散髪
「言葉」ってのは面白いもんで、それが人類が進化の過程において、お互いの意思疎通を可能にするために人類によって生み出されたものにも拘わらず、人類の高度さ故の不完全さ、つまり人それぞれ、一つの言葉に対しての認識が違ってくるという知性のマイナス面、もしくは「個性」といったもののせいで、時に意思を疎通する2人の間に奇妙なすれ違いを生じさせるという訳の分からない、ピッピの「ゆびをふる」攻撃並みに訳の分からないデメリットを持つ道具だといえる。とはいえ、今のところ、人類は己が持つ脳みそのほんの数パーセントしか活用できていない為、エスパーなんて使えないので「言葉」以外の意思疎通手段(文章なんかも言葉の一種)は持ち得ていない。だから、それに頼るしかない訳です。ところで、本日、僕、散髪行ってきたんですよ。散髪。僕、もう後、一週間もすれば高校の卒業式なんですよ。で、うちの学校はなかなかどうして頭がおかしい学校でして、頭髪がしっかりしていない奴は卒業生といえども、卒業式に出させないんですよね。だから、まぁ、僕の今の髪型って、電波少年の頃のなすびみたいな髪型で、いわゆる不潔なもんだった訳ですよ。これじゃあ、ダメだと。こんなのが卒業式に出てたら感動ぶち壊し、保護者の皆様から苦情の電話殺到ですよ。「なんで、あんな速水もこみちみたいな顔してるのに不潔なの!?なんなら私が一緒にお風呂に入ってあげようか?髪の毛洗ってあげようか?むしろ、あっちの毛を洗ってあげようか?」ってなもんですよ。「団地妻肉弾戦!昼下がりの背徳行為」ってなもんですよ。こりゃあ、そうなる前に散髪するしかないな、ってことで速水もこみちみたいな顔して散髪屋さんに行った訳です。ちなみに、自分、美容院より散髪屋さん派です。2,3回、デートの前ってことで気合入れて美容院に行ってみたことはあるんですが、どうもあの自分より7段くらい上にいるようなヤリチン美容師どもの笑顔がムカつくので、嫌だったんです。大体、シャンプーに千円以上かけるなんて間違ってる。小さい頃に森で見た、潰れたかぶと虫みたいな臭いのするシャンプーですよ?それを上品とする奴らの美的センスを疑うし、奴らに平気に抱かれる馬鹿ギャルどももムカつく。ちょっとぐらいこっちにも分けろ。なんなら乳揉ませてくれるだけでも良い。いや、乳首を摘ませてくれるだけでも良い。こんなところにまで立派に格差社会の原理を持ち出してくるな。ボケ。ってな訳で散髪屋さんが、女の匂いの一切しない、男臭さがプンプンする、末場のポルノ映画館みたいな雰囲気の散髪屋が好きな訳です。とはいえ。そういった散髪屋のオッサンっていうのは往々にして若者文化に興味がない訳です。なんせ、未だに「角刈り=男らしい」の発想ですからね。そりゃあ、男らしいけどアンタ、時代錯誤にも程があるよ。で、僕って学校でも人気者じゃないですか。常に黒板の日直のとこに「マサ」って書かれてるくらい人気者じゃないですか。だから何だろうなぁ…笑い、っていうの?そういった者を常に皆に提供しないといけない訳ですよ。だから、散髪でも、たま~に面白い髪型をして笑いを巻き起こしたりすることがあるんですよ。坊主にしたりね、妙にギザギザにしてみたり。今回は、そんなつもりは無かったんです。全然、そんなつもりは無かったんです。いや、全くなかった訳ではない。でも、卒業式な訳ですから。そんな大それたことはする勇気ないですから。ちょっと面白い、くらいのレベルを試すことにしてたんです。「ロッカーっぽく、お願いします」僕の今日の注文はこれでした。ロッカーとは、なんか世間では死語っぽくなってますけども、ロックミュージックを志している、もしくは現在やっている人達のことです。つまり、その髪型=格好良い髪形ってことです。普段、そんな髪型は一切しない訳ですよ。僕は。そんなメチャクチャ似合う訳でもなけりゃ、メチャクチャ笑いが取れるほど面白くなる自信もないですから。でも、今日は違った。やってみようと思った。だって、卒業式だから。言うなれば、志村けんが「志村けんだから」コントをするように。イチローが、「イチローだから」ヒットを打つように。ゾウが、「ゾウだから」でっかいクソをするように。勘違い女が、「女の子だから」男に守られ、男をこき使うことに何の違和感も感じていなくなっているように。「だって、卒業式だから」この一言だけで、僕が自分がロッカーの髪型をすることに何の違和感も感じなくなっているし、世間的にもそれが許されてしまう訳です。全く、言葉って不思議だ。で、そんな僕の言葉を聞いて。当然、散髪のオッサンは初めて鉄砲を見た織田信長のように目を白黒させよる訳です。なんじゃ、そりゃ?と。で、俺は「あ、あれですよ。ロックンロールをする人のことです」と言った訳ですよ。すると、さすがにオッサンでも判ったらしく。「ああ」と、低く一言だけ発すると、早速、僕の髪に鋏を入れだしたんです。基本的に僕は鋏を入れられている間は目を瞑っているんですよね。なんか、落ち着くじゃないですか。散髪って。オッサンは髪の毛いじってる間、ほとんど口を利きませんから、喋る必要もないですし。ちゃきちゃきちゃきちゃき…鋏の音が店に響き渡ります。テレビもねぇ、ラジオもねぇ、車もあんまり走ってねぇ、なこの店の中では、この音以外の音は「無」である、といっても良いほどありません。ひょっとしたら、隣の家の姉ちゃんがオナニーでもしてようもんなら、あえぎ声くらい聞こえてくるんじゃねぇかと思うくらい音がない。約30分経過。オッサンが「よし」と、これまた低い声で言いました。会心の出来。これぞ、会心の出来ってやつだ。そう言いたげなほど、満足そうな声でした。オッサンは腕は確かです。何度も色んな髪型を注文してきましたが、全て、しっかりとその通りの髪型を作り上げてきてくれました。なんていうかな。職人技っていうの?最近のヤリチン美容師どもの持つような、チャラチャラした、しょうもない技術とは違う、そういった「技」を持っていました。それだけに今回の「ロッカー」という注文に、恐らくロックなど殆ど知らないであろうオッサンが、どんな髪型を作り上げたのか。否が応にも期待が高まります。俺は、すぅ…っと目を開けました。うん。ビートルズみたいなのが、そこにいた。優しく言えばスピッツ?全然、優しくない。あ~、なるほど。そこにいったか。確かにロックだわ。うん。ショックでかかった。もうちょっとで涙腺が爆発しそうだったもんな。言葉ってのは面白いもんです。お互いの認識レベルによって、お互いの間でその存在レベル自体が変わってくる。でも、大抵の場合、その認識レベルの差っていうのは微々たるもんなんですよね。だから笑い話ですむレベルの問題しかそこには生じない。どうやら、僕と散髪屋のおっさんの認識レベルの差は、圧倒的な違いがあったようです。「ウッチャンナンチャンの特報王国」におけるエスパー伊藤と、くりたますみの扱いの差ぐらい違っていた。という訳で、僕はどうやら卒業式。皆が校歌を歌っている中、一人で「イエスタデイ」を歌うことになりそうです。あ~。死にたい。