するという向きもある。 もうひとつがインディカ種(インド型、長粒種) 形が縦長で、粘りが少ない。世界的にはジャポニカ種よりもインディカ 種の生産量が多い。主な調理法は煮る。チャーハンに適す。日本のスズ メは、これを餌と認めず、ついばまない。 中国は、2000年代後半時点において世界最大の米生産・消費国である。 生産は、約7割がインディカ種、約3割がジャポニカ種となっていた。 ところが経済発展による所得向上からジャポニカ種の消費増加、地方都 市間の人口移動による新たな消費層の発生などを背景に、消費量は増加 傾向にある。日本から中国へのジャポニカ米の輸出増も夢では無い。 もともと米作(稲作)は、原産地の中国・インド・ミャンマーが接して いる山岳地帯の周辺での陸稲栽培から始まり、まず中国南部、東南アジ アへと広まったとされている。その後中国中・北部、南アジアに、そし て日本へと伝わった。 日本では、縄文時代中期から行われ始めた。これはプラント・オパール や、炭化した籾や米、土器に残る痕跡などからわかる。 縄文時代中期に、 中国から台湾、琉球を経て九州南部に伝わり、その後九州北部、中国・ 四国へと伝わったという説がある。 大々的に水稲栽培が行われ始めたのは、縄文時代晩期から弥生時代早期 にかけてで、各地に水田の遺構が存在する。 日本における生産状況 。日本の農業において米は、最重要の農産物であ り農業総産出額において、単独の農産物として最大の割合を占め続けて いる。 しかしながら、近年、生産額・構成比ともに縮小傾向にあり、生産額は、 1984年の3兆9,300億円(年間生産量約1180万トン)をピークとして、 2009年では1兆7,950億円(年間生産量約850万トン)程度まで縮小してお り、構成比については、1960年代50%前後を占めていたものが、一貫して その比率を落とし、2009年は22.3%となっている。 農作物を米、野菜(米、果物を除く耕種)、畜産、果物に分類したとき の構成比としては、2000年前後には畜産に、2005年前後には野菜に抜か れ、日本の産業としての農業における地位は年々低下している。 米は、日本の戦後農業政策の根幹であったため、原則として輸入がなさ れなかったが、ウルグアイ・ラウンドにおいて、関税化を延期する代償 としてコメにおいては他品目よりも厳しい輸入枠(ミニマム・アクセス) を受け入れ、1993年以降、年間77万トンの輸入を行っている。 米の9割近くはアジア圏で生産され、消費される。最大の生産国は中国で、 インド、インドネシアが続く。 米の貿易量は、増加傾向で推移している。最大の輸出国はタイで、アメ リカ合衆国、インド、パキスタンが続く。上位4カ国で、世界の貿易量 の7割を占める。 米は他の穀物に比べ、生産量に対して貿易量は少ない(生産量の約7%、 なお、小麦は約20%、トウモロコシは約12%が生産量に対する貿易量となっ ている)。 これは、米が基礎食料として国内で消費される傾向が強いため、生産量 に占める貿易量の割合が低くなっているためである。そのため、小麦や トウモロコシと異なり、国際的な商品先物取引の対象とはなっていない。 生産量 2004年データ 1. 中国 - 約1億8000万トン 2. インド - 約1億3000万トン 3. インドネシア - 約5500万トン 4. バングラデシュ - 約3800万トン 5. ベトナム - 約3600万トン 6. タイ王国 - 約2400万トン 7. ミャンマー - 約2300万トン 8. フィリピン - 約1500万トン 9. ブラジル - 約1300万トン 10. 日本 - 約1100万トン 11. アメリカ - 約1050万トン 12. パキスタン - 約750万トン 13. 韓国 - 約700万トン 14. エジプト - 約640万トン 15. ネパール - 約430万トン 16. カンボジア - 約420万トン 17. ナイジェリア - 約354万トン 18. イラン - 約340万トン 19. マダガスカル - 約303万トン 20. コロンビア - 約272万トン (「ウィキペディア」)2011・7・20 1)今日のメルマガで、コメについてお書きになっていますが、情報 がかなり古いように思いました。 (1)インディカは縦長で粘りが少ない、とありますが、まったく の誤 りです。東南アジアやインド世界に行けば、短粒のインディカ 米やモチ 米を市場で普通に買えます。タイ北部に行けば、モチ米は日常食です。 焼酎の原料もモチ米です。 (2)稲作の起源についても、雲南アッサム説が唱えられたのは30年以 上も前のことです。提唱したのは京大の渡部忠世先生でし た。遺伝変異 がもっとも多様であることが分かり、野生稲も発見されました。 先生はアジアの栽培稲はこの山岳地帯で「水陸未文化の稲」とし て生ま れ、アジア各地に広がっていったと考えたのです。そして、 長年の稲の 起源論争は終止符が打たれたと考えられました。 けれども、1973年に渡部説に疑問を投げかける考古学上の発見がありま した。 長江下流、中国・浙江省で河姆渡遺跡が出土されたのです。紀元前5050 年ころのものといわれます。しかし当時は批林批孔の嵐の中で、「世界 最古の稲作遺跡」はほとんど一顧だにされませんでした。 雲南の稲作開始は古く見積もっても紀元2000年だそうで す。勝負はあっ たといわざるをえません。 (3)もうひとつ重要なのは、ジャポニカにも2種類があることです。 東南アジア島嶼地域を源流とする熱帯ジャポニカと揚子江中・下 流域を 起源とする温帯ジャポニカの2種類です。前者はモチ稲で陸 稲的、後者 はウルチ米で水稲的といわれます。 興味深いことに、両者とも日本列島では晩稲になり、秋冷の早い 北国で は稔りません。ところがです。2つの稲が交雑すると早稲が 生まれます。 熱帯ジャポニカと温帯ジャポニカが日本列島で自然交雑し、新し い日本 の稲が生まれ、日本の稲作はまたたく間に北上したと説明す るのが佐藤 洋一郎先生の「日本稲の南北二元説」です。(斎藤吉久) わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 2328号 http://melma.com/backnumber_108241_5244836/   さて、その大切なお米。今年の作柄はどうでしょうか。   東日本、東北での実りが心配です。祈念、豊年満作。   記:とらのこども

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